第8話 群れ侵攻編 ①

 「少しお尋ねするのだけど、最近珍しい食べ物を仕入れたりしてはいないかしら?」


 「珍しい食べ物ですか?」


 メガネのせいで瞳は見えないが、表情から明らかに考え込んでいる様子の店員。


 「私達も食べた事ないんだけど、すご〜く甘い茶色いお菓子ってあるかな?」


 腕を組んでさらに考え込む店員。しばらく考え込んで、ハッと思い出したように口を開く。


 「もしかして、この間ネコのメイドちゃんが買って行った物かな?」


 ネコのメイドと言われ、それに間違い無いと、ナユタとセツナは目線で合図する。


 「おそらくそれで間違い無いかと」


 しかし、それを聞いて店員は今一度考え込んでしまう。


 「困ったなぁ。あの商品は珍しくて、今は品切れ中で入荷未定なんだ」


 品切れと聞いて衝撃を受けるナユタとセツナ。衝撃を受けた理由は、2人が食べ物に目が無く、中でも特に甘い物が大好物だからである。ここまで来るのに、何度も頭の中でチョコレートを想像し、脳内イメージで味の試行錯誤を何度も繰り返していた。

 しかしながら、そんな思いは見事に打ち砕かれ、2人は悲嘆にくれる。


 「ごっごめんね!あの商品は東のブリタニアから流れて来るんだけどさ、今近くに群れが来てるだろ、それにブリタニアは北のヴァルハラと揉めてるから、流通が制限されてるんだよ」


 「……それが解決したら食べられるの?」


 「えっ!?まっ、まあね。群れが消えて、両国の関係が良くなれば、また仕入れる事ができるよ」


 「……なら話は早いわね。群れを何とかして、戦争を終わらせましょう!」


 「えっ!?」

 

 さらっと言い放った一言と、店員も一歩引くほどの殺気と怨沙を周囲に漂わせ、2人はゆっくりとお店を後にした。


 「お待ち下さい2人とも!」


 続いてヒスイが2人の後を追うように店を出て行き、残ったルビーも後を追って店を後にしようとするが、去り際に気になっていた疑問を店員に投げ掛けた。


 「すまない、少し質問してもいいだろうか?」


 「はい、もちろん。何でもご質問どうぞ」


 「見掛けたところ1人で店をやっているようだが、これほどの商品、どうやって仕入れているんだ?」


 「……私にも多少ながら各地にコネがありまして、こちらにある物は全て、現地で私の目利きと、手腕によって仕入れた物になっております」


 「どれもこれも希少な物ばかり、そんな商品を貧民街に程近い、こんな危険な場所で貴殿1人で扱っているのは危険ではないのか?」


 「……そうですね。多少の危険は確かにございますが……」

 

 「多少の危険……か?」


 「ええ、多少の危険です」


 店主の言葉を最後に、両者の間で沈黙が流れる。何故こんな質問をしたのか。ルビーは店の中を見て回るうちに、様々な疑問が頭を駆け巡った。

 まずは店内の珍しい商品の数々。一級品と遜色無い出来の装備品や、一般では手に入れる事の難しいアイテムの数々。

 王城前の高級街ですら、ここまでの品揃えは無いだろう。そんな数々の商品を自身で仕入れ、なおかつこのような危険な場所で、しかも女性が1人で店を切盛りするなど考えられるだろうか。


 両者口を開かず、さらに沈黙が流れる。


 「ちょっとルビー様何してるんですか!置いて行きますよ」


 先に出たヒスイは、なかなか出てこないルビーを心配し、店に戻って彼女を強引に連れ出した。


 「まっ、待て、まだ話はおわって……」


 「またのお越しを〜」


 店員は強引に連れ出されたルビーが店を去った事を確認すると、即座に店を閉める。

 椅子に腰掛け、メガネを外すと、机の引き出しから取り出した、特殊な葉を紙で巻いた、葉巻のような物に火を点ける。


 「ふぅ〜。この場所気に入ってたんだけどなぁ〜、ま〜た移転か〜」


 「なかなか鋭い感をお持ちのお客様でしたね」


 奥の部屋から、執事のような年老いた白髪の男性と、全身漆黒のフルプレートに身を包んだ大男が現れる。


 「そうね、私の事かなり怪しんでいたし、なんなら貴方達の事も勘付いていたみたいだし」


 「……強者か」


 「どうだろうね。ちょっと漏れてたけど、殺気をだいぶ抑えてたみたいだからわかんない」

 

