第12話 群れ侵攻 ⑤
「ノルン王国聖騎士ジャンヌ!推して通る!」
ついに群れはクロト達の眼前に現れる。大きな掛け声と共に、ジャンヌは数十名の部下と共に出撃した。
続けてアルトとソプラノが出撃準備。羽を広げて飛び立つ間際、アルトはクロトに向かって謝礼する。
「先日はすまなかったノルン王国の勇者よ。非礼をここでお詫びする」
そう言ってアルトは深々と頭を下げる。
「こちらこそ仲間が失礼な態度をとって申し訳ない……」
「……この戦いが終わったら、貴殿とはゆっくり話をしてみたいものだな」
「……。まったくだ……」
それからすぐさま2人は上空へ向かって飛び立った。程なくして、グレイス率いる兵士達が後を追う様に出撃。続けてクロト達も後を追った。
「進め!我らで道をこじ開ける!」
『おおっ!!』
大量に集まった魔物の壁に穴を開けるように、馬を走らせ突撃する。
出し惜しみは無しと言わないばかりに、魔装を片手に、もう一方の手で自前の剣を握りしめ、鬼神の如き勢いで魔物を次から次へと葬り去る。
ジャンヌに続いて突撃した、ジャンヌ直属の部下である青年ジル。彼女の熱狂的な信者である彼は、負けじと最前線でジャンヌと肩を合わせるように魔物を次から次へと薙ぎ倒す。
「前に出過ぎるなジル!陣形を乱せばすぐに囲まれるぞ!」
「わかっておりますジャンヌ隊長。ですが……」
先陣を切って突撃したジャンヌ達も、先の見えない魔物の数に早くも疲れが出始める。常に前へ向かって移動しているため、油断した者は魔物の反撃にあい地面に倒れる。
倒れた者の救護は難しく、重症者などは最悪その場に放置された。
「くっ、魔人はまだ見つからないのか」
徐々に焦りを募らせるジャンヌ。そのころ上空より魔人の捜索と、地上への援護攻撃を行なっていたアルトとソプラノ。彼女達もまた、先の見えぬ状況に少々焦りを感じていた。
「地上の先発隊の進行速度が落ちてきている。このままじゃ魔人を見つける前に全滅するぞ!」
「アルト、我々が焦ってどうするのです。まずは我々が魔人を見つけ出す事が先決。そうでしょう」
「ちっ、わかっちゃいるんだが。いったいどこにいやがるんだ!」
ソプラノの探知能力を駆使しても、未だ魔人の所在は掴めないままだった。強大な魔力を感じ取る事は可能であったが、探知阻害のような魔法を使われているためか、居場所を見つける事が出来ない。
そんな中、地上のクロト達は、ジャンヌ達が切り開いてくれた道をひたすら前に進んでいた。途中包囲を突破して襲い来る魔物を容易く葬りさるが、周囲に気取られぬようにわざと苦戦する様に見せた。
「この様子だと、魔人を見つける前に全滅するな」
現場で感じる切迫感。上空のソプラノ達が見た光景と同様に、地上で見ても進行する勢いが無くなり、それに伴って魔物の反撃が強まり、倒れる者が急激に増えている。
「それはそれで好都合だけど、それじゃつまらないから、景気付けにデカいの一発かましちゃう?」
「それは駄目だ!潜伏している阿頼耶識が巻き添えをくう可能性がある」
「あら、優しいのね」
「当たり前だろう!家族なんだぞ」
勇者として立ち回っているクロト達は、実力の十分の一も出しておらず、ナユタ、セツナに関しても、中級程度の魔法で応戦しているのみだった。
強大な魔法で一気に全てを殲滅する事は可能だが、魔物などと密接しているこの状況で使用すれば、各所に潜伏しながら戦っている阿頼耶識も巻き込んでしまう。
さらに、この場にいる全ての者を消滅させてしまう事は、今後の行動に支障が出る。勇者のみ帰還となるよりは、いくつか群れの討伐から生きて戻った者がいたほうが都合がいい。あくまでヴァルキリーの2人と、ジャンヌを含めた騎士の消滅が目的である。
「それにしても数が多いわね。まるで今も増え続けているみたいに……」
そもそも小国規模とは途方もない数だが、目視する体感上それでは収まりがつかない程、先が見えない状況だった。突撃を開始してから数十分、かなりの魔物を倒しているはずが、視界を覆う魔物の数が減った様子は無い。
そんな中クロトの元に、先行して偵察を行なっていたルビーが報告を行う。
「クロト様。群れの中枢と思われる魔人を発見致しました」
ルビーはジャンヌが突撃を開始する少し前、阿頼耶識のネームド数人と先行して調査を開始。程なくして、強大な魔力を有する個体を発見し、その内一つを魔人と認識。さらに取り巻きのように存在する、魔人の他3体の準魔人クラスの魔物も確認した。
「魔人の取り巻きが存在!?しかもほぼ同格個体だと」
「はい、間違いありません。調査途中やもえず戦闘に入りましたが、阿頼耶識ネームド3人中2人が負傷、かなりの手練れです」
