第10話 群れ侵攻 ③

 クロトを指差し、声を上げるアルト。その光景に会場は一瞬静まり返る。


 「でも見かけ倒しだったみたい。よく見たら大した事なさそうかも」


 そう言い放った刹那、アルトは背筋が凍り付く程の恐怖を覚える。


 「ヴァルハラの小娘は礼儀ってものを知らないのかしら……」


 突如アルトの目の前に立ち塞がるように現れたのはナユタ。クロトを軽視した発言と行動が、ナユタの逆鱗に触れる事になる。

 アルトは今までに感じた事の無い恐怖と共に、同時に死に近い感覚を全身に感た。凍り付く様な視線と殺気に冷や汗を流し、同時に体の自由を奪われる。


 「アルト!」


 瞬間的にソプラノはナユタを危険だと判断。本能的に排除しようと思考した次の瞬間、何者かが自身に向かって放った殺気を受け、恐怖で硬直してしまう。


 「やめろ2人とも!!」


 クロトの一声で、鋭い目つきのナユタとセツナは殺気を治める。同時にナインとエイトの硬直が解け自由になるが、2人の殺気が消えてなお、胸の動悸と震えが治らない。


 「きっ、貴様らは何者だ!?」


 「黙れアヒル!身の程をわきまえろ」


 「なんだと!」


 それ以上はソプラノに静止され、口を閉ざすアルト。騒ぎを収めようと駆け付けた近くの聖騎士によって、2人は一旦別室へと運ばれる。


 「勇者よ、今のは少々まずかったやも知れん」


 一連の出来事を心配そうに問いかけるクロノア。


 「申し訳ありません王よ。2人には重々申し付けておきますので、何とぞご容赦を」


 「うむ。だが2人のお主を思っての行動も十分配慮せねばならん。よいな」


 「承知しております。王こそ寛大なる配慮、感謝致します」


 クロノアは軽く頷き、後の事をシンラに一任すると、護衛の騎士達と共にその場を後にした。

 静まり返っていた会場の一団も、クロノアの退席によって徐々に解散し、最後にシンラが、ヴァルキリーへの対応のため部屋を後にした。


 「はぁ〜まったく。いきなり殺気むき出しはまずいだろ」


 「あなたの事を軽視したのよ、相手がなんであろうと許せないわ」


 「ナユタの言う通りだよ。クロトを馬鹿にする奴は許せない」


 「お前らなぁ〜……」


 その後も怒りを抑えきれないナユタとセツナを、クロトは優しくなだめる。


 「ありがたい事だが、次はもうちょっと上手くやるんだぞ」


 「クロト……」


 優しく頭を撫でるクロトにセツナとナユタは甘えて離れない。怒りなどとうに忘れていた。


 「……ゴホンッ、お取り込み中申し訳ありません」


 「!?」

 

 突如3人の前に姿を現したのはダイアモンドとエメラルド。


 「良いとこだったのに」


 頬を膨らませ、残念がるセツナ。


 「申し訳ありませんセツナ様。至急お伝えしたい事がございまして」


 「……わかった、話してくれダイアモンド」


 「かしこまりました」


 それからダイアモンドは、監視対象だったヴァルキリーの情報を事細かくクロトに報告する。

 彼女達の持つ翼は可変式で高速飛行と急上昇を可能にする事。さらにアルトの持つ魔装の特徴、巨大な戦鎚が着弾した僅かな間、こちらの行動を制限する能力。

 ソプラノの魔装に関しては、形状のみの報告で、2人の戦闘能力に関しては、ダイアモンドの見立てでは、阿頼耶識のネームズ(名を与えられた者)以下で、並の戦闘員以上。準ネームズと呼ばれる、ネームド、名を与えられてはいないが、ネームズに近い実力を持った者達と同等という判断だった。


 「確かに彼女達の実力はダイアモンドの言う通り、並以下と言ったところだ。実際感知できた魔力量も大した事はなかった」


 「だが……」


 クロトの懸念は、まだ彼女達が力を隠し持っている可能性がある事だった。仮にもヴァルハラの最高戦力である彼女達の実力が、見立てで判断できるとは思えない。


 「……とにかく油断は禁物だ、何か力を隠し持っている可能性もある。引き続き調査が必要だな……」

 

 「あっ、あの、クロト様……」


 「ん?どうしたダイアモンド」


 普段からクールに振る舞っているダイアモンドが、急にクロトの前で体を拗らせ、顔を赤めて涙ぐむ。


 「どうしたのダイヤちゃん!?」


 涙ぐむダイアモンドを見てセツナは驚く。


 「どうしたダイアモンド!?何があったんだ?」


 「私は、私はミスを犯してしまいました……」


 「ミス?」


 事の経緯を話すダイアモンド。途切れ途切れに言葉を詰まらせ、大粒の涙を流しながら、少女の様に泣きじゃくる。見かねたエメラルドが途中から説明を変わり、苦笑いで経緯を話す。


 「……なるほど、そんな事が」


 「もっ、申し訳、ありません……」


 涙で頬を濡らすダイアモンドを見かねて、クロトは彼女をギュッと抱き寄せる。

 

