だって、僕たち正義の味方だもん


 可も不可もない村の観光大使を少年に担ってもらい、男達は彼の親御さんにまず挨拶をすべきとの考えに至った。道すがら、少年は引っ切り無しに外の世界について法執行官達へ質問攻めを行っていた。


 男達の反応は対照的であった。クイークは、微笑ましい目線を少年に向け、一つ一つ丁寧に答える。一方、イシュメールは、無愛想な表情を全く崩さずやり取りを黙々と聞いていた。今しがた、少年から外の人達もみな神へお祈りをするのかとリクエストが入った。


「よく聞いてくれたな坊主。そうなんだよ、海には怖いことが沢山あるんだ。だから、冒険に出かける時はしっかりお祈りをして神様に守ってもらわなきゃいけないんだ。」

 

 クイークは、懐に忍び込ませていた小さな木像を取り出し、それを両手と擦り合わせて祈る素振りを見せる。草冠を被った目の空洞が目立つ人型の像は、少年が全く知らないものであった。少年は珍しい石ころを見つけた時と同じ目をして、木像を眺める。


 クイークのこの話を聞く度、イシュメールが思うことは二つである。異文化への忌諱感が全くない素晴らしい連邦の頭のゆるさと、この教えたがりにつける薬は何かないのかという呆れであった。

 クイークが少年の相手をしている間に、地面や鳥の鳴き声、葉っぱなどあらゆるものに注意深く観察しながら、丘を下っていた。魔術を使って相手を追い立てるのが共和国警察の常套手段であり模範解答であるが、彼等にそんな気は毛頭なかった。


 魔術は楽であるし、逃亡者を簡単に追跡することができる。しかし、魔術の使用とは別の意味合いを持ってしまう。術式を構築し起動させると、魔素の残滓がどうしても出てしまう。熟練の魔術師は、こうした微細な変化を全く見過ごさず、使用者の位置を割り出してしまうのだ。彼等が追っている相手は、卓越した魔素制御能力と軍隊仕込みの殺人技術を兼ね備えた厄介な犯罪者であり、共和国警察からの追っ手を何度も返り討ちにしてきている。


 そうした繰り返し見聞きした連邦捜査官本部は、原始的な回帰法で挑むのが一番手っ取り早いと彼等を派遣したのだ。


 クイークは、少年をすっかり手玉に取り、目的の情報を仕入れようと試みていた。自分の知り得てる情報と相違がないか確認するためだ。


「坊主の住んでるところはどんな場所なんだい。良いところ教えてくれよ。」


  少年の家は、丘を下った先にある、麦畑が広がる村の北側に位置していた。

 捜査官の名は飾りではなく、彼等は村までの道のり、地形、住民の生活様式、人口など大まかなものは既に調べ上げている。だから、クイークは大げさに手を広げお道化た反応して見せた。

 少年は少し考え込むような仕草をし、意気揚々に応える。


「麦がおいちいよ!あとね、最近来た教会にいる綺麗なおねえーちゃん。」


 教会の女という言葉にクイークは鼻を少しだけ動かす。すぐに次の質問をすべき事項を頭の中から弾き出し、少年に問いかける。


「そうか、じゃあ。そのお姉ちゃんいつぐらい来たの?いまはいるかな。」


 クイークは体格に見合わないほど努めて優しい声色だ。ん-と少年は口を窄めて、指折り数えて思い出そうとする。


「だいたい年の半分かも。もう街から帰ってきてると思うよ。」


 クイークとイシュメールはその答えを聞き、顔を見合わせる。少年は睨めっこしてどうしたのだろうと感じ、男達に合わせて変顔をする。笑わせたら勝ちだと少年は思い込んでいるのだ。

 それを見たクイークは豪快に笑い、勝利者である少年の肩に手を置く。だが、ただ単に、少年の肩に手を置くにしては時間が少々長すぎた。イシュメールの眉間の皺がさらに深くなる。彼がこれから何をするのか予想がついてしまったからだ。


「おー、探してる人はその人かもしれないな。ちょっと助けるつもりで案内してくれよ。」


 飄々とした男の悪意に気付かず、少年は満面の笑みで元気良く応えてしまう。


「うんっ!」


 クイークからすれば、連邦に捜査要請をあおいだ共和国はことを大げさに考え過ぎなのだ。地形変化を捉える知識と、口が軽い証人を一人確保するだけで被疑者の特定など事足りてしまい、わざわざ術式を構築するまでもない。結局、犯罪を犯そうが相手は心ある人間なのだ。我々連邦は潰そうと思えば簡単に潰せると自負している。


