第9話 計画1日目を終えて。 食卓



計画実行1日目

ベルトハイド家・食卓・夜

一家集結



 食事を終えた後、血の様に真っ赤なワインを片手に、ベルトハイド家の面々は、それぞれが言葉を交わす事もなく、自由に過ごしていた。



「我が麗しき同胞達よ。計画1日目の終わりに、乾杯しようではないか?」


 笑みを浮かべる公爵は、今日も麗しい。綺麗な笑顔なのに、どこか危険な香りがする。



「悲願達成の為に」

 公爵がグラスを軽く持ち上げる



「「「悲願達成の為に」」」

 公爵に続いて、皆がグラスを持ち、音のない乾杯を交わし、血の様に真っ赤なワインを呷る。



「それでは、進捗を教えて貰おうかな…誰からが良いかな?」



「…それでは、私からお願いしたいですわ。旦那様」


 そう言って、夫人がグラスを僅かに持ち上げる。夫人は今日も美しく艶やかで、夫人の一挙手一投足が、視線を華麗に攫っていく。


「ああ。頼むよ」


 という公爵の合図を受けて、夫人の真っ赤な唇を薄く開き、ゆっくりと語り出す。




「本日のお茶会にて、派閥の皆様に、アリスがジーク殿下の婚約者候補となる事を、周知いたしました。


 その中で何名か、反抗的な態度を取る者がおりましたが…

 全員、しっかりと牙を折っておきましたわ。


『そんな事、聞いてない!』とか、生意気な事を言ってきますのよ。


 可笑しいでしょう?笑いを堪えるのが大変でしたわ。

 言ってないのだから、当然、聞いてるはずがありませんのに」


 そう言って笑う公爵夫人は、心底愉快な状況だと、楽しむように微笑んでいた。




「そうか…。我が家に楯突くような、愚か者がまだ残っているのか…。

 でも、ありがとう。

 これで無事に、これからの行動への建前が出来たね?」


 そう言って公爵は、綺麗に微笑んだ。




「では、お父様。次は私ですわ!好物は後で頂きましょう?」



 と、少女が無邪気に笑いながら、細く美しい指をグラスに這わせ、僅かに持ち上げる。




「…」

 少女の言葉を受けて、傍に座る儚げな美貌を持つ青年が、眉間に皺を寄せ、痛ましげな顔をする。




「…ではアリス。頼むよ?」




「はい。お父様。

 私は本日、ジーク殿下と接触致しました。

 ジーク殿下に直接、婚約者候補となる件の、ご承諾を頂きましたわ。


 ですが、イリスお兄様の事前情報通り、ジーク殿下の様子は、…不敬ですが、とても変でしたわ。


 ミーナ嬢の名前を出した瞬間に、女である私に対して、声を荒げて怒鳴り付け、激しい怒りを露わにされました…。


 以前までの、紳士的なジークお兄さまの様子とは、酷くかけ離れていて、同一人物とは思えない程でしたわ。


 それに、情緒の不安定さも際だっておりましたが、同時に、酷く体調が悪そうな様子で、頭を抑えてフラついているのも気になりました。


 冷静な判断が出来ているのか…大変怪しい所かと。


 今後の計画を実行するにあたり、ジーク殿下の変化の原因は、探る必要があるのかな?と、思いましたわ」





「…なるほど。それは怖い思いをしたね。大丈夫だったかい?」



「ええ。問題ありませんわ」



「今後は少し気をつけなさい。出来るだけ、2人きりにはならない様に…」



「それにしても、困った話だね。

 …ジーク殿下のそんな様子が広まったら、王位どころでは無い。…本人も辛いだろうし、何とかしなければならないね…」



 そう言って公爵は、思案するようにグラスを撫でた。



「…では、次はイリス…頼めるかな?」



「…はい。お父様」




「…本日は、アリスがジーク殿下との時間を過ごせるように、ミーナ嬢を引き離しました。


 その際に、ミーナ嬢に対する聞き取りを行いました。


『ジーク殿下や、その他の令息達を、どのように思っているのか?』と、本人に聞いてみたところ、ミーナ嬢は"全員が好き"と回答致しました。


 ですので、ミーナ嬢は殿下だけを狙い、王妃や妃の座を狙っている。…という事では、無いようです。


 また、ミーナ嬢の自由な振る舞いを、彼女のご両親である男爵夫妻は容認しております。


 信じられない事に。叱るどころか、"みんなと仲良く出来て偉いぞ"等と、ミーナ嬢の振る舞いを、褒めているようです。


 ミーナ嬢がやっている事は、全く理解出来ませんが【計画的に、この事態を引き起こしている】という事は、無い。と、思われます…」




「…正気を疑いますわ…」

 公爵夫人が綺麗な眉を僅かに寄せて、疑問を溢す。



「お母様?これが彼女が説く【自由恋愛】ですわ。ジーク殿下も、大変共感しておりましてよ?」



「まぁ…ジーク殿下まで…」



「…理解が難しいね。革新的というか、何というか…」



「…はい。ミーナ嬢が何を言っているのか、何を考えているのか…全く理解出来ません…」



 イリスが思い出したように、話を続ける。



「…それと、少し別件ですが、いつも彼女が配り歩いている【手作り菓子】を入手しました。


 彼女なりの、お礼だそうです。


 この菓子を、殿下を含めた彼女を取り巻く令息達に、事あるごとに配っております。


 気持ちが悪くて、今まで一度も食べた事はありませんが、物証として持ち帰りました」



 そう言ってイリスは、小袋に入った【手作り菓子】を食卓へと提出した。



 それを妹であるアリスが、興味深そうに覗き込み、小袋を開けて中身を取り出そうとする。




「やめなさい。触らない方が良い。

 この菓子については、後ほど成分解析をしよう。

 …殿下の様子から察するに、何かが盛られている可能性がある」




「…では、それは私にお任せください旦那様」




「ああ。ありがとう。よろしく頼むよ」

 そう言って公爵は、ゆるりと微笑んだ。




「では、最後は私か…。


 皆、初日からよくやってくれた。

 本当にありがとう。


 私は先日、女神にお願いをして、アリスを婚約者候補に押し入れてから、


 ミーナ・マーテル男爵令嬢及び、マーテル男爵家の調査を開始している。


 ミーナ嬢の出生調査から、男爵家の資金の流れ、交友関係まで、広く調査を入れている。


 少し調べただけでも、面白い結果が出てきそうなんだ。

 けれど、なんせ情報が膨大でね…もう少し時間がかかりそうだ…。


 だから、引き続き調査を進める。

 詳しくわかった段階で、皆にも共有しよう。


 それと、みんなが自由に動けるように、動かせるお金を増やしたから、今後は自由に使ってくれて構わないよ。


 私からはこんな所かな…。他に何か言いたいことがある人は居るかな?」






「…無いようであれば、今後の計画を再度確認して、明日からに備えようじゃないか…」




 そう言って公爵が笑顔を浮かべ、ゆるりとワインを口に含んだ。



 美しく優しい見た目をした公爵が、薄暗い食卓で、血の様に真っ赤なワインを口に含む光景は、不思議と酷く怪しくて、その食卓を不気味に見せた。

 



 王位奪取計画・第一段階・準備 完。

・ベルトハイド公爵家にて、計画全体の進捗確認。

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