 「そんな事で泣くんじゃない。少し失敗したくらいで、俺は何とも思わないし、怒りもしない」


 不意に抱き寄せられたダイアモンド。クロトの優しさに包まれ、急激に興奮と感動と幸せな気持ちが入り混じ、思考がバグを起こす。


 「お前達は俺の大切な家族だ。そんな家族を責める事なんて出来ないよ、だから泣くなダイアモンド。さっ、涙を拭いて」


 クロトはポケットからハンカチを取り出し、ダイヤモンドに差し出す。


 「クロト様……」


 まるで2人の世界に入り込んでいるような異様な空間。そんなダイアモンドに嫉妬し、殺意に似た感情を漂わせるナユタとセツナ。

 抱き寄せられたダイアモンドを見て、エメラルドは自分もやって欲しいとよだれを溢して見ていたが、突如殺気を感じて背筋が凍る。


 その後、充電を終えたようにダイアモンドは立ち上がり、手にしたハンカチで涙を拭うと、満面の笑みでその場を後にする。


 「やれやれ、たまに彼女はこうなるんだよな。普段はクールなんだけど、メンタルが少し弱い……」


 「いいわね簡単に抱ける女の子ばっかりで」


 少し嫌味気味にナユタが喋り掛ける。


 「なんだよ、言い方悪いぞ、彼女達は家族だ」


 「向こうは家族以上の感情を抱いているみたいだけどね」


 追い討ちにセツナが口を開く。


 「お前らなぁ〜」


 プイッと腕を組んで頬を膨らまし、ソッポを向くナユタと、続けて嫌味を言うセツナ。

 そんな2人に反論しながらも、最終的に言いくるめられるクロト。

 それからしばらくして、明日の早朝出撃のため、王城に特別に用意された個室へ向かい仮眠を取る。


 一方で、別室へと通されていたソプラノとアルトの元へ、明日の事を伝えるためシンラが訪れる。


 「先程は大変失礼を致しました」


 「構いません。元はと言えばこちらの失言が原因ですから」


 「ふんっ」


 「……そうですか。それではこの件ひとまずこれで、それでは本題を」


 シンラは、明日の群れ討伐の概要を一通り話し、2人はこれを承諾した。

 その他細かな概要と、同盟についての制約を話すと、シンラは一礼し、部屋を後にする。去り行くシンラに、アルトはおもむろに問いかけた。


 「聖騎士長殿、一つお聞きしたい」

 

 「何でしょうか、アルト様」


 「先程のあの娘達、あれはいったい何者なんだ?」


 「先程の……ああっ、ナユタ様とセツナ様の事ですね」


 「明らかに他とは一線を超えた存在だ。あれはいったい何なんだ!?」


 「彼女達は勇者クロトの仲間であり、勇者の実の妹達です」


 「何だと!?」

 

 この時アルトとソプラノは微かに違和感を覚える。しかしそれは一瞬の、直感に近い感覚だった。何かがおかしいと考えると、すぐさま修正されるように、何がおかしいのかと自問自答してしまう。


 「……いや、そうか。勇者の仲間で、それも実の妹君ならば当然か。つまらない質問をした、足を止めて申し訳ない」


 「いえ。では私はこれで」


 シンラは部屋を後にする。彼が去った後、アルトは自分が何故あのような質問をしてしまったのか疑問に感じてしまう。

 自身に対しての殺気も、彼女達の実力も、勇者の妹ならば、そこから全て察しがつく。

 怒りも疑問も、全てかき消されるように消えていく。


 「長旅で疲れているのだろうな、私は……」


 「そうですねアルト。明日は早いですから、そろそろ休むとしましょう」


 王城の特別室に用意された、豪華な2人分のベットに横たわり、明日への英気を養うソプラノとアルト。

 すぐさまアルトは眠りに落ち、続けてソプラノも眠りに入ろうとするが、不意に左手に違和感を感じる。


 「これは?」


 左手には、身に覚えの無い一枚のクシャクシャになった紙が握られていた。


 「違和感、危険?」

 

 殴り書きのように書かれた2つの文字、誰が書いたものかわからないが、よく見ると自身の書いた文字に似ているようにも感じる。

 

 しかし……。


 もう一度確認すると、そこに文字などは書かれてはいない、真っ新な紙が手元にあるだけであった。

 同時にソプラノは、何故真っ新な紙を手に持っているのか疑問に思い始める。何かを書こうとしていたのか、だが何も思い出せない。すぐさま強烈な眠気が襲い掛かり、紙を手放すと、眠りに落ちた。


 

