第14話 食卓。 後編



「では、次は私からよろしいでしょうか?」

 重い空気を打ち破るように、イリスが口を開く。



「ああ。…構わないよ?」



「ありがとうございます。

 現状の被害状況の報告をさせて頂きます。


 ミーナ嬢が、普段から菓子を振る舞っていると思われる令息達は、アカデミーで支給される豪華なランチには見向きもせずに、ミーナ嬢から手渡される焼き菓子に、とても感謝し、皆が菓子を口にしておりました。


 その光景は酷く異様で、令息達がまるでミーナ嬢からの施しを受けるように、彼女の前に並び、菓子を貰えるのを待っておりました。



 そして、菓子を食べていた令息達は、菓子を食べる前までは、酷く虚な表情で、体調が悪そうな様子でした。


 中には机に伏せてしまう者までおりました。



 ですが、菓子を食べると恍惚とした表情を浮かべ、不自然なくらい、気力に溢れておりました。



 けれど、ジーク殿下だけは違いました。



 焼き菓子を食べる前も、食べた後も終始体調が悪そうで、耐えらない様子で項垂れておりました。


 また、先日アリスが言っていた通り、情緒が不安定な様子も見られました。



 この事より、令息達も、その程度はわかりませんが、薬物…毒に依存した状態にある。と、推測されます。


 それと、ジーク…ジーク殿下は、他の令息達よりも、更に深刻な状態にあると思われます」





「…なるほど、それは良くない状況だね…」


「…はい。…ですが…」


「…なんだい?…何でも言いなさい?」




 言いにくそうに言葉を遮るイリスに、酷く優しく公爵が語りかける。




「…はい。…ジークや貴族の令息達を、このような、悲惨な目に合わせているミーナ嬢ですが…


 彼女からは、悪意の類いを一切感じません…」



 そう言って、イリスは軽く俯いた。



「…イリス。確認していなかったが、彼女から貰った菓子は、食べていないだろうね?」



 公爵が笑顔を消して、真剣な表情をしてイリスに問いかける。



「もちろん食べておりません。


 彼女に対しては、好意は一切なく、むしろ嫌悪感しかありません。


 それに、恥ずかしい話ですが、彼女が生理的に苦手過ぎて、…既に3回吐いております」




「…なるほど。その上での判断なんだね…」



「はい…」



「…そうか。…今は真相はわからない。


 けれど、これだけの事件であれば、男爵令嬢の指揮による犯行だとは、考え難い。


 少なくとも、単独犯ではないだろうからね。


 …話してくれて、ありがとうイリス」




「…いえ。感覚論で申し訳ありません…」



 そう言ってイリスは、再び下を向き、手持ち無沙汰にグラスを弄んだ。


 そして、どこか物憂げで、儚気な表情を浮かべていた。




「…では、最後は私ですわね?」

 少女が、空気を変えるように、何処か楽しそうに喋り出す。



「…ああ。頼むよアリス」




「はいお父様。


 私は、第二王子殿下派閥の令嬢達を集めて、婚約者候補になった事を、周知致しました。


 既にお母様が、一度ご夫人方を通じて、ご案内して下さっていたので、皆様、概ね素直に、受け入れてくださいましたわ。


 けれど、ジーク殿下は人気者なようで、恋心を抱いているような令嬢には、敵対心を示されたりもしましたわ」





「まぁ、生意気ね?どちらのご令嬢かしら?」


 穏やかな口調で美しい笑顔であったが、公爵夫人の額には、うっすらと青筋が浮かんでいた。

 



「フフフ。お母様?それだけジーク殿下が魅力的なのですわ。私やお母様…公爵家が侮られている訳では、御座いませんわ。


 それに、ご令嬢の皆様は、様々な思惑がおありな様子でしたけれど、"ジーク殿下に王位を捧げる"という共通目標を提示致しましたら、皆様とても素直に、私に協力すると、お約束くださいましたの。


