第13話:Limit 90
今年のクリスマスは平日であり、数年に一度の寒波が来るという予報もあった。恐らく大半の人は、25日の夜は家で過ごすだろう。
「25日はバイトだから俺は外にいるけどね」
翔は日曜日の夕方、自宅のリビングのソファで謎の優越感に浸っていた。スマホのアプリで何度もカレンダーを見ていた。
「(いつもの感じでいけば…ここと、ここ……あと……)」
画面をタップするように何かを数えていた。
「…林さんは25日シフト入ってるのかな……」
ついそんな声が漏れてしまった。慌てて振り向くが誰もいないダイニングテーブルの方を見て冷静になった。
「(…母さんと父さん今日遅くなるって言ってたな)」
翔が安堵して息を一回吐き一言言った。
「…いかんいかん…ストーカーみたいだな俺…」
そう呟いて、前を向くとニヤニヤとした舞が目の前にいた。
「ぅわあ!」
翔はあまりの驚きに情けない声が出た。
「誰さんがシフト入ってないって〜?」
何かを企むように舞は聞いた。
「…舞には関係ない」
そう言うと舞は翔の隣に座り、身体をくっつけた。翔の顔を覗き込むようにして舞は、圧をかけるようにしてもう一度尋ねた。
「誰さんがシフト入ってないって?ストーカー君」
ニヤリと笑う舞と、翔は見つめ合い続けた。
「(…逸らしたら負けだ、言わないといけなくなる)」
「(これは姉貴が仕掛けた勝負だ…勝たなければ…)
翔はこれを勝負だと思い込み、だんまりを決め込む事にした。
「……あっ」
舞はそう言うと、おもむろに立ち上がると二階へ上がっていった。
「…勝った!!」
ガッツポーズをしている翔に舞は話かけた。
「…何してんの……?」
翔は焦りながら返した。
「…べっ……別に…」
「(戻るの早…)」
「はいこれ」
舞は後ろに隠していた、ラッピングされた袋を翔に手渡した。
「…これは…?」
翔はそう聞きながらも、恐る恐る受け取った。
「クリスマスプレゼント。ねーちゃん24日も25日も家におらんからさ。先に渡しとこって思って」
そう言うと翔に近づいて耳元でこう言った。
「メリークリスマス、翔」
「……ばっ…」
言われ慣れてない翔は顔を赤くし二階へ上がった。
「茜の弟の気持ちが分かる気がする…」
そう呟きながら自分の部屋へ入った。
プレゼントを一旦机の上に置き、ベッドに座った。ベッドからプレゼントを眺めて少し考えた。
「(姉貴は毎年くれるけど…俺なんかあげたことあったっけ…?)」
「(……さすがにあるだろ…思い出せ…)」
翔はベッドに腰掛けた状態から後ろに倒れ込み考えた。
「…無い……」
そう呟くとまた少し考えた。
「俺はプレゼントをあげないのに、なんで姉貴は俺にくれるんだろ…」
「今年はあげようか…」
「……これもいわゆる変化というやつなのだろうか」
翔はベッドから起き上がると、机の上に置いたプレゼントに手を伸ばした。
開けると、おしゃれな黒色のチェック柄のマフラーが入っていた。
首に巻いてみた。温かさと共に少し舞に対する申し訳なさを感じた。
翔は慌てながら、もう一度スマホでカレンダーを確認した。
「…今日が22だろ…。」
「……24と25いないなら今日か明日しか無くね…?」
翔は少し焦りながら自分のバイトのシフトを確認した。
________
・23日 出勤
・24日 出勤
・25日 出勤
________
翔はベッドに一度座り、絶望した。
「…買いに行くなら今日か…」
「まだ18時だ…落ち着け」
「………いや…やばくね……?」
翔は立ち上がり一度マフラーを外し、アウターを着た。もう一度マフラーを巻いて荷物を持ち、階段を駆け降りた。
「舞、ちょっと用事思い出したから出てくる!」
「へーい、気をつけてー」
翔は靴を履き、家を飛び出した。
舞はあげたばかりのマフラーを巻いて出ていく翔に笑顔になった。
「かわいいなー、もー」
家を出た翔はおもむろに走り出した。翔の住む街は田舎で、そこらに雑貨屋や服屋がある訳ではない。無論ショッピングセンターはあるが、売っているものは知れている。そんな感じだ。
「…家を飛び出したは良いけど…何を買ったら良いんだ……?」
翔は走っていた足を一度止め、スマホを取り出した。
「…舞に…欲しい物を聞こうか……」
舞のLINEを開き「何か欲しいものある?」と文字を打って、少し考えた。
「…サプライズの方が喜ぶか……」
打っていた文字を全て消し、ブラウザページを開いた。
[姉 大学生 クリスマスプレゼント]
[姉弟 プレゼント]
[女性 大学生 喜ぶもの]
[弟から姉 プレゼント]
翔はみるみる冷えていく指で一生懸命調べた。出てくるのは『姉へのおすすめプレゼント◯選」のような記事ばかりで内容も似たり寄ったりだった。
「……困ったな…」
雪が降り出してきて、翔は頭を抱えて悩んだ。そして一つ思いついた。
「…林さんに聞いてみるか……」
寒さに凍える翔は林にLINEを入れた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
同時刻、林は自宅のリビングにいた。バイトのシフトとカレンダーを照らし合わせていた。すると、LINEにメッセージが二件入ったのに気付いた。
アプリを開くと最新の通知の欄には空本がいた。
「…?」
林は少し首を傾げ、空本とのトークページを開いた。
18:33 Soramoto [林さん今日バイト?]
