第14話:Teardrop

「お姉さん、何か好きなものとか趣味とかある?」

 林は歩きながら空本に聞いた。


 空本は少し考えるように、下を向いて歩いた。

 カーブミラーのポールに激突した。


「…あだっ…」

「…だ、大丈夫…?」

 心配そうに林は空本を覗き込んだ。


「う…うん…(恥っず…)」

 そう返すと空本は立ち上がりこう言った。


「…強いて言うならバンドやってるから音楽かな……でも俺あんま分かんないし…」

「…音楽…かぁ…」

 林は困った顔をしてそう呟いた。音楽にあまり縁がなく疎いながらも、困っている空本を助けたい一心で考えた。


 気になったことを林は聞いてみた。

「お姉さんってバンドでどの…立ち位置…っていうのかな…やってるんだろ?」

「ギターとか、ボーカルとかドラムとか…」


「確か……」

 空本はそう切り出すとこう続けた。

「…ボーカルとギター両方やってたような」

「ギターボーカルっていうやつかな…?」

「すごいね、お姉さん」


 林は空本の姉を尊敬するように感想を伝えて、こう聞いた。

「じゃあ、歌とかもよく歌うんだ」

「そういえば、よく母さんとカラオケに行ってるかな?」


「…なるほど」

 林はそこまで聞いてまた少し考えた。


「喉の調子とか大丈夫?冬場は乾燥とかあるし…」


 林は何気なくそう聞くと空本はハッとした顔をしてこう言った。

「…あ!確かにこの前カラオケから帰ってきた時に母さんに相談してたかも」




12月上旬 平日の夜―。

 翔がリビングのソファに座って小説を読んでいた時の事。

 舞と母親のゆきがカラオケから帰ってきた。舞は雪に少し辛そうに伝えた。

「最近さー、前より喉の調子がなんか良くなくて…来月対バンあるしそれまでには元に戻ると良いんだけど…」

 翔はそれを何気なく聞いていた。


「乾燥酷いからそれもあるかも?」

 雪がそう返すと、舞はこう言って部屋に戻った。

「加湿器部屋に置いてみようかな~」


 


 結局それから舞の部屋に加湿器が置かれることは無かったのを知っている。昨日空本は舞の部屋に借りてた本を返しに行った時に無いのを覚えていた。


「加湿器…加湿器良いかも…!」

 空本はきらきらとした笑顔で言った。

 林もその笑顔を見て、つられて笑顔になった。


「じゃあモールよりも駅前んとこの家電屋の方が近いしまだやってると思う。確か21時までだった気がするよ!」

 林がそう言うと空本はスマホで時間を確認した。


―――――現在時刻 19:50 閉店まで 残り70分


「何時?」

 林が聞くと空本は答えた。

「20時前だね。歩いてここからだと、20分くらいかな」

「到着が20:10だとして、21時閉店でも全然余裕ある…いけるぞ…!」

「良かった~」

 空本の言葉に林は安堵した。



20:10 家電屋到着―。


「そこ曲がったとこにあった気がするよ」

 林が指を差して言った。

「全然余裕で間に合ったね、良かった~」

 空本が安心した表情で言った。

 

 二人で歩いて角を曲がると、家電屋に電気はついていなかった。

 二人は顔を見合わせた。お互いの表情は曇っていた。

「…あ…あれ…家電屋さん…店につける電気も売っちゃったのかな」

 空本が現実逃避のような言葉を発しながら入口に近づくと、張り紙が貼ってあった。


   [店舗改装のため、一時閉店中]


