第22話:成長
3月14日 放課後―。
教室でのあの件から、特にギスギスとした雰囲気は消え失せていつも通りの日々が過ぎていた。
翔はホームルーム終了後も帰らず自分の席で紙パックのジュースを飲んでいた。
それを見た凛音は話しかけた。
「あれ、今日はいつものオレンジじゃないんだね」
翔は珍しく飲むものがぶどうジュースに変わっていた。
「あ、うん。なんとなく…」
特にこれと言って深い意味は無かったが、強いて言うならオレンジの花言葉が『純粋』『優しさ』だったのに対して、ぶどうの花言葉は『信頼』『思いやり』という1段階、2段階の成長が垣間見える点だろうか。
クラス全員にチョコブラウニーを配っていた茜には全員からお返しがあり、机の上がチョコやお菓子で溢れかえっていた。本人はそれを見て「お菓子生活だー!」等と喜んでいた。もちろん、凛音や晴太もお返しをしていた。
茜は大量のお菓子を家に持って帰ると、弟にも分けてあげた。
「…茜……何この量……」
ドン引きしている弟に笑顔で茜は返した。
「なんかお返しいっぱいもらっちゃったー!」
隣のクラスでは、結局0個だった青葉が風船ガムを膨らませながらカレンダーの3月14日の部分にバツ印を付けてそこに向かって中指を立てていた。その光景を女子はドン引きして見ていた。
そんなクラス内には茶緑の姿が見当たらない。
なぜなら、1-3の
お返しにそれを貰った1-3の超絶美少女
茶緑がそれを宥め、クラス内では祝福が上がっていた。
「僕に時間を使ってプレゼントを選んでくれて、チョコレートも作ってくれて。この上ない
茶緑は眼鏡をクイッとやると片手を挙げて教室から去っていった。
その後、彼のファンクラブが設立されたという。
1-1の教室へ帰ろうとする茶緑の姿を見つけた翔は廊下に出て話しかけた。
「茶緑、お返しできた?」
そう聞かれると、茶緑は眼鏡をクイッとやり答えた。
「愚問だ」
そう言うともう一度眼鏡をクイッとやり、去って行った。
翔はその後、茶緑のファンクラブに入った。
そんな1-1の教室にはまだ居ない人物がいた。それは赤弥だ。
写真部の部室に赤弥と夕菜は居た。
「これ、お返し」
赤弥は笑顔でプレゼントを夕菜に渡した。
「…あ、ありがと…」
中にはお揃いの月の形をしたネックレスが入っていた。
「か、可愛い…」
素直に喜ぶ夕菜に赤弥は照れた。
「ねぇ、付けて」
後ろを向く夕菜に、頷いてネックレスを受け取った。
丁寧に付けてあげると夕菜は嬉しそうに振り向きこう言った。
「似合う?赤弥くんっ」
赤弥は満面の笑みで答えた。
「凄く似合ってるよ、可愛い」
夕菜は褒められたら照れ隠しのつもりでいつもは背中を叩いたりしていたが今日はしなかった。
「あ…ありがと…」
下を向きながら顔を赤くして呟いた。
殆どの生徒が帰った校内に未だに1-2の教室に座っている翔は考え事をしていた。そこに赤弥と夕菜がやってきた。
「……翔」
赤弥が声をかけるが翔は反応をしない。心配そうに見守る赤弥の袖を引っ張り夕菜は悲しそうに首を振った。
それは数日前の夜の事―。
翔は自宅で姉の舞にホワイトデーのお返しを聞いていた。
「ねぇ、舞だったらホワイトデーって、なに貰ったら嬉しい?」
「うーん…あげた人による……かな」
少し考えながら言う舞に翔は不思議そうに聞いた。
「と、いうと?」
「まあ…あげた人が本命なら…何をお返ししてもらっても嬉しいよ」
「な…なるほど…」
「(俺は…どっちなんだろう……)」
少し下を向いて考えた。
「え、じゃああげた人が本命じゃないなら?」
思いついたように聞くと舞は即答した。
「相応の物を寄越せ」
「……あぁ…」
翔はジト目で舞を見た。
「因みに翔は好きなの?その人のこと」
