第6話:ヘタと不器用 

 夕菜は、突然の出来事に何も教えず消えてしまった空本に対してほっぺたを膨らました。渋々言うことを聞き元のベンチに座った。すると公園の入り口から誰かが歩いてきた事に気づいた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「ま、待って林さんっ...」

 走りながら言う空本の声が聞こえてるはずの林からは返事が一切無い。空は曇ってきていて、静かな住宅街に声と、走る音が鳴り響く。


「さっきっ...普通に…たまたま会っただけでっ…!」

 先程よりも大きな声で言うと林はピタッと足を止めた。空本も急な停止に驚いて止まった。

「(…はぁ…はぁ……やっと...止まってくれた...)」

 息を整えて林の後ろ姿に対して話し始める。

「…林さん、えっと……」

 そこまで口にしたところで、林は食い気味でこう放った。

「いいの、気にしないで…大丈夫だから……」


 林は振り返ると笑みを浮かべながらそう言い残しまた走り出した。

「(……何であの2人が一緒にいるの…?)」

「(あの公園で…夕菜と待ち合わせしてたのかな……)」

 心の中でそう思いながら自宅への道を走った。目のあたりに当たる風がいつもよりも冷たく感じた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「(………俺と白沙流さんに何か関係があると思ったのかな。勘違いを紐解かないといけないな…。そもそも俺と白沙流さんの関係なんて2足歩行で鼻と目と口と耳があって日本語を理解できることだけなのに。…おっと、それは失礼か。てか日本語を全て理解している日本人なんて1人もいないだろ。広辞苑ってどんだけ分厚いんだよ。……広辞苑と言えば中学ん時に載ってる単語を最初から順番に覚えようとしたことがあったな。2分でやめたけど)」

 空本は特有のスーパー長考ちょうこうモードをしながら引き返して、公園へと戻った。すると公園の中ベンチに座る夕菜の近くに誰かがいることに気づいた。暗がりでよくは見えない。

「もう…次から次へと…」

「……とはいえ変な人だったらまずいかな……」

 そう思い、その2人に近づいた。



 「翔~。お前さあ……」

 夕菜の近くにいた人物はそう言った。近づくとそこにはニヤニヤとしている仲沢が立っていた。


「空本君っ!ちゃんと否定してよ!!」

 なぜか焦っている夕菜は小さな体で必死に空本に語りかける。


「臭ぇぞ、水」

「……何その変な倒置法」

 仲沢の茶化した発言に空本はしっかりとツッコミを入れた。


「も~!ふざけてないで真面目に!!」

 夕菜の言葉を聞いた空本は仲沢に聞いた。

「で、何が水臭いって?」

「こんな可愛い彼女が居たなら言えよ~一言くらい」

 仲沢は頷きながらうんうんと言って、さらに続けた。


「さっき公園を飛び出していく翔が見えたからさ~」

「不思議に思って公園に入ったらびっくりよ。白沙流さんがいてその横にあなたのカバンがあるから~!」

「大事にしろよ、翔!」

 べらべらと喋る仲沢は最後の一言と同時に空本の背中を叩いた。


「………何これ、一昔前の昼ドラ…?」

 空本はあまりの話の拗れ方に絶望した。


「だから言ってるじゃないっ!」

 夕菜は諦めずに空本に訴える。

「相談受けてもらってたって言ってるのに信じてくれないの!なんとかしなさいよっ!」


 追い討ちをかけるように空から雨が降ってきた。まだ傘は必要無いくらいの小雨だ。それでも変わらず二人はぎゃーぎゃーと騒いでいる。その現状は空本の心を打ち砕くには容易たやすかった。


「(しんど……厄日か…これ…。もう好きにしてくれや…)」

 そこまで考えた空本は急に閃いた。

「(……………ん...?いや、待てよ)」


「空本君っ!」

 夕菜がペチッと背中を叩いて呼びかけると空本は思いだしたように話し始めた。


「…なぁ仲沢」

「な…なんだよ」

 不思議そうに返事をする仲沢に空本は続けた。

「…白沙流さんが相談あるんだってさ~。俺の代わりに受けてあげてやってよ」

 夕菜の頭に手を置き、2回軽くぽんぽんと弾ませた。


「は……?」

 夕菜は唐突な空本のボディタッチに対してと、仲沢に相談を任せたことに怒りを表した。

「(は~~?何こいつ!!なんなの!!絶対蹴る!いつか蹴ってやる!蹴る!!)」

「(しかもこの相談を仲沢くんに任せるのって本末転倒じゃない?!)」

 夕菜は空本をぎろりと睨み続けた。


「え、いやなんで俺が……」

 仲沢がそう言い返すと空本はカバンの中に入れていた折り畳み傘を2人に渡すとこう告げて公園の外へ向かって歩いて行った。

「…じゃ、俺帰るから……」


 夕菜が空本の方を見ると親指を立てて歩いて行った。

「(後は頑張れよ…じゃないのよっ!絶対蹴るから!)」

 

