第4話 聖主抹消 ②
「ニャー達は、ここで雇われてるメイドニャー」
「メイドだと!」
物陰からゆっくりと姿を現し、両手を上げて身の潔白を証明するアクアとマリン。
「ちょーっと迷ってここに入ってしまったのニャ。それで、怖くてここに隠れていたのニャ」
「……。貴様らの名は?」
「アクアにゃ」 「マリンニャ」
ジャンヌは少し考え、近くの部下に事が終わり次第、2人の事を調べるよう指示を出し、刃を納めた。
「いいだろう。今は警護のためこの場を離れる事が出来ない。ひとまずは貴様達は私達に同行してもらう」
「わっ、わかったにゃ」 「はいニァ」
「それから、貴様らの身の潔白が証明されるまで、簡易的に拘束させてもらう」
ジャンヌは部下に指示を出し、2人を縄で拘束。ハワードの警護に2人を同行させた。
「まずい事になったニャ。はやくハワードの事を報告しニャいといけないのに」
「今はおとなしくついて行くしかないにゃ。下手に動いて取り返しのつかない事になるよりマシにゃ」
隙を見て逃げ出す事も考えたが、万が一作戦に影響が出る可能性も否定出来ない。不甲斐なさと苛立ちを募らせるアクアとマリン。
そんな2人を陰から見守る女性が一人、突然の出来事に頭を抱えて落胆する。
「まったくあの子達ときたら、見に来て正解だったわね」
不可視の衣と呼ばれる、阿頼耶識開発班のコハクが開発した、周囲に擬態し、姿を完全に隠す事の出来る衣に身を包み、状況を確認する女性。
「こちらヒスイ。現在地下施設にて、アクアとマリンを発見、応答願います」
翡翠色の長い髪に隠れた耳から伸びる、インカムのような装置に話しかけるヒスイ。
「……。はい、こちらサファイアですわ。ヒスイさん、アクアとマリンがどうかいたしまして?」
「地下施設はクロト様が睨んだ通り、奴隷売買の会場だったわ。だけど、先に潜入していたアクアとマリンが拘束され、突如現れたハワードと共に行動しているみたいなの」
「まぁ!それは大変。今すぐお助けして差し上げませんと!」
「……いや、それは危険すぎるわね」
ハワードの出現で、地下の警備が厳重になったためか、複数の武装した騎士団員によって、辺りを警戒している様子が見てとれる。
肝心のアクアとマリンも、ジャンヌによって、会場奥まで連行されてしまっていた。
「……わかりましたわヒスイさん。報告はわたくしからガーネットさんにしておきます。連絡があるまでそのまま待機でお願い致します」
現状潜入しているヒスイ1人では救出は困難と考え、現状待機と、上からの指示を待つように伝えたサファイア。
「了解。出来る限りこのまま待機します」
連絡を終えると、ヒスイは衣で身を隠しながら、警戒する騎士達の目を掻い潜り、深追いはせず、サファイアからの連絡を待つ事とした。
「……ふぅ、どうやらちょっとした問題が発生したようですわね……」
白の宮殿から少し離れた高台に、お嬢様風のドレスを身に纏った女性。透き通るように蒼く長い髪を風に靡かせ、困ったように頭を抱える彼女は、ネームズであり阿頼耶識の幹部であるサファイア。
「どうしたのだサファイア。何か問題か?」
悩めるサファイアに優しく近づく女性。
「ルビー様!?ええ、実は少し問題が……」
腰まで伸びた長い真紅の髪。サファイアとはまた違った赤いドレスを身につけた、すらっと高い身長に、愛用の長剣を携え現れたのは、阿頼耶識の統括であるルビー。
ルビーは阿頼耶識統括を任されているゆえに、部下や仲間内から絶大な信頼を受けており、同時に憧れの的でもある。
憧れとはその恵まれた才能と身体能力。だが特に憧れの的になっているのは、女性なら誰もが羨むその胸である。
