第5話 聖主抹消 ③

 扉を開き部屋の中へと入るクロト。しかし、その場にハワードの姿は無かった。

 かわりに部屋の片隅には、暴力の限りを尽くされた無惨な姿の少女が横たわっていた。

 すぐさま少女に駆け寄り、容態を確認するクロト。


 「まだ息がある。ガーネット、頼めるか」


 「かしこまりました」


 「


 ガーネットの両手に天使の羽のような模様が浮かび上がると、右手の人差し指を少女に当て「ヒール」と唱える。すると少女の体は温かな光に包まれ、傷がみるみる癒えてゆく。


 ガーネットが使用した力。


 この世界には、が存在する。この世界の魔法は、体内に蓄積された魔力を消費する事で使用でき、回復や攻撃手段など様々な用途で使用される。


 そのような魔法の中で、一部の者だけに稀に発現する、と呼ばれる力がある。魔装は魔法とは少し異なり、魔力を纏う形で自身に使用する力である。

 魔装の形や能力は使用者の魔力の波長によって異なり、この世界の全ての魔力を有する者が使用可能だが、出現させる事は難しく、使用可能だとしても、体質的や体内魔力量によって正常に動作せず、使いこなせる者は数少ない。

 そんな中で、ガーネットの使用する魔装の能力は回復特化であり、瞬時に対象の傷を癒せる、世界にも希少な最上級のヒーラーである。


 「なんとか一命は取り留めたようです」


 「ありがとうガーネット」


 少女の傷は癒えたが、心身の疲労や、精神的なダメージは回復できない。クロトはすぐさま配下の阿頼耶識に少女を安全な場所まで連れて行くように指示を出した。


 「クロト、あれを見て」


 ナユタが指差す方向、巨大なベッドの影に、地下へと通ずる脱出路を発見。


 「逃すものか!行くぞ2人とも」


 逃しはしないと、地下へと続く脱出路に飛び込み、ハワードの後を追う。



 —ほぼ同時刻、白の宮殿一階エントランスホールにて。


 クロト達と同時期に突入した、サファイア率いる阿頼耶識の一団は、外を警備していた騎士達を全て無力化し、施設内にいた客やスタッフを一斉に追放。一階を全て制圧していた。

