第9話 群れ侵攻 ②
—ノルン王国正門入口。
王城で会議が行われる中、ノルン王国正門に、2人のヴァルキリーが天より降りたつ。
地上に降り立った2人の女性、背中には天使の様な羽が2枚あり、器用折り畳むと背中に羽根を隠す。
「やれやれやっと着いたわねソプラノ。やっぱり長時間の飛行は体に堪えるわ〜」
「アルト、到着予定より数時間遅れています。我々は同盟国であるノルン王国への協力者として来ているのですよ。遅刻は厳禁です」
ソプラノと呼ばれる女性は、縁色のメガネを右手で少し修正しながら、目の前の見た目少女のアルトに一喝する。
「なによー!私が遅かったって言うの!」
「正確にはここに向かう途中に遭遇した、Bランク相当の魔物の処理に手こずったのが原因ですが……」
「アンタが手を貸せばもっと早く倒せたんじゃない!」
「任務外です。無駄な仕事に労力を消費したくはありません」
「くー!この巨乳怠惰メガネが!」
少し重そうに、左手でタワワに実った胸を支えるエイト。自身には無いその巨大な果実を前に、ナインはさらに怒りを込み上げさせた。
「そこの2人、すでに正門は閉じられている。そこで何をしているんだ!」
「!?」
正門に駆け付けた数名の騎士。警備に当たっていたノルン王国の兵士から、空より降り立った不審な人影を発見したと報告を受け、駆け付けていた。
「あたし達はヴァルハラから援軍に駆け付けた者だ。外交官からすでに話は通っていると思うんだが?」
「ヴァルハラからだと?」
騎士達は目の前にいる女性2人に、身元を確認出来る物を提示するよう求めたが、2人は外交官に全て話が通してあると言うと、それ以上は何も答えなかった。
たとえ2人の言う事が本当だったとしても、現状報告の無い者には、身分を証明する物かもしくは通行書をもっていなければ正門を通す事は出来ない。
「まったく、ここに来た外交官は何をやってんだか」
「仕方がありません。ひとまず上に話を通してもらって、私達の身元が保証されるまで待ちましょう」
「……かっ飛ばして来たのに無駄骨ね」
それからしばらく2人は正門で足止めをくらうハメとなる。
そんな2人を密かに監視する影が2つ。巨大な正門の上から、2人の動向を探っていた。
「あれがヴァルハラの最高戦力」
「クロト様の言っていた通り!どう、やっちゃいますダイヤ様!」
「今の私達の任務は戦闘が目的では無い。あくまで監視が最優先だエメラルド」
「ええっ、つまんな〜い」
「よせ、任務中だぞ」
零鎧を身に纏い、素顔を仮面で隠した女性が2人。星の光に照らされ、白銀の長い髪を靡かせるのは、阿頼耶識の副長であり、ルビーに次ぐ実力の持ち主であるダイアモンド。その隣に、淡い緑の髪をした女性は、狙撃を得意とする、阿頼耶識随一の狙撃手であるエメラルド。
エメラルドはクロトがコハクに言って開発させた試作武器である、魔力を弾丸に変換して発射するライフルのような魔道具を構え、銃口を2人に向け、スコープを覗き込む。
「天の使いだか最高戦力だかしらないけど、今ならやっちゃえそうなんだけどなぁ〜」
標的の頭を銃口に捉え、顔を確認しようとスコープを拡大した次の瞬間、捉えていたはずの2人の姿が視界から消える。
「あれ?どこ行った?」
「上だ!エメラルド!」
「!!」
突如上空から放たれた無数の斬撃。エメラルドは咄嗟に回避行動を取り斬撃をかわす。
「誰かと思えばネズミが2匹」
見上げた上空には、星明かりを背にして佇む、2人の戦乙女の姿があった。エメラルドはすぐさま上空に向けてライフルを構える。
「ちょっと覗いただけなのに、いきなり攻撃とは礼儀がなってないね〜」
「黙れ、先に仕掛けて来たのはお前達だろ」
アルトはエメラルドに向かって怒りを露わにする?
