第6話 地獄のランチ・後編 ▼イリス視点▼

引き続きランチタイム。

兄・イリス視点




 その後、口の中を念入りに洗い、再び笑顔を携えて、何事もなかったかの様に、彼女の元へと戻る。



「あー!イリス遅ぉーい!どこ行ってたのぉー!?ねぇ!もぉデザートだよ!食べても良ぃ?」


「…ああ。ごめんよ。教師に呼び止められてしまってね…もちろん構わないよ」


「わーい!嬉しいっ!」


「…」


 内心では、たっぷり2人分食べた後に、まだ食べるのか!?と、驚き、呆れながらも、スイーツを貪り食うミーナ嬢を、笑顔を浮かべて見守る。



 再び込み上げる吐き気を抑える為に、用意された紅茶を、口に含む。



「それでぇ?イリスのお話って、何なのかなぁー?

 ねぇ!ミーナに教えてぇ?」


 そう言って、ミーナ嬢が顔を傾けて、あざとい表情で聞いてくる。


 

 彼女は、彼女自身がより良く見える仕草を、理解しているようだ…。



 だが、どこか未熟で、あからさまな意図が、透けて見える…。



 そんな稚拙な仕草でも、積極的に用いて、彼女なりに物事を、彼女に有利に進めようとしているのだろう….。



 今まさに、その稚拙な仕草を、こちらに対して駆使してきている。



 その事実に、苛立ちを覚えながらも、彼女の問いに対して、慎重に回答をする。




「…実は、ミーナ嬢がジーク殿下に、好意を寄せているんじゃないか…と、思っているのだけれど…


 ミーナ嬢は、他の男にも優しいだろう?


 …だから、実際の所は、どう思ってるのかを知りたくて…」



 と、慎重に疑問を投げかける。




 すると彼女は目を輝かせた。



「やーん!恋のお話なのね!もうっ!イリスったらぁ!可愛いぃー!」



「……は、恥ずかしいな…」



 何が可愛いのか、全くわからなくて、明確な怒りが込み上げる。理性を総動員して、何とか平静を装う。


 怒りで思わず赤くなってしまった顔を、誤魔化す為に、あえて照れたふりをして、ミーナ嬢の答えを待った。





「うーん。イリスにはぁ、特別に教えてあげようかなぁー?ミーナの好きな人のこと…」



 たっぷりと溜めて、上目遣いでそう告げられる。



「…ありがとう」



「でもぉ、タダで教えるのは…ミーナ嫌だなぁ〜」



 そんなふざけた答えをミーナ嬢は、媚びた声で、弄ぶ様な笑顔に乗せて述べてくる。



「…そうか…では、どうしたら良いかな?」


 先ずは、そのムカつく横っ面を、思いっきりぶん殴ってみようか?等と、物騒な事を考えるも、早る衝動を抑えつけて、笑顔を浮かべて冷静に尋ねる。



 レディーは絶対に殴らないが、思うぐらいは良いだろう。



「んふふ!えっとねぇ!ミーナのほっぺにぃ、イリスがチューしてくれたらぁ、教えてあげるぅー!」



 そう言って、ミーナ嬢が期待を込めた目で見つめてくる。



 そして、笑みを浮かべ、静かに目を閉じた。



 完全に待たれている…。



 死ぬほど嫌だ。



 だが、計画の為だ…。



 …仕方がないと割り切って、ミーナ嬢の頬に、そっとキスをする。



 先ほど、食べカスが付いてた頬とは、別の頬を選んだのは、最後の抵抗だった。




 すると彼女は、自分から頼んだにも関わらず、わざとらしく驚いた表情を浮かべ、顔を赤らめて、上目遣いで見上げてきた。



 そんな彼女に対して、無性に腹が立ったので、彼女を無視して自分の席に戻る。



 そして「…さぁ教えて…?」と言って、先程彼女がやったのと同じ様に、あざとい表情を浮かべて、小首を傾げて見せつけた。




 すると彼女は、顔を赤くして、口をパクパクさせた。



「はわわわぁ!ミーナったら、イリスにドキドキしちゃった!どうしよぉー!うわぁーん!恥ずかしいっ!」



 キャアキャアと騒いでいるが、大人しくなるまで、笑顔を浮かべて静かに待つ。




「…んとねぇ。えとねぇ。

 ミーナの好きな人のことだったよね?


