第6話 聖主抹消 ④
「アラヤシキ、だと!?」
ハワードは自身の立場上、命を狙われる事は少なくない。可能な限りその脅威を排除してきたが、自身の命を狙う勢力の中に、阿頼耶識と言った組織など確認していない。
しかも、自身の私兵をいとも容易く突破出来る者など知らぬはずがない。
「貴様らが何者かは知らんが!私にこのような事をして、ただで済むと思っているのか!」
「ふふっ、聖教主様は頭わるいんだね。今のこの状況理解出来てる?」
嘲笑を続けるセツナが口を開く。
「今のあなたには、死よりも恐ろしい結末が待っているのですよ」
「……死よりも恐ろしいだと、ふんっ!」
ナユタの言葉に、少々馬鹿馬鹿しさを感じたハワード。先程までとはうって変わり、少し平常心を取り戻すとゆっくりと立ち上がり、クロト達に向かって言い放つ。
「私を誰だと思っている!私はかの女神アルテミス様を信仰する大聖教主、ハワード・アルテミスぞ!」
ハワードは右手を前に出すと、魔力を集中させる。
「何か仕掛けてくるみたいだよ」
「……問題ない」
「戯言もそこまでだ!神に仇なす敵を討て!ライトニングバレット!」
ハワードから放たれた、魔力を雷の性質に練り上げた無数の弾丸。四方全域からクロト達に襲い掛かり、壁や天井、地面などを無差別に破壊し、大量の土煙を巻き上げる。
「ふんっ。跡形もなく消し飛んだか」
舞い上がった土煙のせいで、相手の生死は確認出来ないが、恐らく生存する可能性は低いだろうと考えるハワード。
なぜなら、自身の放った魔法は、この世界に存在する魔法の中でも、上級魔法に位置付けられている。下級、中級、上級、超級と、位が上がるほど威力や範囲、効果などがが異なる。
それゆえに、上級以上に分類される魔法は扱える者は少ない。大聖教主であるハワードが扱う魔法の中でも最強に近い魔法だ。
土煙がしだいにおさまり、所々魔法によって破壊された通路が目に入る。
しかし……。
「ばっ、馬鹿な……」
ハワードが目にしたのは、先程の場所から一歩も動いた形跡も無く、無傷でこちらを向いている男と、嘲笑う2人の女性の姿。
「ありえん!あり得ないぞ!私が放ったのは上級魔法。生きているはずがない!」
現実を受け止められないハワードに、クロトはそっと口を開く。
「魔法。そう呼ぶにはいかにも陳腐な代物だったな」
「何!?」
「セツナ、奴に本物の魔法を見せてやるんだ」
「わかった。私のとっておきを見せてあげるよ」
セツナはすぐさまハワードに向けて片腕を差し出し、指先を向ける。
「常闇の戯れ」
セツナの指先から放たれた小さな漆黒の塊。凄まじいスピードでハワードに着弾すると、頭部だけを残し、他全て弾け飛ばすように消滅させる。しかし不思議な事にハワードは絶命する事無く、頭部だけを残し生存していた。
「どっ、どうなっている!?なぜ私はこんな……」
首から下の感覚は全く無く、痛みも無い。突然起きた理解出来ない状況に困惑していると、突然頭を鷲掴みにされ、ゆっくりと視界が上昇する。
「なっ!何なんだいったい何が起きた!」
「絶級魔法常闇の戯れ。あんたの肉体を消滅させ、魂の契約を頭部のみに縛りつけ生かす魔法よ」
「絶級魔法だと……!!」
目の前の女が話す言葉にハワードは驚愕した。自身の扱う上級魔法を遥かに凌ぐ、超級魔法ですら、この世界に扱える者はごく僅か。絶級魔法など、古の古文書に伝説のように書き伝えられているレベルの魔法だ。
「馬鹿なありえん!なぜ貴様らのような賊が、絶級魔法など!?」
「そんな事はどうでもいい。貴様にいくつか質問をする。素直に答えろ」
「だっ、誰が貴様らなぞに!」
「……セツナ」