 村の入り口に入る直前、イシュメールから声が上がった。村の入り口から見える小麦畑は雄大に広がっており、夕日に差し迫った光が金色をより強調させていた。

 


「クイーク。」


「おっと。後ろの辛気臭い奴と話すから、ちょっと待ってな。」

 

 クイークは、少年に一声かけ、後ろの男へ振り返り耳打ちした。


「ここに探しものがあるはずだ。たぶん教会にいるんだろう。この子に案内をしてもらう。お前のタイミングで女をやれ。」


 状況的に見ればイシュメールもここに被疑者がいるのはわかっていたことだ。しかし、クイークがこれからやる行為は、境界線をとっくに超えてしまっている。


「お前あのガキを利用する気か。予定と大幅にずれ過ぎてる。」


 クイークに非難めいた道理を説くも、当の本人はのほほんとしており明るい。その瞳は、少年と楽しく団欒していた明るいものではなかった。細い目尻から薄く光る茶色の瞳孔は蛇が獲物を狙う時そのものだった。明らかにこの状況をクイークは楽しんでいる。それが何より気に食わなかった。


「まあまあ、これはこれで良いだろ。俺だって命背負ってんだ。そんな言い方はないだろぉよ。」


 平たいと思わせるイシュメールの風貌が夜叉の形相に変わり、メンチを切る。クイークの胸倉をつかみ上げ鼻息が当たるほどの距離を詰める。クイークは、それを見ても動じることなく、ただイシュメールの瞳の奥底を見据えた。


「相手はやべえ魔術師だ。俺が来てることはもうバレてる。だけどお前は違う。」


 興奮した相手を宥めるように、クイークはイシュメールの肩を叩く。


「お前がいなかったらもう死んでるよ。また預けたぜ。さっさと終わらせてステーキサンド食いに行こう。」


 こう言われてしまうとイシュメールも立場がない。盛大に舌打ちをし、クイークから手を離す。



 少年は、二人の男が言い争っている様子を感じ取り、興味深々に男達を見に来た。

 

「どちたの。」


 男たちの剣幕とは裏腹に少年は鼻をほじくり、取り出した老廃物を口へと運んでいく。


「いや、こいつの腹が悪かっただけさ。坊主が気にすることじゃねえよ。」


 秘密の会談が終わり、いつも通りの陽気な顔で少年の方に向き直る。クイークは少年の頭を撫でながら、にこやかに計画を頭の中で練り続けていた。

 


 その様子を見たイシュメールは、肩に下げていたライフルを黙って両手に添えた。


「じゃ、よろしく。」


「ああ。」


 クイークは二本指で軽くイシュメールに敬礼し、少年の案内のもと歩き出す。イシュメールは、クイーク達の背中が見えなくなるのを確認した後、村を外周する形で別方向から教会を目指した。ガチャガチャと銃を鳴らさないよう小麦畑の中に入り、慎重に歩みを進めていった。




 村に入ってすぐクイークが思ったことは、ここはとても良い場だということだ。質の良い小麦を作ると街から聞かされたものだが、それなりに活気がある。

村中からは、子供達のはしゃぎ声、老人たちの世間話、男女の話し声などが聞こえ、実に平和的だ。自分の肌のこともあり奇異な目で見られるが、自分を見るなり困りごとがあったら何でも言ってくれと親切にパンを分けてくれた。家々は煉瓦造りであり、その煙突から放たれるバターの香りが気持ちを和ませる。

 もくもくとパン工房から煙が上がる広場では、今日の仕事を終えたであろう農夫達が茶を啜りながらボードゲームの盤面を囲んでいる。犬の吠える音と、子供らの笑い声がこの地の豊かさを象徴しているようだった。

 なるほど、心が荒れた連続殺人犯もここに逃げたくなるわけだ。


「良い場所だな。坊主の住んでるとこはよ。」


 クイークが素直に感想を述べると、少年は首を傾げ何がなんだか分かってない様子だった。頭に入れた情報と照らし合わせても、この村は田舎だ。好き好んで犯す輩は少ない。貰ったパンが思いの外、塩味とうま味が効いており、クイークは頬張りながらうめぇっと声を漏らした。


