三、

 さてさて、今回のお話しは、『あさかけ屋』という東京で名の知れた鳥飯屋の養女ちゃみ、この娘を中心に展開していくのでありますが、このあさかけ屋の鳥飯がなんとも絶品で日本一と言っても過言じゃない。

 

 明治に入って牛肉を扱う店が増えた中、あさかけ屋は鳥一筋、店主の信念が強いときたもんだ!そんな頑固なお店の養女ちゃみ、今日は使いに出ていたのでありましたが…


 「もう、イヤだイヤだ、せっかく雨が上がったっていうのに、また五十嵐さまのお屋敷に行くなんて、今週はもう二回目よ、一回だってイヤだっていうのに…はぁー…仕事仕事、ごめんくださーい、あさかけ屋ですー」


 大きな声は屋敷に響き、門がギィーと開きますと。


 「はーい、ちゃみちゃんいつもわるいねぇ、暑いし雨上がりで足場も悪かったでしょ?こんな日にわざわざ頼まなくていいのにねえまったく、今日はあたしが夕飯作りますからって言っても全然聞かないんだから旦那様は、どうしてもちゃみちゃんに会いたいもんだからね、鳥飯を頼め頼めってうるさいんだよ、ほんとごめんなさいね」


 「ええ、お気になさらないでください。イイんですよ、うちは五十嵐さまがたくさん頼んでくれる分助かるんですから、感謝しているんです」


 「まったく、ちゃみちゃんには頭が上がらないね…、ねぇ、それにしても…今日は静かだと思わないかい?」


 「はい、言われてみれば…そういえば五十嵐さまのお姿が見当たりませんね」


 「そうなんだよ、それがねさっきそこの銭湯でね…」


 女中のお富の話しによれば、五十嵐は銭湯から女を連れて帰ると、その女と自分の居間にささっと入ったままで、それきり出て来ないという。


 「まあ、五十嵐さまにも、いよいよ良きお方が現れたのですね!ああ、私心底嬉しいです、ほんとにおめでたいお話しです」


 「そうだねえ、でもほんとにいいのかい?旦那様は元お武家様で土地もお金もあるんだよ、そりゃ見た目は良くないかもしれないけれどね、心根は優しいお方なんだ、昔じゃ考えられないイイ縁談じゃないか」


 「ええ、イイんです、私にはお武家様のお嫁なんて務まりませんから」


 ちゃみがそう思うのも、仕方がない、この新しい時代には身分制度が消えたといってもたかだか二十年、千年以上の伝統がすぐに消えるわけはないのです、武家と町民、釣り合いなんて取れはしない…そんな理由をつけては五十嵐のプロポーズを断っていたんです。


 「そうかい、せっかく新しい時代になったのにね、私だったら直ぐに決めちまうんだけどね、一度でもイイから奥方様なんて言われてみたいもんだけどねえ」


 お富が冗談交じりにそう言って、年甲斐もなく目を細めていると、突然屋敷の奥の方からババーンッ!!っと大きな音が鳴り響いた。

 

 「きゃー」とちゃみが驚いたのも束の間、お富はすぐに表にいた書生の元川に声をかけると、五十嵐の様子を見に行くよう頼んだのであります。

 

 お富も恐ろしい程に迅速な身のこなしではあるが、ビビュンと急いで五十嵐のいる部屋へ向かう書生元川、うーん、これがなんとも勇ましい。


 「五十嵐さま、ご無事で?」


 「おお、公敏きみとしか、大丈夫大丈夫、心配はいらんよ、丁度いい、こっちへ来なさい」


 「こ、これは!」


 「うむ、厄介なことになってなぁ…」


 部屋に入った書生元川が見たものとは!


 居間の戸をピシャと閉めた、五十嵐はグッと眉間に皺をよせると、ゆっくり腕組みをしたのでございました。

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