セツナは頷くと、ハワードに向かって指を鳴らす。直後、ハワードは存在しないはずの肉体が無惨に引きちぎられているような激痛を感じる。
「ぐうぅぅぅぅぅあぁぁぁぁ!」
地下の遺跡にこだまするけたたましい悲鳴。何度も何度も容赦なく凄まじい激痛がハワード襲う。
「もう一度聞く、質問に答えろ。いいな」
「ぐうぅぅあっ、わっ、わかった……何でも答える……。だっ、だから助けてくれ」
それを聞いたクロトは、セツナに一旦魔法を止めるよう指示を出す。
「過去に勇者の落日に関わった者は皆、ある秘密を守るため、代々子孫に記憶の一部を受け継いでいる。そうだな?」
「……たっ、確かに私は代々受け継いできた記憶を有している。だが、貴様らにその事と何の関係が!?」
それを聞いたナユタは、ハワードに近づくと、額に指を当てて念じる。
瞬時にナユタの脳裏に浮かび上がる、当時の禁断の記憶。
それは断片的な映像のような記憶。嫌がる女性を数人で押さえ付け、暴力の限りを尽くす映像が流れる。そして意識を失った女性に、何やら怪しげな魔法を掛けようとする男が1人。恐らくその男は、ハワードへと記憶を受け継いだ、勇者の落日に関係する者の1人であると推測出来た。
その光景に、ナユタは仮面の下の瞳から涙を流す。映像はクロトやセツナにも共有されており、抑えきれない怒りを込み上がらせる。
今にも殺さんとハワードへ向かうセツナを、クロトは全力で静止した。
「貴様らがアリシアを!アリシアを殺したんだ!」
「落ち着けセツナ!今はまだ堪えるんだ!」
激情に駆られるセツナ。我を忘れた獣のように怒り狂う彼女は、クロトの静止がなければハワードは今頃無に帰していた事だろう。
彼女達の目的を知ってから、必ずこのような日に出くわすとは覚悟していた。だが彼女達の怒りはクロトの想像を遥かに超えるものであり、自身の力でいつまで彼女達を抑える事ができるのか疑問であった。
彼女達の真の目的、勇者の落日に関わった者の抹消。それと同時に言い渡されていた、彼女達と勇者の真実。
彼女達の元所有者、勇者アリシアに起きた、彼女にまつわる葬り去られた真実に。
「……もう大丈夫。記憶の中の聖殻は手に入れたわ。この男は用済みよ」
「なっ!」
それを聞いたクロトはセツナの静止を解く。解き放たれた獣のようなセツナは、ハワードに向かって、最大級に練り上げた魔法を放つ。
「深淵の闇に誘われて朽ち果てろ!我が名は禁忌の主セツナ。我が名を持って深淵の門を開き、この愚か者の命を持って償わせよ!」
ハワードの後方に、おぞましい巨大な門のような扉を出現させるセツナ。けたたましい音と共に扉が開くと、巨大な異形の腕がハワードを掴む。
「神話級魔法、深淵の贄」
「ぎゃゃゃぁぁぁぁ!やめろぉぉぉぉ!」
ゆっくりと扉に向かって引き摺り込まれるハワード。その間に、激しい後悔と、想像する事も出来ない激しい痛みが全身を襲う。
「安心しなよ、勇者に関わったお前ら全員。みんなまとめて消してあげるからさ」
激しい叫び声を上げながら、ついにハワードは深淵の門の中へと引き摺り込まれる。その後ゆっくりと扉が閉まると門は消滅する。
「アリシア、まだまだ小さな一歩だけれど、これで少しだけ、真実に近づけたわ……」
涙を流すナユタをそっと抱き寄せるクロト。
「その涙、必ず俺が止めてみせるから。だからその時まで、俺はお前達と戦うよ」
抱き寄せたナユタから流れ落ちる涙。仮面で表情まではわからなかったが、悲しみや、安堵から来るそれとは別に、この時彼女から放たれた微細な違和感を、この時クロトは知らずにいた。
「!?、2人とも警戒して!様子が変だよ」
安堵したのも束の間、様子がおかしいと、セツナは2人に注意を促す。
『輪転・涅槃寂静』
「!?」
