第9話:行く末エトセトラ
「……白沙流さんすごい剣幕で俺を連れ出したから…」
「仲沢とかもついてきたんじゃない?」
夕菜は顔を真っ赤にしていた。
「キ…キキ……キ……キキ………キキキキキキス…!??何言ってんのよッ!!」
再度平手で空本の背中を引っ叩いた。
「フギャッ」
モブよりももっと階級が下のザコキャラ同然の様な悲鳴を小さくあげると必死に言った。
「……白沙流さん…も……もうちょっと弱く…やろうか……」
ボロボロの空本をお構いなしに夕菜は続ける。
「…あ……あたし達がキ……キスってどういう事よっ!」
もう一度空本の肩を揺さぶった。
「ほら、今日のお昼………思い出して…」
空本がそう言うと、夕菜は深く考えるようなポーズを暫くした。
「………あー!!」
「……そういうこと…?」
「残念ながら…」
空本は悲しそうに頷いた。
「な……なんであたしが空本と…キ…キスなんか…!」
「あたしは…仲沢くん一筋なんだからねっ!」
ドヤ顔で語った。
「…あれ……?呼び方が空本君から呼び捨てに変わったような……。ナメられてきた………?」
「…まぁ、それはいいんだけど、とにかく誤解を解かないと!」
空本は夕菜に訴えかけた。
「で…でもどうしたら…!」
夕菜が焦りながら聞くと、空本が驚いた顔をしていた。
「…そ、空本……?」
夕菜がそう聞くと、空本は立ち上がり夕菜の手を取り走り出した。
「え?」
「…ち、ちょ……空本!!」
「やばい!終電!やばい!やばい!」
田舎の終電の早さは陸の最速動物であるチーターすらも、あまりの早さに白旗をガン振りすると言われている。
「…ボキャ貧……」
夕菜は手を引かれながら、そうツッコミを入れた。
「…ち…ちょ…空本……」
「え?質問は後にして!」
「…い、いや自分で走れるから…!手…離しなさいよ!」
片方の手で空本の背中を叩いた。
「んにゃっ!」
お馴染みのモブ声を出すと手を離し、全力で走った。
「追いついてよ!もう電車くるから!」
空本は昔から足が速く、帰宅部で運動に自信の無い夕菜はみるみる離されていった。
あまりに離されていく距離に夕菜は叫んだ。
「待ちなさいよ!」
「だって手離せって」
不思議そうに空本が言った。
「……手は離せって言ったけど……………」
「………距離を離せとは言ってなーい!!」
夕菜はそう叫んだ。
「(やれやれ……)」
空本はそれを聞き止まり、夕菜の近くまで戻るとおもむろにしゃがんだ。
「じゃあ…はい……」
そう言うと夕菜をおんぶする体勢になった。
「は?」
「は?って。手も触らず距離を離すなって言ったらこれしかないでしょ」
空本は真顔で返した。
「(…何……こいつ天然なの………?)」
夕菜は心の中で絶句した。
「同じペースで走ってくれたらいいじゃん」
夕菜がそう説得しようとすると駅の方から『2番線に最終電車が参ります。危ないので黄色い線の内側まで……』と聞こえた。
「ごめん。許して」
空本はアナウンスを聞くと、夕菜をお姫様抱っこで抱えて走り出した。夕菜は顔を真っ赤にして何も喋れなくなっていた。
2人は終電に無事間に合った。
誰も居ない電車の中で空本は夕菜に引っ叩かれた。
「…軽々しいボディタッチで勘違いすんのは男の子だけじゃないのよ」
夕菜は引っ叩いた後に、そう言った。
「じゃあとりあえず明日弁明しようか」
電車内でボロボロになった空本が真顔で言った。
「う……うん……」
夕菜は小さくそう呟き、心の中で考え事をした。
「(…そもそも……。空本と詩花はどういう関係なのかしら……?)」
「(公園で見られた時は……詩花に誤解されないように相談してただけって言ったのに…)」
「(……そういえばさっき…詩花から午前以降既読が無いみたいなこと言ってたわよね……)」
「…空本って詩花とどういう関係なの……?既読がなんとかって言ってたし」
「バイトが一緒でね。今日林さん出勤のはずなのに来てなかったから連絡してたんだよね」
空本は少し黙り込んでからそう答えた。
「…ふーん……」
夕菜はそれを聞き、少しだけ納得した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
最寄駅に到着した。少し歩きながら空本は当たり前のように夕菜に言った。
「暗いし送っていくよ」
夕菜は少し驚いた顔をした後、真顔に戻りこう返した。
「――……そういうの皆に言うのやめた方がいいと思う」
「………じゃ俺はここで」
空本は断られるとそう返し自宅の方へと歩き始めた。
夕菜が自分の家の方の道を見ると真っ暗でどこか不気味だった。バイトも部活もやってない夕菜は普段この時間に帰ることがない為、怖気付いた。
「空本!」
夕菜が大きな声で呼び止めて、こう続けた。
「…今日だけはあたしに言っていいわよ」
少し照れながらそう言うと、空本は言い返した。
「随分上から目線だね。俺より背低いけど」
夕菜に叩かれた後に、家に送り届けた。道中は無言だった。
「じゃ、あたしここだから」
夕菜は自宅を指差しながら言った。
「そ。お疲れ」
空本は自宅へ帰ろうと、駅の方へ歩き出した。
夕菜がそれを見て、少し焦りながらこう言った。
「…空本……家、逆だったの……?」
「え?ああ、まあ」
夕菜は反省する様に少し俯いた後、顔をあげて言った。
「……あ、あのっ……。そ…空本…。」
「え?」
空本が振り返ると夕菜は照れながら返した。
「今日は、ありがと。明日またよろしく」
「おう」
空本は少しだけ笑って返し、歩き始めた。
次の日の朝―。
既に空本の教室にはクラスメイトの八割くらいが来ていた。
教室に入り、荷物を持ったまま窓側の席の凛音に空本は声をかけた。
「凛音!この前はお見舞いありがとう、昨日言い忘れててごめん」
凛音は空本を見上げ、不思議そうに首を傾げた。
「え…っとそれ、僕じゃないよ……?」
少し笑いながら言った。
「えっ…でも…お見舞い行くって連絡くれてなかった……?」
「送ったけど、返事がなかったし寝てると思ってたから邪魔しちゃ悪いなーって」「だから行ってないよ?」
屈託の無い笑顔で凛音は言った。空本は必死に言い返した。
「……でも!可愛らしい男の子が来てたって母さんが………」
「…はっ……!!」
「(あの時、母さんは『可愛らしい子』が来たとしか言ってない……)」
「(勝手に俺が凛音と決めつけて『男の子だよ』って言ったのか…………)」
「じ……じゃあお見舞い来てくれたのって……」
周りを見渡すと凛音の斜め後ろに座ってた林と目があった。林は目が合うとすぐにほっぺたを膨らまして机に伏せた。
空本は口に右手をあてて驚いた。
「……は…林さん……!?」
空本はすぐ謝罪をしようと思い近付いた。
「あ…あの…」
そう言ったところでホームルーム開始のチャイムが鳴り響いた。
空本は仕方なく自分の席に戻った。
林の方に視線を一瞬向けると机に伏せたままだった。ホームルーム中に空本は林にLINEを送った。
08:41 Soramoto[昼休み、写真部の部室来れない?]