ナユタ、セツナには敵わないが、それに次ぐ乳の持ち主で、多少スタイルには自身がある、サファイアも嫉妬してしまうような大きさである。
そんな彼女の無意識に揺れる胸に若干嫉妬しながら、サファイアはヒスイから受けた連絡をルビーに伝えた。
「ほう、そのコハクが開発した装置から連絡を受けたのだな。まったく奴の開発する道具はどれも便利な物だな」
「装置に関心している場合ではありませんわ。早くこの事をクロト様に報告致しませんと」
「まあまあ落ち着けサファイア。連絡は取り急ぎだ。ゆえに私が直にクロト様にお伝えしよう」
「ルビー様自らですか……。かしこまりましたわ、お願いします」
通信装置は試作段階の改良途中で、距離による制限があり、現状2つしか存在しない。作戦開始までには何とか試作を人数分用意するというコハクからの伝言で、今ある2つを性能のチェックも兼ねてサファイアとヒスイが使用していた。
それからルビーは作戦開始時刻までには戻るとサファイアに伝え、すぐさま宙を駆けるように、建物から建物を縦横無尽に飛び回る。
—夕刻、アッシュ家にて。
作戦を間近に備え、今は家族団欒の食事を楽しんでいたクロト。
この日のためにと、いつもは専属の料理人に作らせていた食事を、母親のアレクシアが腕によりをかけて振舞う。
メインにクロトの大好物である、肉を使った手料理。さらにナユタとセツナの好物まで、子供達中心に食べ切れないほどの量の料理が卓に並ぶ。
「今日は母さん、腕によりをかけて料理をつくりました!お腹いっぱい、たくさん食べてね」
「ナユタの好物がいっぱい!」
ナユタは待ちきれない様子で、フォークなどを使わず、そのまま素手で料理に掴みかかる。
「痛い!」
待ちなさいと、セツナの手を叩いて止めるナユタ。
「セツナ!手掴みとははしたない!ちゃんとお皿に取り分けてから食べなさい!」
「ううっ……、ごめんなさい」
そんな2人の光景を見て、母親のアレクシアと食事の場に居合わせていた、父親のロナルドは笑みを溢す。
料理を取り分け、食事を楽しむクロト。そんなクロトを見て、この日のために開けた高級ワインを注いだグラスを片手に、ロナルドは口を開く。
「クロト、お前が我が屋に勇者として生を受け、ここまでたくましく育った事を、私は誇りに思う」
「……僕もだよ父さん母さん。僕はアッシュ家に生まれた事を誇りに思うよ」
「クロト……。やれやれ、嬉しい事を言ってくれる。年甲斐もなく、涙が溢れて来たよ」
クロトの言葉に感激し、涙腺を緩ますロナルド。そんな父に、満面の笑みを浮かべるクロトであったが、内心では、この男に対してなんの感情も抱いてはいなかった。
目の前の男は、父の代役。都合の良いように用意された偽物なのだ。
この男にすり替わってから、偽りの家族を演じて来た。きっとこの先何が起きても、この感情は変わらないだろう。
そう、それでいい。ナユタとセツナが用意したこの男、王の側近である聖騎士、序列5位である、千軒のロナルド。
父と同じ騎士というのが憎かったが、ロナルドから入る王国の情報は貴重で、なくてはならないものだった。
「クロト様、お戻りになられたルビー様が至急お伝えしたい事があるとの事です」
ガーネットはクロトに密かに耳打ちをする。
「……わかった」
静かに立ち上がるクロト。立ち去るクロトにアレクシアが声を掛ける。
「あらクロト?どこに行くの?」
「ちょっと食べ過ぎちゃったみたいでさ、休憩に外の夜風に当たってくるよ」
「そっ、そうなのね。大丈夫?」
「うん、ありがとう母さん。すぐ戻るよ」
そう言って、その場を後にするクロト。玄関に向かい外へ出ると、ルビーが膝を折り、頭を下げて待っていた。
「待たせてしまったねルビー」