18:33 Soramoto [話したいことがあるんだけど]
林はこの文面を見て、心臓の鼓動が早くなるのに気付いた。
「…私…何かしたかな……?」
「…あ、ダメだ…また悪い方に考えてる…」
林は胸に手をあて、一呼吸おいて考えた。
「(バイトの事とかかな…?)」
「(…それならLINEで言うかな…)」
「(じ…じゃあ…家族の事とか、友達の事とかの相談…?)」
「(…それもLINEで言うか…)」
「(………告白…?)」
「いやいやいや、ないない」
水からあがった犬のようにぶんぶんと首を振って否定した。
「私がそんな高望みしちゃダメ…って知ってる」
そう呟いて、林はスマホを置いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
空本は暫く待っていたが返信は無い。現在いるところは住宅しかなく、寒さに耐えきれなくなってきた為、一度家に帰ろうと振り返って歩き出した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
林は机に置いたスマホを見て思った。
「どうしよう…私が何かして怒らせてる…とかだったら」
「無視なんてできないし…」
そう小さく困ったように言うと、林はスマホを手に取り空本に通話をかけた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
空本が家に向かって歩いていると、スマホに着信が入った。メッセージアプリのLINEで通話が来ている。相手は林だった。
すぐに通話を取った。
「もしもし、急にごめん…」
「もしもし。どうしたの?」
空本は林の返事を聞いて悟った。
「(…なんかいつもと違う…?)」
一瞬層思ったが続けた。
「…あ、えっと、今から会えたりしない…?」
「(……え、俺の今の誘い方キモくね?)」
林は困惑したように返事をした。
「…え?良いけど…」
「(…林さん引いてね…?)」
空本はそう思ったが、時間が無いため続けた。
「とりあえず林さんの家行くから待ってて。着いたらまた連絡する」
そう言うと通話を切り、走り出した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
林が返事をしようとしたら、もう既に通話は切れていた。
「…何なんだろ…やっぱ私の事かな…」
林は少し落ち込みながら、部屋着から着替えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
空本は記憶を辿り、林の自宅へ向かっていた。走りながら考え事をしていた。
「…引かれたよな……キモさは確かに一級品だった」
「林さんが一緒に行ってくれたら助かるんだけど…」
「怖がらせてしまって…俺の罪はマリアナ海溝よりも深いな…」
「…話聞いて貰ったら、一人で行くか…」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
林がそわそわと家で待ってるとLINEにメッセージが来た。
空本からだった。
19:07 Soramoto [ついた。出てこれる?]
林はさっきよりも上がる心拍数を手で宥める様に胸を撫でた。
玄関のドアノブに手をかけたところで、深呼吸をして扉を開けた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
空本は林の自宅前に到着後、LINEを入れて待っていた。
玄関の扉が開くのに気付き、そちらに目をやった。中からコートを羽織った林が出てきた。空本はそんな林に手を挙げてこう言った。
「…林さん、ごめん」
「……ううん」
そう元気なく返す林に空本は心の中で思った。
「(…やっぱ引いちゃってるか…)」
「…実は」
空本がそこまで言いかけたところで林が口を開いて言った。
「あのさ…それって……」
林は話すの一旦辞めて考えた。
「(…私の事?なんて言わない方がいっか…)」
「…いや、大丈夫。ごめん続けて」
空本は何か引っ掛かりを感じ、林に聞いた。
「え…、聞こうか?」
林は軽く首を振り言った。
「ううん、大丈夫。空本くんの話したい事って?」
空本はそう聞かれ、事情を説明し始めた。
「あのさ…俺、姉がいるんだけど…」
「うん」
「…毎年さ、舞……えっ…と、姉ちゃんは俺にクリスマスプレゼントをくれるんだけど…」
「うん」
「俺は一回もあげたことなくて…でも、今年は何かあげたいなって思ったんだけど…何あげていいか分かんなくて。本人にも聞けないし…」
「うん」
「聞いたらすぐ帰るから、女性が貰ったら嬉しい物って聞けないかなって」
一生懸命説明してくれる空本の声を聞き、林は思った。
「(…私じゃない…良かった…。にしてもほんと優しいなぁ)」
「(そういうとこ、すきなんだよな)」
「(……何考えてんの私…?別に…人としてすきなだけ…!)」
林は首をぶんぶんと振った。
「…林さん…?」
空本は首を振り続ける林に問いかけた。
「空本くん、お邪魔じゃなければ一緒に行こ?」
林はそう伝えた。
「…良いの?」
「うんっ!」
空本は不安気に聞くと笑顔で林は頷いた。
「で、どこに行こう?」
空本がスマホの地図アプリを開きながら聞くと、林は即答した。
「あれ、今?」
空本は慌てて言った。
「ご、ごめん言ってなかったね。姉ちゃん24日も25日も家に居なくて、俺明日の23日バイトだからさ。今日しかなくて…」
「…厳しいかな?」
林はこの質問にも即答した。
「大丈夫!行こっか」
笑顔で優しく言う林に空本はお礼を言い、歩き始めた。
「駅を超えたとこのモールなら21時までやってるかな…2階なら雑貨屋も服屋も本屋もあるし」
林がそう言うと、空本はその案に乗った。
――――現在時刻19:30 閉店まで 残り90分
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