第8話:誤解とキスと

 同日―。


 今日は空本も林も喫茶ブローディアでのバイトだ。

 林を1人にすると危ないことを気掛かりにしている空本は、一緒に向かおうとしていた。ホームルーム終了後、教室を見渡すと林は既に居なかった。

 空本は林にLINEをした。


16:17 Soramoto[林さん、もうブローディア向かってるの?]

 

 そう送信すると、自身も学校を出て喫茶ブローディアへ向かった。


 電車に揺られ浮須駅に着く頃に、もう一度スマホを手に取り林からの返信が来てないか確認した。連絡は来ておらずそれどころか既読すらもついていなかった。


 店に入ると入ってすぐのレジにいた糸上が笑顔で聞いてきた。

「お久~。空本君、大丈夫?」

「ええ、お陰様で」


 直後スタッフルームからマスターであるふせ まさるが出てきた。


「…この前はすいませんでした」

 空本が頭を下げ、伝えた。


「いいよいいよ。大丈夫」

 手をぶんぶん振りながら優しく言うマスターは白髪でオールバックの渋い雰囲気だ。身長が182cmもあり、がっちりとした体格から繰り出される紳士的な振る舞いと低音のボイスはまるでASMRのように心地よく眠気がくる。


 そんなマスターは続けて少し笑いながら言った。

「あれだねぇ…空本くんの風邪が詩花ちゃんに移っちゃたんだねぇ」


 空本は不思議に思い2人に聞いた。

「…あれ、林さん今日休みなんですか?」


 すると糸上が首を傾げながら聞いてきた。

「今日は体調悪いってさっき連絡あったけど…」

「学校休んでたんじゃないの?」



「…あ……あぁそうでした…!…着替えてきまーす」

 察したように、空本はそう言うとスタッフルームに何食わぬ顔で入っていった。

「え、うん」


「(……危ねぇ………)」

「(それにしても……体調…悪そうだったかな……?)」

 スタッフルームに入って、ロッカーにもたれると腕を組みながら今日の林を想い出した。


 着替え終わって空本が戻ってくると、丁度入れ替わりで糸上は勤務終了の時間だった。

「じゃ。おっさき〜!お疲れ様でしたー!」


「はーい、お疲れ」

「(やたら機嫌良いな)…お疲れ様です」

 マスターと空本はそれぞれ返事を返した。


 もうすぐ閉店時刻―。


 1人で来ていたお客さんがお会計を済まし帰っていった。

 空本はふと疑問に思っていたことをマスターに聞いてみた。

「…あの…マスター……」

「ん?」

「…大したことじゃないんですけど。…林さんの面接を僕にやらせたのって…何でです……?」



 マスターは一瞬、眉間にシワをよせて黙り込んだ。


 そして重い口を開くとこう言った。

「……………空本くん……」

「……それは………」


 含み、更に間を持たせて言った。


「……………なんとなくだよ」


 空本は目を丸くしながら返す。

「……え…」

 もう一度。

「え……?」


 マスターは不思議そうに一文字。

「え?」


 空本はもう一度言った。

「え?」


 マスターも言った。

「え?」


 二人で同時に言った。

「「え?」」


「(…なにこの生産性が1mmも無いやりとり……)」



「……いや…なんか意味があるのかなーと……」 

 空本のその言葉に対しマスターは笑顔で親指を立ててこう返した。

「まぁ年齢近いしいいかなって!」


 きゅぴん。という効果音が聞こえた。



「(……このマスターには勝てない…)」

「そ…そうですか……」

 空本は苦笑いをしてそう返した。




 勤務終了後―。


「お疲れ様でしたー」

 マスターにそう言い店を出た。

 外は真っ暗で、冷たい風が吹いている。


 悪寒がしてスマホを見ると『8件のLI NE通話着信』『22件の新着メッセージ』という今までに無い数の通知があり、開くと夕菜からだった。


「また誰に聞いたんだ…。」

 空本はそう思いながら見てみると夕菜が騒いでいた。

 

17:09 夕菜[空本君っ!]

17:09 夕菜[赤弥くんに一緒に帰ろって言ったら断られたんだけどっ‼︎]

17:10 夕菜[なんか言ったでしょ?!]

17:17 夕菜[ 不在着信📞 ]

17:18 夕菜[ 不在着信📞 ]

17:18 夕菜[ 不在着信📞 ]

17:33 夕菜[は!や!く!既!読!つ!け!ろ!]

17:33 夕菜[ね!え!]

17:47 夕菜[ 不在着信📞 ]

17:48 夕菜[今、部室??]

17:48 夕菜[ 不在着信📞 ]

17:50 夕菜[カメラ部だったよね?]

17:59 夕菜[カメラ部の部室どこですかって先生に聞いたら写真部じゃないの?って言われた笑笑]

18:00 夕菜[いや、笑いごとじゃないんだけどっ‼︎]

18:02 夕菜[ 不在着信📞 ]

18:07 夕菜[ 不在着信📞 ]

18:16 夕菜[部室いなーい。]

18:28 夕菜[え、バイトとか?]

18:30 夕菜[ 不在着信📞 ]

18:49 夕菜[陸上部まで行って間海君にバイト先聞いた‼︎喫茶ブローディアってどこよ!蹴る!]