「どこの誰かは知りませんが、私達に敵意を向けて来た事は事実。速やかにこれを排除しなければなりません」
「出来れば穏便に済ませたいんだけどな〜」
「音道無用です!」
「来るぞ!構えろエメラルド!」
アルトは空中からエメラルド目掛けて急直下。エメラルドは瞬時にライフルを構え、撃ち落とすべく弾を乱射するが、全て回避され、一気に距離を詰められる。
「魔装、乙女の鉄槌!」
自身の身長の2倍はあろうかと思われる巨大な戦鎚を軽々と振り上げ、アルトはエメラルド目掛けて振り下ろす。
瞬時に回避したエメラルドに、バキバキと凄まじい音と揺れが襲う。
「なんちゅー馬鹿力!」
「!?」
回避に成功したエメラルドだったが、瞬時に自身に起きている違和感に気づく。
「体が動かない!?」
体が固まったように動かない。それは一瞬の事だったが、その一瞬が命取りだった。
「油断してると死ぬよ!」
目前に迫る大きな塊。アルトの追撃は、完全にエメラルドを捉えていた。
「やばっ!」
(ガキンッ)間一髪のところで、助けに入ったダイヤモンドの2対の剣によって、戦鎚を受け流す事に成功する。
「油断するな」
「油断じゃないよ、あの魔装のせいだよ!」
それを聞いて、すぐさま状況を整理。戦鎚の衝撃範囲に何らかの魔力を生じている可能性があると判断し、ダイヤモンドはエメラルドを連れて距離をとる。
「アンタ頭いいね。距離を取るのは正確だよ」
「……悪いがこちらは、貴様達と本気で事を構えるつもりはない」
そう言うとダイアモンドはエメラルドに、合図をしたら煙幕を出して撤退すると耳打ちする。
「まっ、アンタらが何者かは知らないけど、こんな怪しい奴ら、逃すってわけにもいかないのよね!」
アルトはダイアモンド目掛けて飛び掛かり、薙ぎ払うように戦鎚を振う。
「今だ!」
ダイアモンドの合図に、エメラルドは常備してあった煙幕をアルトに投げつける。
辺りは夜の暗闇、その暗闇に溶け込むような黒い煙が辺りに広がる。
すぐさま煙に紛れ、脱出をはかる2人。しかし、そんな2人の動きを見切っていたかのように、ソプラノが2人の前に立ち塞がり、巨大な十字架の大剣で、2人に襲い掛かる。
「残念ですね。それで逃げ切れるとでも思いましたか?」
「……やもえない、少し本気を出すか」
空を斬る凄まじい斬撃が、無数の衝撃波になって2人を襲う。周囲に遮蔽物は無くガードは不可能。そもそもこれほどの数の攻撃を全て回避、受け流す事など出来ないはずだと、ソプラノはそう思っていた。
しかし……。
次の瞬間、突風のようにソプラノの横を無傷で通り過ぎていくエメラルドとダイアモンド。
その光景に一瞬驚きながらも、すぐさま追撃を仕掛けるソプラノであったが、残念ながら取り逃してしまい、追撃は不発に終わる。
「……奴ら、何者でしょうか」
「わかんない。でもソプラノ、それ……」
「ええ……」
エイトの手にしていた大剣は、根本の少し先から真っ二つに砕けていた。
「魔装を打ち砕くなど、常人には出来ない芸当ですね」
魔力の塊でもある魔装を砕くという事は、その魔装以上の魔力量を持った魔装でなければ砕けない。
ソプラノは未だかつて、自身以上のヴァルキリーならいざしれず、それ以外の存在に、自身より力量が上の存在を知らない。
世界屈指の実力と称される自身達に迫る、あるいはそれ以上の存在に2人は驚愕する。
「どうやらこの国には、群れ以上に厄介な存在が潜んでいるようですね」
それ以上の追跡は行わず、闇夜に消えた2人の事を危険だと判断し、今は本来の任務を遂行する事としたソプラノとアルト。
夜の静寂の中、冷たい夜風が静かに2人の頬を掠めた。
