第24話:月は欠けて、また満ちる

 パニックになっている夕菜を必死に赤弥は抱きしめて落ち着かせている。

 そして夕菜を助けながら翔にも話しかける。


 そんな2人の首には月のネックレスがぶら下がって揺れている。花や木、星…色んなものにそれぞれに意味があるように月にも意味がある。


――月が表すのは『優しさ』――――。


 夕菜にも、赤弥にもそれぞれ違った優しさがある。照れ隠しをすることも優しさになるし、直球で友達を守る優しさもある。



 翔はそんな2人を見て言った。

「お前らは幸せになれよ」

 翔は立ち上がりプレゼントを片手に帰ろうと歩き出した。


「おい、翔!!」

 赤弥は名前を大きな声で呼ぶと、翔は振り向いて涙を流しながら首を振った。

「……翔………」

 

 3人は途方に暮れた。


 無言であてもなく歩く3人の前に人が現れた。

 見上げると、藤田 茶緑さみどりが立っていた。

「どうした皆、浮かない顔をして」

 眼鏡をクイッとやりながら聞く茶緑に赤弥が答えた。


「林…えっと、1-2の林さん分かるか?」

「分かる」

 頷きながら言う茶緑の返事を聞いて赤弥は続ける。


「彼女が引っ越すって聞いていて、また挨拶に来るって言ってから一度も連絡取れなくて」

「今日、家行ったらもぬけの殻だった…」


「……」

 黙りながら何かを考える茶緑は少し間を置いて口を開いた。

「…さっき見たぞ」


 茶緑は眼鏡をクイッと触りながらそう言った。


 翔がその言葉に反応して茶緑に近づいて言った。

「…本当か!!それ本当なのか!!!」

 夕菜も続ける。

「どこなのよ!!」


 茶緑は口を開いた。

「さっき、学校を出た時に見た」

「誰かを探してるように見えたが、君たちを探してたのかな」


 赤弥が聞いた。

「それ何分前の話だ?」


 茶緑が思い出していると茶緑の後ろから女性が現れた。1-3の鳳凰ほうおう 麗羅れいらだった。

「茶緑くん、どうしたの?」


 そう聞く麗羅に茶緑は眼鏡をクイッと触りながら言った。

「友が困っている、見逃せない」

 茶緑の言葉に麗羅は感じているようにビクビクと身体を震わせ呟いた。

「素敵…」


「いいから!!早く思い出して!!」

 夕菜がツッコミを入れる。



 茶緑が麗羅に事情を説明すると、麗羅は何か閃いたようだった。

「あたし、二輪の免許有るからバイクでこの辺探そうか?」

「見つけたら声かけて、茶緑くんに連絡するからさっ」

 笑顔で麗羅はそう言うと、家にバイクをとりに行った。

 


 辛い現状に、救いの手が差し伸べられたこの状況に麗羅と茶緑に頭を下げる3人だった。


 麗羅の家は比較的近く、すぐ着いた。一旦家に入った麗羅は荷物を置いて出て来た。上品な雰囲気の麗羅は黒髪で長い髪を靡かせながらバイクで街へ向かった。

「なんて麗しい…」

 茶緑はその後ろ姿に眼鏡をクイッとやりながらそう声をかけた。


 30分程して、茶緑のスマホに麗羅から連絡が入った。


18:22 Reira [ 茶緑くん、見つけたわ。城苗しろなえの公園よ ]

18:22 samidori [ ありがとう、麗羅さん。すぐに向かう ]