不可視の衣で姿を消していたにも関わらず、魔人に索敵され、追撃を受けたルビー達。目的は倒す事では無いため、逃げる選択をしたが、遅れたネームドが素早い追撃を受け負傷。
魔装を使用してはならないと言明されていたため力は十二分ではあったが、雌型でラミアの上位種と見られる魔物は、ルビーを含めたネームドとしばし互角に渡り合った。
「ならこのまま前進すれば、勝手にあの聖騎士は命を落とす事になるわね」
「目的は消滅だ、殺害される事じゃない。ルビー、しばしジャンヌを足止めするんだ」
「御意」
禁忌の力で消滅させる場合、生きている場合と死んでいる場合では少し異なる。生きている者へは力が十二分に発揮されるが、死んでいる者へは上手く発揮されず、誤差が生じる場合がある。
ジャンヌやジルといったある程度影響力のある人間は、確実にこちらが始末する必要があった。
ルビーがこれを承諾した次の瞬間、上空のアルトが地上に急降下して報告する。
「朗報だ!ソプラノが魔人を発見した!場所は現在地より南西方向、数百メートルの場所だ!」
「そうか!感謝する。皆!私に続け!!」
伝令を聞いたジャンヌは進行方向を修正、消耗した体に鞭を打って、粉骨砕身で突撃を再開する。
アルトもすぐさま急上昇し、ソプラノと共に先行して魔人に攻撃を仕掛ける。しかし、潜伏していた取り巻きの反撃を受け、2人は地表に落下してしまう。
「なっ、なんだコイツら!」
落下の衝撃で腹部に衝撃を受け、口内に血を滲ますアルト。
「どうやら魔人の知能の高さを見誤っていたようですね」
2人の前で、魔人を守護するように立ち塞がるのは、ラミア種の上位種が2体とデュラハンが1体。
特に厄介なのがこのデュラハンで、Bランク相当の魔物であり、特性上一部の魔法効果を無効にし、耐久値が非常に高い。
ラミアも後方からの魔法詠唱が厄介で、これを突破しなければ魔人には辿りつかない。
「魔物が連携するとは面白い!不意打ちはくらったけど、お前ら程度私らの敵じゃないね!」
ジャンヌ達を待ってから一気に仕掛けたほうが効率がいいのはわかっているが、そんな猶予は無いだろう。
アルトは魔装を手に、一気に勝負に出る。
「魔装、乙女の戦鎚!砕けろ、粉砕地撃!」
勢いよく振り下ろされたアルトの戦鎚は、地面に直撃すると大地を割る。
割れた大地に、デュラハンとラミア、その他無数の魔物は割れ目に飲み込まれるように沈み込む。
「魔装、断絶の十字架!」
沈みゆく魔物に追撃を仕掛けようと、ソプラノは巨大な十字架の大剣で、空を十字に断つ。
「断裂十字斬!」
空を斬った十字架が、十字の巨大な斬撃となって降り注ぐ。
『無駄だ!』
斬撃が直撃する刹那、デュラハンとラミアは魔人の魔法によって転移させられ攻撃を回避。すぐさま2人に向かって反撃する。
「バカな!直撃だったはず!」
油断していたアルトは、デュラハンの持つ巨大な剣により腹部を損傷。傷は浅いが、腹部から血が吹き上げる。
「アルト!」
助けに入ろうとしたソプラノだったが、ラミアの激しい魔法の追撃を受け、激しいダメージを負う。
「くそっ、どうなってやがる、確かに直撃したはずなのに!」
「おっ、おそらく魔人による転移魔法。あの魔人、上級魔法を使用する事が可能なようです」
すぐさまソプラノの回復魔法で簡易的に傷を癒す2人。だが傷は癒えども、現状勝算は薄い。
「くそ、このままじゃ最悪押し切られてやられちまう」
「デュラハン達を突破するには、まずは魔人をなんとかしなければなりません。しかし魔人に到達するにはデュラハンを突破するしかない……。状況はかなり厄介です」
本来魔物にここまで連携のとれる知能は無い。ある程度小規模な群れや行動を共にする種は存在するが、魔物が魔物を補助すると言った行動は例が少ない。ましてや他種族を上手く利用して連携をとるなど、上位種の魔人のなせる技なのだろう。
「どうするソプラノ、考え無しに突っ込んでも無駄に魔力を消費するだけだぜ。だがこのまま消耗戦になったら勝ち目はほぼない」
現状2人の残存魔力は70%程で、このまま大技や回復魔法などに魔力を使い続ければ、いずれジリ貧になり押し切られてしまう。
魔力を温存しつつ、その後もなんとか突破口を開くため奮闘するが、どれも有効打となり得ない。
「ジャンヌ殿の先発隊も到着が遅れているようですし、勇者部隊もさらに後方。何か手立ては無いものでしょうか……」
ジリジリと迫る魔物達を前に、少々焦りを感じ始める2人。
その時……。
「超級魔法、クリスタルパレス」
「同じく超級魔法、ヘルインフェルノ」
