第4話:花の紡ぐ再会と

 時は遡ること6年前―。



 小学4年生のはやし 詩花うたかは、この県に引っ越してきたばかりだった。

 この頃から大人しく物静かで、背は小さく可愛い顔立ちをしていた。


 引っ越してすぐのとある春の日の夕方、母親と祖母の家へ行っていた帰りに事件は起きた。


 日も沈みかけた頃、家へ帰るため浮須ふすえきの改札を入り向かい側のホームにいた詩花と母親。同じホームには遊び帰りの様な私服の中学生くらいの男の子が3人いるだけだった。


 田舎の駅特有のホームは小さな腰あたりまでの柵があるだけで周りの景色がよく見えた。柵の裏手にある花壇に白とピンクのアザレアが沢山花を咲かせていた。ピンクのアザレアの花言葉には『青春の喜び」というものがある。これからの詩花の新生活を示唆するかのような花だ。


 詩花がその花を眺めていると母親は声をかけてきた。

「ちょっとトイレ行ってくるから、詩花も一緒においで」


 すると詩花は母親の方は見ずにアザレアを見ながらこう答えた。

「まだお花見てたい!大丈夫!」


 母親は心配だったが「1、2分くらい……」と思い、階段を上りトイレへ向かった。


 詩花がアザレアや、薄暗くなった周り景色を眺めていると、同じホームにいた中学生らしき男子3人が並んで何やら喋りながら近づいてきた。


 一番左に立っており、仲間内でりょうと呼ばれていた髪の長い茶髪の男の子が最初に話しかけてきた。


「おまえどこ中?」


 ヘラヘラとそう聞かれると詩花は小さく返した。

「ま…まだ小学生…です……」


 そう返すと右に立っていたみなとと呼ばれている、黒い短髪の男の子が言う。

「めっちゃ可愛くね?クラスのやつらと比べもんになんねーじゃん!」


 詩花はそれを聞き戸惑っていると真ん中に立っていた、リーダー風のかいと呼ばれている金髪の男の子が遼と湊にこういった。

「だから言ってるだろ」


 詩花は恐怖で黙り込み、これ以上絡まれるのが嫌で「お母さんまだかな」と心の中で連呼した。




 その頃母親は―。


 急いでトイレから出ようとドアノブに手をかけると、ポケットに入れていた携帯が鳴った。目をやると先日面接をしにいった会社からの電話だった。合否の結果だと思い母親は電話に手を取ってしまい話し始めていた。

 出勤時間・持ち物・初日のスケジュール・今後の流れ・・・などを話し込んでいた。


 


 恐怖でしゃがみこんでしまった詩花。魁もしゃがみこみ顔を覗き込むように聞く。

「…なぁ。とりあえず今から遊び行かん?」


「嫌です」

 詩花は震える声で小さく呟いた。


 その返事に湊が声を大きくしながら言い返した。

「はー?逆らうなよ!とりあえず行こうぜ!1回ここ出よ!」


 魁と遼は笑いながら「賛成」と言っていた。


 行くのを渋ってしゃがみこんで動かない詩花に対し、苛立ちを募らせた魁が腕を引っ張った。詩花は泣いてしまっていた。


「…ちょっと……」


 違う男の子の声が聞こえた気がしたと同時に、詩花の腕の掴まれていた感触がなくなった。見上げるとまた別の知らない男の子が、魁の腕をつかんでいた。


 見知らぬ男の子が、自分の腕を掴んでいた魁を引き剥がしてくれていた、という状況を理解した。


 年齢は分からないが遼・魁・湊より1回りくらい小さい男の子は3人に暴言を吐かれていた。

「…誰お前……?」

「調子乗んなよ」

「おいチビ!」


 助けてくれた男の子はその暴言には一切触れず、涙を流す詩花に優しく聞いてきた。

「…大丈夫……?」


「う、うん。ありが…」

 そこまで詩花が言いかけた所でドンっという鈍い音がすると共にその男の子は目の前に倒れた。


 詩花は涙を流しながら口に手を当てて男の子に声をかけた。

「大丈夫…「調子乗った上に無視するからだろ!」

 魁は詩花の声に被せるように、倒れている男の子に向かって大声で言った。


 男の子は背中を殴られた拍子に手に持っていた紙袋が地面に落ちていた。その紙袋から15本の赤いチューリップの花束が飛び出ていた。

 