「それでそのおねーちゃんはどこにいんだい?」


 少年は、クイークの手を引き教会の前まで案内した。そこにあったのは、石造りの経年劣化した建物だった。教会というより小さな寺院に近く、トイレや水道といったものは引かれておらず人が住むには適していない。

 

 しかし、扉の先には人の気配がある。この女が自分たちが追っていた人物だ。それは魔術師に毛が生えた程度の彼であっても強烈な圧を感じ、確信に変わった。さて、一仕事しよう。ホルスターの拳銃をいつでも抜けるよう、ゆっくり撃鉄を起こしてからノックをした。


「おねえーちゃん。来たよ。」


 クイークがドアノブに手を付ける直前だった。少年が思い切ってドアを気持ちよく開けてしまった。この存在は自分のやりたいようにしか行動しない。そのことをここで忘れてしまっていた。


「まじかよ。」


 クイークにとってそれは誤算だった。咄嗟の判断により、急いで少年の口を押さえ拘束する形で中に入る。予定通り交渉の切り札として彼を利用したのだ。少年の身体をドア手前まで引き寄せ、イシュメールの援護を受けられるよう陣取った。


 教会の中は、蠟燭の光だけが頼りの薄暗い湿った空間が広がっていた。祭壇が置いてあり、その上には聖母像が安置されている。

 その近くで椅子に座る女性がいた。手には本を持ち、ページを捲る度に髪が揺れる。こちらを見ずに本へと集中している。三つ編みにされた茶髪を垂らす横顔は、少年の申告通り美人だった。


「アール。今日はどうしたの?」


 女は問いかけるが、少年はクイークに口を塞がれもごもごと苦しそうにしている。


「アール?」


 女もその異変に気付き、やっと顔を向けてきた。訪問者に気が付いた女は、目の前の光景に唖然とし、本を床に落としてしまう。舐めすぎだろこいつとクイークは目の前の相手をそう評価した。


「レーナ・アフネス。連邦捜査官だ。共和国軍連続殺人犯として逮捕令状が出ている。今すぐ投降しろ。」


 この男へ魔術を打ち込もうと術式を作ったが、すぐさまひっこめた。懇意にしてもらっている村の少年が、男に銃を突きつけられ、人質にされているではないか。なぜどうして、この子は関係ないと、優秀な頭脳はリソースを割かれ有効な手立てを出さない。

 そして、それは生き残る上では不正解なものだった。目の前の敵を問答無用で殺せるチャンスはもう彼女に残されていなかった。


「その子を解放しなさい。」


 殺気だった目でレーナは卑劣漢と対峙する。だが、クイークもはいそうですかと離せば火だるまにされるのは目に見えている。そのためにこの少年を用立てたのだ。


「おっと、落ち着けよ。」


クイークは曇りのない笑顔をレーナに向ける。銃口は以前として少年の後頭部から外れない。下手なことをすれば容易にこの子を殺すと笑い目皺が物語っていた。


「あなた警察でしょ。そんなことして何になるのよ。」


 女の抗議を受けるも、クイークはどこ吹く風だ。わざとらしく肩をすくめ、やれやれといった仕草で少年の頭に銃口を押し付けた。空間転移魔術を使えば逃走は可能だ。だが、それをしてしまえばこの少年はどうなる。レーナは困惑の色が隠せず、瞼を強く閉じ歯を食いしばる。クイークはその葛藤を見過ごさず要求を重ねた。


「もう一度言うぞ。投稿しろ。さもなければ不幸なことになる。」


「なんでこんなことするのっ!?この子は関係ないじゃない。」


 邪悪極まりない顔をクイークは浮かべ、ガハハと笑い飛ばす。女は思う。自分が殺した者は確かに、他者から平気で尊厳を奪い取り、踏みつける連中であった。


 彼女がまだ軍にいた頃、目の前で起きている出来事と同じようなものを目にしていた。占領地域で捕虜となった住民の粛清だ。この事実を上層部に申告したが、異議申し立ては受け入れられなかった。最終的に、彼女は上官の命令に背いた罪で軍法会議にかけられてしまい、処刑される間際までいった。

