第7話 市場探索 ①
—白の宮殿にて、ハワード抹消から約一週間後。
世界五大聖教のトップが1人、ハワードがこの世界より秘密裏に抹消された事によって、アルテミス教団は謎の衰退を始め、5大聖教の中で、アルテミス教に次いで力があったアポロ教団と、ガイア教団の勢力が増す。
アポロ教団は力を失ったアルテミス教団の勢力地を布教という形で進行し始め、次々と勢力図を塗り替えて行った。このまま進行が続けば近い将来、アポロ教団が聖教のトップに成り代わるのは時間の問題だった。
対するガイア教団は、全人種の共存を掲げ、現在の勢力圏を維持しつつ、さらなる多種族との連携を各国に呼び掛けている。
「聖教絡みも、ハワードを消してから活発に動き出したな」
「はい。近頃、中立の我が国にも様々な教団の布教活動が活発になっております」
「布教ねぇ……」
今日も今日とて、自室でゆったりとガーネットの淹れた紅茶を嗜むクロト。
「いづれはコイツらの主人も消す事になるけど、今は後回し……」
過去に勇者の仲間であった血族、アポロ教団もガイア教団にも、勇者の記憶を有した者が存在するのだが、ある問題で今は手が出せない。
最新の新聞を片手に、困惑の顔を浮かべるクロト。
「隣国で緊張状態。さらに、それより厄介な、群れがこの国に迫っている事……」
些細な理由ではあるが、大国同士で戦争が始まろうとしている。戦争が起これば、小国などを巻き込んで、物流や外交など様々な所に影響が出る。
ノルン公国は、自国の生産を100%補えていないため、隣国からの供給がとどこえば、国内に少なからず影響が出る。
本格的に戦争に突入し、長引くようならば、自国に影響が出始める前に、最悪戦争に介入する事となり、結果多くの人が死ぬだろう。
しかし、クロトにとってそれよりもさらに厄介なのが、群れと呼ばれる、魔物達の大群である。
魔王が復活しようとする余波から生まれた、強力な魔物の大群で、自然災害の津波のようなものだ。
勇者はこの魔物の大群に対して、最前線で戦う事を余儀なくされる。魔王を倒す事だけが勇者の仕事ではなく、世界平和という理念を念頭に置いた、その国の外交手段や、防衛手段などに扱われる。
そのため世界には、クロトを含めた勇者と呼ばれる存在が数人存在し、クロトこそが、正統な勇者の血統である事は間違いないのだが、各地に散らばった、勇者の仲間たちが繁栄させた国、特にこの三大大国などでは、その血筋こそが勇者であると主張し、各国に対する抑止力とされている。
国家として重要な存在である勇者は、基本自国内で活動しているのだが、有事の際やこうした群れなどに対して、時に協力、時に戦争の矢面に立たされる場合がある。
「厄介なんだよなぁ〜群れの討伐。招集が来たら身動き取れなくなるし、場所が場所だし……」
「そもそも、東のブリタニアで、アーサー王率いる円卓の騎士団が群れを討伐し損ねたから、更に規模を拡大して進路を変更したんだよなぁ……」
「んで、それを不服に抗議した北のヴァルハラ王国となんか揉めて、二国間で緊張状態……」
「大国同士での戦争が起これば、甚大な被害が予想されますが、なんとか止める手立ては無いのでしょうか?」
「……まぁそれで、どちらかの国が倒れてくれたらそれはそれで助かるんだけどね……」
そのクロトの一言に、一瞬ガーネットは背筋が凍る思いがした。彼の目には、これから死ぬであろう何千何万人もの命は写ってはおらず、ただ目的という野望の炎が燃えている。
そんな男の姿を見て、ガーネットは次第に胸を高鳴らせる。
