第12話:仲良し姉弟×2


 週末―。


 空本はいつもバイトへ行く時に利用する最寄りの須田駅すだえきの近くにあるカフェにいた。


 雪のパラつく窓をボーっと肘をつきながら眺めていた。

 空本の座る席の向かいには茜が座っている。


「このケーキ美味しーね!」

「…そうか…」

「イチゴ好きー!」

「…そうか……」

「空本君のショートケーキのイチゴもらうね!」

「…そうか……」

「わーい!」


 空本は茜が言葉を発したら自動的に相槌を打つBOTモードになっていた。


 茜は嬉しそうに空本のケーキから、祭壇に供えられた供物の様に丁寧にトッピングされたイチゴを奪い去った。

 そのさまは食べ放題のバイキングで当然のように自身の皿へ運ぶとも言え、西ヨーロッパにいた海賊のヴァイキングのように略奪をしたとも言え、二重バイキング構造になってることに空本は気付いた。


「(…あれだな…茜は…子供みたいだな…)」

「(イチゴの一つくらい許すか…)


 そう思って小さくため息をついて、ケーキを食べようと自身の皿を見ると、スポンジ部分も無くなっていた。

 皿の上に残されていたのは、砂漠のオアシスのように佇む一つのミントだった。


「(…イラッ)」

 イラつきながらも空本は、ミントの花言葉を調べた。

【ミントの花言葉:美徳】

 空本は続けて美徳の意味を調べた。

【美徳→道徳に適った立派な行い。】


「(…イラッ)」

 怒りの感情が増しただけだった。



 ケーキを食べて満足そうにオレンジジュースを飲む茜を、空本は怒ることができなかった。


「(まぁ…いいけど…)」


「で…今日なんで呼ばれたの…?俺…」


 空本が聞くと、ジュースを飲む手を止め茜は話した。

「…前言ってたやつ…」

 寂しそうな顔をして呟いた。


 空本は再度小さくため息をつくと、こう返した。

「…弟が名前で呼んでくれないってやつね」

「で、姉貴がいる俺に話を聞きたいと」


「そう…」

 力なく呟く茜に空本は思ってることを伝えた。

「…姉貴いるけど、俺は名前で呼んでないよ…?だからすごく参考にならないと思う」



「……それでもいいから」

 そう消えそうな声で言うと、茜は立ち上がった。

「…ちょっと待ってて」

 そう言い、どこかへ歩き出した。


「(…トイレで泣いてくるのか…茜なりに辛いんだろうな…)」


 窓の方を眺め考えを改めていた空本に茜は声をかけた。


「…お待たせ」


 振り向くと茜はチョコレートケーキを持って帰ってきた。

「泣いてないんかい!」

 ツッコミを入れた。


 美味しそうにチョコレートケーキを頬張る茜に空本は聞いた。

「……で、弟君いくつ?」

「今年中二」

「…多分だけど…恥ずかしいんじゃない?」

 空本は真剣な顔で言った。


「…でもついこの前までは茜って呼んでくれてたのに…」


「その年頃だからな…色々あるんだろ」

「どんな弟でも受け入れてあげるのが…家族じゃない…かな」

「……って思う…」


「そっか…そうだよね!」

 茜は先程よりも表情が明るくなった。そんな茜に空本は聞いた。


「…ちなみに今何て呼ばれてるの?」

「……松本さんって呼ばれてる!」

「……!?」

「(距離……置かれすぎじゃね…?)」

「(何したら姉弟に苗字で呼ばれんだよ)」

 驚いた空本は、心の中でツッコミを入れた。


 茜は明るく笑顔でフォークを握りしめながら言った。

「でもどんな弟でも受け入れるのが家族だもんね!!ありがとう空本君!!」


「……あ…う…うん……そうね…」

「あのさ…」

 気になることを空本は聞いた。


「…弟君に最近なんかした?」

「怒らせたり…とか、イジメたりとか」


 口をもぐもぐさせながら、茜は少し考えるように上の方を見た。

 目を瞑り、少し考えていた。すると思い出したのか目をパチリと開けこう言った。


「この前誕生日だったから、嬉しくて家で二人の時抱き着いたくらいかなぁ」

「あ…あぁ……(嫌な人は嫌だろうな…)」

「…もしかしたらそれが原因かもね」

 小さい声で空本は言った。


「それは無いよー!」

 口をもぐもぐとさせながら言う茜に空本は聞いた。

「なんで言い切れるの?」


「だって…全然嫌がってなかったもん!動こうとしなかったし!」

「いや…それ…嫌すぎて抵抗もできなかったんじゃ…」

 空本がそう言うと、茜は目に涙を浮かべた。

「だ、だって!昔はそんなの普通で…!」


 空本は心の中で思った。

「(…これはこの前俺が思ったのに近しいのかな。これは茜が変われず幼いだけなのか、弟が成長したのか…。)」


 涙を浮かべている茜に、空本は優しい声で語りかけた。

「あのさ…今がずっと続けばいいのに…と思う人はたくさんいると思う。多分、茜もそうなんじゃないかな」

「…当たり前だけどそれは無理な話だから……できることって、その続いて欲しい今を大事にすること…なんじゃないかな」

「けど弟君はもう既に、少しずつ変わってきているんだ。じゃあ、お姉ちゃんである茜は負けずに頑張って変わらないと。なんて俺は言わない」

