第16話:メリー・クリスマス
空本は仲沢に激励のメッセージを送ると、まだ自身の席に座ってスマホをいじってる林に声をかけた。
「林さんは今日休みだったよね」
林はそれを聞くと首を振り、こう話した。
「さっき、こはくさんから連絡あって今日変わってほしいって言われて…バイトになったよ」
空本はそう話す林の顔が少し嬉しそうに見えた。
「(…こはくさん…?あぁ
空本はそう考えながら聞いた。
「マスターはいるのかな」
林は下を向いて小さく言った。
「…いない」
「あれ…マスターも休みなの…?」
それを聞くと顔を赤らめて林はこう言った。
「私たちと入れ替わりみたい」
「…二人だね、空本くん」
空本は顔を赤くして、後ろを向きながらこう言った。
「…も、もう行くよ林さん」
「はーい」
空本は林の返事を聞きこう考えた。
「(…聞くなら…今日しかない……彼氏がいるのかどうか)」
駅へ向かう道を林と二人で歩いている空本は考えた。
「(…いつからこんな決心ができるようになったのだろう…)」
「(…キャラが変わったとか言い訳をして逃げてたけど……)」
そこまで考えると一呼吸置いて結論を出した。
「(……俺は…林さんが好きなのか…)」
「(…確かに六年前、あの日初めて会った林さんに俺は一目惚れをした…)」
「(初めて高校に行った日、隣の席が彼女で驚いた。林さんは気付いてなかったかもしれないけど…俺にはすぐ分かった)」
「(…彼氏がいると仲沢に聞かされてから少し悩んだけど、それは別に彼女を諦める理由じゃない)」
「(……だから舞のプレゼントを考えてる時に真っ先に出てきたのか…林さんが…)」
「(一人にさせないようにしようとかも…事件に巻き込まれないようにとか理由つけてたけど、一緒にいたかったんだ)」
「(…彼女は……俺が守りたい…)」
そこまで空本が考えたところで、林は声をかけた。
「あー。空本くん、また長考モードになってるでしょ。その時の顔してる」
少し笑みを浮かべながら言った。
空本が林に彼氏の件を聞こうと切り出した。
「……あのさ…」
それに被せるように林も言った。
「そういえば…」
空本はそれを聞き、譲った。
「あ、林さんどうぞ」
「…え…っと、大したことじゃないんだけど、お姉さん喜んでた?」
「…あ、あぁ加湿器?喜んでたよ。大事そうに抱き抱えちゃってさぁ。次の日部屋に行ったら使っててくれたし」
笑顔で空本がそう答えると林は気まずそうに返事した。
「…そ…っかあ、良かった」
空本はその反応に、心なしかぎこちなさを感じた。
「…林さん?」
林はそう問われると、自分の背負っているリュックを、左手でぎゅっとしながら思った。
「(やっぱ…帰りに渡そう)」
「…ううん、加湿器、喜んでもらえて良かったね」
笑顔でそう言うと、空本は先程の疑問は気のせいだったと思った。
喫茶ブローディア 到着―。
「初めてじゃない?この店に俺たちだけなの」
空本はガランとした誰もいない店内で言った。
「…う、うん…」
「(なんか……緊張する…)」
林が緊張しているのを悟られないようになんとか返事をしていると、空本は続けた。
「やっぱ25日は喫茶店なんて誰も来ないよね〜」
窓の外を眺めながら言った。すると入り口の鈴が鳴った。
空本は鈴の音が鳴ると顔も見ずに、脊髄反射でまず挨拶をする。
「いらっしゃいませ〜」
そう言い、振り返ると見たことのあるおばあさんが立っていた。
「あっ」
林が一文字そう言うと、空本は一瞬の内に記憶を辿り、嬉しそうにこう言った。
「あっ、あの時の!一ヶ月くらい前におじいさんと食べるって言ってたパンを届けた者です!」
「また、きてくれたんですね!」
空本は笑顔で歩み寄った。
「あー、また会ったねぇ」
おばあさんも笑顔で手を振った。
「おばあちゃんどうしたの?」
「詩花〜」
林がそう言うと、おばあさんは林にも手を振った。空本は驚いたように振り返ってこう言った。
「…へぇ、林さんも知り合いなんだ」
「知り合いっていうか…私のおばあちゃんだよ?」
「え゛っ」
あまりの驚きに普段濁点のつかない音に濁点をつけて返した空本は驚いていた。