 夕菜と仲沢はあまりの突然の出来事に目を丸くした。

「ちょっとっ!!」

「お、おい翔っ!」

 2人はそれぞれ呼びかけたが応じず、空本は雨に濡れながら帰っていき姿が見えなくなっていった。


 残された2人は戸惑っていた。容赦なく強くなってくる雨と、変わらない距離感の仲沢と夕菜にはまだ沈黙が続いたままだった。


「あ、あのっ…」

「えっと…」


 同時に2人が声を発し、目が合うと夕菜が赤くなった顔を逸らした。


「ご、ごめん。そっちからでいいよ。何?」

 仲沢が切り出す。


「え、えっと〜。と、とりあえず寒いし帰ろうかしら」

 いつもより半音高い声でぎこちなく夕菜は返した。


「お、おう。行こっか」


 空本から授かった折りたたみ傘を仲沢が開いて夕菜と2人で入り公園から出た。


「家、どっち?」

「…あ…あっち」


 仲沢の家とは逆の方を指差しながら夕菜は答えた。


「(空本君…絶対許さない…)」

「(明日翔を問い詰めてやる……)」


 2人はそんなことを考えながら雨の中、特に会話も無く歩いてると夕菜は仲沢の左肩が濡れていることに気付いた。よく見ると傘を夕菜の方に傾けていた。

「(仲沢くん、肩濡れてる…)」

 傾けているのを直す為に傘の持ち手を触ろうとしたところ、その手が仲沢の手に触れた。


「っ!!?」


 普段から彼女が欲しいと豪語している仲沢だが、女性慣れをしていない。手が触れただけで驚いて傘を落としてしまった。

「ご、ごめんっ…」



 仲沢のその問いかけに反応をしない夕菜も男性慣れをしておらず手が触れただけで固まってしまっていた。

「…さん…?」

「し…白沙流さん…?」

 

 夕菜が目を開けると覗き込むようにこちらを見ている仲沢が目の前にいた。

「だ…大丈夫...?」

「…ど、どういたしまして」

「…?」


 意識が飛んでいた夕菜は咄嗟に出た返しが、会話の歯車と噛みあってないことに気付くのは容易よういだった。

「な、なんでもないっ…!」

「お、おう」

「(恥ずかし~!全っ部空本君のせいっ!蹴る!蹴る!)蹴る!」

「えっ!?」


 つい心の声が漏れてしまった夕菜は焦って必死に弁解した。

「け、ケールよケール!青汁をよく飲むの…!」

「(さ…さすがに誤魔化せないかしら…)」


 夕菜が動揺しながら仲沢の方をチラッと見ると目を輝かせていた。

「俺も青汁好きなんだよ!どこの青汁飲んでる?俺はさ前までCMでよくやってるやつ飲んでたんだけどこの前ドラッグストアで見つけたやつでさ~」

「(く、喰い付いた…)」

「(助かったわ...)」

「白沙流さんはどこの飲んでるの?」

「え…」


 青汁を飲んでるという嘘で免れたと思い安心していた夕菜はこの質問でまた意識を飛ばした。

「し、白沙流さん...大丈夫?」

 雨降る住宅街に仲沢の声が響いた。


「だ、大丈夫よっ」

 無事に目を覚ました夕菜は歩きながら頭の中で考えていた。


「(仲沢くんの名前...下の名前なんていうのかしら…)」

「(いきなり聞いたら変に思われちゃう…?)」

「(……べ、別にそういうんじゃないしっ)」

「(聞けるしっ)」

 

 夕菜は悶々と考えるとき表情が少し怖くなってしまう癖があり、ふと横を見た仲沢は夕菜が怒っていると勘違いし質問をする。

「…さ、寒い……?」

 仲沢が焦って聞くと夕菜はそれ以上に焦り、大きな声でこう返した。


「あ、あのっ…!」

「どうした…!?」

「名前……」

 聴力検査の様に小さな声で呟いた。

「……え?」

 それは思ったよりも難問で一回では仲沢の鼓膜まで到達しなかった。


「…名前!下の名前何て言うのっ」

「わ、わりいっ。聞こえなかった」


「アカヤだよ」

「仲沢 アカヤ」

 仲沢はそう言うと同時に夕菜の方を笑顔で見た。いかにもスポーツ男子といった感じの短い髪は金色でツーブロックが入っている。いかつめの顔つきだが優しい声だ。身長149cmの夕菜は179cmある仲沢を見上げながら顔を一気に赤くした。