 空本は崩れ落ちた。林の方を見上げこう弱々しく言った。

「…林さん…ごめん…俺はいいから置いて先に行って……」

「…い、いや諦めるの早いよ!」

 林は笑いながらツッコミを入れた。


「ここ以外ならやっぱモールかな…」

 林は少し考えながら言った。


「どうせモールも店舗改装中さ…」  

 ココアシガレットをタバコの様にふかしながら空本は言った。

「(…オ…オラついてる……オラ本くん…?)」

 林がそう心の中で思い笑ってる姿を不思議そうに空本は見ていた。


「ま、そう言わずモール行ってみよ!ここからなら15分くらいでいけるしさ!」

 林がそう言うと、空本はココアシガレットをぱりぱりと食べて立ち上がった。

「…ごめん振り回して」


 空本は元気なく言うと林は言った。

「気にしないで、一緒に歩くだけでも充分楽しいから」


 空本はその言葉を聞いて驚いた。

「(…多分、生涯俺にこんなことを言ってくれるのは林さんだけだろうな…)」

「ありがとう」


 そう返して二人はモールへ向かった。



20:30 モール到着 閉店まで 残り30分―。



 店内へ入ると、客は少なく疎らだった。

 一階は食品や薬などが売っているだけで、二階は割と生活雑貨や本・服なども売っている。

 二人は急いで二階へ上がった。



 生活家電のコーナーへ向かうと、空本は一目散に加湿器を探した。

「…スチーム式、気化式、超音波式、ハイブリッド式……」

「どれがいいんだこれ…単語のパンチ力ならハイブリッド式だけど……」

「ハイブリッド……高っ…!」

「超音波式は手入れが大変そう…」

「…あ、これ形可愛いなぁ」

 空本は種類の多い加湿器の前でたくさん悩んだ。


 そんな空本を林は後ろで眺めていた。

「(お姉さん幸せだな。こんなに一生懸命選んでもらって)」

「(…加湿器の前ずっとうろうろしてるなぁ)」

「(なんか小動物みたい)」

 あわああわと加湿器うの前をウロウロする空本にそう思ったところで自分で笑ってしまった。


 空本は、ティアドロップ型の水色のスチーム式加湿器を持って不思議そうに林を眺めていた。

「…林さん?」

「ううん、なんでもない。わぁ可愛いねそれ」


「ね!部屋の大きさにも合うし、形も可愛いし。どうかな?」

 自分が選んだものを可愛いと言われ、嬉しかったのか笑顔になりそう聞いた。


「いいよ。すっごくいいとおもう。喜んでくれると思うよ」

「良かった〜!閉店ギリギリで良いの見つかって!レジ行ってくるね!」


 林は心から幸せな気持ちになった。

「(…やっぱ…この人なら……)」



 林は本屋で少しウロウロしてたが、空本は帰ってくる気配がない。心配でレジの方をチラッと見ると、空本はレジにいなかった。


「空本くん…?」

 林は不安そうに二階のフロアを行ったり来たりし、空本を探した。


 林が慌ててると、服屋の奥の方に空本がいるのに気付いた。

「(…加湿器と何かセットであげるのかな)」

 そう納得したところで、空本の方へ歩き始めた。

 空本はレジを終え、こちらに気付くと笑顔で歩みを寄せた。右手には先程購入した加湿器の入った袋を持っており、左手には今購入したであろう、衣類の入った袋を持っている。

 

 林がその袋に視線をやると、それに気付いた空本はその袋を隠すように身体の後ろへやった。

 林はそれを不思議そうに見ていたが特に気にすることは無かった。


 

21:00 モール脱出 ミッション達成―。


 

 外に出ると雪が降っていた。二人は自宅へ向かって歩き出した。


 数メートル歩いたところで、空本が止まり林に話しかけた。

「…あの」

「今日はありがとう、良かったらこれ」

 そう言うと、林に袋を差し出した。


「え…」

 林は生まれて初めて家族以外の異性からプレゼントを渡され、目をうるうるとさせ感動した。


「店の中だと…なんか雰囲気がさ」

 笑いながら空本は言う。

「林さんがいなかったら加湿器の案も出なかったし、助かったよ」

 そう言うと、少しだけ間を置いてこう伝えた。

「…ありがとう、助けてくれて」


「いいのに…そんな…」

 林はプレゼントを受け取ると後ろを向いて目に涙を浮かべた。無論嬉し涙だった。


 泣いてるのがバレないようにごしごしと目の当たりを袖で拭いて、振り向いて笑顔で空本にこう言った。

「ありがとう、空本くんっ!」


 空本は夜空に輝く星よりも、暗い夜の中に降り頻る雪よりも、林の笑顔がきらきらと光って見えた。

 空本は顔を逸らしてマフラーに顔を埋めて返した。

「…どういたしまして」


 林は考えながらこう言った。

「…私は空本くんに何あげよー」


 空本は軽く手をパタパタとさせてこう言った。

「どんな物よりも素敵なものを今もらったよ」


 林は首を傾げた。

「(何かあげたっけ…?)」


「(俺には勿体無いくらいの笑顔をありがとう…)」

 空本は天に感謝をするように両手を合わせた。


 林は空本に話しかけた。

「…ねぇ、これ開けても良い?」

 空本は焦りながら返す。

「い…良いけど、そんな大したものじゃないよ……」

「空本くんからなら何もらっても嬉しいよ」


 林のその返事に空本は後ろを向いた。後ろを向いた空本はマフラーで顔を完全に覆った。


「わぁ可愛い」

 林は袋の中からおしゃれな青色のチェック柄のマフラーを取り出しながら言った。


 よく見るとそれは空本の巻いているマフラーの色違いだった。


「…空本くん、お揃いにしたかったの?」

 ニヤけながら空本の顔を覗き込んだ。空本はマフラーで顔を覆っていた為、表情は分からなかったが、照れているように感じ取れた。


 林は嬉しそうにマフラーを巻くと空本に尋ねた。

「…どう?似合ってるかな?」

 