 同時に、囚われていたアクアとマリンを救出し、別動体を編成。地下の奴隷会場へと潜入を開始した。


 「サファイア様、お待ちしておりました」


 「お待たせ致しましたわヒスイさん」


 サファイアは、地下で待機していたヒスイと合流。作戦の概要を伝える。


 「我々別働隊はこれより、奴隷の皆さんの解放を行いますわ」


 「なお、魔装の使用も許可されております。が、親玉と、騎士の方々は殺してはダメですわ」


  出入り口は封鎖、今この場には、逃げ惑う、奴隷を買い求めてやって来た客と、彼らを守ろうと剣を握る騎士達。


 「それ以外のゴミには、慈悲は必要ないと仰せつかっておりますの」


 そう言うと、鋭い視線と殺気を放つサファイア。


 「ふふふっ、了解ニャ!」


 「覚悟するにゃ、お前達!」


 「了解。任務を開始します」


 サファイアは指を刺し、それを合図に一斉に行動を開始する。


 「魔装、猫神・雷神ニャ」


 「おにゃじく、魔装、猫神・風神にゃ」


 アクアは左手、マリンは右手に巨大な魔装による鉄甲を装備し、魔力で形作った巨大な雷の爪と、荒狂う風の爪を鉄甲から出現させ、電光石火の勢いで、対象を無惨に切り裂く。


 「まったくあの子達、はしゃぎすぎよ……」


 「たっ、頼む、助けてくれ……」


 ヒスイの前で、膝をつき、両手を合わせて命乞いをする男性。


 「残念だけどそれは出来ない相談ね。奴隷を求めてこんな場所に来なければ、命を落とす事もなかったでしょう」


 「ちっ、違う!俺はただ彼女を……」


 「ごめんなさいね、いかなる例外も認められないの……」


 ヒスイは取り出した短剣を男性の胸に突き立てた。


 「がぶっ……、らっ、らーな……」


 事切れる瞬間、最後に女性の名前のような言葉を発し倒れる男性。

 亡くなった男性はルーナ族の男性で、手には婚約者に渡すと思われる指輪が握りしめらていた。


 「例外なんてないのよ、奴隷に関わった者は全て……全てね……」


 少し悲しげに佇むヒスイ。この場にいると、過去の悲しい記憶が甦り、少し不安になる。


 「何してますのヒスイさん。ボーッとしてないで行きますわよ!ほらっ!」


 ヒスイの腕を引っ張り、強引に連れ出すサファイア。

 

 「ちょ、ちょっと!引っ張らないで下さいサファイア様……」


 「いいですから、行きますわよ!」


 込み上げたヒスイの悲しい感情は、今は仲間が掻き消してくれる。今はただ前に進もう、そう心に決めた。自身の手を引く暖かさに偽りは無いのだから。


 アクアとマリンの凄まじい活躍で、開始から僅かな時間で会場を制圧。囚われていた奴隷達を次々と解放し、治療が必要な者を優先に外へ運び出した。


 「サファイア様、奥に隠れていた奴隷商の男を発見致しました」


 阿頼耶識の一員に取り押さえられ、姿を現した奴隷商の男。


 「貴様らいったい何者だ!私を捕らえてどうするつもりだ」


 「あなたがゴミの親玉ですわね。少し聞きたい事があるのですけど、よろしいかしら?」


 「ふっ、誰が貴様のような小娘に……」


 「あら、そうですか……」


 (バチンッ)


 サファイアは手にした鞭で、男の片耳を弾き飛ばす。


 「ぎゃゃゃゃ!痛い!痛い!」


 「聞く耳持たないなら、その耳は必要無いですわね」


 男の耳から大量の血が溢れ出す。頬を伝う血の生温かい感触が、男に恐怖を植え付ける。


 「わっ、わかった!何でも話す。何でも聞いてくれ!」


 「そうですか。ではまず、あなたのお仲間について話していただけますか?」


 「……私に仲間はいない。本当だ!信じてくれ」


 「ふむふむ、では次の質問。と呼ばれる奴隷商人をご存知かしら?」


 「!?……。しっ、知らん、そのような、私は知らない!」


 「女、ですか……」


 うっかり口を滑らし、知らないはずの性別を答えてしまう男。


 「たっ、頼む見逃してくれ!彼女の事は喋れない!喋れないんだ!」


 目の前のサファイアの存在よりも、明らかに別の存在に怯える男。


 「はぁ、ですのね……」


 男の反応を見て、吐息を溢すサファイア。男の反応は今回に限った事ではない。他の奴隷商人からも同様に、ヌビアの正体について、女性という事までは掴めたものの、どのような人物か、どこに潜伏しているかなどは未だ掴めない。

 このヌビアという存在は、奴隷売買の元締めであり、全ての奴隷の元凶とされている存在なのである。


 「もういいですわ、処分して下さいな」

 

 「かしこまりました」


 そう言うと、数人で男を魔獣が囚われている檻の前に引きずり出した。


 「待ってくれ!頼む、助けてくれ!」


 「そう言って何人もの罪のない者達の命を弄んだ罪。命をもって償いなさい」


 「やめろォォォォ!死にたくない!」


 最後まで無様に命乞いをする男。抵抗も虚しく、檻の中に放り込まれ、腹を空かせた魔獣に食い殺される。

 それを見届け、サファイアは通信用の機器でクロトに連絡をとる。


 「こちらサファイア。クロト様、応答願います」


 「……。こちらクロト、どうしたサファイア?」


「あ〜ん!クロト様!。クロト様のお声を聞いて、サファイア感激で意識が飛んでしまいそうですわ」


 嬉しそうに体をくねくねとくねらせ、顔を赤めるサファイア。それを見た周囲の阿頼耶識のメンバーは苦笑い。中でもアクアとマリンは軽蔑の眼差しを向け、ヒスイは頭を抱えている。