突如3人の脳裏に響く、覚えのない女性の声。同時に、先程閉じたはずの深淵の門が再び現れ、中から異形の存在となったハワードが現れる。
「許さぬ!……許さぬぞ!」
この世の物では無い異形の怪物と化したハワードは、白色の巨大な身体から伸びる無数の腕で、クロト達に襲い掛かる。
「何故だ!奴は消滅したはずでは?」
「わからない。でも確かに消滅したはずよ。私達の力を込めた魔法から、逃れられるはずがないもの」
襲い来る無数の腕をかわしながら、クロトは腕に打撃を叩き込むが、効果は無い。
そればかりか、衝撃を与えると、分裂してさらに勢いを増す。
「打撃は逆効果のようだな」
「ならこれはどう!絶級魔法、深淵の焔!」
セツナはハワード本体に向かって、巨大な炎の塊を放つ。
凄まじい熱を放つ丸い球体は、白い腕を巻き込みながら焼き焦がし、ハワードに着弾すると激しく爆発する。
地下の地形が少し変わる程の爆発は、凄まじい地鳴りと共に、激しい熱で周囲を溶かす。
「セツナ!この狭い空間で、何の考えもなく広範囲攻撃を使うのはよしなさい」
「えへへ、ごめんごめん」
間一髪、ナユタによる防御魔法で爆発と熱から身を守る事に成功。
「しかし残念ながら、奴には通用しなかったようだな……」
焼失したかと思われたハワードの肉体は、魔法を受けた衝撃で所々に飛び散ったが、飛び散った箇所は自立して焼失した部分を修復、さらに分裂を繰り返し、空間を埋め尽くさんと分裂増殖した塊はしだいに一つに集まり巨大化する。
「ゆるさん!ゆるさん!!ゆるさん!!」
クロトに向かい、巨大な身体から繰り出される白い腕。ほぼ全方位を捉えたその一撃は、避けるには難しい。そう瞬時に判断したクロトは、逆に前に出る。
「攻撃しても無駄なら、完全に存在を抹消するしかない……」
迫る巨大な異形の腕。
「来い!ナユタ!セツナ!」
クロトの声で瞬時にナユタとセツナは刀へと姿を変え、闇を纏うようにクロトの手に収まる。
「行くぞ!ハワード!!」
向かってくる異形の腕を、バターを斬るように切り裂き、瞬時に消滅させる。
分裂増殖しない事に違和感を感じ、さらに繰り出す無数の腕も、クロトの凄まじい剣撃によって瞬時に消滅させられ、追い詰められるハワード。
「ばかな!ばかな!!ばかな!!」
「終わりだハワード。貴様が触れたのはこの世の禁忌!」
二刀の刀を深く構え、強靭な膝のバネによって実現した爆発的な跳躍による移動と共に繰り出される、刹那の連撃。
「永遠の無の中で、先代の業を嘆くがいい!」
『刹那の太刀、無限!』
クロトはハワードの巨体を再生や分裂の追いつかない速度で粉々に斬り刻む。最後の嘆きのような悲鳴と共に、ハワードの肉体はこの世から完全に消滅した。
「どうやら今度こそ完全に終わったようだな」
「ええ、魔法で消滅させる事は叶わなかったけど、私達の一撃でこの世の理から完全に消滅したわ」
「ちょっとだけ厄介だったね。それよりも気になるのは、一瞬聞こえたあの声!」
「涅槃寂静。何故だか少し懐かしい響きで、だけどとても恐ろしいようなその言葉……」
「ネハン、ジャクジョウ?なんかどこかで聞いた事があるような……」
「……ひとまずそれは後回しだ。急いでここを離れるぞ。脱出したガーネット達も気になる」
「……そうね、今はそれが最優先ね」
そう言うと、足早に地上へと向かい、遺跡を駆け抜けるクロト達。
それを見届けるように、遺跡の物陰から、闇に紛れて姿を現す女性が1人。
「大きくなったのね、私の可愛い妹達……」
「そして……」
去り行くクロトの背中を、愛おしく指でなぞる女性。
「私の愛しき人……」
そのまま女性は、闇に溶け込むように姿を消した。
—ハワード襲撃の翌日。