「なんてね。奴等にはこの手で直接手をくださないとね、勝手に死んでもらっちゃ困るし、関係ない人がたくさん死ぬのも見たくないし」
「……おっしゃる通りにございます」
「でも、戦争に突入される前に今は群れを何とかしないとね」
紅茶の入ったティーカップを机に置き、窓から空を眺めるクロト。澄み渡る青空は、見上げる者達に平等に顔を見せるが、残念ながらそれが叶わぬ者もいる。
彼女達の野望の果てに、いったいどれほどの犠牲が伴うのか今は想像もつかないが、いつか全てが終わり、皆が静かに暮らせる未来を想像して今は空を見上げる。
「……そういえば、ナユタとセツナはどこに行ったんだ?」
「お2人でしたら、ルビー様とヒスイ様をお連れになって、市場へお買い物に出掛けました」
「市場に?あの辺物騒だから、あんまり近寄るなって教えておいたんだけどなぁ〜……」
「御二方なら問題は無いかと。護衛も連れておりますし」
「確かにそれもそうだな」
物騒とは言ったが、ナユタとセツナ、さらに護衛でルビーとヒスイまで付いているという事で、まさに鬼に金棒。心配するだけ無駄だった。
高級住宅街を抜け、下へ下へと坂を下るように進むと、一般市民が住むエリアに入る。市場とは、一般市民が住むエリアの外れ、貧困街の近くに存在する半ば闇市である。
隣接する貧困街は大変危険で、城の周辺地域の高級住宅地に住む者を上級市民、その下という形で住居を持つのが一般市民、さらにその下、貧困街に住む者を下級市民とし、平等に国から認められた一定の支援を受けれるものの、生活の困窮から犯罪に手を染める者や、不法滞在、闇取引、不労働者などが多い。
しかし逆に、市場では一般には手に入らないような食材や魔道具などが流通しており、大変賑わっているのも事実である。
そんな市場に、ナユタとセツナは2人のメイドを連れて訪れていた。
「本当に凄く賑わってますな〜ここの市場は」
普段のメイド姿とは異なり、普段着に身を包んだルビーとヒスイ。市場に到着したルビーが見渡すその場所は、様々な人々が行き交い、無数のテントが建てられたお店を中心に、その周りに宿屋や鍛冶屋などが軒を連ねている。
「ええ、それゆえに珍しい商品が沢山売買されているわ。お買い物にはうってつけね」
「だけど、クロトにはあんまり近づくなって言われてるんだけどね」
その言葉に驚き、セツナを見返すヒスイ。
「よっ、宜しいのですか!後でお叱りに……」
「大丈夫だってヒスイ。ガーネットにも伝えてあるし、遅くならなければ怒らないって」
「はっ、はい……」
少しだけ気を落とすヒスイを、セツナは優しく頭を撫でて元気づけた。
「して、お二人は何をお探しにこのような場所まで?」
「昔クロトに、東方にあるとされる国の食べ物、チョコレートという甘いお菓子の話を聞いてね」
その昔、クロトは転生前の世界で好物だったチョコレートの話を2人にしていた。茶色い塊で、一度口に入れれば、独特の香りと甘い味が口いっぱいに広がり、幸せな気分に包まれる食べ物。そんな魔法のような珍しい食べ物に、瞳を煌めかせ、耳と尻尾をピョコピョコと動かし、いつか食べてみたいと胸を膨らませていた。
「この市場によく出入りしているアクアとマリンに、そのチョコレートに似た食べ物があったと聞いてここにやって来たの」
「なるほど、しかしそのちょこれーとなる食べ物、この広い市場から探すのは骨ですな」
「セツナ様、何故アクアとマリンを連れて来なかったのですか?」
「ああっ、それはね……」
セツナは何故このような形で市場へ出かける事となったのか話始める。