「とんでもございませんクロト様。お伝えしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「構わない。聞かせてくれ」
ルビーは白の宮殿の地下施設の詳細、調査中に拘束されたアクアとマリンの事をクロトに伝えた。
「なるほど、2人が騎士団に拘束。地下施設ではやはり奴隷売買を……」
「現状ヒスイがフォローに入っておりますが、警備が厚いため、上手く行動出来ずに現状待機となっております」
「ふむ……」
拘束されたアクアとマリンは、白の宮殿に正規に雇われたメイドではないため、詳細を調べられたらアウトだろう。
しかし、作戦に支障が出る事よりも、クロトは2人の事が心配でならなかった。
「作戦開始を、大幅に早める必要があるようだ。2人の救出も急がなければならない」
「かしこまりました。急ぎ戻り早急に準備を進め、指示を待ちます」
「うん。すまないねルビー」
キュンっと、自身を労るクロトにルビーは胸をときめかせる。
阿頼耶識全体、クロトに命を救われた者は皆、彼に特別な感情を抱いている。ルビーもまた、クロトに特別以上の思いを寄せていた。
「あっ、あの、クロト様……、その……」
阿頼耶識の統括として、いつも上に立つ者としての立ち振る舞いをし、凛々しさと風格を部下に示してきたルビー。
そんな彼女が、誰も見ていないクロトと2人きりの状況に、胸をときめかせ、少女のように顔を赤めてモジモジと体をくねらせている。
「ふっ、なるほどそう言う事か。おいで、ルビー」
「はっ、はい!」
近づくルビーを抱き寄せると、両手で思いきり抱きしめた。
暖かく逞しいクロトの胸に抱かれ、ルビーは全身に電流が駆け巡るほどの感激を受ける。ショートしたように少し身体を震わすと、満足したように一礼してすぐさまその場を後にする。
クロトは阿頼耶識の女性達を、とても大切に思っており、愛情の証として、時折りこういったご褒美を与える。
「さてさて、時間は早まったが、やる事は変わらない……」
夜風が冷たく頬を掠める。見上げる空は雲ひとつない満点の星空。
「さて、始めるか!」
ゆっくりとその場を後にし、食事の場に戻ると、すぐさまガーネットを介してナユタとセツナに作戦の変更を伝える。
食事を終え、部屋に戻ると、クロトは阿頼耶識の戦闘着、
さらに顔を隠すように、クロト、ナユタ、セツナは、口元の空いた狐のお面を装着。同様に配下の阿頼耶識のメイド及び、ガーネットも零鎧を纏い、面を付ける。
「行こう、みんな」
クロトは部屋の隅の仕掛け扉を開き、外に通じる秘密通路を駆け抜け、一同は夜の闇に紛れるように白の宮殿を目指す。
—同刻、白の宮殿、ハワードの自室にて。
地下の奴隷会場からルーナ族の少女を購入し、自室に戻っていたハワード。
「怖がる事は無い。君は今日から、私の娘になるのだから」
優しげに声を掛けるハワードの言葉に、喉を詰まらせ怯える少女。
そんな自身に対して恐怖を抱く少女に対して、少々苛立ちを覚えたハワード。
突如少女の髪を掴み、顔面に鈍い一撃。少女の鼻は折れ、鼻と口から流血する。
「痛い!痛い!!誰か!誰か助けて!!」
「はははっ!助けなど来ない!貴様は一生私の物なのだ!」
泣き叫ぶ少女に高揚感を抱くハワード。すかさず次から次へと暴行を繰り返す。
次第に大きくなる悲痛な少女の悲鳴が、扉の向こうへこだまする。
「下衆が……」
ハワードの自室前を警護するジャンヌは、部屋から聞こえて来る悲鳴に怒りと嫌悪を抱いていた。
自身の立場上、最高権力者に匹敵する三大聖教であり、さらに外国からの来賓という形のハワードに手を出せば、自身はおろか、国家間の問題となり、最悪戦争になりかねない。
