四、

 「公敏、このこと、どう思う?」


 「どう思う…と言われましても、このようなこと、現実とは思われません…」


 「だろうな、私もはじめは夢かと思いはしたが、こうやって目の前で起こってしまっては信じるほかに道はないであろう、こうなった一因…実は私にも少なからずあってな…それ故に足りぬ頭を悩ましているというわけだ」


 「左様でございましたか…しかしこのお方をこのままここにおくこともできませんし…五十嵐さま、私の知り合いに西洋の医学に詳しい者がおります、その者を此処へ連れてまいりましょう」


 「まあ、焦らずともよい、西洋でも東洋でもどうにもならん代物だよこれは、古い古い物の怪の類いの仕業だろうよ、それとなぁ公敏、家の中で五十嵐様はやめろ、おじさんで構わん」


 「はい、でもおじさん、物の怪ってこの前教えてくれた妖怪みたいなものだよね?それがどうしてこんなお嬢さん…いや男…」


 「ああ、それなんだよ、だから解せん…」


 二人が口籠るのも仕方がない、なんてたってもくまの姿がそうなんだ。

 ある部分を除いて、女の体、しかも顔付きは別嬪、ですがその何というか…男のその、所謂イチモツとやらが付いておりまして、それが事もあろうになんともご立派なんでございます、なんともまあ神が二物を与えちまったご様子で。


 理解に苦しむこの状況、顎に手を当て考え込む書生元川の頭から湯気が出てきそうになったころ、お富がすたすたすたとやって来て、襖の前で声をかけた。


 「旦那様、大丈夫ですかえ?」


 「ああ、大丈夫だ、心配かけて悪かったな、それとな、お富、来たついでだコレを無寂庵に持って行って欲しいんだが、頼まれてくれるかい」


 「ええっ!旦那さま、本気ですかい…あたしがあの坊主と仲違いしているの知っているじゃありませんか…」


 「うむ、知らぬ訳ではないのだがな、事が事なだけにな、どうにか頼まれてくれたら…」


 お富と無寂庵の和尚の間には何かがあったらしい。主人の言い付けを断るんだからこれは相当に根深いのがわかる、五十嵐もそれ以上は頼みはしなかったんです。

 

 しかし、そうなったらこうなるように、運命の回路は出来ていたようでございまして、ちゃみに頼んでみてはどうだろうかと話しは進んで行く。

 

 「はい、お安い御用でございます、それでは私はお先に失礼致します」

 

 まだまだ日も明るいのと、帰り道の途中にある無寂庵だ、ちょいと寄って行くぐらいは大した事はない。

 ちゃみは快く、その用を受けたんでありました。


 (よかったー、五十嵐さまにイイ人ができたようだし、これで毎月何度も五十嵐さまのところへ行くことも、なくなるとイイんだけど)


 心晴れ晴れと無寂庵へ向かうちゃみでありましたが、無寂庵へはあと少しというところで旅姿の割には小綺麗な男が声をかけてきたのであります。


 「そこのお嬢さん、ちょっといいかな?」


 「えっ!私ですか?」


 「ええそうですとも、他に誰がいらっしゃる、なに怪しい者ではございませんよ、私はしがない旅の者でしてね、古い知り合いのところへ行く途中で道に迷ってしまいましてな、少し道をお尋ねしたくてね…」


 「あら、そうですか…で、どちらへ行かれるのかしら?」


 「五十嵐 宗則、という男のところへ行きたいんですがね…ご存知ですかな」


 「あら、五十嵐さまのお屋敷ね、それならこの道を北へ進んで橋を渡って、ひとつ目の通りを右に行けば、すぐ見えてきますよ」


 「ありがとう…お嬢さん助かったよ、それではまたあとで…」


 「いいえ、あなた様もお気をつけて、それでは失礼致します」


 二人が別れて少し行ったところで、ちゃみはふと立ち止まった。

 

 またあとで…その言葉が、なぜだか気にかかったんです。

 振り返り、旅の男をチラッと見ると、なんとも言えない胸のあたりがボウッとするような不思議な気持ちになったのでありました。


 旅の男が気になりますが、だいぶお疲れのご様子の方が多いようで、それなら今回はこの辺りでお互いに勘弁していただきまして、一旦休憩でございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かぷーん。余程人間とは云えぬ者、 満梛 平太郎 @churyuho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