—今から遡る事数日前、チョコレートに似た食べ物の話を2人から聞いたナユタとセツナは、さっそく2人を連れて、市場に出掛けようと準備をしていた。
「お待ちなさい2人とも!」
「なっ、なんにゃサファイア」
屋敷を出る寸前、入り口の付近でサファイアに呼び止められるアクアとマリン。
「先日の魔法の粉の件と、勝手に屋敷を飛び出して市場へ行った件。お仕置きがまだでしたわよね」
「こっ、これから行くのは、し、仕事ニャ。お仕置きはあとニャ」
「ダメです」
「ふっ、2人からもなんか言ってやってにゃ!」
「ダメです!」
断固として譲らぬ態度に、少々威圧を感じ、ナユタとセツナも言葉が出ない。
サファイアは嫌がるアクアとマリンの首根っこを掴み、ズルズルと屋敷の中へ引き摺り込む。
「罰として1ヶ月、床とトイレとお風呂!毎日朝昼晩、連複掃除ですわ!」
「ぎにゃー!にゃーは無実にゃ」
「ううっ、もう観念するしかないニャ」
悲痛な表情で屋敷へと消える2人。こうしてナユタとセツナは、案内人を無くし、近い日に暇を出せる2人に、お供を頼んだのだった。
「……というわけなのよ」
「なるほどですね。どうりで屋敷中から2人の悲痛な声が聞こえて来たわけですね……」
「とにかく、一軒一軒虱潰しに探してみるしかないわね。行きましょう」
それから4人は、市場を端から一つずつ見て回った。途中立ち寄った場所で、4人は甘い香りに誘われる。最近一般市民の間で流行っていると噂の、串に刺さった甘いお菓子。すぐさま購入し、両手で頬張る。甘い香り、香ばしい香りにと、立ち寄る店立ち寄る店で食べ物を購入し、堪能。
さらに、綺麗な宝石や、アクセサリー、珍しいアイテムや魔道具などの店にも足を止め、4人はまるで仲のいい姉妹のように、目的を忘れて買い物を楽しんだ。
「おうおうべっぴんな嬢ちゃん達だな。何かお探しかい?」
我を忘れて買い物を楽しむ中、ふいに呼び止められた店で、本来の目的を思い出す。
「あっ!やばい忘れてた」
「くっ、つい楽しくて羽目を外して目的を忘れていたわ」
両手に食べ物と、大量に購入したお土産などを入れた袋を下げて、頭を抱えるナユタ。
「少しお尋ねしたいのだけど、この辺りに、珍しい食べ物を売っている場所を知らないかしら?」
「珍しい食べ物?……そういえば、アヌって奴が開いてる店が、何でも揃うって歌って商売してるぜ」
「何でも揃う?」
「ああそうだ。値段はちょっと張るが、この国の外から仕入れてる珍しい物も売ってるみたいなんだ」
「それは期待出来るわね。そのお店はどこに?」
「貧民街との境界近くだ。このまままっすぐ行けばすぐわかるさ。女の店主がやってんだ」
「このまままっすぐね。わかったわ、ありがとう」
「あいよ〜。貧民街が近いから気おつけなよ」
すぐさま店を後にし、まっすぐ貧民街方面へ進む4人。活気だった人集りも、貧民街が近くなるにつれて少なくなり、店の数も極端に減る。
次第に空気が少し重くなり、正気の無くなった者や、物乞い、地面に寝そべる者達が目立ち始めた。
「ううっ、なんとも薄気味悪くなって来ましたね……」
お化けなど類が苦手なヒスイ。普段は隠密に行動する暗殺者のような立場の彼女だが。見上げる空は晴れているのに、その場の空気が重く、若干薄暗く感じ、何か出るのではないかとルビーにしがみつき離れない。
「おいヒスイ、くっつき過ぎだぞ!」
「そっ、そんな事言わないで下さい……」
怯えるヒスイを振り解こうと抵抗するルビーであったが、急に先を歩くナユタに止まるよう指示を出される。
「やれやれ、面倒な事になったわね」
どこからともなく集まって来た、武装した野盗のような集団。