 「……。報告は以上か、ならば切るぞ」


 「いえ!あの、コホンッ」


 「失礼致しました。報告致します、現在地下の奴隷会場を制圧、奴隷達を解放致しました。同時に奴隷商と思われる男を確保し、尋問致しましたが、有力な情報は得る事が出来ず、これを処分致しました」


 「そうか、わかった。間もなく騒ぎを聞き付けた騎士団の大部隊が来ると予想される」


 「証拠隠滅のため地下に火を放ち、ルビーとガーネット達と合流しろ。そして速やかに建物を脱出するんだ」


 「わかりましたわ」


 通信を切ると、サファイアはその場にいた全員に指示を出し、迅速に地下に火を放って、速やかにその場を後にした。


 —一方その頃、3階ホールにて。


 体中に走る激痛に耐えながら、ジャンヌはルビーと壮絶な戦いを繰り広げていた。

 手負ながらも、この国最強の聖騎士。序列3位の実力も、ただの肩書きではない。

 しかし、ジャンヌの攻撃は全て見切られ、逆にルビーから繰り出される長剣からの凄まじいスピードと重さに圧倒される。手負であるジャンヌには、これを受け流すのがやっとであった。


 (このままではまずい。ここで私は倒れるわけには……)


 ルビーの猛攻から逃げだすように、一時的に距離をとって回避するジャンヌ。


 「どうしたんだい?もう限界かな?」


 「ぬかせ!貴様ごときに私が遅れをとる事は無い!」


 そう言うとジャンヌは剣を納め、両手を槍を持つように構える。


 「魔装、オルレアンの槍!」


 ジャンヌの手に凄まじい風と共に、先端が鋭く尖った、3人の女神が描かれた旗を有した槍を出現させ、瞬時にルビーとの距離を詰める。


 「聖女の舞踊!」


 ルビーを翻弄するように、凄まじいスピードで何度も舞うように槍を突き立てる。何度も放たれた一撃は、ルビーの面をかすめ、同時に放たれる槍によって生まれた衝撃波は、周囲の視界を覆っていた煙を晴らす。