舞が単刀直入に聞くと素直に答えた。
「うん、好き」
普段なら誤魔化したり逃げたりする翔がこの時は一切の迷いもなく答えたことに舞は驚いた。
「その気持ちをプレゼントすると良いと思うよ、ねーちゃんは」
そう言うと自室へ戻って言った。
「…なるほど」
「まあ…でも、何かあげたいな」
閉店間際にモールに来た翔は、雑貨屋や服屋などを物色していた。何か形に残るものを考えていた。
結果、桜色の生地に小さく柴犬がプリントされたハンカチを見つけそれに決めた。ギフト用にラッピングをしているときにスマホに着信が入ったが、後で良いかと思い出なかった。他にもいくつか購入し全部揃った。
「(そういえば…)」
先程着信が入ったのを思い出した翔は店を出てスマホに目をやった。
着信は夕菜からだった。
「(白沙流さん…?)」
不思議そうに電話をかけると1コール目で出た。
「ちょ、空本今どこにいるの?」
少し慌てた様子で夕菜は言う。
「え、今駅の奥んとこのモールだけど」
状況を理解出来ず、冷静に返す翔に夕菜は言った。
「
「え、まぁ」
「そこ来て!急いで!」
夕菜は凄い勢いでそう言い電話を切ってしまった。翔は良く分からないまま御元神社へと走って向かった。
神社に着くと、石段の一番下に夕菜が居るのが見えた。
「あれ、白沙流さんだけ?てっきり詩花もいるのかと…」
翔は息を切らしながらそう言うと、夕菜は遮って話し始めた。
「落ち着いて聞きなさいよ」
そう言う夕菜の目には涙が浮かんでいた。
「え?」
心臓の音が速くなる感じがした。でもこれはいつもと違う感じだ。ただ、形容し難い感じとしか言えない。
「詩花、引っ越しちゃうんだって」
そう言うと夕菜は泣き崩れた。
「…いや………え…?嘘でしょ…?」
唐突に突き付けられた現実にそれ以上の言葉が出なかった。
「…な、何で?」
夕菜に聞いても、泣いてるだけで返事は返ってこない。
足に力が入らない。身体から魂だけが抜けたようにふわふわとする。
暗い神社の石段に、夕菜の鳴き声だけが響く。
少しして翔は歩き出した。足に力が入らないが、今動かないとこれからの人生一生後悔する、そんな気がした。
後ろから夕菜が泣きながら聞いた。
「ど、どこ行くの?」
震える声を出す夕菜の方を振り向き、翔は涙を流しながら答えた。
「詩花の家、本人から聞かないと納得できない」
「あたしも行く」
夕菜と翔は詩花の家へ向かった。
詩花の家の外観を見て、翔は1度家に入った時の事を思い出した。雨が急に降りだした日だった。
「(俺を家に誘ったのは緊張しただろうな…)」
そんな事を想い出しながらインターホンを押した。
押してから数十秒か、1分か、それよりも長かったか分からないが詩花の声が聞こえた。
「はい……」
夕菜はインターホンに叫ぶ。
「う、詩花っ!!引っ越すって何よ!!なんでよ!!」
そう言うとブツッとインターホンの通話は切れてしまった。
「…え……」
夕菜がショックでフリーズしていると、玄関が開いた。
そこには、涙を流す詩花が立っていた。
夕菜は詩花の元へ走っていき抱き着いた。
「何で!何でなの!!」
子供のように泣きじゃくる夕菜を抱きしめて詩花は静かに涙を流した。翔はその2人の姿を見て涙を浮かべた。
すると、翔の後ろから赤弥が現れて聞いた。
「翔…お前……泣いてるのか…?」
何も言わず歯を食いしばって涙を流す翔を見て赤弥は驚いた。
「ど、どうした…?どういう状況なんだこれ…?」
赤弥はこのままだと近所に迷惑がかかるからと、詩花に許可を取り詩花の部屋に案内してもらった。
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