日常

靴を履くことも忘れたまま

おばあちゃんが『闇の魔法使い』だと分かってから、約20年が過ぎた。


 私は20年の間に、おばあちゃんと一緒に暮らしていくうちに、心が落ち着いていった。

なぜそういう表現になっているかと言うと、私は小学生から高校生くらいまでの頃、周囲から何かしら嫌がらせを受けていて、心が荒れ放題だったからだ。


 でも、おばあちゃんの存在と、おばあちゃんの『闇の魔法』のおかげで、どんどん気持ちが明るく元気になっていった。

嫌がらせを受けていた間も、おばあちゃんのおかげもあって、なんとか辛い気持ちを乗り越えられた。

 

 今は少し、仕事を休業している。近年また、嫌がらせを受け続け、心が少し辛くなったからだ。

おばあちゃんは最近、いつもこの話をしてくれる。


「歩(あゆみ)ちゃん、少し休みましょう?あなたの名前の漢字、『少し止まる』と書くように、あなたは少し休んだ方がいいよ」

続けて、母もこういってくれた。

「あなたは我慢しすぎだし、頑張り過ぎたのよ。私も今は休んだ方が良いと思う」

二人の言葉が心に染みる。


「ありがとう、お母さん、おばあちゃん……」

私の目元にじんわりと、涙が浮かぶ。


「そう言えば最近、おばあちゃん若返ったように見えるよ」

母がそう言うと、おばあちゃんもこう返した。

「緋奈(ひな)ちゃんも、昔から若白髪に悩んんでいくらいだったのに、今はすっかり頭が黒々してるよ」

なんでだろうね、と二人して談笑していた。


 その時だった。

家の近くのマンションの何階からか、小さい子供がベランダから転落するのが見えた。




 私は急いで、転落場所に向かった。

今は冬。はんてんを羽織っていた私は、なりふり構わず人前に出ると、スマホで救急車を呼ぶ人や、野次馬達など、さまざまな人が集まっていたのを見た。

そして、子供がコンクリートの上で横たわって動けずにいるのを見た。


「ちょっと、どいてください! すみません、ちょっと……!」

なんなんだこいつ、なんなんだこんな時に、そんな視線が自身に突き刺さるのが分かる。


 でも、そんなこと気にしている場合ではない。

私は、転落し、意識をしっかり保てていない子供の『感じ』を感じると、それは全身に痛みを走らせているように感じた。


「坊や、今、痛みを和らげてあげるからね」

そう子供に呼びかける。


「全身を強く打ったようです! 救急にそれを伝えてください!」

「なんでそんなこと……」

言えるんだ?、と私に言いたい気持ちはよく分かる。

「早く伝えてください! 私は簡単に処置を行います!」


 私はそう言うと、その子の痛みの原因を救急車が来るまでに取り除く作業に移った。

私は両掌を子供にかざした。


 本当はバレたくなかった、でも急を要するから仕方がない。

そんな気持ちではいたが、目の前の子供に集中する。


「この子の痛みとその原因を取り除きます」

頭の中で唱える。すると、私の掌は優しいピンク色の光を放った。


 ピンク色の光は、そのまま子供の全身を包み込む。

すると、子供の全身の痛みが少しずつだけど、引いていくのが感じられた。


 そして、1、2分くらいそれを続けていると、子供の声が聞こえた。


「お姉ちゃん、ありがとう……」




 子供を乗せた救急車を見送ると、私はいつの間にかこの場所へ来ていた、母とおばあちゃんの方を向く。

野次馬達も、私をまじまじと見ている。


「歩ちゃん、まさか……」

おばあちゃんが、驚いているようだ。


「うん、バレたね。バレまくったね」

私は観念して俯いた。


「私達が最近、若返っていたように思ってたのって……」

母が混乱しているように見える。


「実は、こっそり手が発光しないように、遠くから隠れて二人を治癒していた影響で、二人とも若返ってましたー!」

パッと斜め上を向いて明るく言ってみせた。開き直ったのだ。

そして、そんなことを思った。実は魔法の影響で、実年齢より外見年齢が若返っていた、私。使い手にも効果があるんだな、これが!

それで、嫉妬心からの嫌がらせを受けていて参っていた訳で。


「治癒の魔法使い……!!!」


 野次馬の誰かがそう言った。

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