 遼と湊は他人に手を出すことの大事おおごとさに気付いており止めに入った。


「殴ったらダメだって!」

「また怒られるじゃん、どうすんのさ」


 魁はそんな2人の制止を振り切り、落ちていたチューリップの花束を踏みつけた。男の子はその行動が目に入ると、魁に大声でやめるように言った。

「…おいっ!や…やめっ…」


 止まらない魁の暴走に、男の子は立ち上がり掴みかかって殴ろうとすると詩花の母親の声が聞こえた。

「なにしてるの!!!詩花!大丈夫!??」


「や…やべ……」

 遼・魁・湊は学校にばれることを危惧し改札から走って出て行った。男の子は少し痛そうにしゃがみこんだ。


 母親は詩花に何度も謝った。

「…ごめんね、詩花……。怖かったね。1人にしてごめんね……」


 詩花は泣きながら男の子のを見ながらこう返した。

「……私は大丈夫…この人が、守ってくれた…」


 母親はそれを聞き、泣きながら男の子の方に駆け寄ると、謝罪した。

「…詩花のために…痛かったでしょう。ごめんなさい…」

「…詩花を…助けてくれてありがとう……」

「最近引っ越してきて……ここなら少しくらい大丈夫と油断しちゃって………一人にした私が間違ってたわ……」


 男の子は少し間を置いて言った。

「……丁度入れ替わりですね」


「……?」

 母親は不思議そうに首を傾げる横で、詩花は驚いた表情をした。


「…あ、えっと……。明後日ここから出ていくんですよ」

「……ここは思い入れのあった駅だったから…」


 そう話すと続けてこう言った。

「これ。落ちたので申し訳ないけど良かったら」


 綺麗なまま、踏まれなかった赤いチューリップを1輪、詩花に渡した。


 詩花が受け取るのを躊躇ってると、男の子は優しく笑顔で言った。

「15本あったんだけど、他は全部ダメになったから」

「また明日買うし大丈夫なんだけど…要らない?」


 母親は花言葉や花が大好きで、知識を豊富に持っておりチューリップが15本の意味を知っていた。


 〖ごめんなさい〗

 チューリップが15本の時の意味はそうだった。即ち誰かに何かを謝りたい意味で買ったものなのだと悟った母親は男の子にこう言った。


「チューリップ、弁償させてくれない…?」


 男の子は頑なに拒否し、受け入れようとはしなかった。

「………自分で買わないと意味がないから…」


 詩花は良く分からない2人の会話をただ聞いていた。渡されたチューリップに手を差し出し無言で受け取った。


 母親が詩花にお礼を言うように言っても、喋れず俯いてるだけだった。

「…詩花…ありがとうは?」

 それを見ていた男の子は優しい声で言った。

「……大丈夫ですよ…怖かったと思いますし」


 詩花は引っ越し先でいきなり目の前で起こったこの件で男に対する恐怖心を覚えてしまった。

 しかし、その危機を救ってくれた男の子が目の前にいる。でもその彼は明後日引っ越してしまう。 

 詩花なりにどうしたらいいのか頭の中でたくさん考え込んでおり、整理しようと一生懸命になっていた為、何も喋れなかった。


男の子が帰ろうとすると、母親が引き止めた。

「あ…あの。…お父さんお母さんにお礼を言いたいんだけど……」

「大丈夫ですよ、無事で良かったです」


 男の子が笑顔でそう言い返すと詩花たちが乗る電車がやってきた。彼は小さくお辞儀をして立ち去っていった。

母親は彼の背中に向かってもう一度お礼を言い、深く一礼した後に電車に乗り込んだ。


 電車に乗ってからも、発車してすぐも詩花は貰ったチューリップを大事に持ち彼の方を見ていた。 

 そんな詩花を母親は眺めていた。怖くて喋れなかった事を母親なりに理解した。


 今いた駅が、彼の姿が、見えなくなりもう2度と彼に会えないことを実感すると、溜め込んでいた感情が込み上げてきた。


「助けてくれて、お花をくれてありがとう」

