第13話 群れ侵行 ⑥

 「いったいどういう事だ!?なぜお前が私を」


 考える暇を与える事なく、クロトに追撃を放つエドガー。地面から無数の黒刃を出現させ、クロト目掛けて射出する。

 すかさず待機していたルビーが飛び出し、黒刃を全て打ち払う。


 「ご無事ですかクロト様」


 「ルビー、いったいこれはどういう事だ。何故エドガーが私を……」


 「私にも理解が出来ませんが、あの男の殺気は本物です。始末致しますか?」


 クロトは状況の理解が追いつかない。だがルビーの言うように、確実にこちらを殺す気があるのは間違いない。油断をすれば大怪我では済まない、それほど的確にこちらを狙った攻撃だった。


 「アイスパレス!」


 裏切った理由も今は関係ない。目の前の存在を敵と判断したナユタは、すかさず魔法を放ち、エドガーの足元から凍り付かせ、瞬時に氷像へと変える。


 「理由は聞かないわ。消えなさい」


 (パチンッ)


 ナユタの指の合図で氷像は粉々に砕け散る。


 「……なんだかわけがわからないけど、こちらに敵意があるなら殺すだけよ」


 裏切り者が砕け散り、安堵したのも束の間、直後にナユタは背後から凄まじい殺気に襲われる。

 とっさに回避行動をとったが、僅かに遅れ、腹部を黒い刃が切り裂く。


 「ナユタ!」


 倒れ込む身体をなんとか動かし受け身を取る。幸い刃は腹部を軽くかすった程度で、大きな出血は無い。


 「やれやれこれをかわすなんて流石だね」


 ありえない光景だと、ナユタは驚愕した。目の前には先程殺したはずのエドガーが平然と立っていた。


 「馬鹿な!?お前はたしかに砕け散ったはず!」


 「ギャハハッ、確かに油断して一回死んでしまったけど、次はそうはいかないよ」


 「一回死んだだと?」


 エドガーは体内の魔力を集中し、魔装ブラックナイトを宙に投げる。


 「ブラックレイン」


 宙を舞うブラックナイトから、半径300メートルを覆う巨大な魔力圏を形成。その魔力圏の全ての対象に対して、漆黒の刃による無差別攻撃を開始。

 雨のように降り注ぐ漆黒の刃は、陰属性を含む魔力で形成されており、魔力の低い者、クロトやルビー達意外の阿頼耶識では防ぐ事が難しく、次々と容易く切り裂かれる。


 「まずい!俺達ではなく阿頼耶識を狙って仕掛けたものだ!」


 防戦一方、漆黒の刃はクロト達の足止めも兼ねており、その間に阿頼耶識の隊員達は、次々と漆黒の剣に貫かれる。


 「超級魔法、ヘルファイアーウォール!」


 セツナは上空に向けて広範囲を覆うように魔法を放つ。傘のように覆い被さる灼熱の炎が盾となって、降り注ぐ漆黒の刃を防ぐ。


 「ギャハ、上は防げても、下はどうかな!」


 エドガーはすぐさま地表へも魔力圏を展開。漆黒の刃が今度は地面から無数に現れ、対象に狙いを定める。


 「させるかよ!」


 異様な事態にすかさず飛び出したのはアルトとソプラノ。謎の勢力同士が衝突している為様子を見ていたが、自身達にも危険を及ぼすと判断したため、魔装の発動で隙が出来ているエドガー目掛けて、アルトとソプラノは一気に魔装を繰り出す。


 「止まってろ!時砕震!」


 アルトは戦鎚を近くの地面にわざと直撃させ、魔装による力でエドガーの動きを止める。

 アルトの魔装、乙女の戦鎚から繰り出された時砕震は、対象との距離が近ければ近いほど、魔力の差が大きければ大きいほどその威力と対象の動きを止める時間が増す。後者の時を止める力がアルトの魔装の真骨頂であり、最大条件で発動出来れば約3秒動きを止める事が出来る。


 しかし。エドガーの魔装の発射時間と速度を瞬時に計算した結果、本人に直撃させる事は難しいと判断。自身の消耗した魔力量を考えて、近くで発動させた場合でも直撃と変わらない効果が期待できると考えた。


 この判断により実際に止められた時間は、およそ1秒。


 一瞬の僅かな時間ではあったが、ソプラノの魔装が力を発揮するには十分だった。


 「遠罪・十字遠断!」


 残りの魔力の大半を込め、巨大な十字の剣をエドガー目掛けて突き立てる。

 ソプラノの魔装、断罪の十字架は、込めた魔力の総力によって長さや太さを自在に変形する事が可能。込められた魔力はコンマ数秒で刀身をエドガーの首元まで伸ばす。


 「ギャハッ、やるじゃないか小娘が……」


 『凛転・輪廻転生』


 ソプラノの魔装が首元を貫いた事が致命傷となり、エドガーは地面に倒れ込む。

 