 「それよりも最初に出てった2人、あれは只者じゃ無いね、かなりの実力の持ち主だ」


 「貴方ほどの方が、それほどまでに警戒されるとは……」


 白髪の男とフルプレートの大男は膝まづき、敬服する。


 「我が主であり、奴隷商の元締め。今は無き大国を滅ぼした、亡国の姫君……」


 『様』


 ヌビアは葉巻を口に咥え、吸った煙を天井に向かって吹きかける。宙に舞う煙を見つめ、天を見上げるヌビアの瞳は、無き亡国の一族のみがもつ、金色の瞳を輝かせていた。



 怒りを原動力にして、ナユタとセツナは家路を急ぐ。そんな2人の後を、小走りに追い掛けるヒスイ。一定の距離を置いて、ルビーが少し考え込むように後をつけていた。

 

 屋敷の近くまで辿り着いた頃には日は落ちかけ、段々と辺りは薄暗くなっていく。門限があるわけでは無いが、遅くなれば屋敷の者に心配されるだろう。

 スタスタと先を歩く2人とは対象に、ヒスイは久しぶりに遠出をしたせいか、疲れで少し足取りは重い。さらに追い討ちを掛けたのが、大量に購入したお土産を含む荷物だった。


 「ヒスイだらしないぞ。ほら、少し荷物を持ってやるから」


 「あっ、ありがとうございます……」


 見かねたルビーはヒスイの荷物を半分受け取る。自分以上に、大量に荷物を持っているにも関わらず、余裕を見せるルビーに、ヒスイは自身が少し情けなく感じる。

 少し悲観に暮れながらも、身軽になった足取りで進んでいると、屋敷まで後少しというところでナユタとセツナが足を止めていた。


 「どうされました御二方?」


 「やあやあやあ!君はクロトの屋敷のメイドさんだねぇ〜。いやはや君も見てくれたまえ」


 あと少しという所でラックに捕まり、足止めをされる。見せつけるようにニタニタと笑いながら、ラックが手元に取り出したのは、様々な色が混ざり合う、異様な卵のような物体。


 「ふっふっふっ、これはねぇ〜、パパが南方の商人から買い取った、神龍族の卵なんだよ〜」


 「神龍族!?」


 ヒスイは荷物を落としかけるほどに驚いた。歴史の節目、過去の文献に度々登場しては、まだまだ謎が多い種族である神龍族。500年前の勇者が魔王に挑む際にも力を貸したと言われている伝説的な存在。

 ラックが手にしているのは卵だと言うが、そもそも彼らが人なのか、そうで無いのかはわかっていない。

 正直胡散臭く感じるが、逆に否定する根拠も無い。彼の言う事が本当ならば、歴史的にもこの世界的にも重要な物である。


 「どうだい、すごいでしょ。パパから聞いた話では、卵は北の永久凍土から発掘された物らしんだ。保証書付きだよ〜」


 卵に頬擦りし、ヒスイ達に見せびらかすラック。


 「それがの卵?」


 大事そうに卵を持つラック目掛けて、ナユタは魔法を放つ。


 「氷葬華」


 冥府より召喚した凍てつく風が、ナユタの指先から吹き荒れると、パキパキと音を立て、ラックの両腕ごと卵を瞬時に凍り付かせる。


 「なななっ!一つ数億で取引された貴重な卵が!!」


 「永久凍土に眠っていたならお似合いの末路ね。あなたもそれがそんなに大事なら、一緒に凍ったらどう?」


 「そっ、そんな……」


 地面から生える氷の華のように、ラックは手先からそのまま凍り付く。

 近くで見ていたラックの家の使用人達が、慌てて氷を溶かそうと翻弄するが、全く氷は溶ける様子がない。そればかりか、氷に触った使用人達数名も、氷像のように凍り付く。


 「ナユタ様、これはさすがに不味いのでは……」


 「大丈夫よ。加減してあるし、1日経てば氷は溶けるわ」

 