一方で、ヴァルキリーから逃げ延びたダイアモンドとエメラルド。追手を逃れるために、一時別々に行動し、事前に示し合わせていた場所で合流した。
「なかなかやるね彼女達。ちょっと油断しちゃったよ」
「……不本意だったが、こちらの手の内をいくつか知られてしまった。失態だ……」
阿頼耶識は極力表には出ず、その存在を隠すように行動する事が主である。今回、姿を見られた事も少し問題だが、相手の力量を測り違えていた事で想定外だったこちらの手の内、魔装を出してしまった事が失態であった。
「クロト様から重々念を押されていた、魔装の使用。魔装とは切り札、安易に悟られるものではない……」
エメラルドは、星明かりに照らされたダイアモンドの頬を伝う一粒の涙を確認する。
「たっ確かに失敗しちゃったけどさ、そんな泣く事ない……」
「泣いてない!!」
「へっ!?」
エメラルドは、しまったと口を閉じるが時遅し、人一倍プライドの高いダイアモンドの、触れてはならないモノに触れてしまい一喝される。
「とにかくまずは報告だ。クロト様の元へ向かうぞ」
「いっ今から行くの!?クロト様大事な会議中なんじゃ……」
「い・く・ぞ!」
「はい……」
強引に押し切られ、しぶしぶ王城へと移動を開始するエメラルド。本音を言うと今日は休日出勤で、明日から連日勤務など、口が裂けても言える状況ではなかった。
—ノルン王国王城、謁見の間。
シンラによる会議の進行は、順調とは進まず、様々な意見が飛び合い食い違い、明日へと迫る群れへの議論は、まだまだ終わりそうにない。
このままでは夜通し行われるであろう会議に、クロトはため息をこぼす。
そもそも、何故切羽詰まって今話し合わなければならないのか。
群れに対する会議は実は何度か行われていたのだが、進路的な意味合いで、先延ばしにされていた。それもこれも、色々なゴタゴタで把握が遅れた事と、予想以上に進行が早い事が原因だ。
実際、発生した群れが確認されたのは約1ヶ月程前。ブリタニアの遥か東で群れが確認され、西へと移動開始した群れを、ブリタニアが対処する事になっていた。
群れの発生条件や、場所などは不明なところが多く、小国では対抗する手立てが無いため、現状群れが発生した最も近くで、勇者を有する国が対処すると決まっている。
今回ブリタニアは、この群れに対抗する事に失敗。失敗の原因が、クロトの考えでは、群れを軽視して、上手く人員を割かなかった事。そして、今回の群れの中心がBランク相当の魔物だったという事も要因の一つだろう。
最初はここまで大きな群れでは無かったにしろ、進路を変えて、ノルン王国領土内を通過し最終的には北へ、ヴァルハラへ向かうと推測され、怒ったヴァルハラがブリタニアに抗議した結果戦争が起きた。
一応はノルン王国領土内を通過する事もあり、戦争状態のヴァルハラから群れを何とか対応して欲しいと申し出が届き、無視するわけにも行かなくなったノルン王国はこれを了承。同盟を結ぶという形で、結果戦争に巻き込まれる事となったが、貴重な戦力であるヴァルキリーを派遣してもらった。
「しかし、派遣される予定のヴァルキリーは2名のみ。それもおそらく末端の奴らだろうから、戦力としてはいかほどのものか……」
「油断は禁物。一番末の子でも、Bランク相当の魔物なら十分対処出来るわ」
「末の子?ヴァルキリーは姉妹なのか?」
「ええ、彼女達は番号順で、上の姉ほど実力が桁違い。特に上から5人は、当時のアリシアと渡り合う程の強者よ」
「勇者と互角か……」
「まぁでも、実際に戦ったわけでは無いから真偽は不明よ。アリシアから聞いた憶測が大半と、姿を少し目にしたくらいだから……」