 その光景を目撃したナユタはヴァルキリーもろともエドガーにトドメを指すため、絶級魔法、凍滅の氷刃を発動。


 「深淵より来たりし永久なる凍土の氷刃よ、いかなるものも凍りつかし無に帰せ!」


 放たれた凍てつく氷刃は、空間さえも凍りつかせ簡易的に時さえも凍りつかせる。


 しかし……。


 完全に3人を捉えていた氷刃が着弾する間際、遥か上空より降り注ぐ高出力の魔力の砲撃が、氷刃を相殺する。


 「目標確認。殲滅を開始」


 現在の飛行技術では届く事の出来ない、遥か上空、その場所へと至れる者のみに与えられる絶対領域、制空圏。おそらく世界で唯一であろうその高高度への飛行を可能とし、一切の反撃や追撃を受けない場所を制する者が1人。

 専用の武器である、魔力を高密度に圧縮し放つ超長距離射撃砲を地表に構え、危険と判断した対象に対して砲撃を開始。


 「この魔力は!カルティ姉様!」


 遥か上空で長距離砲のスコープを除き込み、危険対象と判断した阿頼耶識とナユタ、セツナ、クロトに向けて砲撃を繰り返し行う女性。飛行可能な者でも至る事の出来ない高高度でも行動を可能とする特殊なスーツに全身を包んだ、ヴァルハラ最高戦力である、No.4 カルティである。


 「これは厄介な奴が出てきたな」


 雨のように降り注ぐ魔力の弾丸は、エドガーの魔装を遥かに超える威力を誇り、セツナの魔法をもってしても、完全に防ぎ切る事が出来ない。


 「ルビー!俺が時間を稼ぐ。その間にお前は阿頼耶識を連れてここを離れろ!」


 「しかしまだあの2人が!」


 「行け!いずれジャンヌ達が到着すれば、状況はさらに不利になる」


 クロトの懸念するジャンヌ達は、群れの魔物が消滅した事に安堵していたが、ここより離れた遥か上空から絶えず放たれる閃光の雨に異変を感じて移動を開始していた。


 「くっ、かしこまりました」


 ルビーに岩陰で待機を命じ、合図を出したら負傷者を優先に速やかに前線から撤退するよう厳命した。強く伝え終わるとすぐにクロトは岩陰から飛び出し、セツナとナユタの元へ駆け寄るとすぐに刀へ変え、驚異的な速度で上空からの砲撃を全て受け流す。


 「上に気を取られていると!死ぬよクロト!」


 クロトの速度に対応し、隙あらば攻撃を仕掛けるエドガー。上空からの絶え間ない砲撃と、その合間を縫った隙のない追撃。


 「なぜ我々を裏切った……答えろ!エドガー!」


 「裏切る?ギャハッ、そもそも私はお前らの仲間などではない」


 「何!?それはどういう意味だ!」


 砲撃を斬り返し、その間にエドガーの追撃を受け流すクロトの体力の消耗は凄まじく、この状況が続けば隙が生じ、上空、地上どちらも致命傷になりかねない。


 「答えるつもりはないさ、これから死にゆくお前にはな」


 「そうか……ならばこれ以上は聞かない。少し本気を出させてもらう!」


 温存していた体内魔力を一時的に解放。魔力を足へと集中させ、増幅した脚力で瞬発的に加速力を高め、一瞬でエドガーの懐へ飛び込んだクロト。


 「那由多の太刀、氷淵」


 至近距離から放たれる渾身の居合。


 深淵より来たりし永久に溶けることの無い絶氷の氷刃は、エドガーの身体を相手の認識速度を遥かに上回る一瞬で氷塊へと変える。

 

 「!?対象の魔力、危険値を大幅に更新。最大危険対象へと変更、全力で排除します」


 突如想定を遥かに上回るほどに魔力を増大させたイレギュラーな存在に対し、カルティは最大レベルの警戒、および排除を決定した。


 「魔装、空帝の翼」


 12枚の羽が宙を舞いながら、長距離砲をベースに形造るのは、全長3メートルはあろうかと言う程の巨大な砲身。カルティの左腕に固定されるように装着され、右手で砲身を支えると、地表のターゲットへむけ照準を合わせる。


 「エネルギー充填開始。チャージ完了後、対象を地表ごと消滅させる」


 カルティは空帝の翼に魔力を一定間注入を始める。魔力を充填するさい、一定時間無防備な状態が続くが、この不利な状況は、彼女の絶対領域、超高高度という場所が全てを解決していた。


