第13話 食卓。前編。



休息日

ベルトハイド公爵家

食卓・夜

一家集結



 食事を終えた後、血の様に真っ赤なワインを片手に、ベルトハイド家の面々は、それぞれが言葉を交わす事もなく、静かに時を待っていた。



「我が麗しき同胞達よ。まずは、乾杯しようではないか?」



「悲願達成の為に」

 と、公爵がグラスを持ち上げる



「「「悲願達成の為に」」」

 公爵に続いて、皆がグラスを持ち上げ、音のない乾杯を交わした後に、血の様に真っ赤なワインを一同が呷る。




「…それでは今日も、それぞれ報告してくれるかな?…一族の一員として、自らの価値を…存分に示しておくれ?」

 公爵が緩やかに微笑み、報告を促す。


 

「では、まずは私から…、今日の報告と今後の対応を決める上で、先に知っておいて欲しいのですわ…」



 夫人の綺麗な唇から、不穏な言葉が紡がれる。



「ああ。では、頼むよ?」


 そう答える公爵は、悪事などした事がないような、無垢で綺麗な微笑みを浮かべていた。




「ありがとうございます。


 …それでは、私から皆に共有したいのは、先日私が調査を請け負った、菓子の成分解析の結果ですわ。


 まず、その菓子には、手作りの品ということもあり、常在する菌を含め、腹痛や病の原因になるような菌が、たっぷりと付着しておりましたわ。


 これだけであれば、話に聞いた通りの、雑でガサツな令嬢による手作りの品であれば、予想が出来る結果ですわ。


 しかし、敢えて申し上げたのは、菓子が【素人の衛生管理の元、本当に手作りで作られた品である。】ということを、まずは、改めて理解して頂きたかったからですわ」



 ここまで夫人が告げた所で、イリスが耐えられないと言った様子で、マナーも弁えずにガタンと席を立ち、忙しなく部屋を退室した。



 イリスの行動によって、その場の時間が静止する。



「…少し待ってあげようか」



 公爵がそう言うと、口を閉ざし静かに、退室したイリスを待った。


 しばらくすると、イリスは戻ってきた。

 その顔色は悪く、酷く青白かった。



「…イリス大丈夫かい?」



「…はい。ご迷惑をお掛けして、申し訳ございません…。もう大丈夫です。…続きをお願い致します」



 そう答えるイリスは、あまり大丈夫そうには見えなかったが、本人が大丈夫だと言っているので、報告は続けられた。




「…では、続けさせて頂きますわ。


 菓子の成分解析の結果、この菓子には、何かしらの依存性のある薬物…毒が、混入されている可能性が、非常に高いと出ました。


 今はまだ、毒や薬物の種類を特定するには、至っておりません。


 ですので、あえて可能性とさせて頂いております。


 …けれど、可愛いネズミちゃんを使って、実験をしてみた所、全ての個体で確かな依存性が確認されました。


 この結果から、菓子への薬物混入は、まず間違いがないと言えますわ」


 

 公爵夫人は言葉を切り、悩ましげな表情を浮かべ言葉を続けた。



「…ですがここで、一つだけ、考慮しなければならない点がございます。


 今回、男爵令嬢の振る舞った菓子に、依存性の高い薬物が混入されているという結果が、明らかになりました。


 ただ同時に、その薬物が混入した危険な菓子を、その作成者たる男爵令嬢が無謀にも素手で触れて、取り扱っている。という可能性も同時に提示された事ですわ」



「これについては、2つの可能性が考えられますわ。


 1つ目は、男爵令嬢が本当にガサツ故に、薬物で危険と知っていても、気にせず素手で取り扱っている。


 2つ目は、男爵令嬢は何も知らずに、薬物を混入している、もしくは、誰かに後から混入されている。


 単純に考えると、この2つの可能性が考えられます。


 1つ目なら、彼女は加害者。

 2つ目なら、彼女も被害者になりますわ…。



 この件を踏まえた上で、今後の計画を、皆で再度検討致しましょう?…私からは以上ですわ」

 


 そう言って、夫人はグラスを一度、ゆっくりと回した。美しい夫人の困惑したかのような表情は、庇護欲を掻き立てた。



「…そうか…ありがとう」

 公爵は何かを思案していたが、その後ゆっくりと口を開く。




「…では、次は私から共有させて貰おうかな。


 男爵家の調査結果が、少しずつだけど出て来ていてね。裏取りが済んだ事実から、皆に伝えるから聞いて欲しい。


 マーテル男爵家は、ただの男爵家だと思っていたけれど、実際はそんな事は無かったんだ。


 表向きマーテル男爵家は、他国の染料や薬草を取り扱う商売を行うと、この国では事業登録をしている。


 けれど、実は彼は近隣3カ国に、爵位を持っているんだ。それぞれ男爵や準男爵などで、爵位自体は高位ではない。


 それでも爵位を、近隣諸国で買い、保持し続けているんだ」





「皆も知っての通り、爵位の維持には、莫大な金がかかる。


 だから、いくら低い爵位と言っても、複数の国で爵位を所持し、維持し続けるメリットは、本来ならば存在しない。


 けれど、今回のように危険な薬物を使って、国家権力を揺がしたり、流通させ国を蝕む事が目的ならば、話は別だ。


 我が国では禁止されるような危険な薬物であっても、他の国では医療用として、合法的に容認されていたり、そもそも法律すら曖昧な国もある。


 そういった国で、合法なり非合法なり薬物を栽培し、他国へ流通するのならば、爵位より便利なものはない。


 …爵位は、金で買える信用と一緒だからね。


 平民が他国から薬物を持ち込むよりも、爵位がある人間が、爵位という信頼を盾に、他国から薬物を持ち込む方が、より安全で大量にそして安定的に、仕入れ続ける事が出来るだろう…。


 思ったよりも、問題は根深そうだ…」




 公爵はそう言って、ワイングラスをクルリと回した。



 そう言って、公爵が浮かべた何かを憂慮するような表情は、酷く魅力的で、人を惹きつける表情だった。


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