藤色の心の魔法使い
糸石刃純
序章
ウィスタリア・ハート・マジシャン
私が8歳になった頃、おばあちゃんは九州の田舎町からやってきた。
当時、おばあちゃんはおじいちゃんと二人で築30年の一戸建てに住んでいたが、おじいちゃんがこの世からさると、私の母の緋奈が、おばあちゃんを引き取った。
小柄で可愛らしくて、けっこう頑固な、でもとっても優しいおばあちゃんは、私にとって自慢だった。
ある日、おばあちゃんとお母さんと私の三人で、名古屋駅に向かう電車に乗っていた。
休日の午前中だったのだが、やはり車内はかなりの人で混みあっていた。
すると同じ車両に母親が押しているベビーカーに乗った赤ちゃんが泣き出した。
母親が慌てて赤ちゃんをあやそうと抱き上げようとした時だった。
「おい! うるせぇ……」
中年くらいだろうか、男性の怒号が聞こえたかと思うと、それは中途半端なところで途切れた。
「なんだろう?」
そう思いながらも、声の主の方に目をやると。
そこには、目元に黒いモヤのような、霧のような何かが覆いかぶさって、崩れた姿勢で座っている男性の姿があった。
ただ姿勢を崩しているだけの割には不自然だし、何よりあの目元の黒やつはなんだろう?
そう思っていると、男性の目元から黒いモヤのような霧のような何かがスッと消えて、今度は赤ちゃんの方に手をかざす、おばあちゃんの姿が視界に入った。
おばあちゃんの掌の方から、先ほどの黒いモヤのような霧のような何かがふわふわと溢れ出していた。
やがてそれは、赤ちゃんを包み込んだかと思うと、赤ちゃんの左胸の方に吸い込まれていった。
「え?」
私がそう思っているうちに、赤ちゃんは泣き止んだ。
安らかな表情で眠っている?、私にはそう見えた。
おばあちゃんはゆっくりと、先ほど泣いていた赤ちゃんとその母親の方にゆっくり向かうと、キョトンとした、そして少し怯えた表情の母親に話しかけた。
「心配しないで。ちょっと魔法で落ち着かせただけよ。しばらくしたら起きるよ」
おばあちゃんは、私とお母さんの元にゆっくりと戻ると、私達に優しく微笑んだ。
「びっくりした?」
静かにそう言った、おばあちゃんは、驚いている私とお母さんに話を続けた。
「あの男性、赤ちゃんに向かって怒鳴りながら立ち上がって歩こうとしたみたいだから、視界を奪って少し眠ってもらったの」
「は、はい……」
私はやっとの思いで返事をした。
「赤ちゃんの方には何をしたの?おばあちゃん」
お母さんが、やっとの思いで言葉を発しているように見えた。
「ふふ、それはね、赤ちゃんの心を優しい闇で包んだの。安心感を与える、心地よい暗闇をね」
「や、闇……?」
私はやっとの思いで言葉を紡いだ。
おばあちゃんは、落ち着きながら堂々とした態度でこう言った。
「実はね、私、闇の魔法使いなの」
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