 ミーナの好きな人はねぇ!


 んー!


 わかんないかなぁー!


 ミーナわぁ、みんなが好きなの!


 ジークも好きだし、イリスも好き!サイラスも好きだし、ロバートも好き!ニックも好きだし、アルも好きなの!…キャッ!言っちゃった!恥ずかしい!」




「…」




 予想の100倍は理解出来ない回答が飛んできて、不覚にも思考が停止する。


 思考は、まるで追いついていないが、会話を途切れさせたくないので、質問を続ける。




「…因みに、それぞれどんな所が好きなのか…とか、聞いても良いのかな?」




「やーん!恥ずかしぃー!…けど良いよぉ?イリスにだけ、教えてあげるぅー!特別なんだからね?」



「あ、ああ。…ありがとう」



「んーとねぇ。


 ジークは格好良くて、王子様な所が好きで

 サイラスは格好良くて、筋肉な所が好き!

 ロバートは格好良くて、賢い所が好き!

 ニックは格好良くて、可愛い所が好き!

 アルは格好良くて、優しい所が好き!


 …それとぉ、イリスの格好良くて、綺麗な所が好き…」



 ミーナ嬢が顔を赤らめ上目遣いで、こちらを見つめてくる。



 

「…ありがとう。う、嬉しいよ」


 再び、嫌悪感に襲われ、背筋が寒くなるが、なんとか耐える。




「…ミーナね、イリスがミーナの事を、知ろうとして、いっぱい質問してくれて、理解しようとしてくれてるんでしょ?


 だから今、とぉっても嬉しいの…。


 ミーナったら、イリスの事を…もっと好きに…なっちゃったかも…」




 そう言って、ミーナ嬢が恥ずかしそうに微笑んだ。




「…とても光栄だな…。嬉しいよ。

 それに、ミーナ嬢の言う"自由恋愛"の考え方が、少しずつわかってきたよ。…ありがとう。


 …けれど、この国は基本的に一夫一妻制な事は知っているかな…?


 …だから、君は将来的には、1人の男性に絞ったりするのかい?」





 するとミーナ嬢は、キョトンとした表情を浮かべその後、楽しそうに笑い出した。




「やだぁー!将来とかぁ!…イリスったら真面目すぎ!


 …あぁ!でも、ミーナわかっちゃったかも!


 もしかしてぇ、真面目なイリス君わぁ、ミーナとの将来の事とかぁ、考えてくれたのかなぁ?


 …そうだったらミーナ嬉しいなぁ!


 だけどぉ、将来のこととか難しくて、ミーナにはわかんないかなぁ!


 イリスにも教えてあげるけどぉ、今が楽しければ、それで良いんだよ?」




「…な、なるほど…」




 相槌を打ってみたものの、目の前の少女が何を言っているのか、まるで理解が出来ない。


 "何がどう良いのか"、一から説明してみろ。と、問い質してやりたいが、決して聞きたくはない。


 それに、聞いたとしても、理解は出来ない自信がある。





「…マーテル男爵達…ミーナ嬢のご両親は、なんて言っているのかな?」




「んー?ミーナのパパとママ?

 ミーナの事を応援してくれてるよぉ!色んな人といっぱい仲良く出来て偉いぞぉー!って褒めてくれるのぉ!」





「…そうなのか。……そろそろ時間かな…?

 ミーナ嬢。今日は、色々教えてくれてありがとう」




「ううん!全然だよぉ〜!とぉってもランチ美味しかったもん!後でお礼にぃ、ミーナの特製手作りクッキーあげるね?楽しみにしててね!」



「…ああ。ありがとう」



「じゃあ、ミーナお腹いっぱいになったし、もう行くねぇー!イリスまたねぇー!バイバーイ!」



 そう言って、手を振りながら掛けていった。



 彼女が去って行く姿が見えなくなった後、もう一度吐いた。



 王位奪取計画・第一段階。準備。

・イリスがミーナを足止めする

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