おばあさんは入り口に一番近い席に座るとこう言った。
「詩花、この子は優しいねぇ」
「見ず知らずにばあさんに、忘れ物届けてくれたり、扉あけてくれたり。気をつけてねと言ってくれたり」
「嬉しかったよ」
空本は照れながら手をぶんぶんと振った。
「お名前はなんていうの?」
おばあさんがそう聞くと空本は言った。
「空本 翔です。空を本当に翔けると覚えてくれると覚えやすいです」
空本は満足気に語るとおばあさんは優しい声で言った。
「翔君、良い名前だねぇ」
「うちの詩花も良い子だから、どうかよろしくお願いします」
そういうとぺこりと頭を下げた。
林は後ろで顔を赤くしてスタッフルームに入っていった。
空本は目に見えて動揺した。
「…わ、あ、え…、はい…はい、よろしくお願いします」
「あ、ご注文お伺いしますね、すいません」
「じゃあホットコーヒを一杯ちょうだい」
おばあさんは笑顔で、右手の人差し指を立てて言った。
「かしこまりました」
空本はそう言うとコーヒーを淹れに向かった。
現在、喫茶ブローディアでは、当然ながらマスター、そしてバイトでは糸上・空本の合計三名がコーヒーを淹れることができる。
空本はいつも通り、丁寧に淹れるとそれをおばあさんの元へ持って行った。
「お待たせしました〜」
「熱いのでお気をつけください」
「ありがとう〜」
おばあさんはそう言いながら空本の目をまじまじと見て思った。
「(この子は…本当に優しい目をしてるねぇ)」
おばあさんは飲み終えると詩花を呼んだ。
「コーヒー、一杯400円だったね」
そう言いながら、1,500円を手渡した。
「1,100円のお返しだね」
林がそう言うとおばあさんは手をパタパタとさせて笑顔でこう言った。
「ちがうちがう、彼と一緒にコーヒーでも飲みな」
空本の方を見ながらそう言った。
「ありがとう、おばあちゃん」
林とおばあさんは目が合い、二人で笑った。
「じゃあそろそろ帰るから、頑張ってね」
おばあさんはそう言うと立ち上がった。
「おばあちゃん、ありがとう」
林はそう言うと、おばあちゃんに駆け寄った。
空本も急いで駆け寄り、ドアを開けながら笑顔で言った。
「すいません、僕までコーヒー代頂いてしまって…」
「お気をつけてお帰り下さい」
「…ありがとうねぇ」
おばあさんはニコッと笑うと、店を正面に右方面に帰っていった。
その後、クリスマスだからか客は来ることなく二人は店内の掃除などをして時間を過ごした。
閉店時間―。
空本は店の入り口に[Close]と書かれた札を出し林に声をかけた。
「林さん、おばあさんにコーヒー代頂いたし、淹れよっか」
「うんっ」
二人はそんな会話をして、林は空本がコーヒーを淹れてるのを眺めていた。
「(…プレゼント…渡したら迷惑かな…)」
「(…いや、空本くんなら喜んでくれる……喜んで…くれる…)」
リュックを触りながらそう考えた。
「林さんお待たせー、座ろうか。どこにしよう?」
空本はそういうと淹れたてのコーヒーを持って聞いた。
「じゃあ…」
林はそう言うと奥のテーブルを指差した。二人が面接をしたテーブルだ。
面接の時は林が奥で、手前に空本が座っていた。
林が先導すると、手前に座った。空本はその姿を見て、尋ねた。
「あれ、林さん奥でもいいよ」
「ううん、手前で大丈夫」
その林の返事にそっか、と返しそれぞれ席に着いた。
「口に合うかな?」
空本は心配そうに、林がコーヒーを口にするのを眺めた。
林は一口コーヒーを啜り、カップを置いた。
「うん、美味しいっ」
笑顔でそう答える林に、空本は顔を赤らめていそいそとコーヒーを飲んだ。
「あっち」
舌をやけどした。それを見た林はくすくすと笑った。
二人は会話も無く、飲み終わると空本は立ち上がり自分のカップと林のカップを持ちこう言った。
「じゃあ洗ってくるね」
空本が林の横を通り過ぎようとしたところ、空本は服の袖を林に軽く掴まれた。
「…林さん?」
袖を掴みながら下を向いてる林に問いかけた。
「…あの…どうし」
