第5話:想うだけでは伝わらない

 学校での昼休み―。



 空本は自分の席に座って売店で購入したサンドイッチを食べながらいつもの紙パックのオレンジジュースを飲んでいた。


 すると同じクラスの凛音りおんがとことことやってきて話しかけてきた。

「翔君っ」

「…ん?」


 一言そう返すと、凛音は綺麗な女の子のような顔で空本を見つめた。そして薄い水色の少し長い髪をなびかせながら続けた。

「期末テストもうすぐだねぇ。翔君勉強してる?」


 勉強に関しては中のちゅうのげという実力をを誇らしげに掲げている空本はドヤ顔で返事をした。

「まあまあかな?凛音は?」

「ぼくは数学訳わかんなくてさ…。この前やった教科書の41ページのとこさ意味わかんなくない…?あと、あれ……」

 

 凛音は女の子のような見た目で、声も女の子のようだ。しかし性格はハッキリしていて、たまに口調が荒い時もある。

 長々と期末テストについて語る凛音を空本は驚いたように目を丸くして見つめ、話を遮るようにこう聞いた。

「……そこ…期末の範囲なの…?」


 凛音はその発言に驚き空本を見つめた。口を半分開けている空本も凛音を見つめており、2人は見つめ合った。


 沈黙の生まれたその空間で、先に口を開いたのは空本だった。

「凛音ってなんでそんなに肌綺麗なの?ニス仕上げした?」


 見つめ合ってた時、空本はあまりの肌つやの良さが気になり聞いた。


「……それって褒めてるの?ぼく木材か何かなの?」

 苦笑いしながら言った。


 そんな会話をしていると同じクラスで薄いピンク色の髪で八重歯が特徴の松本まつもとがどこからともなく登場してきた。


「おー!空本くん!今日はソロ本くんじゃないんだねぇっ!」


 どんな人とも分け隔てなく喋り、小さく活発な女の子。いわゆる元気系の松本は主に空本をいじる。


「なに?ソロ本くんって?」

 聞き慣れない単語について凛音は空本に聞く。 


「1人でいる時に言われるんだよね。空本のそらと1人のソロを掛けてるんじゃないかな」


 小声でそう返した。凛音はそれに対して少し笑いながら返した。

「なるほど、面白いね」


「これ美味しいねー!」

 横からそんな声が聞こえた。前を向くと松本が空本のオレンジジュースのストローに口をつけて飲んでいた。


 少し驚いた顔をしている空本に凛音が先ほどよりも更に小さい声で言った。

「わ、わぁ。間接キス…翔君松本さんとそんな仲良かったんだ」

 空本は冷静を装い返した。

「いや、この人は誰にでもやってるんじゃないかな」

 オレンジの木の花言葉は『寛大』『気前の良さ』。まさにその言葉の化身のような空本は特に何の感情も抱かずやり過ごした。


 その時、空本が何気なく松本の後ろの窓側の方を見ると林がこっちを見ていた。林は1秒程度、空本と目が合うと前の席の夕菜ゆうなに話しかけていた。空本にはその1秒がやたら長く感じた。

「(……え、なに今の間………)」


 そんなことを思っていると松本が満足気にオレンジジュースを全部飲み干していた。

「またちょーだいねー」

「しうたーん!」

 そう言いながら林の席に走っていった。    


「…明日からは別のところで食べよう」

 空本は笑顔で天に誓った。

 


 すると空本は引っかかりを感じ凛音に聞いた。

「ん…?しうたん?林さんの下の名前ってなんだっけ?」

「あ、そっか。翔君って学校始まって1ヶ月くらいしてから入ってきたよね。自己紹介聞いてないんだったね」

「ね、もっとタイミングあったよね。俺もそう思う」

「…5月くらいだっけ?」

「そそ、家の事情でね」


「林さんは詩花って名前だよ」

「多分[はやし]の[し]と[うたか]の[うた]を繋げてるんだと思うんだけど」

「…なるほど」

「(…ソロ本にしろよく考えるな……)」

 空本は心の中で感心しながら納得した。


 納得している空本を凛音はまじまじと見つめこう聞いた。

「…翔君さ、ぼくの苗字知ってる?」


空本はたまにある長考モードに入っていた。


「([はやしうたか] だから[しうたん]か……。よく思いつくな…。その理論でいくと凛音は…[まがいりおん]だから…[いりおん]になる訳だ。……いりおん。イリオン…。ちょっといいな。星座みたいで…神秘的な感じっていうの……?てか間海まがいってちょっと珍しいよな…。マガイ…。タイかどっかの料理にそんなのなかったっけ……?マンガイ……?)」