 翌日。早朝の薄暗い空の下、王城より群れへの先発隊として、聖騎士ジャンヌ率いる聖騎士隊数名と、兵士長グレイス率いる300名の兵士が出撃。

 少し遅れて、新人聖騎士であるエドガーは、後発隊である騎士を率い、勇者クロト、ヴァルキリーと共に王城を後にした。


 「勇者クロト様、本日はよろしくお願い致します。それからヴァルキリーの御二方も!」


 ハキハキとした声で、馬上より声を上げる少年。


 「よろしくなエドガー。しっかし、お前も出世したよな。最初は兵士見習いだったのに」


 「ありがとうございます勇者様。勇者様のおかげで、ノルン王国最年少聖騎士として、王より聖騎士の称号を頂いた事、とても感謝致しております」


 見た目はまだまだあどけなさが残る少年。しかし彼は、若干15歳で王国の聖騎士へと昇り上がった秀才である。そんなエドガーとクロトの出会いは、彼がまだ兵士見習いだった時からである。彼の素質を見抜いたクロトは、叩き上げるように彼を上へと推薦。今の地位へと上り詰める。


 「へぇ〜、兵士から騎士、それも聖騎士なんて、アンタなかなかやるわね」


 クロト達よりやや上空を飛行していたアルトは、エドガーの話に大変関心した。


 そもそも騎士とは、ある程度地位を持った人間にしか与えられない称号である。一般市民であるエドガーが、実質出世したところで、部隊長レベルが限界で、騎士などになるなど実質不可能であった。


 「ありがとうございます。まぁほとんど、のおかげなんですが」


 そう言うとエドガーは、自身の魔装を出して見せた。


 「これは僕の魔装、ブラックナイトです」


 出現した魔装は、鍔の無い漆黒の黒剣。


 「黒剣。珍しいわね」


 「秘密兵器なんだよな」


 「あははっ、内緒の秘密兵器です」


 エドガーの魔装ブラックナイト。その秘めたる能力は陰属性と呼ばれる特殊な属性を発揮出来る事。この世界には、ゲームのファンタジー世界のような、様々な属性や特性が存在するが、魔装に属性が出現する場合は少なく、中でも陰属性、陽属性を宿した魔装は極めて少ない。

 陰属性は属性的有利を無視した一方的な破壊が可能であり。自身より格下な魔力の属性であれば、それに対して圧倒的な破壊力を持っている。


 「特殊が故に危険。だから首輪を付けて監視する事にしたのよね……」


 セツナとナユタは不敵に微笑みながら、影で口を開く。


 「野放しにするには危険すぎるから、ある程度の地位を与えて監視し、私達に優位に動かす駒へと変える」


 「今日の本当の目的にも役立ってもらわないとね」


 本当の目的。群れの討伐とは別に、遂行されるであろうとある目的。そのために今回、騎士に紛らせ、阿頼耶識の隊員を数名送り込んだ。切り札である魔装をあえてエドガーに喋らせたのも、実は全て計算の内。ナユタとセツナは笑みを溢す。


 王城を出発してから約数時間。先に到着していたジャンヌ達と合流し、クロト達はアロウ平野へと到着した。

 

 「来たか勇者。だが残念ながら、敵はまだ到着していないようだがな」


 見渡す限り遮蔽物のない広大な平野。ジャンヌは群れがやって来る東方へと目を向ける。


 「それなら今の内に陣形とか考えておいたほうがいいんじゃないか?」


 クロトはジャンヌに提案を投げかける。


 「わっ、わかっている!今からそれを行うところだったんだ!」


 声を荒げ、焦ったように言い返すジャンヌを見て、戦場へと向かう兵士達の緊張が解け、皆笑みを溢す。


 「ジャンヌ様。兵達は皆、此度の遠征で疲労しております。今の内に皆を休ませ、我々は群れに対しての話し合いを行いましょう」


 「さっ、流石はグレイス兵士長。わっ、私も今、そなたと同じ事を考えていたところだ!」


 「くふふっ」


 「なっ何がおかしいエドガー!!」


 「はわわ、すみませんジャンヌ様」


 怒ったジャンヌはエドガーを追い回す。その光景はまるで実の兄妹のようで、戦場には似つかわしく無い光景は、緊張を笑いの渦へと変えた。


 「この国の騎士は緊張感というものが足りないな」


 「良いではないですかアルト。戦う事しか知らない我々ヴァルキリーにとって、これは必要な事なのやもしれません」


 「ふんっ、そんなんじゃ早死にするだけよ」


 「ふふっ、そうかも知れませんね」


 戦場に緊張感は付きもの。油断は判断を鈍らせ、死を招く。常に周囲を警戒し、慎重に進む事で生を掴み取る事が出来る。

 

 「……ルビー、準備は整っている?」


 和やかな雰囲気の中、ナユタとセツナは、密かに遂行されるある目的のため、秘密裏に同行させていたルビーを呼び出していた。


 「手筈通りに進んでおります。合図があればすぐさま実行出来ます」


 そう聞いて、不敵に微笑むナユタ。


 「ふふふっ、今後邪魔になるなら、今消しておくのが都合がいいよね」


 「ええ、まったくその通りよセツナ。邪魔者にはご退場願いましょう」


 周囲に溶け込むように配置された阿頼耶識。目的は群れではなく、全ての脅威の排除。ルビーの合図で仕掛ける様に指示を受け、今はその時を、影に潜んで時を待つ。


 

 

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