そこまで空本が言いかけたところで、林は空本が両手に持っているコーヒーカップを取り上げてテーブルに置いた。
「…?」
不思議そうに見てると、林は自分のリュックをごそごそと漁りだした。
「…これ」
恥ずかしそうにラッピングされた袋を空本に手渡した。
「…え?俺に…?」
空本は照れつつも笑顔で受け取った。
「初めて家族以外の女の子にこういうの貰ったや」
嬉しそうにその袋を抱きしめながら言った。
林はその姿に悶絶しそうだったが、我慢して抑えた。
「開けてもいい?」
空本がそう聞くと、林は頷いた。
中には、露草色のボーダー柄のセーターが入っていた。
空本はそれを見ると、少年のようにきらきらと目を輝かせて喜んだ。
「かわいい~~」
袋を机の上に置き、セーターを抱きしめながらそう言った。
「…空本くん、女の子みたいな喜び方するね。かわいい」
空本は顔を真っ赤にした。
「(…露草色に近いのが見つかってよかった。露草の花言葉は尊敬。私の人生を変えてくれた、尊敬してる人へあげるのに相応しい色だと思う)」
林は嬉しそうにしている空本を眺めながらそう思った。
「…あれ、まだ何か」
空本がそう言うと、折りたたまれたセーターの間から紙がヒラヒラと落ちた。それを拾い上げてみるとこう書いてあった。
『私も下の名前で呼んでほしい』
空本はそれを読み、林の方を見ると下を向いて震えていた。恥ずかしかったのだろう。少し間をおいて空本は言った。
「……詩花、ありがとう」
詩花はそれを聞いて下を向きながら顔を赤くし、目に涙を少し浮かべた。
顔をそろりと上げると、空本はその場にもうおらず、カチャカチャと洗い物をしていた。空本の顔を遠くからでもわかるほど赤くなっていた。
店の構造は、洗い場の後ろにスタッフルームへの入口がある。
詩花は空本が洗い物をしている横を通り、スタッフルームに入ると見せかけて後ろから声をかけた。
「翔も…ありがとう」
そう言うと詩花はスタッフルームに駆け込んだ。
翔はそれを聞いてコーヒーカップを一つ割った。
「……やべ…………」
『すいません、こんなクリスマスプレゼントで 空本』
翔は割れたカップと書置きを残して店から出た。
「ごめんね、翔。私のせいで割ったのに」
「気にしないで、割ったのは俺だから」
手をぶんぶんと振って翔は答えた。
二人で駅までの道を歩きながら翔は考えていた。
「(彼氏…聞かなきゃ…。いつまで先延ばしにしてるんだ…)」
「あ、あのさ」
翔がそう切り出すと詩花は振り向いた。
「…林さん……じゃなくて、詩花って…彼氏いるって聞いたんだけど、俺と一緒に帰ったりしてて大丈夫…かな……とか」
林は驚いた顔をして答えた。
「…誰から聞いたの…?それ…。私……彼氏いないよ…?」
「(時々感じてた翔との距離感は…それのせい…?)」
空本は心の中で安堵した。
「(よ……良かった……)」
「(まあ詩花に彼氏がいたとして、俺の気持ちは暫くは変わらないと思うが…)」
そのタイミングで空本のスマホに着信が入った。スマホを見ると、仲沢と書かれていた。
「ちょっとごめん」
そう言い、電話に出た。
「よう翔、LINE見てくれ」
仲沢はそう言うと電話を切った。
「え、切るの早っ」
切れた電話にそうツッコミを入れ、仲沢のLINEを開いた。
17:29 赤弥 [ 画像 ]
一枚の画像が送信されてきており、見ると夕菜とのツーショットだった。仲沢がプレゼントしたマフラーを巻いて写真部の部室で撮られていた。
既読を付けると、メッセージが一件送られてきた。
20:41 赤弥 [ 翔、ありがとう! ]
翔は少し笑いながら、この人が言ってた。と言い、赤弥を指差しながら先程のツーショットを見せた。
林はそれを聞いて、ぶんぶんと手を振り彼氏の件は否定した。
駅に着き、空本は林にこう言った。
「俺たちも撮らない?ツーショット」
林は嬉しそうに笑い、頷いた。
12月25日 数年に一度の大寒波と言われる聖夜だったが、翔と詩花にとっては、むしろ熱いくらいの夜だった。
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