 …引き換えに、この派閥の中の誰が婚約者に決まったとしても、公爵家が後援すると提示致しましたが、特に問題ございませんわよね?」




「うん。同じ派閥内なら、問題無いよ。

 元々、そのつもりだったからね。


 それに、もし不都合があるとしたら、少し狡いけれど、何かしら理由を付けて、後援しない事も出来る…。


 善意の約束だけれど、こちらもボランティアをしている訳では無いからね」



 アリスは、安心したような笑みを浮かべた。



「……さて、以上かな?…現在の状況を、みんなのお陰で把握出来たよ。ありがとう。


 それでは、これからの計画について相談しようじゃないか。まず今後の計画を立てるに当たって、明らかにするべき事がある。


 男爵の指揮する犯行なのか、背後に誰かが居るのか、もしくは背後に何処かの国がいるのか…。


 これをハッキリさせないと、どこに対してどう対処すれば良いのか、決められないよね。


 状況だけ考えると、男爵家の単独的犯行や、男爵令嬢の指揮とは、考え辛いところだけれど…」




「その件に関してなのですが、…」

 そう発言したのは、イリスだった。



 公爵は頷き、イリスに発言を促す。




「…昨日、今回男爵令嬢の菓子を食べて、被害を受けた令息達のリストを見たところ、


 第二王子派閥が多数を占めており、その他の令息達は、中立派でも第ニ王子寄りの家の令息ばかりで、第一王子派の令息は含まれておりませんでした。


 これは、単純に考えれば、ミーナ嬢が、ジーク殿下を起点とした令息達と仲良くなった結果である。と、考えられます。


 しかし、実際の彼女の思考は、よりシンプルで、動物的感覚の方がまだ近いのでは無いか?と、思える程です。


 もちろん、それ自体が全て演技の可能性もありますが、そこまで計算高く、利口に生きてるとは到底思えません。


 そして、そんな彼女の理想のタイプは、顔が整った男です。


 現に【ジーク殿下の好きな所】を彼女に聞いた際には、【格好が良くて王子な所】と、回答しております。


 これだけで考えても、第一王子アレクシス殿下もミーナ嬢が好きになる男の条件を、完全に満たしていると言えます。


 それに第一王子派の令息達も、彼女が言うような"顔が良い男"という条件に該当する令息は、少なくないはずです…。


 ですので、現状には違和感を覚えます…」





「…シンプルに、第一王子による策略なのか、


王位争いを加熱させたい第三者や、他国の介入なのか…


 いずれかはわからないけれど、確かに…、何らかの作為が透けて見えるね…」





「…はい。そう思います。…首謀者と理由はわかりません。


 けれど、これが誰かの意思で決まっているのであれば、その誰かは、第一王子自身や、第一王子派閥の人々が害される事を、望んでいないのではないか?…と、考えられるかと思います…」





「その男爵令嬢が意図的に、第二王子派閥だけを狙っているのではなくて?」



 夫人が静かに問う。




「…いいえ。それは無いと思います。


 理由は、彼女が好きだと言って、菓子を配っている令息達は、第二王子派閥の中での重要人物…高位の令息達に限らないのです。


 伯爵や子爵や準男爵、それから三男や四男等も、多く含まれています。


 この事から、彼女にとって、爵位や嫡男かどうかは関係がなく、あくまで顔が良い人物かどうか…。


 それが、重要なのだと推測出来ます…。


 …それに、彼女自身が声を大にして主張している【自由恋愛】という観点から考えても、派閥に拘って相手を選ぶ事は、しないのでは無いかと思います…」





「…随分肩を持つのねイリス?…貴方もその程度の女に、無様に惚れたりなど、していないでしょうね?」



 煮え切らないイリスの回答を受けて、夫人がイリスを再度問いただす。



「決して、そのような事はありません。


 けれど、彼女は、…酷く天真爛漫で、底抜けの考えなしで…、まるで理解不能の未知の生き物…そんな印象なのです。


 本当に策略を考えて、何か行動を起こすような思慮深い人物だとは、到底思えません」




「…どうかしら?


 …女はいつだって、誰だって、計算して生きているわ。


 例え、計算していないように見せかけていたとしても、何の計算もしていない女なんて、1人も居ないわよ。


 …貴方ちゃんと解っているの?」



 イリスの煮え切らない回答を受けて、夫人が言葉の端々に、苛立ちを滲ませる。




「…ええ。理解しております。


 けれど、彼女の場合、計算はしていたとしても、…方向性が違う…とでも言いましょうか…。


 ただでさえ、少なそうな頭のリソース…その全てを、男と仲良くなる為だけに使っている…。


 そんな、印象をうけるのです…」




 殺伐とした雰囲気を、公爵が穏やかな口調で変える。




「…まぁ、男爵令嬢の事は、ひとまず置いておこう。


 …理解出来ない連中の、考えている事を考えるのは、時間の無駄だよ?


 たとえ、考えている事が分かったとしても、どうせ理解は出来ないからね」




「…それより、これから自分達がどうするか…それを考えよう。みんなでね?」



 そう言って、公爵が可愛らしい笑みを浮かべる。




「では、お父様…私やってみたいことがありますの」


 アリスが無邪気に微笑んだ。



 王位奪取計画・第ニ段階

・計画の確認と再考。

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