 「やるね聖騎士様。危ないところだったよ」


 「魔装によって、今の私は先程の3倍の身体強化を受けている。力も、スピードも、反射速度も!」


 魔装による身体強化により、明らかに動きが先程までのジャンヌとは違う。先程圧倒していたルビーが、いつしか若干押され気味になっていた。


 「その旗、やっかいだね……」


 防戦一方に陥いるルビー。反撃しようにも、凄まじい反射速度でかわされ、逆にこちらの有効打は、槍に取り付けられた旗によって無力化される。


 「そろそろ決めさせてもらうぞ!」


 ジャンヌはルビーの懐に飛び込み、至近距離で、渾身の一撃を放つ。


 この時槍は完全に相手を捉えていた……。


 はずだった……。


 「……でも、まだまだ足りないね」


 「はっ!?」


 瞬時に気付く。完全に捉えていたはずの渾身の一撃だが、手応えはない。そして、同時期に腹部に感じる鈍い衝撃。

 ジャンヌのスピードを上回る、ルビーの長剣によるカウンターは鎧を砕き、ジャンヌは再び壁に向かって宙を舞う。壁にぶつかった衝撃で吐血し、そのまま意識を失うジャンヌ。


 「ふぅ、ぼちぼちだったかな聖騎士様。残念ながら、まだまだ私には及ばないね」


 「ルビー様。この女はいかが致しますか?」


 「このままここには置いとけないし、ガーネットの魔法で少し回復して、私が担いで外に連れ出すよ」


 「かしこまりました」


 指示に従い、ガーネットはジャンヌに回復を施す。彼女の意識が戻らぬ前にと、ルビーはジャンヌを担ぎその場を後にした。



 一方その頃、サファイア達が地下に放った火の手は、次第に勢いを増して一階に燃え移り、更に勢いを増す。


 「ちょっと火の手が早くないかにゃ?」


 「サファイアが盛大にやれって言ったから、ニャーが細工をしといたニャ!」


 「細工ってなんにゃ?」


 「ふふふっ、それはこれニャ」


 マリンは粉の入った袋を取り出し、アクアに見せる。


 「なんにゃ?ちょっと匂うにゃ?」


 「コハクが実験用にニャーに渡した、魔法の粉ニャ」


 少々鼻につく臭い。マリンはひとつまみ、袋の中の粉を掴むと、燃え盛る炎に向かってばら撒く。

 瞬時に粉は、少量の爆発を起こしながら、更に激しく燃え上がる。


 「すっ、すごいにゃ!さらに勢いが増したにゃ」


 「ニャハハハハッ!マリンは偉大な魔法使いになったのニャ!」


 「こら!何やってるの貴方達!」


 ヒスイは2人の頭を小突くと、マリンから袋を取り上げた。


 「いっ、痛いニャヒスイ」

 

 「にゃーは無実にゃ」


 「遊びに来ているわけじゃないのよ!それにまだ中にはクロト様達がいるのだから!」


 ヒスイに怒られると、2人は耳と尻尾をしょげらせ、反省した態度をとる。


 「ごっゴメンニャ、ヒスイ」


 「なんでにゃーまで……」


 「ひとまず、この袋は預かります」


 ヒスイはマリンから袋を取り上げ、猫の首根っこを掴むように、軽々と2人を持ち上げると、待機指示のある場所まで撤退した。

 

 —白の宮殿地下。地下遺跡、脱出用通路にて。


 護衛の兵士数名と女性2人を連れ、ハワードは脱出用の地下通路を進み、ノルン王国の地下に広がる広大な遺跡へ逃げ延びていた。


 「まったく、この国の地下はどうなっている!これではまるで迷路ではないか」


 広く入り組んだ遺跡の迷宮。推定するのは難しいが、壁や通路は、何百年、下手すれば何千年という時の風化を感じさせる。


 「急ぎこの場所を抜け、地上へ戻り次第本国へと帰還する。そして私をこんな目に合わせたノルン公国へ徹底的に抗議してくれる!」

 

 半ば八つ当たりのように怒鳴り散らすハワード。暗い地下通路を、松明の灯りで照らしながら前に進む。


 「ぎゃゃゃ!」


 突如背後から響く悲鳴。慌てて振り返るハワード、すぐさま周囲を固めていた兵士に警戒を強めるよう指示を出す。


 「ぐわっ」


 「ぎゃゃゃゃ!」


 闇の中から何かがこちらを攻撃している。1人、また1人と、明かりを一つずつ消すように姿を消す兵士。


 「ばっ、化け物だ!」


 最後の1人になった兵士は、恐怖から1人慌てて逃げ出す。


 「がぁぁぁぁ!」


 しかし、逃げ出した兵士の灯火も、吹き消されるように闇へと消える。


 「わっ、私の私兵がこうもやすやすと……」


 闇の中、ハワードの灯火一つに、周囲は静まり返る。

 次第に闇の向こうから、足音が静かにこちらへ近づく。音が近づくにつれ、傍らでハワードにしがみつき、震えていた女性達の震えが、次の瞬間静かに止まる。


 「なっ!?何だと!」


 異変を感じて確認すると、2人の首は一回転して地面に落ちる。

 その光景に驚愕し、後づさりをすると、倒れた兵士の亡骸に躓き倒れるハワード。


 「くっ、くそ!いったい何だと言うのだ!」


 「すっ、姿を現せ!賊が!」


 その呼び掛けに答えるように、闇の中から姿を現すクロト。傍で、仮面の下に、嘲笑の笑みを浮かべるナユタとセツナ。


 「なっ、何者だ貴様ら!私に何の用がある!」


 「……我々は阿頼耶識。禁忌に身を染めし者」


 放つクロトの周囲に、闇を飲み込むほどの、深く禍々しいオーラが漂い始める。


 

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