 意味不明な長考をしている空本に顔を近づけて少し大きめの声で聞いた。

「聞いてる?」

「あ!カオマンガイ!」

 空本はつい声に出た。凛音は不思議そうに首を傾げた。空本は焦って顔を赤くし、小さく凛音の苗字を答えた。


間海まがい

「正解〜」

 嬉しそうに笑顔で凛音は言った。


「因みに松本さんの下の名前はあかねだよ。次、下の名前で呼んであげたら?」


 茶化すように笑いながら空本に言うと昼休みが終わるチャイムが鳴り響いた。

 


 その日の放課後―。



 写真部に所属している空本は部室へ置いてた予備のカメラを取りに行った。

「今日はバイト無いし久々に…」


 部室とは言っても校舎の隅にある現在は使われていない空きの教室だ。荷物置きにもなっており、備品や教材・段ボールが置かれてる為、使用できる範囲は教室の半分ほどだった。

 

 しかも部員4人中、空本以外の3人は幽霊部員の為、誰も部室にはいなかった。


 

 椅子に座り何気なく今までに撮った写真を眺めていると思ったよりも時間が経過してしまった。

 

 薄暗い廊下を歩き下駄箱に向かっていると、屋上に続く階段が視界の右側に入った瞬間に一歩下がった。

 階段の踊り場に紫色の髪をした男子生徒と林がいたのに気付いたのだ。


「…仲沢が言ってた彼氏ってやつですね。大丈夫、邪魔はしないよ…」

 空本は心で思いながら、今来た道を引き返し別のルートで下駄箱に行くことにした。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 同時刻 階段の踊り場―。


「―――……でさ、やっぱどうしても東京の大学に行きたいわけ…。週末母さんに話そうと思うんだけど詩花もその場で賛成してくれない…?」

「お兄ちゃんがそこまで言うならわかった。良いよ。でもお母さん別に反対しないと思うけどなー」

 詩花は笑いながら言った。


「一応だよ、一応。来週ご飯奢ってあげるからさ」

 彼氏ではなく林の年子の兄であるはやし葉詩ようたはそう返した。


「…良いのにそんなの」

「でもありがとう…」

 詩花がそう返すと2人で階段を降りて下駄箱へと向かっていった。



下駄箱から出ると外は薄暗くなっていた。2人で歩いていると葉詩が思い出したように切り出した。

「あ、俺今日バッティングセンター行くからここで!」

 

 そう言って自身が本気で取り組んでいるソフトボールの練習に向かった。

「行ってらっしゃい、気をつけてね!」

「ありがとー!!」

 詩花の言葉に葉詩は大きな声で返事をし走って行った。


林は一人で歩きながら考え込んでいた。

「(……東京の大学かぁ。お兄ちゃんに会えなくなっちゃうのか……)」

「(……そういえば空本くんはどうするんだろう…)」


 そんなことが頭をよぎるとすぐに首をぶんぶんと振って自分に言い聞かせた。

「(べ、別に意識してる訳じゃないしっ)」

「(気になっただけだもん…)


 学校から林の家までの途中には公園が左手にある。普段は特に誰もいないような小さな公園なのだが今日はそこの公園のベンチに空本が座ってるのが見えた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 空本は公園のベンチに座りながら考えていた。