 「そう言う問題でしょうか?」


 「そう言う問題なの。行くわよ」


 「ヒスイは心配し過ぎ。大丈夫だって」


 「はっ、はい……」


 ヒスイは1人、何度も氷漬けになったラックを見返すが、ナユタにセツナ、さらにルビーまでもが何事も無かったように立ち去るのを見て、ため息と共に歩き出す。

 

 しばらく歩いて、屋敷が視界に入った所で、入り口付近でガーネットが4人を出迎えんと立っていた。


 「お帰りなさいませナユタ様、セツナ様」


 「ただいまガーネット、お土産たくさん買って来たよ」


 「それは嬉しゅうございますセツナ様」


 「遅くなってごめんなさいね。心配掛けてしまったかしら?」


 「とんでもございません。ですが、早急にお二人にお伝えしなければならない事がございます」


 お伝えしなければと聞いて、何かあったのではと少し気にかかるナユタ。

 それを他所にセツナは、買い物帰りのテンションでガーネットに聞き返す。


 「なになに?何かあったのかな?」

 

 「はい。ちょうど今し方、クロト様は王城への招集を受け出発されました」


 「招集と言うと?」


 「ノルン王国は群れに対峙するため、王城で緊急集会を開き、早ければ明日、群れに向かって出立するそうです」


 「なっ!?」


 1番驚いたのはヒスイで、まさか自分達が居ない間にそんなに話が進行していたとはと驚愕する。


 「……そう、それは手っ取り早くて都合がいいわね」


 「そーゆー事だね」


 食べ物に対する野心からか、2人は物事が自身の考えの終着点の一つに移行している事に、とても都合がいいと解釈する。

 もう一つは後回しにしても、こちらが早く片付くなら好都合だ。


 「私達はクロトを追うわ。あなた達、申し訳ないけど荷物を頼むわね」


 そう言うと、ナユタとセツナは自身の荷物をヒスイに放り投げその場を後にする。慌てて受け取ったヒスイは、自身のキャパシティーを大きく超える荷物の量に押し潰され転倒した。


 「行ってらっしゃいませ」


 —同時刻、ノルン王国王城、謁見の間。


 多数の騎士を配した、重厚な王城の正門を抜け、城の奥へと進むクロト。常人なら入る事すらままならないこの場所も、クロトにとっては何度も見慣れた光景にしか映らない。

 幼い頃から、何か事があれば、勇者として年齢関係なく会議や式典に出席させられる。その度に、自身に向けて期待の眼差しを向ける城の者達。

 クロトは期待という視線が正直苦手だった。勇者とて万能じゃない、全部が全部解決してくれるような期待を勝手に持たれても、正直迷惑な話だ。


 「久しいな、クロト・アッシュ。今日はお付きの娘達といっしょではないのだな」


 会議が行われる謁見の間まで後少しの所で呼び止めらるクロト。


 「おっと、これはこれは聖騎士ジャンヌ様。お久しぶりですね」


 「ふんっ、貴様も王より招集を受けたのだろう。ちょうどいい、私もこれからそちらに向かう所だ」


 「おやおや?聖騎士様は謹慎中なのではなかったですかな?」


 「ふっ、いつもながら鼻に付く奴だ貴様は。私は先の失態を返上するため、自らを群れ討伐の一番槍を王に打診したのだ!」


 「一番槍を?それって危険なんじゃ?」


 群れと対峙する場合、群れの規模によって危険度は異なるが、先陣を切って戦う者が一番危険で、命を落としやすい。それは聖騎士だからと言って例外では無い。

 過去にあった群れとの戦いも、クロトの生まれた少し後で、その時は王自ら前線に立ち、多大な被害を出してなんとか撃退出来たという。


 「まだ正式に決まったわけでは無いが、今回の失態はこれを持って償うに等しいと私は判断している!」

 