「とのことだ、城苗公園に向かうぞ」

 茶緑が麗羅とのLINEのページを3人に見せてそう言った。

 赤弥、翔、夕菜は顔を見合わせて頷いた。


 城苗の公園とは、ついさっき翔が過去を思い出していた公園だ。夕菜が翔と関わりを持った公園でもあり、夕菜と赤弥の出会いの場所でもある。

 そして、詩花が翔に初めて誤解をした場所でもある。4人には馴染みの深い場所だ。



 急いで4人が向かうと、ベンチには詩花が座っていた。そしてその隣には凛音が座って詩花を宥めているようだった。そしてその前に麗羅が立っていた。


 凛音と麗羅はこちらに気が付くと手を挙げて、4人を呼び寄せた。


 4人が近づくと真っ先に詩花の元へ駆け寄ったのは夕菜だった。夕菜は泣き叫びながら詩花に訴えた。

「勝手にいなくならないでって言ったじゃない!!」

「ご…ごめん」

 夕菜の訴えに素直に詩花は謝った。

「連絡、無視しててごめん…。引っ越しの準備で忙しくて……」 

 引越しという単語を直に聞き、迫りくる詩花との別れを実感してか夕菜は涙を流し始めた。



 ただ、翔は違った。謝る詩花の姿、表情はどこか少し前と違うのに翔は気が付いていた。


「(……………?なんか……不安が無さそうな……)」

「(こ…これって……)」

 翔は少し考え思い当たる節に気が付いて、切り出した。

「あ、あのっ…!」

「さっき家に行ったらカーテンが無かったんだけど…」

 詩花は翔がそこまで言ったところで顔を上げた。


 翔は詩花の上げた顔を見て涙を流してしゃがみこんだ。


「し、翔………」

 赤弥は翔が耐え切れなくなったと思い、駆け寄って優しく彼の背中をさすった。

「…あ、ありがとう。大丈夫だ、赤弥」

 翔がゆっくりと立ち上がり、赤弥に礼を言った。


「…ち…違う、違うよね詩花……」

 翔は詩花の方を向いて、涙を流しながら語りかけた。


 詩花はそこで目に涙を浮かべ少し笑みを浮かべて思った。

「(なんで……)」


「え、なに!?なにが違うの?どうしたの?どういうことよ!」

 夕菜が翔の胸倉を掴んで強くゆらゆらと揺らした。


「お、おい…」

 赤弥が夕菜を優しく翔から引きはがした。


 たっぷりと間を置いて翔は口を開いた。

「東京、行かないよね。詩花」

 詩花はそれを聞いて、涙を流し翔に抱き着いて心の中で思った。

「(なんで…わかるの…)」



「え!?」

 夕菜、赤弥は驚いた。


「な、何で……」

 夕菜は驚きながら聞いた。


 詩花は翔から離れ深呼吸して話し始めた。

「私、断れなかったの…東京に引っ越すこと……」

「…1人で私たち兄妹を育ててくれたお母さんに…これ以上迷惑かけられないって…」


 詩花は顔を下に向け、震えながら言った。そして深呼吸を2.3回繰り返すと顔を上げて話し始めた。


「でもこの間、皆がうちに来て話してくれて帰った後、ずっと考えてた……!」

「おじいちゃんは命に問題ないってその後電話で聞いて、またずっと考えた…」


 詩花はもう一度下を向いて、服の袖を目のあたりにやり涙を拭う動作をして顔をぶんぶんと振って思い切り上げた。そして力強く言った。


「浮須に住むおばあちゃんの家に住ませてもらえないか、そして今の高校に通わせてもらえないか、勇気を出してお母さんに言ってみたの…!」

「もちろん最初は良い反応じゃなかったけど、何度も話して……」


 そこで、詩花は間を置いてから、口を開いた。

 

「許してもらったの…」


 そこまで言うと目に涙を浮かべて言った。

「隣の駅になっちゃうから遊ぶ回数は減っちゃうかもしれないけど、学校はずっと一緒だよ」

「…翔と…皆と過ごした時間が宝物で、かけがえのないもので…それが、私の勇気になって言うことができたの」


「本当にありがとう」


 笑顔でそう言う詩花に翔は泣き崩れた。

 夕菜と赤弥は2人でくっついて、泣いて、喜んだ。



 茶緑と麗羅はその光景を見て、目に涙を少し浮かべながら静かに帰った。去り際に茶緑は全員に背を向けてる状態で右腕を伸ばし親指を立てて呟いた。

「良い関係だ。全員に幸あれ」

「…素敵」

 麗羅はそれを聞いてビクビクとしながらそう言い残すと2人は消えていった。



 微笑ましそうに横で見ていた凛音に翔は涙を拭きながら聞いた。

「凛音はどうして…?」

 

 凛音は笑顔で答えた。

「部活で校外走ってたら、林さんを見つけて事情を聞いたんだ」

「あ、だから体操服のままなのか…」


「じゃあぼく、部活に戻るから」

 そう言うと、その場に居た全員に手を振り笑顔で公園から出ていった。


「(翔君と友達でよかった。あの人は友達を絶対大事にしてくれる本当に素敵な人だ…)」

 学校へ戻っている最中、凛音はそう考えながら走っていた。



「詩花ぁ゛ぁ゛」

 夕菜は子供のように詩花から離れようとしなかった。


 赤弥は翔に近づいて、小さい声で聞いた。

「なぁ翔…何でお前、林さんが東京に行かない事…分かったんだ?」


 翔はそれを聞き少し考えた。そして思いついたことを話し始めた。

「本能とか運命とか、そんなものじゃなくて……もっと複雑でもっと単純なもの……っていうのかな…」

 赤弥は不思議そうに首を傾げると、翔は教えた。

「表情…かな…」

「表情?」

 聞き返す赤弥に翔は話し続けた。

「俺は2回、詩花を変なやつから助けたことがあるんだけど……。その時の助けた後の…」

「不安から解き放たれたような、そんな表情をしてたんだ」


「…お前、何か変わったな…」

 笑顔で言う赤弥はそういうと、もう一言付け加えた。

「体育祭の時ずっと下向いてたくせに」

「お、おい!」

 翔は笑う赤弥の背中を軽く叩いた。





 もう既におばあちゃんの家に住んでいる詩花を送る為に翔は詩花と一緒に駅へ向かった。

 夕菜と赤弥は帰宅しており、2人で歩いていた。


「2人で歩くの…久しぶりだね」

「…う、うん…」


 急に2人になって緊張している詩花と翔は何を話していいかそわそわしていた。

「おじいちゃん、本当に大丈夫なの?」

 翔は優しい声で問いかけた。

「うん、全部話したの。電話で」

 少し寂し気な表情をしながら詩花は続けた。

「おじいちゃんは大丈夫だから、今の高校に通い続けなさいって言ってくれた」

「電話でずっと言ってたの。高校が楽しいって話」

 