 空本はそれを聞くと、林の方をみて感想を述べた。

「可愛いよ、すごい似合ってる」

 真顔で答える空本に、林は赤面し「もー」と言いながら軽く背中を叩いた。


「…初めて男の子からプレゼントもらった。初めてが空本くんでよかった」

 少し目に涙を浮かべながらそう言う林に空本は動揺した。

「(……初めてが空本くん…って…い、いいいいいやプレゼントが…って分かってるし!)」

「(……俺も初めてプレゼントあげるのが林さんで良かった…)」

「(彼氏いるのにあげても良かったのだろうか…まぁもう…後の祭なんだが)」


 空本は林の笑顔を見ながらそう考えていた。



 空本は林を家に送り届けると、自分の家に

帰った。



 リビングには誰も居らず、舞の部屋へ向かった。舞の部屋をノックすると返事が聞こえ扉を開けた。

「遅かったね〜、どこ行ってたの?」

 パジャマ姿の舞がそう聞くと、翔は加湿器の入った袋を差し出した。


「…これ。毎年もらってばっかだし…プレゼント。この前、喉痛いって言ってたから加湿器」

「要らんかったら爆散していいから」

 翔がそう言うと、舞は目をキラキラと輝かせて飛びついた。


「え、何〜!あたしにくれんの??どうしたの翔〜!もうわざわざ良いのに〜!」

 舞は翔の頭をわしゃわしゃとしながら続けた。

「…ほんっとできた弟だよね」

 耳元でそう囁いた。


「…それは無い。舞はいつもくれてたのに俺はもらうだけだったから。遅くなってごめん」


「そんなことないよ、あげたくてあげてるんだから気にしなくて良いのに」

 舞はよしよしと言いながら翔を撫でた。


「(ボディタッチやめてくれ…)」

「(今日は…まぁ許すか…)」

 翔はそう思った。


「ありがとうね、大事に使う」

 舞は嬉しそうにもらった加湿器を抱きながら笑顔で言った。



「どういたしまして」

「(こんなに喜んでくれるなら、ちゃんと毎年お返しすればよかった)」


 空本は少しだけ過去の行いを悔やんだ。



12月23日―。

  

 バイトから帰宅した翔は、自分の部屋に荷物を置いて部屋着に着替えると舞に本を借りる為に部屋に向かった。

 舞の部屋をノックしてはいると机の上に昨晩プレゼントした水色のティアドロップ型の加湿器が置いてあり蒸気が出ていた。


「お疲れ~翔。この加湿器良い感じ!ありがとう」

「まだ買ってなくて良かった、これで被ってたら過失だよね。加湿だけに」

「………おもしろ…」

 舞は真顔で言った。


「もっと笑え!」

 翔が少し笑いながらそう言い、部屋を出た。

 舞はその後ろ姿を見ながら少し思い返した。



昨晩 翔が舞の部屋を訪れる数分前―。


 空本家のインターフォンが鳴った。

「はーい」

 舞はインターフォン越しに返事をする。

「宅配でーす」


 舞はそれを聞くと、玄関へ向かい荷物を受け取った。

「おー来た来た。ま自分へのプレゼントってことで」


 届いた段ボールを自分の部屋へ持って行き、荷物を開けた。

 中には通販で購入した加湿器が入っていた。涙の雫のような形をしている、いわゆるティアドロップ型というやつだ。

「水色可愛い~」

 そう言って取り出そうとした瞬間、玄関のカギを開ける音がした。

「…翔だ、そういや昨日本借りたいって言ってたっけ。あれどこにあったかな~」


 段ボールを閉じて一旦隅にやり、本棚を探しているところに翔が部屋に入ってきた。



 という事があった。

「(ほんと、好みよくわかってるんだから…さすが弟)」

 舞は心の中でそう思うと、自分で買った加湿器をしまっているクローゼットを見た。

 

「被ってても姉ちゃんは翔がくれたのを使うよ」

「あたしが買ったのは翔が一人暮らしするときにあげよう、お揃いだ」


「あたしがこんな事考えるなんてな~」

「大人になったな…」


 窓を少し開けると、冷たくて気持ちの良い風が入ってきた。

 だけど、心は温かい。それは家族と自分の成長を肌で感じたからだった。






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