第11話 群れ侵攻 ④

 —アロウ平野到着より数時間が経過。


 依然として群れは確認出来ず、嵐の前の静けさと言ったところか、空は晴れ、穏やかな風が平野を駆け抜けていた。


 しかし、いつ現れるとも知れない群れに対し、警戒は怠れない。アルトとソプラノは、自身の飛行能力を活かし、上空から群れを偵察。地上では部隊を3つに再編し、群の到着に備えた。


 「ん?ソプラノ、あれが見えるか?」


 より上空へ昇り、遠くを見渡していたナインは、数十キロ程離れた場所に、大量の魔力を探知する。


 「確認しました。おそらくあれが群れで間違いないでしょう」


 この時アルトは違和感を覚える。それは聞いていた情報に、あまりの誤差が生じている事。


 「……王国側への情報提供には誤りがあったようですね」


 「どういう事だソプラノ?」


 「ブリタニアから受けた報告では、魔物の数は大多数、だが私がここから感知できる、魔物の推定魔力数は……」


 「小国規模に相当……」


 「小国規模だと!?」


 エイトの魔力探知能力はアルトを遥かに凌ぎ、ヴァルキリーの中でも指折りの性能である。数の把握はおおよそではあるが、小国規模となれば、当初想定していた数を遥かに上回る、凄まじい数の魔物である事は間違いない。

 それよりも、情報の誤差があまりにありすぎる。エイトは聖騎士長から、群れの情報は、ほとんどがブリタニアで確認されている情報であると聞いていた。

 なぜ現状戦争状態ではないはずのノルン王国に、これ程までの誤情報を流す必要があるのか。

 これでは元々、ノルン王国と事を構えるつもりがあったとしか思えない。様々な疑問が頭を駆け巡るが、まずはこの事を知らせる事が先決だとソプラノは判断した。

 

 「ひとまず、下に降りてこの事を報告しましょう」


 「おっ、おう」


 ソプラノは急ぎ降下した。現状の戦力では小国規模の群れに対抗するには不十分だと判断、それはヴァルキリーの自分達を含めても、勝てるかどうかは未知数だった。


 地上に降り立つとすぐにクロトやジャンヌ達を集めて緊急報告を行った。


 「……群れの規模が小国レベル……」


 話を聞いて一番衝撃を受けたのは兵士長グレイス。勝ち目の無い絶望的な状況に、多くの命を預かる者として大変困惑した。


 ヴァルキリーの増援があるとはいえ、小国規模の魔物の大群に対して、果たしてどれほど対抗できるだろうか。勇者や聖騎士、個々の戦力は高いとはいえ、数の暴力の前では意味をなさない。飲み込まれるように押し潰されれば全滅しかねない。


 最悪の状況を思い描くグレイス。しかしそれとは異なる観点に疑問を持つジャンヌ。


 「ブリタニアからの情報提供は偽り。奴らの真の目的は恐らく……」


 拳を強く握り、焦りを抑えて冷静に分析するジャンヌ。


 「ヴァルハラとノルン王国が手を組む事を前提とした、ブリタニアからの先制攻撃と取るのが妥当だろうな」


 「くっクロトさん!?それはいくら何でも考えすぎでは?」


 慌てて反論するエドガーだが、クロトの言う事はあながち間違いではなかった。

 元々仲が良かった訳ではないヴァルハラとブリタニアの2国。そんな2国間とは中立的な立場を貫いていたノルン王国だったが、中でもヴァルハラとは古くから何度も交流があり、親密な立場だった。