 詩花の言葉に翔は笑顔で言った。

「おじいちゃんにも会いに、東京に行こうよ」

 一呼吸おいて、続けた。

「一緒に」


 笑顔で言う翔に、詩花は嬉しそうに頷いた。


 


 笑顔で話し合う2人はあっという間に駅へ着いた。


「電車は……10分後…ね」

 そう言いながら、時刻表をジッと見つめる詩花の横で翔は空に浮かぶ月を眺めていた。


 翔は感慨に耽っていると、詩花が顔を覗き込みながら聞いた。

「どーしたのっ?」


 語尾に♪がついているように、言葉は弾んでいる。

 翔は詩花の方を向くとにっこりと笑って言った。


「なんか、曇り空に浮かぶ月みたいな数日だった」


 詩花は首を傾げて翔の方に右手の手のひらを見せるようにして言った。

「…ち、ちょっと待って!それの意味、今なら当てれる気がする…!私と翔の仲だもん…!」


「(翔は…よく遠回しに言うから…当ててみたい…)」


「(月……曇り空…?……月……曇り…月…月月月……月月月月月月月月月……)」


 詩花はパンクした。脳内で月という単語を反芻しすぎてゲシュタルト崩壊していた。

 目をくるくると回している故障気味の詩花に翔は言った。


「月が詩花、曇り空は引越し、晴れ間は問題の解決……それを俺が下から見ている…」

 詩花はそれを聞いて目を覚ますと不思議そうに聞いた。

「タ…タロット占い……?」


「ふふっ!あはは!」

 翔はその反応を聞いて笑った。

 

「も〜!なんで笑うの…!」

 ほっぺたを膨らましながら詩花は翔に聞いた。


「確かにそうだなと思って」

 笑いながらそう言った翔は更に続けた。


「詩花っていう月が、引越しという雲で隠れて欠けて…見えなくって。その雲がいなくなって見えた晴れ間には満ちた月が変わらずそこに居てくれたんだ」

「あ、あんま説明させないでよ」

 照れながら翔は言う。


「翔ってなんかそういうところあるよね。吟遊詩人みたい」

「ぎ、吟遊詩人…?それって褒めてる…のかな…?」

 

 そんな会話をしていると、翔は思い出したようにカバンを漁り始めた。


「あの、これ」

 翔はカバンから紙袋を取り出した。

「ホ、ホワイトデーのお返しなんだけど」


「わぁ、いいの?」

 嬉しそうに両手で受け取る詩花は満面の笑みだ。

 そう言って紙袋から取り出したのは、翔が選んだ桜色の生地の柴犬が小さくプリントされたハンカチだ。

「わぁ、可愛い〜!」

 両手でそのハンカチを口元にやって笑顔を見せる詩花に翔は照れて顔を逸らした。


「大切に使うねっ、ありがとう」

 翔はそう言われると、顔を真っ赤にしてしゃがみこんでしまった。


「あ、チョコレートも入ってる。良いのこんなに?」

 申し訳なさそうに詩花は聞く。そんな彼女に翔は首をゆっくりと振ると。

「気にしないで」

 そうつぶやいた。


 すると、詩花が翔のカバンを指差して聞いた。

「それも?」

 開いてるカバンからラッピングされた長方形の箱が入っていた。

 翔は焦りながら反応する。


「あ…え…っと。う…うん」

 そうあたふたしながら箱を詩花に手渡した。


 箱を開けると、そこには長方形の写真立てが入ってた。


「これは…?」

 不思議そうに写真立てを眺める詩花はつい声に出た。

「これ…」 

 スマホを取り出した翔は詩花に見せた。カメラの写真を撮るモードになっている画面だった。

 そして、上を指差しながらこういった。

「月が映るように、ツーショット撮ろう…?」

「…もし嫌じゃなかったらそれを…その……入れてほしい」

「いや、ごめんさすがにこれはキモいね。ごめん」

 そう言って写真立てを奪おうとすると詩花はそれを交わして翔のほスマホを奪った。

「あ…ちょ……」

 何か言いかける翔に顔をくっつけると、その場にシャッター音が響いた。


「ありがとう、上手く撮れた。後で送ってね」


 詩花はそう言うと、スマホを翔に返した。今までに無い距離感に驚いた翔は再度顔を赤くしてしゃがみ込んだ。



 そんな会話をして笑い合う2人の上には、綺麗に満ちた月が浮かんでいた。

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