 「命投げ出すような事して、そんで罪を償うなんて、それが騎士道ってもんなんですかね?」


 「無論死ぬつもりは無い。群れを撃退し、王に勝利を持ち帰る事が、私のすべき償いだ」


 クロトに固い意志を投げ掛けるジャンヌ。戦場に立てば彼女とて命の保障は無い。だが、彼女の意志は、言って止める事など出来ない程の硬い決意が感じられた。


 「そうか、じゃあお互い死なないように頑張らないとね」


 「残念だが、貴様が活躍する頃には、私が群れを討伐し終えているだろう」


 「ほほ〜う、そいつは頼もしいね」


 「ふっ、後悔するなよ勇者クロト。そして貴様に見せてやる!この聖騎士ジャンヌの勇士を!」


 別段彼女と仲が良いわけでは無い。だがこの時確かに生まれた絆のような感覚を、この時2人はまだ知るよしもなかった。


 それからしばらくして、クロトを追って駆け付けたナユタとセツナが合流し、ちょうど準備が完了したと連絡され、兵士に部屋の中へと通された。



 会議を行うための広い部屋へと通されたクロト。長い長方形の巨大なテーブルが置かれた室内には、奥にノルン国王ゲルマを始め、各騎士団の騎士団長、騎士団統括、兵団長、任務外の聖騎士が一同に集まる。

 さらに王の隣に、他の聖騎士とは一線を置いた存在を放つ男が1人。特徴的な白と黒のオッドアイ。ノルン王国第一王子であり聖騎士長でもある、聖騎士序列一位。セハン・ノルンが司会の進行を務める形で出席していた。


 「勇者も到着したので、これより現在ノルン王国へ向け進行中である群れについての緊急会議を始める」


 会議進行の代表として、現状の群れに関する情報の報告を始めるセハン。クロトは特別に用意された別席で、会議の進行に耳を傾ける。


 「今回確認されている魔物の総数は大多数、前回確認された群れの総数を遥かに上回るとブリタニアから報告が入っている」


 どよめく会場。魔物が群れを形成する事は珍しく無いが、数としては多くても数十体。今回目視で確認されている数は大多数という事は、100や200といった数ではないだろう。


 「さらに、群れを形成している中心の魔物、報告では街壊ランクに該当する魔物、デーモンキングだと言われている」


 街壊ランクとは、現在各国共通で決められている脅威となる対象を測る基準であり、魔物に対する危険度や、強さなど様々な定義でランクが振り分けられている。現在確認されている最高難度世壊ランクである魔王を上限に、国壊ランクから無壊ランクまでの様々な魔物が存在する。

 群れの中心が街壊ランクの魔物と聞かされ、会場にさらなる驚きと落胆の声が上がる。

 クロトは無理もないと腕を組み考え込む。街壊ランクの魔物となれば、一体で街一つを半壊、及び壊滅させる程の力を有していると言われている。

 さらにそれに取り巻く続く大多数の魔物。ブリタニアの精鋭、円卓の騎士を持ってしても止められなかった事も考慮して、かなりの脅威と認定出来る。


 「相手がいかに強大でも私は恐れません!王よ、私に選抜隊を命じ下さい!必ずや魔物の首を獲ってまいります!」


 勢いよく立ち上がり、王に打診するジャンヌ。


 「……ならぬ」


 帰って来た言葉は、ジャンヌの想像を飛び越え、無惨にも打ち壊す。


 「!?なっ、何故ですか王よ!」


 「私は過去に、大きな過ちを犯し、多くの尊い命を奪った……」


 「過去を繰り返すのは愚者の行い。それにこれは、もはや我が国の問題だけでは無い」


 ゲルマ王は椅子より立ち上がり、会場全体を見渡す。


 「ゆえに私は北のヴァルハラ王国と、ある取引を行った」


 「取引?」


 「ヴァルハラと同盟を結び、現在戦争状態であるブリタニアへ圧力をかける事を条件に、その見返りに、ヴァルハラより最高戦力、《ヴァルキュリー》を数名、我が国の戦力として借り受けた」


 「ヴァルキリー!あの神の使いをですか!?」


 軍事力では三国の中で一番特出しているヴァルハラからの援軍。ヴァルハラの最高戦力であり、神の使いと呼ばれる十人の乙女達。

 その力は絶大で、まだまだ未知数な存在ではあるが、ナユタいわく、500年前にすでに存在していた当時の彼女達の実力は、今の阿頼耶識に匹敵するという。


 「……まさか、俺達の最大の障壁となりうる可能性のヴァルキリーを、こんなに早く拝める日が来るとはな」

 

 「残念だけど警戒すべき存在よ。今の彼女達の実力は、当時と比べて未知数。とても危険だわ」


 ナユタも警戒を露わにするヴァルハラの最高戦力。この時ナユタ警告は虚しく、すでにノルン王国には、ヴァルハラより飛び立ったヴァルキリー達が、今まさに到着しようとしていた。


 

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