 ブリタニアはヴァルハラと事を構える事となれば、ノルン王国が北のヴァルハラへ協力すると考え、先手を打ってきたと考えるのはあながち間違えではない。


 「確かに勇者の言う通りだ。ヴァルハラに加勢される前に、まずはこちらに打撃を与えに来たわけか……」


 「おいおい、今はそんな事より、目の前に迫る群れをなんとかするほうが先決じゃないか?」


 「アルトの言う通りです。あと数時間もしないうちに、群れはこの場所に到達するでしょう」


 現状まだ群れは視界に捉えることは出来ないが、着実にこの場所へ向かい侵攻している事は間違いなかった。


 「増援を要請する事は出来ないでしょうか?馬を走らせればなんとか!」


 エドガーは額に汗を滲ませ、片手を上げて発言する。


 「今から王国へ急いで戻ったとしても、おそらく増援は間に合わないだろう……」


 「でっ、では!一旦全員で王国へ戻れば!!」


 小さな聖騎士の必死な訴えも、ジャンヌは首を横に振る。


 「それでは前線をノルン王国目前まで下げてしまい、結果王国を危険に晒す事になる」


 自身達が戦場の最前線。この場所から下がると言う事は、王国に危険をもたらす可能性があるという事だ。

 さらにジャンヌはわかっていた。実際増援を要請したところで、回せる人員には期待できない事を。

 自国の警備に大多数、国境警備や外交など、様々な場所で人員は割かれている。

 下手に人員を割き、どこかが手薄になれば、群れは何とか出来たとしても、敵対国家である国への蠢動を許す事になる。


 「故に引く事は出来ない。増援も望めない。ならば道は一つ!前に進むだけだ!」


 強く理想を掲げたが、ジャンヌに賛同する者は1人としていなかった。皆俯き、絶望や悲観に暮れた顔で、ただただ立ち尽くす。


 「ふふふっ、面白くなって来たわね。この絶望的な状況を、どうやって切り抜けるつもりなのかしら騎士様は」


 「おいおいナユタ、面白がってる状況か?流石に魔物の数が多すぎる。このままでは全滅するぞ!」


 これから自身にも降りかかる最悪に、まるで他人事のように嘲笑うナユタに、クロトは注意を促す。


 「けれど、それはあくまでの事であって、私達ではないでしょ?」


 「!?」


 まるで他人事のように冷たく遇らうナユタ。彼女の目には、これから犠牲になるかもしれない者達などまるで映っていない。


 「ナユタの言う通りだね。あの程度の数なら、今いる阿頼耶識で十分殲滅出来るし、なにも問題は無いよ」


 「阿頼耶識!?彼女達をここへ呼んでいるのか?……」


 クロトの問いかけをよそに、ナユタとセツナは嘲笑う。魔物の数が小国規模に増えたところで、クロトを含め、阿頼耶識にかかれば処理は造作も無い。

 しかし、表だって阿頼耶識を前線に出すわけにもいかず、現状実力を隠しているクロトやナユタ達も、全力で力を発揮する事は出来ない。

 だがこれは、全滅前提なら意味をなさない。


 「……。ルビー、いるな姿を現せ!」


 クロトが呼ぶと、不可視の衣で姿を隠していたルビーと、数名の阿頼耶識が姿を現す。


 「主人に姿を隠すご無礼をお許し下さい」

 

 ルビーを含め、その場にいる阿頼耶識全体が膝を折り、頭を下げる。


 「……誰の指示で動いているんだ?」


 「今回はクロト様にも極秘の任務。どうかご容赦願います」


 「俺に極秘!?ふざけるな、説明しろルビー」


 ルビーは沈黙を貫く。


 「私よ、私達」


 突如ナユタとセツナがクロトの両腕にしがみ付く。


 「黙っててごめんなさい。でもね、大事な事なんだよ?」


 「ここに居る人達はいずれ私達の障害になる可能性がある」


 「ハワードの件で、目撃者は全て始末する予定だったんだけど、クロトが少し見逃しちゃった人達がいるから」


 白の宮殿で、クロトはハワードに関わる者と、奴隷売買に関わった者の始末を命じた。だが、騎士団の関係者と一般市民へ危害を加える事を禁じ、阿頼耶識へこれを徹底させた。

 いかに禁忌の力で記憶や事実を改変出来ると言っても、どこかで綻びが生じる可能性が無いとは言えない。現にジャンヌなどの存在は危険であり、確実なのは、見たもの全てを消す事である。