「(…仲沢が言ってた事って本当だったんだな…………)」




 林はそれを見つけると木の裏に隠れた。

「(…なんか急で隠れちゃった……)」

「(声…かけてみようかな……)」

「(でも…一緒にいると迷惑かけるから1人で行動するって決めたばかりだし………)」


 ばれないように立ち上がり帰ろうとしたとき後ろから声が聞こえた。

「…林さん?」 


 振り向くと空本が不思議そうにこっちを見ていた。


「何してるの?そんな木の裏で」

 少し笑いながら聞いた。林は慌てて返した。

「あ、ちょっと今…クワガタ探してて………」


 空本はそれを聞き笑った。

「今、冬だよ?」


「じ、じゃあね…」

 恥ずかしがりながらそう言って立ち上がり帰ろうとする林に空本は優しい口調でかたりかけた。


「暗いし危ないから送ってくよ。帰ろ?」

「(……この前みたいなことがあったらまずいし…)」

 空本はその時、心の中そう思った。


 一方、林はその言葉を大切に受け止めた。嬉しくて少し笑顔になった。

「(…やっぱ優しいな。でも一緒にいると迷惑…かかるし……)」

 心の中ではその気持ちの方が勝ってしまった。

「大丈夫だよ、ありがとう」

 空本の誘いを断ると1人で歩いていった。


 空本の誘いを断った林は真っ直ぐ自宅へ向かわず、遠回りをしながら考えていた。

「…素直にお願いしますって言うだけなのに、なんで言えないんだろ……」

「…不器用なのって…私……?」

「……やっぱ送ってもらおう…かな…」

 そう思い直し再び公園の方にゆっくり引き返し始めた。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 空本は誘いを断られ、一人で帰っていく林の背中が見えなくなる前に自身が座っていた公園のベンチに戻ろうとしていた。

「…林さんがそういうなら……」

 内心、心配ながらに呟くと後ろから声が聞こえた。


「空本…君?」


 声のする方に顔を向けるとオレンジ色の少し長い髪の毛で背の低い女の子が立っていた。同じクラスの夕菜だった。


「あ、あぁ。びっくりした。今帰りなの?」

 

 空本は夕菜とは仲良しとは言えるほどの関係ではない。夕菜から空本に話しかけること自体、無いに等しかった。無論、逆もそうだ。

 そんな夕菜が学校外で、ましてや暗い公園で話しかけてきたことに対して驚いた。


「検定の筆記試験でその帰りなのよ」

 夕菜はそう返すと、空本の荷物が置いてあるベンチに座った。


「(…なにこの人。帰ろうかな)」

 空本が自分の荷物を持ち帰ろうとすると夕菜は少しだけ笑いながらツッコミを入れた。

「なんで帰ろうとするのよっ!」


「だってそこ、白沙流しろさるさんの縄張りじゃないの?」

「あたし犬かなんかと間違われてないかしら?」

 再びツッコミを入れる。


 数秒の沈黙の後、空本は了承し横に座った。


「…あのさ……」

 重々しい雰囲気の中、夕菜は話し始めた。

「空本君って仲沢くんと仲良いよね…」

「クラス違うのに。空本君なのに」


「……どういう意味それ?」

「仲沢は体育祭の時にクラス対抗リレーだったかな。なんか順番待ってた時に話してからちょっと…」

「仲は…まぁ良いけど……」


「そ、そうなのね…」

 顔を赤くし小さくそう言うと黙り込んだ。


 空本はそんな夕菜を数秒見つめて聞いた。

「……え、何?」


 夕菜は黙り込んだ。目をぐるぐるにし赤くしているその顔は、空本には「彼を私に紹介しなさい」と書いてあるようにしか見えなかった。


「…好きなの?」

 空本がそう言うと夕菜は立ち上がり否定しながら背中をペチペチと叩き始めた。

「…は、いや、ち…違うしっ!!何言ってんの……?」


「いや、だって今の聞き方だと…」

 空本がそう言いかけたところで夕菜が空本の後ろをジッと見つめた。


 「…詩花?」


 空本は驚いて振り返ると林が先程の木の裏あたりからこちらを見ていた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 林の位置からは会話は聞こえず2人がじゃれてる様な姿しか見えなかった。

「あれは…夕菜……?」

「え、なんで…なんであの二人が一緒にいるの?」



 林は2人の視線に気付くと走り出した。


「…ち…ちょっと待ってて!」

 空本は夕菜にそう言うと追いかけていった。

「え、なに?なんで詩花?待ってよ!」

 少し戸惑った様子で大きな声で問いかけた。


「ここで待ってて!」

 もう一度空本はそう叫ぶと姿が見えなくなった。

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