「ど……どういう漢字書くの…かしら…」

 顔を逸らして夕菜は聞く。


 仲沢はそれを聞き少し間を置いてこう返した。

「……今の白沙流さんの顔の色の赤に、弥生の弥」


「…はぁ?赤弥あかやくんも赤いしっ!名前の通りじゃないっ!」

 夕菜は仲沢の上手いいじり方に背中をペチペチ叩きながらそう言い返した。

「ごめんって」

 仲沢が笑いながら言うと自分も気になっていたことを聞いた。


「白沙流さんは?名前」

「夕菜だよ」

 仲沢は漢字も聞いた。


「夕焼けの夕に…………菜切り包丁の菜よ……」

 含みのある笑顔で返した。


「ご、ごめんって!」

 仲沢は焦りながら謝った。


「夕菜かー……可愛いな…」

 つい思ったことが言葉になった仲沢は焦った。

「やべっ…」


 仲沢の背中を顔を赤くした夕菜は無言でぺちんと強めに一回叩いた。


 雨のせいで気温は低くなっていたが、2人の体温は少し上がりながら雨の中を帰っていった。


 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 空本は2人に傘を渡した後、公園を出て暗い道を雨に濡れながら家に向かっていた。


「(…林さん彼氏いるんだよなぁ……)」

「(でも俺が他の異性と話してるときの反応…違和感あるし……)」


「…なーんでこんな林さんのこと意識するようになったんだっけ」




「……あぁ…そうか………」


「…6年前あの駅で助けた子と、この前助けたあの人が重なって見えたから……か………」


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 空本は6年前に駅で助けた子に一目惚れをしていた。最初で最後になるはずだった彼女に少しの間でも自分のことを覚えていて欲しかった。


 その時、引っ越しのことで喧嘩をしていた母親にごめんなさいの意味を持つ『15本のチューリップ』を渡そうと買っていた。しかし駅でのあの事件で15本の内、14本がボロボロになってしまった。

 1本だけ綺麗に残ったチューリップは、渡すために運命が残してくれたのだと思った。


 この間のあの件で怖がってた林の顔と、あの時の事件のあの子は完璧に重なって、同じに見えた。


 自分が確信をしたとしてもそれが事実とは限らない。空本はそういった考えを持っていた。


「……多分俺からあの時のことを聞くことは無いかなー…」

「覚えてなかったら、恥ずかしいし…」

 雨の中、街頭の下で小さく呟いた。


「…何が恥ずかしいの?」


 聞き覚えのある優しい声がした。顔を上げると心配そうに傘を空本の頭の上に持ってきてくれていた林の姿がそこにはあった。

「結構独り言、言うよね。空本くんって。…ふふ……漫画の主人公みたいだね」

 そう言って少し笑った。


「…帰ったんじゃなかったの?」

 空本がそう聞くと林は恥ずかしそうに口を開いた。

「空本くんって優しいから…。折りたたみ傘とか持ってても理由つけて夕菜に貸すんじゃないかなって」

「(よ、読まれてる…)」

 

「そ……そうなんだ………」

「…ごめん、傘。雨の中ありがとう。送るよ」

 そう言うと林の傘を手に取り、自宅まで送り届けることにした。


 家に送り届けるまでの間、空本は林の彼氏について聞きたかったが勇気が出なかった。何も聞けないまま時間が経ち自宅に着いてしまった。


 家に入ろうとする林を空本は引き留めた。

「…あのさ」

 驚いて林が振り返ると、空本は下を向いていた。


「(連絡先さえ知ってれば直接じゃなくても文字で聞けるし……)」

「連絡先…交換できない?」

「い、嫌だったらいいんだけど!別に…なんかそんな…変な意味じゃなくてさ…!」

「…ほら!バイトとか学校のこととか連絡する時便利だなって……」

「でも別にほんと、嫌だったら別に良いっていうか!いや良くはないんだけど...!それは今後何とかするしっ!」


 この上なく不器用に連絡先を聞くと林は空本に聞こえないように小さく笑いながら言った。

「ふふっ………ヘタだなぁ…」


「え…?」


「いいよ、交換しよ」

 笑顔で言った。


「家まで送ってくれてありがとう。傘はまた今度返してくれたらいいからね」

「…こちらこそ、傘ありがとう」

 お互い笑顔でそう言うと、全てが誤解と分かり少し心に余裕のできた林が少しニヤっと笑いながら聞いた。

「……ちょっとあがっていく?」


 空本は心底驚いた顔をし、焦った。

「……い、いや!き、今日はやめとくっ」

「えっと、あのー…。あっ、そうだ!そうだ!思い出した大切な用事あったんだ!」


「どんな?」

 林は笑みを浮かべながら聞き返した。

「…い、いや…まあ……あれだね、希望ある未来に想いを馳せたり…」

 空本は出て来た単語を言った。


「ど、独特な用事だね」

 不思議そうに林は尋ねる。


「じ、じゃあね!」

 空本は返す言葉が思いつかず走って帰っていった。



「……今日はやめとくって…次誘ったら来てくれるの…かな?」

 林は顔を赤くしながら、玄関で思った。


「…何?あがっていく?って!それって彼氏とかにいうやつじゃないの…!?で、でも…次誘われたら…あがっても……いいのかな………」

 少し照れながら心の中で思い暗い道を走った。


 照れて恥ずかしく腕を振りすぎて、借りた傘の骨が折れていた。



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