 今回の討伐には、あの日白の宮殿をジャンヌと共に警護していた騎士が多く出撃している。ナユタとセツナは秘密裏に、この戦場でヴァルキリーとジャンヌを含めた騎士達、あわよくばこの場の全員を始末するつもりがあった。

 

 「関係無い者まで命を奪う必要はない!それはお前達との契約とは関係ないだろ」

 

 自身に黙って進められていた行為に怒るクロト。しかし、絡め取られるように腕に抱きついたナユタとセツナによって、何故か怒りの感情が次第に薄れ、最終的に彼女らを許してしまう。

 そればかりか、2人の行為は正当だと感じ、褒めるように頭を撫でる。


 「……そうだな。2人の言う通りだ、俺が間違っていたよ」


 側から見れば異様な光景に見えるだろう。しかし、残念ながらこれは今回に限った事では無い。クロトが不審に思う度、疑問を抱くたびに、その感情は彼女らによって書き換えられている。

 だがそんな事など、今のクロトには知る由もなかった。

 

  それからしばし時は経ち、その場にいた全員がアロウ平野の地平線より迫り来る、魔物の大群をついに視界に捉える。

 ゆっくりと、だが着実に進行を続ける群れ。しだいに大地を揺るがす無数の足音が、地鳴りのようにアロウ平野へ響き渡った。


 「アルト殿とソプラノ殿の報告通りですね!!ものすごい数です」


 「ああ。だが恐れるな、ここで我々が食い止めなければ、王国を危険に晒す事になる」


 群れを目の前にして尻込む兵士達をよそに、勇ましく先頭に立って群れを迎え打たんと意気込むジャンヌ。


 「聖騎士さん、もう数刻もしないうちに、群れはこの場所に到着するよ」


 ギリギリまで上空で偵察を続けていたアルトとソプラノが地表に降り立つ。


 「上空からの偵察ご苦労様です。最初の報告と比べて、群れに変化はありましたでしょうか?」


 「数に関しては変化は無い。でも残念なお知らせが一つある、群れを率いている魔物はデーモンキングじゃない……」


 「!?それはどう言う……」


 「おそらくあれはデーモンの上位種、魔人」


 「魔人!?」


 ジャンヌは聴き慣れない魔人という言葉に衝撃を受けた。


 「魔人か、文献で読んだ事がある。確認された個体はあまりに少ないが、魔物の最上位種に分類され、中には人語を話す個体も確認されているらしい」


 クロトが昔、王国の国立図書館で読んだ文献の中に、魔人の事が記された物がいくつかあった。その文献の一つによると、魔王に至る過程の一つに、魔物の派生からなる最上位種に魔人が存在し、力、知能、魔力など様々な能力が下位種とは一線を引く高さで、人語を話すと記述されていた。


 「彼女らの見たものが魔人で間違いないなら、群れの数にも納得がいく。しかしそれ以上に、魔人を迎え打つにはあまりに危険だと判断できる」


 危険だと言うクロトの判断は正しい。戦闘能力が未知数の魔人と、それを取り巻く大量の魔物。いくらアルトとソプラノの助力があるとはいえ、立ち向かうにはあまりにリスクが高い。


 「勇者の言う通りだ、やはり前線を下げてでも増援を待って戦うべきではないのか?」

 

