第2話 悪党の食卓。
血族とは、血を分けた自分の分身達であり、自分の意志を継ぐ者達である。
思想とは、置かれた環境や、周囲の方針、考え方によって育まれる。
家族とは、血で結ばれた、同じ思想を持つ者達の総称である。
悪党の食卓。
月明かりが差し込む不気味な夜に、ベルトハイド公爵家の面々は一堂に会し、食卓に着く。
マナーを遵守した貴族の食事の席は、酷く静かで、家族といえども会話は無い。
その静けさに満ちた異様な空間は、見るものに不安を抱かせる。
コースで用意される料理のみが、時間の経過と変化を告げていく。
しかし、唯一変化をもたらし続けていた料理も、メインの肉料理を終えた後には、全て片付けられてしまった。
通常であれば、デセール(デザート) 、カフェ・ブティフール(コーヒーや紅茶と菓子)と控えているはずであるが、ベルトハイド公爵家では出番がない。
代わりに用意されたのは、血を溶かし込んだような、真っ赤なワインであった。
ベルトハイド家の者達は、甘いスイーツや鮮やかなデザートは、食べる必要があるのであれば、喜んで口にするが、必要がなければ、一切口にはする事はない。
ここまで来てようやく、誰かが口を開く。
「我が麗しき同胞達よ。こうして同じ食卓を囲める事を、心から嬉しく思う」
そう発言した公爵は、穏やかで人の良さそうな笑みを浮かべていた。
その笑顔を見ると、感じていた不安や恐怖が解けていくようだった。
「ええ、旦那様。とても喜ばしい事ですわ」
と、返答したのは公爵夫人だ。美しい微笑みを浮かべる彼女は、年齢不詳で麗しい。そしてどこか魅惑的だ。
「…今日はどう言った、ご要件で?」
感情もなく聞いたのは、触ると危ないとわかるのに、それでも触れてみたいと思わせるような、儚くも怪しい美貌を持った美青年だ。
「お兄様?そんなに焦ってはいけませんわ。夜は長いのですもの。楽しみましょ?」
最後に口を開いたのは、怪しげな魅力を秘めた、美しき少女だ。綺麗に塗られた爪は、彼女の美貌を恐ろしく引き立てている。
「その通りだ。焦っても良いことは無いよ。
それとも反抗期かい?…成長は喜ばしい事だが、残念ながら今は祝ってはやれないな。
…なんせ、我らの女神が不機嫌なのだからね」
「…まぁ。それは、…ジーク殿下が原因かしら?」
「…最近のジークは可笑しい…」
「…イリス。そんな言い方をしてはいけないよ?
けれど、ジーク殿下が原因なのは正解だ。
女神は、醜い蛾が、ジーク殿下を惑わしている事に、大変心を痛めておられるんだ」
「ミーナ・マーテル男爵令嬢ね。お父様」
「ああそうだ。…詳しいのなら、どんな状況になっているのか、教えてくれるかな?アリス」
「ええ。お父様。ミーナ・マーテル男爵令嬢は、ジーク殿下を始めとした、貴族の令息達に、日々纏わりついておりますわ。
【自由に恋愛出来ないのは可笑しい!】
【私達、運命で結ばれているみたい!】
【身分で差別するのは間違ってる!】
【私は正しいのに、虐められている!】等と、
高らかに叫んでいる、プロパガンダ令嬢ですわ。
纏わりついて、何をしているのかについては…
私よりお兄様の方が詳しい筈ですわ。
…ねぇ?お兄様」
アリスと呼ばれた令嬢は、心底楽しそうな笑みを浮かべ、兄のイリスに話題を振る。
話題を振られた兄・イリスは渋々返答する。
「…初対面の相手に対して、マナーも爵位も気にせず、いきなり話しかける所から始まって、許可も得ずに名前で呼び、スキンシップと称した、セクハラ行為の数々…。
終いには、気持ちの悪い手作り菓子を、食べろと強要してくる始末…。
四六時中、大声で名前を呼びながら追いかけてきて、もう頭がおかしくなりそうだ…」
そう叫ぶように言うと、そのまま頭を抱えてしまった。
「…あらあら大丈夫?思ったより酷いのね」
「ああ、そうだね。ジーク殿下だけではないのかい?」
「ええお父様。彼女の言う【自由恋愛】とは…そういうもの。らしいですわ」
「…ただでさえ、アレクシス殿下が成人される年で、王太子の座を巡る争いは、日夜大いに過熱している…。
こんなに大切な時期だというのに…酷く迷惑で厄介な蛾だね?」
「…偶然死んでしまうのなら、仕方がないのではなくて?」
夫人の真っ赤な唇から、過激な発言が溢れ落ちる。
「ああ。そうだね。
けれど、早まってはいけないよ。
第一王子殿下が飼っている蛾だったり、他国からの紐付きの蛾なら、事は酷く厄介だ…。我らの女神はそれを懸念していてね…」
「…ここからが本題なのだが、女神から密命が下された。
同胞達よ。遂に時は満ちた。
我らがベルトハイドの血を引く【第二王子・ジーク殿下に、王位を捧げよ】と命が下った。
そして、同時に王位に立つにあたって、醜い蛾が付き纏っているのは都合が悪い。
【邪魔者を排除せよ】とも命じられている」
「…旦那様、方法の指定は御座いますの?」
「いいや無い。だが、女神に迷惑が掛からない様にするのは絶対条件だ。
…もちろん簡単では無い。
けれど、金と人はどれだけ使っても構わない」
「…でもお父様…ジーク殿下のお気に入りの蛾ですのよ?」
「ああ。そこが難しいところだね。
まずは、殿下の目を覚ますところから、取り組む必要がある。…何か考えなくてはいけないね」
「…正直、難しいかと。…最近のジークは友人の言葉も聞き入れず、むしろ恋敵として扱ってくる始末です…」
「…出来ない理由を探すのは簡単だよ。
けれど、そんな返答を、我らの女神は望んでいない。
わかるかい?出来ないは、あり得ないんだ。
自由に動けない女神の為に、我等が代わりに成し遂げる…必ずね。
わかってくれるかな?我が同胞達よ」
「もちろんですわ旦那様」
「ええ。成し遂げてみせますわ」
「出来ないとは言ってないです…」
「うんうん。皆が理解してくれて嬉しいよ。
それでは、我らが血族の誇りにかけて、必ずや成し遂げて見せようじゃないか」
「我等、血族…ベルトハイドの悲願達成の為に」
「「「悲願達成の為に」」」
公爵の合図により、皆がグラスを掲げ、音の鳴らない乾杯を交わし、血を溶かし込んだ様な真っ赤なワインを、一気に煽った。
その後、ベルトハイド公爵家一同による、綿密な"男爵令嬢・排除計画"及び"第二王子による王位奪取計画"が練られたのであった。
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