「成長のスピードなんて人それぞれだから、茜は茜で良いと思う。けど、変わっていく弟君の気持ちを受け入れてあげるのも大事じゃない…かな」


 茜は大粒の涙を流して話を聞いていた。


 周りにいた客は、別れ話だと思ったのか空本に冷たい視線を送っていた。

 そんな周りの視線に空本は思った。

「(どうとでも勝手に捉えてくれ。茜は多分これで理解できたと思う。それの代償が俺の名誉が傷つくくらいなら安いもんだ)」

「(……あれ…俺……今、かっこいい?)」

「(モテ期来ちゃうこれ?フィーバータイム入っちゃう?)」


 勝手に1人でドヤ顔をしている空本の後ろから声が聞こえた。

「あれ、茜?」


 涙を流す茜に声をかける人物が空本の後ろにいた。振り向くと知らない男の子が立っていた。

「…誰?」

 空本の質問に男の子は即答した。


「茜の弟です」

 頭を搔きながらそう答えた。


「茜って名前呼んでるやん!」

 空本は茜にツッコミを入れた。

 茜は目をガラス玉のようにうるうるさせながら弟に聞いた。

「名前…何で…?」


 弟は不思議そうに返す。

「何が……?」


 空本は弟を自分の横に座らせると事情を説明した。


「茜……お姉ちゃんが、最近弟の様子が変だと。ずっと自分の事、茜って呼んでくれてたのに最近は松本さんって呼ぶって…」

 弟はそれを聞き不思議そうにした。

「ずっと茜って言ってますけど…?」


 空本は茜を睨んだ。

「…い…いやほんとに…!嘘じゃないって!」

 茜は必死に弁解する。すると、弟が口を開いた。

「あ…確かに一回だけ苗字で呼んだかも」

 茜は自慢げに言った。

「ほらね~!」

「誇ることでは無い」

 空本はツッコミを入れた。


「確かあれ、茜が抱き着いてくるから。父さんも母さんも家に居なくて二人の時に」

「ちょっと怖くて反射的に苗字で呼んじゃったんだよ」

「でもそれ以外は茜って呼んでるよ」


「あれー、じゃあウチの勘違いかー!ごめん空本君!」

「すいません…なんかお騒がせしたみたいで」


「あ…あぁ…構わないよ……」

「(めっちゃ良い事言ったつもりが…恥ず……)」

 空本は疲れ切っていたが、無事に解決できたことに少し安心した。


「じゃあ、家族水入らずなんで帰るわ」

 空本は荷物を持ち、立ち上がり帰ろうとした。

「すいません、ご迷惑おかけして」

「空本君ごめーん!」

 2人はそれぞれそう空本に言うと話し始めた。

「だいたい、俺は茜大好きなんだからずっと苗字でなんて呼ばないよ」

 茜は目を輝かせて弟に抱き着いた。

「………松本さん…それは絶対今は駄目だと思うっす…」

 弟は茜の事を再度苗字にさん付けで呼んだ。


 茜は空本を追いかけた。

「そーらーもーとーくーん!また苗字で呼ばれた~!

!たすけてー!」


「もう知らん!」

 空本はそんな茜を一蹴した。


「(…本当に血繋がった姉弟……?)」

「(仲良過ぎない…?)」

 空本は疑問に思ったがそれ以上は触れる事なく、家へ帰った。 




 家に帰るとリビングで姉がスマホを見ていた。黒髪に赤色のメッシュが入った姉は19歳で大学生活を送りながらバンドとバイトを掛け持っている。


「(今俺が姉貴の名前を下の名前で呼んだらなんて言うんだろう…)」

「ね…ねぇ…まい

 空本はどんな反応をするか緊張しながら言った。


 舞は翔の方を見ると、近づいた。そしておでこをくっつけてきた。

「…な……」

「熱あるんかなって…普段名前で呼ばんから」

「い…いや別になんとなく」

「そ」

 そういうと舞はソファに戻りスマホをいじり始めた。

「(あれ、嫌じゃないんだ…)」




「は~!?きっしょ!お姉様の名前を気安く呼ぶな!足をお舐め!!」

 翔の予想ではこんな反応が返ってくると思っていた為、拍子抜けした。


 翔は温かいカフェオレを2つ入れると、舞の横に座って渡した。

「良いの?ありがと」

 舞はそう言うとマグカップを受け取って一口飲んだ。


「…何か良いことあった?」

 舞がそう聞くと翔は話した。

「…いやクラスの子がさ、弟が最近変わったって言ってて相談に乗ってた」

「俺は相談してきた子に、君は変わらなくてもいいけど弟の変化は受け入れてあげるのが家族ってアドバイスしたんだけど…」

「俺が下の名前で急に呼び出すっていう変化が起きたら姉貴ならどんな反応するかなって思ってやってみた」


「そしたら?」

 舞はニヤニヤしながら聞いた。


「普通に受け入れてくれた」

 翔がそう返すと、舞はこう言った。

「姉弟だからね、思考は似てるさ」

「何があっても翔は私の弟だよ、それは一生変わらない」

「…だから大丈夫だよ」


 そう言うと舞はハグをしようとした。

「それは…ちょっと違う…」

 翔はそう返すと、舞は少しむくれた様子でカフェオレを飲んだ。


 

 




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