 「……前線は下げられない」


 「ならどうする。このままでは魔物の大群に飲み込まれて終わりだぞ」


 「策はある」


 もはや絶体絶命とも言える状況に、ジャンヌは一筋の光を見出す。


 「群れは、中心となる魔物の集合体。故に、統率する魔物さえ倒す事が出来れば、群れを壊滅させる事ができる」


 強く発言したジャンヌが導き出した答えに、一同は何色を示す。


 「ほう、どうやって大量の魔物を退けながら、何処にいるかもわからない魔人を倒すつもりだ?」


 「私が先陣をきり、聖騎士部隊で一気に斬り込み道を作る。アルトとソプラノのお二人は上空から援護しつつ魔人を捜索」


 「後方から勇者を主軸とした特別隊を突撃させ、魔人を発見ししだいこれを一点撃破する!」


 言い放ったジャンヌの言葉に、クロトは内心で60点と酷評する。評価する点は、追い込まれている状況に対し瞬時に作戦を立てた事と、現状の戦力で魔人に対する突破口を見出した事を評価した。

 しかし、そもそも魔人まで到達する事が困難な事、魔人の捜索頼りな事が問題である。 希望的勝算では成功しない、ジャンヌが導き出したのはあくまで全てが上手く運んだ場合の話だ。


 「魔人の発見が難攻して、場所は四方魔物の死中の中。前に進み続ける事以外叶わない状況になった場合に、その時は諦めて死ねと言うのか?」


 険しい表情のクロトから、ジャンヌに厳しい檄が飛ぶ。


 「正直言って無謀な作戦かも知れない。私はのような指揮は取れない……。だがやるしかない、今は前に進むしかないんだ」


 「無謀とも言える作戦に、大勢の命を巻き込む事になるんだぞ」


 「無論強制はしない。最悪私1人でもやり遂げてみせる!」


 「ふっ、詭弁だな」


 嘘や偽り、恐怖や恐れなど一切ない真っ直ぐな彼女の瞳。1人でという言葉は無謀に聞こえるが、今の彼女ならそれでもやり遂げてしまいそうな勢いがあった。


 「聞け!ノルン王国の戦士達よ!私は去る者は拒まない咎めない。だが、貴様らに誇りがあるなら、共に戦おう!そして皆で胸を張って祖国へ帰ろう!」


 腰の剣を抜き、高々と天へ向かって掲げるジャンヌ。彼女の熱意に心動かされ、その場にいた兵士達は声を張り上げ、剣や槍を高く掲げる。


 「ふっ、さすが聖女様だな。行き当たりばったりのなんとかなるさ作戦でも、全員の心動かしちゃうんだから」

 

 「それが彼女の、魔装とは違うもう一つの力」


 「やっぱり危険だね彼女は。早急にご退場してもらわないとね」


 今はまだ小さな種火であっても、いずれ周囲を巻き込み大きく燃え上がる。まだまだ成長途中のジャンヌだが、ナユタとセツナには危険な存在に見えてならなかった。

 

 それからクロト達はジャンヌの指示で部隊を編成。先陣をジャンヌ率いる聖騎士隊、続いてグレイス率いる兵士隊が横に広がりつつ前進し、進路を確保。

 アルトとソプラノは上空で地上への援護攻撃を行いつつ、魔人を捜索。魔人を発見ししだい、温存していた勇者部隊でこれを討伐する。



 が……。


 これはあくまで彼女の考えた表向きの話であり、ナユタとセツナが命じた阿頼耶識達が行う行動とは異なる。


 すでに数十名の阿頼耶識が配置に着いて合図を待っており、標的の殲滅指示を待っている。総指揮を任せられているルビーは間もなく眼前へと迫る群れを前に、後方支援を任されていたエドガーの元へ向かうと、そっと耳打ちする。


 「群れとの戦闘が始まったら、混戦に紛れてヴァルキリーを始末しろ」


 「かしこまりましたルビー様。あの方に頂いた力で、必ずやご期待に応えてみせます」


 そう伝えて、ルビーは闇に溶け込むように姿を消した。迫る群れに立ち向かう人達を尻目に、エドガーは普段は見せない、鋭く尖った殺意をアルトとソプラノに向ける。


 


 

 

 


 

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