「よう姉ちゃん達!金目の物全部出しな」
「げへへっ、若いねぇちゃん達だ!身ぐるみ剥いだら俺達で遊んだ後に、奴隷商に売っちまおう」
ゲラゲラと高笑いをする野盗達。しかし、相手が何者か知らない野盗達は運が悪いとしか言えず。この後野党達は生きて地獄を見る事になる。
「あなた達、奴隷商と繋がりがあるの?」
「黙れ女!とっとと金目の物を出せ!」
野盗の1人がセツナの腕を掴もうとするが、瞬時に顔面に一撃を入れられ、直撃した顔は陥没し即死する。
「私に気安く触らないで!」
怒りの表情を浮かべるセツナ。
「やれやれ、正当防衛という事で始めないといけないな」
ルビーは出掛ける際に置いて来た愛剣の代わりに、近くで拾った棒切れで野盗を次々と殴り倒す。
「この者達、奴隷商と関わりが?ならば許しておけません!」
凄まじいスピードで駆け回り、的確に急所をナイフで刺すヒスイ。
「ばっ、化け物だ!」
彼女達の、そのあまりの強さに恐れをなした野盗達は逃げ出そうとするが、逃げようとする野盗達に、ナユタは瞬時に広範囲魔法を放つ。
「闇より出でよ禁忌の封剣、我が敵を討ち滅ぼせ……」
「超級魔法、魂の葬剣」
逃げ出す野盗や、絶命した野盗達に向かって、深淵より召喚された無数の刃が襲い掛かる。剣で貫かれた者は、次々と溶け出すように蒸発し、消滅した。
「いつ見ても恐ろしい魔法だな」
「はい、ゆえに我々阿頼耶識も、常人離れした力を得ることが出来たのです」
「あの方と同じ、禁忌の力を……」
禁忌の力によって消滅した人達を、阿頼耶識の彼女達は覚えている。改変した真実の全てを彼女達は知っている。
通常ならば全て記憶からも消滅してしまうが、阿頼耶識の一員は、ナユタとセツナに仮契約されているため、禁忌の力をその身に宿し、消滅や改変の影響を受けない。
故に彼女達は、強大なる力と共に、クロトを主とした、ナユタとセツナに絶対なる忠義を捧げている。
時には目を背けたくなる真実を前にしても、辛く厳しい現実を変えるために、彼女達はクロトの手を取り、戦うと誓った。
殺伐とした空気の中、野盗は1人残らず消滅。同時に、近くでこれを見ていた者の記憶や認識から、一連の出来事が改変される。
「ふぅ、奴隷商人の事、聞きそびれちゃったわね」
「いいよ、ゴミ掃除が出来ただけ良しとしようよ」
「それもそうね」
それから4人は、何事も無かったように、アヌの店を目指す。
しばらく歩くと、貧民街が目と鼻の先、市場の最後尾に、異様な雰囲気と他の店と少し違う存在感の放つ店が存在していた。
「何でも商店アヌ、ここで間違い無いようね」
しっかりとした一軒家で店を構え、入り口にデカデカと看板が設置されている。どこからどう見てもこの場所に間違いなかった。
入り口のドアを開け中へ入ると、独特の香りが鼻を抜け、同時に視界に見た事のないような様々な装飾品や武器、食べ物や薬など様々な物が目に入る。
「すごい!まるで美術館に来たかのようね」
感動するナユタを含め、その場の全員は、店に置いてある数々の商品に目を奪われた。
「いらっしゃいませ〜。ゆっくりしてって下さい」
少し気怠げに店の奥から、瓶底メガネのような物を身に付けた女性が現れる。女性の外見は小柄で、寸足らずなダボダボの服装に、黒と白のメッシュの髪色、髪はボサボサで、少し小汚い。
どこか似たような人物を知っているような気分になったが、ひとまずナユタは、チョコレートについて店員に尋ねる事にした。
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