昨夜の白の宮殿での放火騒ぎは、駆けつけた騎士団の懸命な消火活動によって鎮圧。2時的な被害は避けられたが、残念ながら建物は焼失した。
死者、行方不明者は確認されず、出火元と考えられる地下は損傷が激しく捜索困難。地下で行われていた奴隷売買の真実も明るみに出る事はなかった。
助け出した奴隷の一部は解放され、残った身寄りの無い者達は、阿頼耶識で預かる形となる。
施設から逃げ出した利用者や従業員の証言から、謎の武装集団の情報が上がるが、詳細は不明。
警備にあたっていた騎士達は何も覚えておらず、現場を任されていたジャンヌは後の聴取でこの一団の事を語るが、犯人をみすみす取り逃した失態と、そもそも騎士団数十名で、いったい何を警護していたのか証言する事が出来ず、逆に私用に騎士を動かしたと、謹慎を言い渡された。
そんな彼女達を尻目に、クロトは翌日の昼下がり、一連の騒動が記された新聞を片手に、アッシュ家の自室にてガーネットの淹れた紅茶を楽しんでいた。
「彼女には悪い事をしてしまったようだな」
「彼女とは、あの聖騎士様の事でしょうか?」
紅茶のお供にと、ガーネットはテーブルにショートケーキを差し出す。
「そう、聖女ジャンヌ様。まぁ、謹慎程度ですんで良かったんじゃない」
差し出されたショートケーキを一口口に運ぶと、口いっぱいに爽やかで甘すぎない絶妙な味が広がる。
「それで、彼女はどうだったルビー?」
「正直拍子抜けってかんじですね。あの実力では、私達阿頼耶識の幹部には歯が立たないでしょう」
「ただ、彼女の伸び代はまだ先があると感じております。いずれ我々に匹敵する存在になり得るかもしれません」
「そうか……。ありがとう、任務ご苦労だったルビー、それに阿頼耶識のみんな」
「御意」
メイド服に身を包んだルビー。クロトの部屋には、ルビーを始めとした阿頼耶識の幹部達と、メンバーの一員が集結していた。
「ああっ、素敵ですわクロト様!お褒めの言葉、サファイア感激致しましたわ!」
「サファイア、ちょっと落ち着くにゃ」
「そうニャ、本性丸出しでキモいニャ」
「お黙りなさい子猫どもが!」
「ぎにゃ!」 「うニャ!」
瞬時に鞭を構え、アクアとマリンを威嚇するサファイア。
「落ち着いて下さいサファイア様!」
「逃げるニャ!アクア!」
「一目退散にゃ!」
「おのれ!待たんか子猫共!」
止めに入ったヒスイであったが、静止を押し退け、サファイアは2人の猫を追い回す。
「やれやれ……、だな」
いつも通りと変わらぬ光景に、ここだけは変えてはならないと、決意を胸に今は紅茶を喉に流し込む。
—ノルン公国地下遺跡、とある場所にて。
「やっと一つ、遅くなってごめんね……」
遺跡の地下深く、知る者しか立ち入る事の出来ない封じられた扉の奥に、その場所は存在していた。
地下とは思えない広さと、特殊な魔法で照らされた、一面様々な花の咲き乱れる場所。
その広間の中央、巨大な一本の木の下で、ナユタとセツナは、何かに語りかけるように話をしていた。
その場所には、木に組み込まれるように守られた、女性の身体が安置されている。
「アリシア……」
胸の鼓動は無いが、まるで生きているかのように身体は朽ち果てず、アリシアは当時のまま眠るように横たわる。
「必ずあなたを解き放ってみせる」
「どんなに過酷で、どんな代償を払っても、必ず、必ず……」
アリシアは答える事は無い。だがいつか、彼女が答えてくれるその日まで、2人は戦う事を彼女に伝える。
彼女達だけが知る、当時の記憶が眠る、笑い合う3人が過ごした思い出の地にて。
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