 「砲撃が止んだ!ルビー!今だ撤退しろ!」


 合図を聞いたルビーはすぐさま全力で駆け出し、まだ動ける阿頼耶識に怪我人、用救護者を連れてすぐさまこの場所から撤退するよう指示を出した。


 「上空から高魔力反応!魔力値から推定される被害規模は……絶級魔法に相当!?」


 セツナの感知した魔力測定によると、遥か上空で今尚増大中の魔力量は、絶級魔法に値し被害想定は予測不能だった。


 「魔力の反応からかなりの高度に敵は位置しているから反撃は不可能。それにおそらくこちらの位置も把握されているため逃げる事も出来ない……」


 「逃げ場無しか。さすがはNo.4と言ったところだな」


 「冗談言ってる場合じゃないわ。こんな圧縮された魔力では私達もただではすまない。何か策を考えないと」


 ナユタは圧縮された高密度の魔力が、遥か上空から放たれた場合、落下によるエネルギーなども加わって、防御魔法を駆使しても防ぐ事が出来るかわからずにいた。

 というのも、同じ絶級の魔法で相殺、もしくは神話級の魔法を用いれば防ぐ事が出来る事が可能だが、残存魔力量からこれらは使用不可であり、もし2発目3発目といった時弾が発射された場合には対応出来ない。


 「!?それより待て!奴はどこへ行った!」


 上空に気を取られていた隙に、氷塊へと姿を変えていたはずのエドガーの姿が消えていた。


 「甘いよ勇者クロト!」


 エドガーはクロトの影から這い出すように姿を現し、不意を突いてクロトを拘束する。

 

 「貴様!どうやって抜け出した!?」


 「ギャハハッ、詰めが甘いんだよ。氷付けじゃなくて、ちゃんと止めを刺さないとね」


 「くっ、なら次は確実に消滅させてやる!」


 「ギャハッ、やってみなよ」


 想像以上の力で身体を固定され、身動きが取れない。ナユタとセツナも元に戻ろうとするが、エドガーの魔装による陰の魔力の波長によって元に戻れずにいた。


 「エネルギー充填90パーセント。セイフティロックを解除、目標に向けての最終調整を行います」


 砲身下方部に取り付けられている12枚の羽。そのうち10枚が紅く染まり、魔力の充填と共に粒子のように羽から魔力が漏れ出す。


 「なお、砲撃範囲内の保護対象に対し、アンチフィールドを展開します」


 残った2枚の羽が地表に向けて射出され、アルトとソプラノに自身の魔装を中和する結界を張る。


 「このままお前を道連れにしてやるよ!勇者クロト!」


 「くっ、悪いがそれはお断りさせてもらう!」


 地上での問答はお構いなしにと、カルティの魔装、空帝の翼は、最終調整を終え発射可能状態へと移行する。


 「最終安全装置解除。発射に向けての秒読みを開始……10、9、8……」


 遥か上空で、高出力の魔力が徐々に圧縮されていくのを確認したクロト。残された時間は僅かだと悟るが、未だ身動きは取れない。

 このままでは最悪の結末は避けられない。奥の手ではあるが、避けるための方法はある、しかしこの場で使うにはあまりにリスクが伴う。しかし迷ってはいられない、クロトは切り札の一枚を使う決断をした。


 「……魔装解放!!」


 「叢雲ムラクモ


 かつて太古の勇者は、三種の神器を用いて魔を鎮め、天地を解放したという。その神器の一つにして、魔を斬り、天地を切り離したと伝えられる剣を叢雲の剣と呼ぶ。

 歴代の魔装の中でも類を見ない、神器を模したその剣は、所持者に莫大な力をもたらす。


 「馬鹿な、なんでお前がと同じ神器を!」


 「今度こそ終わりだエドガー!神技、天照アマテラス


 叢雲の剣から溢れる暖かな光、その光はクロトが敵と認識した者を容赦なく焼き焦がし、逆に味方である者の傷を全て癒す。

 消せない炎に包まれ、エドガーの拘束が緩まるとすぐさま抜け出し、クロトは叢雲の剣で止めを刺すべく斬り払う。


 「ギャハッ、今回はここまでのようだな。だが俺はお前達の求める物を持ってる。お前達が求める限り、また会う事になるだろう」


 最後にエドガーが手に取り出した歪な結晶。3人の目に映るそれは、探し求めている記憶の結晶、聖殻。

 瞬時に手を伸ばすクロトであったが、エドガーの消滅を見届ける間も無く、視界は真っ白な光に包まれ、直後に空から光の柱が降り注ぐ。


 「……0。母なる炎に焼かれて沈め。アポロニアシュート」


 この時遥か上空からカルティの放った一撃は、広大な大地の各地で光の柱として観測されたという。

 高濃度に圧縮された魔力の球は、地表に衝突する直前に広範囲に爆発、地表を焼き焦がすほどの熱エネルギーを瞬時に放出し、直後に爆縮、再度対象範囲に向かって爆発し、地表を抉るように消滅させる。


 「目標生体反応無し。これより地表に向け降下し、妹達と合流する」


 カルティが地表に向け降下を開始。アンチフィールドによって守られていたアルトとソプラノに合流した。後に遅れて到着したジャンヌ達とも合流を果たしたが、そこに……。


 勇者の姿は無かった。


 

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深淵の女狐と契約した禁忌勇者の阿頼耶識《アラヤシキ》 甘々エクレア @hakurei

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