高度に練り上げられた絶対零度の氷の魔力は、対象に着弾すると周囲一帯の魔物をクリスタルの氷像へと変えて砕け散る。同時に放たれた、空気をも焼き払うほど高温な魔力は、周囲一帯を激しく焼き焦がす。
「なっ、なんだこれは!」
突如目の前で起こる目を疑うような光景。魔法を放った者を確認するため視界を移動させると、見覚えの無い服装に、狐のお面で顔を隠した二人組が目に入る。アルトが目にしたのは、零鎧に身を包んだナユタとセツナの姿であった。
「あの高位の魔法、あの2人が放ったのですか!?」
ソプラノが驚く間もなく、飛び込むように現れたのは零鎧を身につけたクロト。電光石火の勢いでラミアを1匹蹴り倒し、もう1匹の反撃を受ける前に、手刀によって首を落とす。
『ばっバカな!貴様らいったい何者だ!』
魔人は咄嗟に魔法でデュラハンをクロトの前に転移、すかさずデュラハンはクロトに攻撃を仕掛けるが、神速のカウンターによって体をバラバラに吹き飛ばされる。
「我々は阿頼耶識、禁忌に身を染めし者」
『なっ、何だと!!』
取り巻きの居なくなった今、クロトは一気に肩をつけようと魔人に迫る。
「終わりだ!」
『舐めるなよ小童が!』
クロト渾身の一撃は、魔人の転移魔法によって回避され、逆に転移によって背後を取られたクロトはカウンターによって弾き飛ばされる。
『馬鹿め!私は崇高なる上位種である魔人。我が魔法の前には何人たりとも無力!人間よ、我が力の前にひれ伏せ!』
デーモンの上位種からなる魔人は、多彩な魔法と強靭な肉体を有している。主だって行う攻撃は、上位魔法の転移を使った接近攻撃。
立ち上がる間もなく、容赦なく行われる転移による連続攻撃。防戦一方のクロトに、高次元すぎる戦いと側から見ていたアルトとソプラノも手が出せないでいた。
「ふっ」
一瞬感じた魔人の違和感。それは手応えの感じない一手一手の攻撃、まるでギリギリでこちらの攻撃を受け流して嘲笑うかのような男の笑み。
瞬時に魔人は恐怖を感じ、一瞬攻撃の手を緩める。
しかし、次の瞬間。
「茶番は終わりか?下劣な魔人よ」
腕の一振り、常人には目で追う事すらままならない程の高速の一撃。全力では無いクロトの主だった攻撃は、極限まで鍛え上げられた肉体から繰り出される殴りや蹴りといった基本的な動作。
そんなクロトが魔人に放ったのは手刀による斬撃。目にも止まらぬ速さで振り抜かれた鋭い手刀による一撃は、魔人の肉体を核ごと容易く切り裂く。
『よっよもや人間如きに……』
「下賎な魔物よ、生まれ堕ちた業を嘆き、永久の闇の中で悔い改めろ」
クロトは魔人の核をそのまま完全に消滅させる。魔人が消滅した事によって同時に群れも消滅、無数の魔物は跡形もなく消える。
「奴は一体何者だ、まるで別次元の化け物だぜ」
「抑えているつもりでしょうが、確認できる魔力量はNo.1 ソロンお姉様と同等、もしくはそれ以上」
ヴァルキリーを束ねる長女的存在であり、世界屈指の実力と称されているヴァルハラ最高戦力No.1 ソロン。そんな彼女の実力を間近で見たソプラノが驚愕するクロトの魔力量。さらに、まだまだ底の見えない彼の隠された実力を考えると恐怖に似た感情が湧き上がる。
「先程彼の言った阿頼耶識と言う言葉、私の知る限りではそのような組織は確認されていません。さらに厄介なのは服装から考えて、あの魔法を使った2人も彼の仲間の可能性があります」
「あんな化け物みたいなのが居る組織があるとしたら、考えただけでゾッとするぜ」
目の前の強大な力の前に、なす術なく立ち尽くす2人。唯一安心出来たのは、こちらに対して現状敵意が無い事であった。
「……魔人は消滅した、これより当初の目的を遂行する」
「阿頼耶識、任務を遂行せよ」
セツナの合図で、一斉に姿を現す阿頼耶識。敵意が無いと安堵したのは束の間、突如自身達に向けられたのは激しい殺意。
すかさず2人は魔装を展開させて応戦しようとするが、あまりに強大な魔力感じ体が震え、冷や汗が止まらない。
「魔装、ブラックナイト」
恐怖に直面し硬直する2人の足元の影から、漆黒の刃がゆっくり姿を現す。
「消えろ……」
「《《勇者クロト》!!》」
陰の性質を練り込んだ魔力で作り上げられた影の剣は、アルトとソプラノをすり抜け、クロトに向かう。
異変に気付いたクロトはこれをすぐさま回避、直撃を避けた。
「いったいどういう事!これはあの子の!?」
セツナはすぐさま潜伏している可能性のある場所を特定し、魔法を放つ。
いぶり出されるように影から姿を現したのは、目付きを鋭く尖らせ、クロトに殺意をむき出しにしたエドガーであった。
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