逃走を決意した後、何人もの上官を殺め、こうして追われる身となってしまったのは仕方がないと思う。

 


 だが、これは違うとレーナは断言した。この少年はただの子供だ。まだ何も知らない。親はこの子の帰りを待っており、どうであっても村の財産なのだ。自分が止められなかった虐殺をここで起こしてはならない。


「そうか、良かったな坊主。大好きなお姉ちゃんの代わりに死ねるだなんてお前は幸せ者だ。」


 その時、レーナはやらねばならぬと感じた。あの時、もし自分が正しい行動を起こせていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。今回はその過ちを起こさない。

 

「ごめん。」


 レーナは、少年に向けた謝罪を静かに呟く。転位術式を展開させ悪漢の背後を取った。だが、それは彼女の過ちを同時に意味していた。



 転移術式で教会の外に出た途端、雷鳴のような音が鳴り響き、同時にレーナは自分の体がとてつもなく焼けるように熱いと感じた。呼吸をしようにも喉が焼かれ、声すら出ない。

 意識が遠のき、その場で彼女は倒れた。



 ◆◆◆


 クイークが教会に入ったのを見計らい、イシュメールはいつでも女を殺せる位置まで距離を詰めていた。彼は魔術師ではないが、武器を巧みに使い込み不意打ちを食らわすことが得意としている。そして、魔術に関する知識や法則を深く理解しており、魔術師を狩るエキスパートでもあった。魔術師にはそれぞれ癖があり、情報は重要だ。それを知っているだけで戦略の幅が広がる。

 レーナ・アフネスは、基本的な魔術式だけでこの村を滅ぼせるが、光学術式に、転位術式を得意としていた。精密な術式により、自身の姿を透明化させたり、光の反射を操って物体を誤認させることも可能である。また、転位術式により、瞬時に別の場所へと移動することも可能だ。彼女は間違いなく魔術の天才であった。

 軍隊を差し向けても彼女一人で対処してみせた。見えない敵から四方八方から攻撃され、派遣させればさせるほど指揮官が死んで帰ってくる。共和国も考えあぐねており、苦渋の思いで各方面へ支援要請を出したのだ。


 だが、イシュメールらは彼女を殺す算段を簡単につけていた。上官を殺してまで、今までのレールを全て捨て去ってまで、正義感で人を救おうとする性格だ。そのことを彼等は資料を読み込み熟知していた。

 

 民間人を装い近づき、人質を取れば、必ず隙ができる。そこを狙い撃つ。簡単なことだ。あとは、転位する先を特定してしまえばいい。クイークが教会のドアを陣取ったのはそのためだ。クイークもとんでもなく卑劣なことをしていることは自覚している。

 しかし、どっちにせよこの女に未来はない。これがダメだった場合、村ごと砲撃して焼き払う手はずになっている。それほどこの女は厄介な存在なのだ。

 

 

 イシュメールは銃を構え、乾いた音を響かせた。銃弾は正確に女の首を貫通した。ボルトハンドルを後ろに引き、勢いよく薬莢を排莢させ、次弾を装填する。ボルトから出る薄い白い煙と、銃口から立ち上るキツイ硝煙の匂いを感じながら、ゆっくりと息を吐いて中帽子の鍔を直した。


 倒れたのを確認し、ライフルを向け続けながら目標へとイシュメールは歩み寄る。


 血を流し床に伏すレーナは、虫の息だった


「レーナ・アフネスだな。」


 コヒュコヒュと風を切った音を喉から上げ、首筋から血が吹き出る。もって一分もないだろう。イシュメールは冷ややかな目で女を見た。

 女はべったりと自身の血がついた手をイシュメールの腕へと伸ばす。それは何度も見た何かを訴えかける目だった。その意図をあえて汲み取らず、執行官はレーナの瞼を閉じさせた。


「終わったな。」


 気付けば、クイークがイシュメールのもとへと駆け寄っていた。事務作業が済んだかのような声をしており、倒れているレーナを鼻で笑った。


「ああ。」


「お疲れ様、ステーキサンド奢ってくれ。」


 少年がすすり泣く声を上げるも、イシュメールは淡々と物言わぬ躯を担ぎあげ、教会をあとにした。銃声で人が集まってくるが、それら全てひっくるめて存在しない者として扱い執行官達はその地を出ていった。






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