19:01 夕菜[なんで空本君、隣町でバイトしてるの?]

19:04 夕菜[もう何時に終わんのよ!]

19:08 夕菜[働きすぎっ!蹴る!!!]

19:08 夕菜[スタンプ(柴犬が威嚇してる)]

19:09 夕菜[スタンプ(柴犬が威嚇してる)]

19:09 夕菜[スタンプ(柴犬が威嚇してる)]

19:09 夕菜[スタンプ(柴犬が威嚇してる)]

19:09 夕菜[スタンプ(柴犬が泣いている)]

19:10 夕菜[スタンプ(柴犬が威嚇してる)]

19:10 夕菜[スタンプ(柴犬が威嚇してる)]



 空本は愕然とした。

「……俺にどうしろと…」

「……林さんも…なんか嘘ついて今日バイト来てないし………」



 返事に悩みながら歩いていると駅の方から誰かが走ってくる音がした。

「………ぐん゛〜〜……!」

 

 バイト中に世界が荒廃し、ゾンビが蔓延る世界になってしまったのかと察知した空本は身構えながらその場に止まった。


 ゾンビの正体は夕菜だった。

「……ぞ…ぞら゛も゛どぐん〜〜‼︎‼︎」

 暗闇をそう叫びながら駆けてくるその姿は最早ゾンビと言っても過言ではなかった。


「ゾ……ゾンビ…!」

 空本のそのセリフに夕菜は蹴りを入れた。

「……だ…誰がゾンビよ…!」

「…みぎゃっ……!」


 蹴りを入れられた空本は、聞いた。

「21時まわってるよ?」

「何でこんなとこに…?親に言ってるの?」


 夕菜は泣きそうになりながら捲し立てる。

「…親には言ってる!1回帰ったもんっ!」

「……赤弥くんが…いつもと違って……既読も未だにつかないし…空本君も全然既読つかないし……」

「……皆してあたしをイジメてるのかと思った…」


「子供みたい」

 空本は一蹴した。

 夕菜はいつものように背中を叩こうとした。


「…いや、いいや……」


 空本は身構えたが、夕菜は少し落ち込んで言った。空本はそんな夕菜を見つめて聞いた。

「仲沢の既読っていつからついてないの?」


「今日の朝は普通にきてた…」

 夕菜は不貞腐れながら言った。


 それを聞き空本はふと林のLINEを見てみた。


07:33 Utaka.H[空本くん、おはよ!今日は学校来れそう?]

07:35 Utaka.H[スタンプ(柴犬がおはようと言ってる)]

07:46 Soramoto[おはよー。今日は行けそうだよ。]

07:49 Utaka.H[無理は禁物だよ!]

08:01 Soramoto[ありがとう。]

16:17 Soramoto[林さん、もうブローディア向かってるの?]


 というやり取りで終わっていた。

「……林さんも朝以降既読ついてないな…」


 夕菜は首を傾げ、空本の袖を掴んで言った。

「…いいから空本くん何とかしなさいよっ!」

「…そんなこと言われても……」


「仲沢に電話してみたら?」   

 空本は我ながらナイスアイデアといった感じでドヤ顔で言った。


 夕菜は俯いていた。


「(あまりの良アイデアぶりに驚いてるな……)」

 引き続きドヤ顔の空本は心の中でそう思いうんうんと2回ほど頷いた。


 すると夕菜がぷるぷると身体を震わせていた。


「(ん?マナーモード?)」

 空本がそう思った瞬間だった。

 夕菜がバッと顔をあげ大きな声で言った。

「……そんな事」

「…でーきーなーいー!!」

 空本はすぐに察知し横に避けたが、その先に電柱があり止まることができず見事なタックルを決めた。

「むぎゃっ…!」

 モブの様な呻き声をあげ、しゃがみこんだ。


 夕菜はさすがに痛そうにしてる空本に申し訳なくなった。顔を近づけ覗き込み「だ、大丈夫?」と聞いた。



「……白沙流さん……あのさ………」 

 顔を上げてそれを目の前で見た空本は言った。

「この覗き込み方、あんまり人がいるところでやらない方がいいかも」


「…え?なんで……?だって痛そうにしてるから…」

 不思議そうに夕菜が聞き返す。



 空本は少し言いにくそうに口を開いた。

「……多分ね………後ろから見たら…。角度的に…キス……してるように見えるよ………」



 夕菜は、一気に顔を赤くし平手で過去最高の強さで空本の背中を引っ叩いた。


「…訴えてやる……事実を………言っただけなのに……」

 そう言い残し意識を失った。


 夕菜は空本に合掌をした。


「あっ!!!!」

 すると空本が目を開け、叫びながら起き上がった。


「何!!?」

 夕菜は驚いて聞いた。



 空本は冬なのにも関わらず、冷や汗をダラダラと流した。

「…空本君……?」


「……やべーことになってるわ…………」

 慌てた顔で夕菜に言った。


「なにっ!やばいことってなによっ!!」

 夕菜は空本の肩をぐわんぐわんと揺さぶった。

「ち…ちょ……し…白沙流さん……」


 目を回しながら空本は呟いた。

「…俺たちが……キスしてると思ったんじゃない……?」

「!?」

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