 そのたった一言を言えなかった詩花は窓の外を眺めながら後悔で涙を静かに流した。


 詩花は、帰った後にその日あったことを日記に書いた。貰ったチューリップも自分の机に飾って写真も撮った。写真は現像し日記に貼り付けていた。

 チューリップの元気が少し無くなってきた頃、母親に教えてもらいながらハーバリウムに加工し、1年近く持たせた。


 その後もお礼が言いたく、居ないのは分かっていても何度もその駅に訪れた。


 しかし会うことは勿論叶わなかった。


 

『あれから6年が経った今日。同じ駅で助けてくれた君は、あの日私を助けてくれた人と重なって見えた』



 本人かどうかは聞いてみないと分からないが少なくとも林には同じ人に見えた。


 酔った男は空本を睨みつけながら言葉を投げかけた。

「は…?なにお前…?」

「…ヒーローぶってんじゃねぇぞ」


 そして立ち上がると、空本の肩を押した。

 続けて男はふらふらとファイティングポーズをとりながら言った。

「おい、ヒーローなら追い払ってみろよザコが」


 空本は男の発言を完全に無視し、掴んできた手を振り払った。

 そして林に優しく聞いた。

「何もされてない?」


「…怪我とかは特に……」

「…そっか」

 そう返すと林の隣に座った。そして空本は「これ」とコンビニの袋を見せた。


 立っていた男は嘲笑しながら言った。

「…無視とかだっさ」


 林は守ってくれた空本を馬鹿にされたことに苛立ちを覚え、怒りながら叫んだ。

「ださいのはそっちでしょっ!」


 学校では見た事のないその姿に空本は驚き、二人の間に入った。そして林を宥めながら言った。

「い、いや林さん俺は別に…」   

   

 酔った男は林のその言葉に怒り、空本をドンっと押し林に近づきながら叫んだ。

「…あぁ?うるせぇなっ!おい!」

「ナメんなよマジで」

 男は怒りながら林の腕を掴みにいった。林は恐怖で動けなかった。


 後ろから空本が男を羽交締めにし思い切り力を入れた。男は「っっ……!」と声にならない声を漏らし暴れた。


 そこで向かいのホームの方に騒ぎに気付いた駅員が二人出て来たのに気付いた。空本が駅員を呼び事情を説明すると男は駅員室に連れて行かれた。連れてかれてる最中も暴言を吐いて抵抗をしていた。


「(……普段からあー言う感じなのかな。それとも今日だけなのかな…)」

 空本はそんなことを思った。男の姿が見えなくなったところで空本は林に聞いた。

「…大丈夫?」

「…うん……」


 そう返すと一気に体の力が抜けた林は、空本によりかかり耳元で小さく呟いた。

「…ごめんね……」

「………助けてくれて、ありがとう…」


 自分の顔の横に林の顔があることに、心音が大きくなっていくが平然を装いながらコンビニの袋の中を見せて言った。

「…無事でよかったよ。これ一緒に食べようと思って」


 中には肉まんが2つ入っていた。その袋の中を見た林は泣くのを堪えるような表情をした。

 もう一度空本の胸で、恐怖から解放された事、彼の優しさ、昔助けてくれたあの人に会えた事に涙を流した。



 空本は林に抱きつかれながら天を仰ぎ、昼間の仲沢の言葉を思い出した。

『お前のクラスの林さんって3年に彼氏いるっぽいよなー』



 泣くのが落ち着くと林は我に返ったように謝りながら慌てて空本から1歩引いた。


「(……一緒にいると迷惑かけちゃうなぁ…嫌われたくは無いし次からは極力1人で行動しないと…)」 

 林は心の中でそう思った。


「(……まぁ…あれだな…ほんと林さんって可愛いし大人しいから、変なのに狙われやすいんだろうなぁ…何かあったらまずいし暗い時はそれとなく理由をつけて一緒に帰ってあげようかな)」

 空本は心の中でそう思った。



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