第23話:チャイムは鳴らない

 4人は部屋で座っていると、まず赤弥が話を切り出した。

「俺は、夕菜ちゃんにとりあえず来てって呼ばれて来たんだけど……喋れる?」

 夕菜は話を振られるが、泣きながら首を振る。


「(翔が泣くなんて…)」

 赤弥は一瞬翔の方を見てそう思うと、詩花に話を振った。

「は…林さん…これって…」

 言いにくそうに赤弥が口を開くと、涙を流す詩花は顔をぷるぷると振り、涙を服の袖で拭いて話し始めた。


「…引っ越すの」

 それを聞いた夕菜は更に泣き出した。

「え、引っ越すって…そんな急に」

 赤弥が驚いてそう返す。


「……いろいろ重なったの…」

 そう口を開き少しずつ始めた。

「小4の時に…お父さんの実家があるこっちに引っ越してきたの」

「実家は浮須駅の方なんだけど…こっちの須田に家を借りて」

「けど、こっちにきて1年くらいで…お父さんは帰ってこなくなったの」

「その少し前からずっと喧嘩してる声が聞こえてたからそれだと思う」

 一呼吸おいて続けた。

「それから私と兄をお母さんは1人で育ててくれてたの。この家の家賃も会社が負担してくたりして…」

「お兄ちゃん…ソフトボールを本気でやってて大学ではもっと本気でやりたいからって東京の大学に行くことを決めてたの。私もお母さんも…それは応援してて」

 そこまで言い切って、目に涙を浮かべながら詩花は続けた。

「…で…この間……お母さんの…お父さんに病気が見つかって……」

「おじいちゃんは…お母さんが離婚してからも遠いのに何回もこっちに来てくれて助けてくれて…いつか絶対恩返ししたいって思ってたの……」

「…で、お母さんが昨日……大学の事もあるし…おじいちゃんのこともあるから…引っ越そうって……詩花には申し訳ないけど……って」


 そこまで言い切ると、詩花と夕菜は声をあげて泣いた。赤弥、翔はそれを聞いて目に涙を浮かべた。


「(……こんなの………)」

 翔は心の中でそう思うと踏ん切りをつけた。


「…分かったよ……」

 夕菜はその言葉を聞いて怒った。

「何で!!何でそんな簡単に諦めれるのよ!!!」


 赤弥が翔の服を強く掴む夕菜を引きはがし、詩花はそのやり取りを見て泣いていた。

「…諦めたなんて……誰が言ったよ…」

「じ、じゃあ……」

 翔の言葉に言い返そうとする夕菜に食い気味で翔は話し続けた。

「これは…俺らが介入できる問題じゃない……と思う…。本当に詩花の事が好きで大切なら……引き留めるより、見送る方が良いんじゃないかな……」


 夕菜はその言葉に反論出来なかったが、付け加えた。

「で、でも…だからと言って、じゃあ今までありがとう。なんて急にお別れできない!!」

 強く言う夕菜の言葉に、翔は胸が締め付けられた。

「多分…生きていたらこういう事もあるんだと思う。俺も、詩花がいないと生きていけないし、多分本当にいなくなったら死にたくなると思う。けど……それでも……生きていかないといけないんだよ…」


「今一番辛いのは、俺らよりも、詩花で、詩花の家族だと思う…」


「じ、じゃあごめん、俺は日を改めて挨拶させてほしい」

 翔はそう言うと、今日購入したプレゼントを持ち詩花の家を出た。

 詩花と夕菜はその光景をみて涙を流した。


 時刻は22時を回っている。詩花が切り出した。

「翔の言う通りだから、また日を改めて話そ?」

 宥める様に言う詩花に、夕菜は言った。

「また来るから…!勝手にいなくならないでよ!!」


「じゃあ、また」

 赤弥は泣いている夕菜を連れて出て行った。


 誰も居なくなった自室で、詩花は11月からの事を思い出していた。

 

 父方のおばあちゃんの家に向かう途中で見た喫茶店に張り出された求人募集の張り紙が始まりだった。何気なく応募した詩花は、面接の日に翔が居て驚いた。 

 翔が1ヶ月遅れて入学してきた時から、昔助けてくれた人だと分かっていた。


 接点も作れないまま時が流れていて、でも運命が繋いでくれた。

 色んな誤解をして、勘違いもして、その度に仲良くなっていって、友達も増えて。翔の姉のプレゼントを買いに行ったり、ショッピングに行ったり、ゲームセンターに行ったり、一緒に写真を撮りに行ったり。大好きな人を馬鹿にされたけど守ってくれた人もいた。周りに居た全ての人が優しかった。そして愛おしかった。

 数ヶ月なのに何年も時を重ねた様に、色濃い時間が瞬く間に終わりを告げようとしている現実に涙を流した。




 そして現在に至る―。


 詩花はそこから数日学校に来ていない。まだ会っても居ない。連絡は取れない。

 ホワイトデーのお返しも家にあるままだ。

「帰るか…」

 1人残された教室から出て、家へ向かって歩いていた。


「……プレゼント……別れの言葉はどうしよう…」

 頭を抱え悩みながら歩いていると、自然と涙が零れた。強がって俺らに介入は出来ないと言ったけれど、それが事実であっても認めたくない自分が翔の中にはあった。


 けれど、それが本当の優しさか否か、そんなものは言われた本人にしか分からない。あくまで第三者視点での発言だった。自分がその立場で、どう発言することが詩花にとってプラスになるか高校1年生の経験ではおおよそ足りなかった。


 帰り道、以前誤解のあった公園に来た。

「(ここで白沙流さんに相談を受けてて、詩花が勘違いしてたっけ…)」

「(俺が追いかけて…断られて……雨が降って…傘を白沙流さんと赤弥に渡して…1人で帰ってる時に、詩花は迎えに来てくれた…)」

 翔は公園内を歩きながら、当時座っていたベンチに目をやりながら思い出した。


「あの時、迎えに来てくれなかったら、俺たちの関係はどうなってたんだろう…」

「大事な時に勇気を出してるのはいつも詩花の方だった……」


「ここで……プレゼントをあげないのは違うくない…?」

 そう考えた翔は自宅へ向かって走り出した。もうすぐで詩花は居なくなってしまう。

「(形に残るものにしててよかった…)」

 決意を固めて、全力で走った。


 家に到着するや否や、制服のまま階段を駆け上がりカバンを置いてプレゼントを持ち、家をまた出た。


「(今になって………惜しい…凄く…)」

 走りながら翔は涙を流しながら思った。


「会えたら……想いを伝えよう………」

 詩花の家に向かって一度も止まらず走り続けた。




 詩花の家を見た翔は愕然とした。外から見るにカーテンは無く、その中に人がいる気配が既になかった。


「…………え……………?」

 翔は急いでインターホンを押した。しかし音はしない。何度押してもチャイムが鳴ることは無かった。


 翔は足に力が入らず、その場にしゃがみこんでしまった。

「そ、空本…っ!」

 夕菜と赤弥が駆けつけてきた。

「な、何でこんなとこで…」

 

 顔も上げず、しゃがみこむ翔を不思議そうに見てふと家を見るとカーテンが無いことに夕菜たちも気が付いた。


「…え?何よこれ…いないの?もう…?」

「勝手に…いなくならないでって言ったじゃないっ!!!」

 夕菜がパニックになりながらインターホンを連打するがチャイムは鳴らない。

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