そのためハワードの関わった、非合法に執り行われている奴隷売買にすら手を出せない。自身の立場を不甲斐ないと感じるジャンヌ、拳を強く握りしめ、今はじっと耐えていた。
「ジャンヌ様!地下で拘束したメイドと名乗る2人組の素性が割れました」
ジャンヌの元に、部下の騎士が慌てたように駆け寄る。
「どうした!?何がわかった?」
「お調べしたところ、彼女達はこの施設には関係のない部外者だという事がわかりました!」
「なんだと!」
部下から報告を受けた刹那、突如発生した四方を覆う大量の煙にジャンヌ達は視界を奪われる。
「なんだこれは!?いったいどうなっている!」
ジャンヌ達の居るこの場所は、白の宮殿の3階部分。2階にある一般宿泊客とは別に、VIP専用フロアとして、3階の巨大なホールにいくつか客室を有している。
見通しが良く、広いホールであるはずの周囲は完全に煙に包まれ、視界は完全に奪われる。
「どうしたのだ!何があった!」
異変に気付き、ハワードが扉の向こうから声を上げる。
「ご心配には及びません。ハワード様は我々の指示があるまで、そのまま自室で待機をお願い致します」
「なんだと!いったいどうなっている!状況を説明しろ!」
状況を説明するよう何度もハワードは声を上げるが、一旦ジャンヌはそれを無視して周囲を警戒する。
額に汗を滲ませ、ただならぬ緊張感に全身を支配されるジャンヌ。それもそのはず、煙の向こうから感じとれるのは、今までに感じた事の無い殺気。
「何だ……、煙の向こうから感じるこの凄まじい殺気は……」
(バタっ)
突如近くに居たはずの部下が、自身の足元に転がり込む。
「どうした!しっかりしろ!」
突如倒れ、意識を失い気絶している部下を見て、あり得ないと驚く。仮にも自身の聖騎士隊の精鋭部隊、そうやすやすと倒せる相手ではない。
瞬時に相手はかなりの手だれだと判断、警戒をより強める。
「聖騎士ジャンヌ殿とお見受けする。お手合わせ願いたい」
突如煙の向こうから、ジャンヌの前に現れたのは、零鎧を見に纏い、面で顔を隠したルビー。
「貴様何者だ!この騒ぎも貴様らの仕業か!」
「我々は阿頼耶識。禁忌に身を染めし者」
「!?」
正体を隠すため少し声色を変え、ジャンヌに語りかけるは、ナユタとセツナと共に現れたクロト。
視界が少し晴れ、ジャンヌが見渡した周囲は、いつしか目の前の男が名乗る、阿頼耶識によって包囲されていた。
「我々の目的は、その扉の向こうにいる、禁忌に触れし咎人。故に貴方を傷つけるつもりは無い。道を開けてくれないか?」
「何を馬鹿な!私はこの国の聖騎士!このような愚行、許せるはずがないだろう!」
剣を抜き、男に向かって突き立てるジャンヌ。
「仕方がない……。ルビー、この場は君に任せる」
「御意」
そう言うと、クロトはジャンヌの静止を無視して、ハワードの自室へ歩みを進める。
「止まれ!」
歩みよる男に、ジャンヌは一気に距離を詰め、静止しようと飛び掛かる。
(ガキンッ)
すかさずルビーは、愛用の長剣でそれを防ぎ、そのまま力任せに壁に向かってジャンヌを投げ飛ばす。
鈍い音と共に、壁に激突したジャンヌ。すぐさま感じた違和感、壁に激突した衝撃で内部の骨がいくつか砕けていた。ジャンヌの全身を激痛が襲う。
「ぐうっ、きっ、貴様ぁ!!」
「あんたの相手は私だ、ちょっとだけ遊んであげるよ。聖騎士様」
「なめるなぁ!」
激しくぶつかり合う両者、そんな2人を他所に、クロトはついに、ハワードの居る部屋のドアに手を掛けた。
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