林の方に視線をやるとうつ伏せのまま机と体の隙間からスマホを見てすぐしまっていたのが見えた。
空本はLINEを確認すると既読のマークがついておらず「通知だけ見て開かなかったパターンか」と頭を悩ませた。
他の方法を考えてるとスマホにバイブレーションで通知が一つきた。
08:46 Utaka.H[なんで?]
そう書かれてあった。空本は文面から伝わる何かしらの感情に手が震えた。喜怒哀楽の中で1つ選択をするならば『怒』だ。
08:47 Soramoto[話したいことがある]
既読はすぐについたが、返事は来なかった。
昼休み―。
空本はすぐに写真部の部室へ向かった。
来ないと思っていたが、自分で言いだした手前行かない訳にはいかなかった。部室に到着し緊張しながら扉を開けると、壁にもたれかかり腕を組んでいる仲沢がいた。
「おっ、翔来t」
仲沢が口を開き喋り始めたところでご自慢の反射神経で空本は扉を閉めた。
後ろから
「私が呼んだの」
「何で呼んだの…!?てか何でいるの!!?林さんから聞いたの!??また話ややこしくして!!!」
空本はいつものお返しと言わんばかりに夕菜の肩を掴み、ぐにゃぐにゃと前後に揺らして質問攻めをした。
「だってみんなで話、/¢%#√」
夕菜は言葉にならない言葉を発した。
すると、横から急に現れた林が言った。
「夕菜は私が呼んだの」
「…え……!林さん!」
空本は林が来てくれたことと、その発言に驚き、夕菜を掴んでいた手を離した。夕菜は目を回し、崩れ落ちた。
「ご、ごめん。大丈夫?」
空本がしゃがみこんで、夕菜の顔を覗き込んだ。
「あ……」
林と仲沢が後ろで見ていたその光景に、顔を見合わせキスは勘違いだったことに気付いた。
5分後―。
写真部の部室で仲沢と林が並んだイスに座り、その前にスピーチをするかのように空本と夕菜が立っていた。
「昨日はとんでもない誤解を招いて大変申し訳ありませんでした」
「でした。」
空本の謝罪に夕菜が続き、2人で頭を下げた。
「いやいや、勝手に勘違いしたこっちも悪いしさ、なぁ」
仲沢がそう言い、林の方を見た。
「う、うん。そう。こっちこそごめんなさい…」
「…わ…悪かった……」
仲沢が間を置いて切り出した。
「正直俺は」
林・夕菜・空本は仲沢の方を振り向いた。
「寝取られたと思った」
林は顔を赤くし横を向いた。夕菜は顔を真っ赤にし倒れそうになっていた。
「寝取ったっけ?」
空本が何食わぬ顔で夕菜の方を見た。
「寝…寝取……ちがーう!!」
空本を両手で思い切り押して仲沢の方へ走った。
押された空本は周りの景色がスローモーションに見え、過去の記憶が走馬灯のように瞼の裏に流れた。
そしてぶっ倒れた。
「…昨日怖かった……」
「わ…
謝りながら仲沢は夕菜の頭を撫でた。夕菜は故障したように顔を真っ赤にし倒れた。
「痛たたた……」
「(こんなんばっか…)」
空本はそう心の中で言った。
林は空本を見つめ切り出した。
「空本くん…ごめんなさい……」
「いや、別に謝らなくても」
「俺は誤解が解ければそれで良かったから」
空本が冷静にそう返すと、林は申し訳なさと彼の優しさに泣きそうになった。泣き顔を皆に見られたくなかった為、部室を走って出た。
「……え…俺またなんか言った………?」
同日夕方―。
林と空本がバイトをしていると、入口の鈴が鳴り振り向くと夕菜と仲沢が立っていた。
「翔〜、似合ってんねぇ」
「似合ってんねぇ〜」
仲沢の言葉に夕菜が続けた。2人ともニヤニヤしながらいじってきた。
「どうなるんだ…俺の高校生活……」
空本は天を仰ぎ言った。
林と糸上、マスターはそれを見て笑っていた。
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