「私はNo.4のカルティって奴と戦った事があるよ」
「なに!?」
セツナは勇者のために特別に出されていたお菓子を口に頬張り、さらに両手に次のお菓子を大量に抱き抱え、クロトの元へ戻る。
「昔アリシアに連れて行ってもらった北の闘技場で、闘った事があるんだ」
「そう言えば、そんな事もあったような……」
500年前の当時、私用で北のヴァルハラを訪れていたアリシア。そこで10年に一度行われる剣術大会に出場し見事に優勝。この時、アリシアの静止を振り切って、エキシビションに名乗りを上げたセツナは、余興でたまたま出場したヴァルキリー、カルティと対決したという。
「私まだ小さかったし、アリシアに止められていたから力も十分に出せずに負けちゃったんだけど、それでも今のルビーくらいの実力があったはずだよ」
「勇者と渡り合い、現在のルビーと互角相当の実力か……。ヴァルハラは本当に厄介な相手になりそうだ」
会議はそっちの気で、ヴァルキリーの事ばかりが気になるクロトだったが、そんな間にも会議は刻々と続き、時間は流れて行った。
「シンラ聖騎士長、明日へ迫る群れへの人選と人員はいかほどに?」
声を上げたのは兵団長、グレイス・ハッター。無論戦地へ送り込まれるであろうノルン王国の兵士達。騎士達とは別に、前線へと駆り出される多くは彼らで、兵団長を任せらる者として、騎士よりは立場は低いが、声を上げない訳にもいかなかった。
「我が国の前線は兵士300、後方に騎士50、聖騎士2名と勇者を予定している」
「我々は前線の捨て駒扱いですか!、」
グレイスがそう言うのも無理は無い。変えのきく兵士を前線に投入し、貴重な騎士は数を抑える。前線である程度魔物の数を減らし、後方部隊が中心の親玉を叩く。
「安心しろ、先行部隊にはヴァルキリーを選出している。君達は後からの突撃となる」
「……グレイスよ、其方の言いたい事はわかる。ゆえに私は、ヴァルハラよりヴァルキリーを借り受けたのだ」
「王よ……」
今回、最前線で先行するのはヴァルキリーと決まっており、これはヴァルハラも了承済みの事実である。
「到着が遅れているようだが、彼女達も前線で戦う事を了承済みだ。それでも、犠牲は少なからず出てしまうだろう……。だがこれは国のため、わかってくれるな、グレイス」
王とシンラの必至の説得に、グレイスはこれを胸に納めた。
「……わかりました。国と王に貢献出来るよう、尽力致します」
「頼んだぞ、グレイス兵士長」
「はっ!」
その後、各騎士団から騎士を選出と聖騎士の人選が行われ、出撃する聖騎士の1人に、ここは譲れないと、ジャンヌが再度王に直談判し、無理矢理枠を勝ち取った。
それから陣形、作戦など細かな事が早急に決められ、迎え討つ決戦の地も、ノルン王国東に位置する、アロウ平野に決定した。
その後、明日の早朝出撃が決まると、会議は終了し、解散が言い渡された。
「やれやれやっと終わったか。しっかしヴァルキリーは現れなかったな」
クロトがそう言い放った直後、後方の扉より、女性が2人部屋に通される。
「皆様お待たせして大変申し訳ございません。わたくし、ヴァルハラより参上致しました、No.8、ソプラノと申します」
「同じく、No.9、アルトよ。よろしくね」
2人は部屋に入ってすぐに、クロノアの元へ向かい、遅れていた事などを謝罪し、挨拶を済ませた。
各所に挨拶を済ませ、最後に勇者の元へ向かうアルトとソプラノ。勇者と相対した2人が感じたのは、強者が強者と相対した時に生じる力の圧。
「へぇ〜、アンタがこの国の勇者ね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます