第20話:バレンタイン・ハーバリウム


 2月13日 放課後―。

 明日のバレンタインデーに向けて写真部の部室に6人の男子生徒が集まり会議が行われていた。議長は赤弥でチョークを使い黒板に文字を書いている。その前にはそれ以外の5人がイスに座り議長あかやに注目をしている。

 議長が今回の主催者である。軽くメンバーを紹介しておこう。


 1-2から招集された空本 翔と間海 凛音、金山かなやま 晴太はるたの3名が左から順番に座っている。

 金山は凛音と同じ陸上部で、翔とは家庭科の調理実習の班が一緒だったことから仲が良いクラスメイトの内の一人だ。身長175cmと翔と同じくらいの高さで茶色で短い髪に左耳についている2つのシルバーのピアスが特徴だ。


 1-1から招集されたのは青葉あおば れん藤田ふじた 茶緑さみどりの二人で右から順番に座っている。

 青葉は赤弥と同じサッカー部でビリジアンのミディアムヘアーだ。翔、赤弥と3人でファミレスに行ったりしたこともある仲だ。小柄で身長は165cmしかない。

 茶緑は写真部の隠された幽霊部員3大将の内の1人。名前の通り緑色の髪、という訳ではなく黒髪で眼鏡をかけている。同じ写真部である翔とは面識が少しあるくらいだ。仲沢とは中学校が一緒。


 赤弥はまずバレンタインデーに対する男子学生を細分化していた。


 ・下駄箱を念入りに確認して「一応ね、一応」と心の中で言う者。

 ・バレないように引き出しに手を突っ込んで確認する小心者。

 ・「チョコをくれ」と周囲に言いまくる自分に素直な者。

 ・「バレンタインとか興味ないし」と素直になれない者。

 ・「え、なんでお前が貰えてんの」と意外性の強い者。

 ・皆と同じなのに「自分のだけ本命?」と思ってしまう純粋ピュアな者。


 ここまで書ききると、赤弥はチョークでコンコンと黒板を叩き言った。

「で、あるからにして男子学生の全員は何かしら欲しいという訳だ」

「(何がで、あるからにして~なんだよ…帰りたいんだけど)」

 翔は心の中でツッコミを入れる。


 凛音は腕を組み真剣に頷いていた。

「(え、凛音がその反応って以外なんだけど……あなたほぼ女の子じゃん。むしろ俺にチョコをくれ…!)」

 翔はまたもや心の中でツッコミを入れる。


「あれ、これってさ」

 赤弥と同じクラスの茶緑が切り出した。

「おっ、どうした茶緑」

 赤弥は嬉しそうに笑顔で話を振った。

「この細分化された人物像は6つありますが、もしやここにいる6人に当てはまるのではないでしょうか」

 かけている眼鏡を中指でクイッと上にあげながら言った。

「(こんなキャラだっけこの人…)」

 翔が心の中でツッコミをまた入れる。


「良く分かったな茶緑、偉いぞ。あとで職員室に来い」

「(なんでだよ)」

 翔がツッコミを入れる。


「ありがとうございます!」

「(なんでだよ!)」

 茶緑に対してもツッコミを入れた。もう少しでコンプリートだ。


 赤弥は先程の資料に書き足した。


 ・下駄箱を念入りに確認して「一応ね、一応」と心の中で言う者。 

 →空本 翔

 ・バレないように引き出しに手を突っ込んで確認する小心者。

 →青葉 蓮

 ・「チョコをくれ」と周囲に言いまくる自分に素直な者。

 →仲沢 赤弥(おれ)

 ・「バレンタインとか興味ないし」と素直になれない者。

 →間海 凛音

 ・「え、なんでお前が貰えてんの」と意外性の強い者。

 →藤田 茶緑

 ・皆と同じなのに「自分のだけ本命?」と思ってしまう純粋ピュアな者。

 →金山 晴太


 それを見た赤弥以外の5人は心の中で思った。

「「「「「(まあ、合ってるけど……)」」」」」



「皆待ってくれ!」

 口を開いたのは青葉だ。

「赤弥、お前最近さ…翔のクラスの女の子とやたら仲良いよな」

 目をギラギラに光らせ仲沢を問い詰めた。

「(え、こわいこの人こわい)

 翔のツッコミはここでも炸裂する。


「…い、いや…あ、あれは、べっ、別にそんな?な、仲良いけど…そっ」

「ほー……じゃあお前がその子からお菓子を貰ってたら………」

 青葉はそこまで言うと赤弥の耳元で言った。

「……待っててね」


「ひええぇっ」

 赤弥は情けない声を出して部室を飛び出して行った。


「いや、これずっとなんだったん!?」

 今日一番の声量でツッコミを入れた。



「あれ、君喋った?」

 5人が部室から出て下駄箱へ歩いている道で翔は晴太にツッコミを入れた。


 ツッコミ コンプリート。




 2月14日―。

 それは、男子学生が1年で最も浮かれ、そわそわする日だ。そう、バレンタインデーだ。



 翔は学校に着くなり、周囲を見渡して人が居ないことを確認すると下駄箱の中を覗いた。翔の下駄箱は一番下の段の為、自販機の下に落ちている小銭を探す乞食の様になっていた。

「確認はしとかないと、一応ね…」

「(…ハッ。昨日赤弥が言っていた細分化のやつ……当たってる)」


 そんな翔は後ろから話しかけられた。

「……何してんのあんた…」

 夕菜が立っていた。

「な゛……なんか落とした気がしただけ!」

 そう叫び教室へ早歩きで向かった。


 教室へ着くと、凛音が既にもう翔の席の前に座っていた。

「おはよー翔君」

「お、おはよ。あれ?凛音」

 そこまで翔が返事をしたところで食い気味で凛音は返してきた。

「い、いや別にぼく、バレンタインが楽しみで朝練休んだ上にいつもより早く来たとかじゃないよ?」

「…まだ何も聞いてないよ」

「…あっ……」

「しかも朝練も休んだの…?」

 翔は恥ずかしそうにしている凛音の頭をよしよしと撫でであげた。

「(…これも当たってない?赤弥のやつ何者なんだよ)」


 1-2 昼休み―。

「やっほー!」

 翔と凛音、晴太が3人で弁当を食べていると茜が登場した。

 茜は同じようにラッピングしたチョコブラウニーを男女関係なくクラス全員に配っていた。

「ありがとう」

 翔と凛音がそう返し、皆が晴太の方を見るとやたら自分が貰った袋と他の2人が貰った袋を見比べていた。

「ど、どうした?」

 翔が聞くと、晴太は口を開いた。

「いや、これ俺のだけ…」


「違うよ?」

 翔は晴太の肩に手を置いて即答した。

「みんな一緒さ」

 そして親指を立てながらそう続けて言った。


「(しかしこれも合ってるのか……未来見えてんのかあいつ)」

 翔は不思議そうにそう思った。



 1-1 昼休み―。

 赤弥は1週間前から広報活動をした甲斐があってか、大量のお菓子を貰っていた。それをリュックサックに詰めているところに、夕菜が登場して連れ去られて行った。


 そんな赤弥を遠目から茶緑は眼鏡をクイッと中指でやりながら見ていた。

「あ、あの…これ…良かったら」

 茶緑に別のクラスから現れた女の子に本命ガチっぽいやつを貰っていた。

「あ、ありがとう」

 2人は顔を赤くし恥ずかしそうにしていた。

「初々しいな!」

 青葉がツッコミを入れた。


「(確かに茶緑が本命ガチなのをもらってるのは意外だな…俺も……ワンチャン…)」

 青葉はそう思いながら自分の席に戻り、机に突っ伏す状態になりながらコソコソと引き出しに手を突っ込んでかき混ぜていた。

 そんな青葉の姿を見た茶緑は心の中で思った。

「(不憫だ……。しかし仲沢君が言っていたことは当たっているな…)」



 赤弥の講義内容は全て的中していた。



放課後―。

「(あれ……詩花から…もらえなかった…)」

 翔は心の中で泣き喚いた。

 とぼとぼと自宅への道を歩いていると、肩をトントンとされた。

「う…詩花…!」

 振り向くと夕菜が立っていた。

「………何?」

「…冷たいわね!」

 冷めた目で見ながら聞くと、笑いながら夕菜はツッコミを入れた。

「これ…皆と一緒だし…まあいつものお礼……」

「…え、いいの!?ありがとう!」


 嬉しそうに笑顔で言う翔の顔を夕菜は見上げた。目には涙を少し浮かべていた。

「(え……)」

 夕菜が涙に気が付いてそう思ったところで、夕菜が翔から引きはがされた。

「うぎゃ」

 夕菜が声を漏らした。後ろには詩花が仁王立ちをしていた。


「遅くなってごめん、翔。委員会で渡すタイミング無くて…」

 夕菜はそれを見て小さくため息をつくと、ソロリと帰っていった。


「来てくれたんだ」

 翔は嬉しそうに言うと、詩花も嬉しそうに返した。

「当たり前じゃん」


 そう言ってプレゼントを渡した。

「一応手作りなんだけど、上手く出来てるか分からないから…」

「ううん、嬉しい。ありがとう」

 そう返す翔に、詩花は恥ずかしそうに言った。


「あ、あと………これも……」

 そう言って紙袋を翔に手渡した。


「わあ、なんだろ!開けていいの?」

 翔がそう聞くと詩花は頷いた。


 紙袋を開けると、赤いチューリップのハーバリウムが入っていた。

「…え、これ……」

 詩花の顔を見上げると、チューリップに負けを劣らないくらい赤くして言った。

「…私の…思い出の花…なんだ。赤いチューリップ…。邪魔じゃなかったら飾ってくれたら嬉しい」

 詩花はそう言うと、笑顔で目に涙を浮かべながら走りだした。

「え、う…詩花!」

 呼び止めても反応しなかったが、詩花の気持ちを汲み取り翔は追いかけるのをやめた。


「(詩花…覚えてくれてて……?)」

 翔はあの時のことを思い出しながら、1歩ずつ歩みを進めた。


「(覚えてるかな……翔……)」

 詩花は自宅へ走りながらそう想いを馳せて、マフラーに顔を埋めた。


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