親切なお巡りさんがやってきた!


本編です。

ここからは三人称視点で展開していきます。



◆◆◆



 小麦畑がそよ風に波打たれ、穂が触れ合うたびに小気味良い音を立てる。畑にしゃがみ込む農夫は、皮が幾重にも剥がれた手で丁寧に一つずつ穂を摘み取る。産業化の波が進みきらない地域ではごく当たり前の光景であるが、都会で売られるカンカン帽を被った農夫の姿もちらほらと見えた。降り注ぐ陽光はこの地に恵みをもたらさんと橙色に焼き続ける。


 この村に住む少年の一人が、毟った雑草を片手に白い蝶々目掛け畑道を駆ける。

無邪気に空いた手を伸ばすも、蝶はひらひら身を翻し空へと羽ばたいていってしまう。

 見回りという体のいいサボりをする我が子に、その父はため息をつくも自分の作業に視線を戻した。怒鳴ろうにも年中この調子で半ば諦めている。


 少年の冒険は止まらず、畑道を突き抜け街道に飛び出す。期待感を胸に颯爽と馬に乗る騎士を想像するも、そこには藁束を運ぶ荷馬車があるだけ。少年はつまらなそうに鼻を鳴らした。幼い子供の妄想は現実に裏切られると酷く脆い。不貞腐れる少年は家業を放棄してしまい、そのまま街道をちょちょろ走り回る。

 年相応に小鳥のような奇声を上げ、鼻水で汚れた衣服にさらに泥を付け足していく。少年は同じように続く毎日にただ退屈な気持ちで一杯だった。

 外の世界の厳しさを知るにはまだ幼過ぎていた。


 この村唯一の街道は塗装されておらず地面がむき出しの状態だ。所々雑草が伸び小さな花を咲かせている。街に行けば若人の働き口となる工場があるが、この地に生きる者達には意識しづらく、特別な行事が無ければ誰も寄り付かない寂しい場所であった。


 街道を少し外れた丘まで来ると、人の気配はすでになく、強い風が吹き抜けるばかりである。少年はふと思い立ち、近くの草むらに手を伸ばして、何かを必死に探る。口からブーブーと豚の真似事をしながら、一人楽しく遊ぶ様は他者が見れば滑稽であり、その父も頭を抱えていただろう。しかし、幼い少年からすれば、他者からどう見られるかよりも感情的に草を毟っている方が楽しい行為である。村の大人達が熱心に教会で祈りを捧げる行為など不思議でたまらず、理解できなかった。


 そして、その様子をじっと伺い眺めていた存在が、丘の傍まで来ていた。少年はその影に気が付きもせず、キャッキャッと嬉しそうに飛び回るバッタを捕まえ、大切な宝物を逃がさないよう両手を閉じ込める。


「おい、坊主。」


 見知らぬ男の声に驚いた少年は、勢いよく振り返り腰を抜かす。厚い鞣革のような張りがある中折れ帽に、冷酷なまでに無駄を削ぎを落としたオーバーコートを着込んだ二人組が立っていたのだ。全て黒ずくめに統一された服装に、場違いな鷲のバッチが太陽に照らされ光る。

 少年にはこの男達がとても奇妙に思えた。浅黒い肌に頬がふくよかな大柄な男と、心労が祟って滑り落ちたかのような頬と黒髪が特徴的な中肉中背の男。二人は対照的な風貌をしており、人種も見るからに違う。村文化の物差しで測れば、上手くいく要素が何処にも見当たらないのだ。

 少年は驚きながらも、好奇心に負け、恐る恐る立ち上がり男達に近づいてしまった。


「おじさん達だれ~?」


 鼻水が垂れた汚い口に指をちゅぱちゅぱ舐め回し、少年は間抜けな印象を与える訛りの強い声で問いかける。

 恰幅の良い浅黒い男が口元を緩ませ、少年の背丈まで屈みこむ。少年は目の前にいる男の顔に絶句してしまい、唾液まみれの指を離す。少年にとってこの男は獲物を見つけた歴戦の熊として映った。首筋には獣に引っかかれた大きな傷跡があり、大柄な拳は如何なるものも簡単に粉砕してしまいそうなほど、力強く膨らんでいた。

 屈んだ本人からすれば紛れもなく優しい立ち振る舞いのつもりであったが、逆印象を抱かれることは往々にしてよくある話である。

 少年は怯えてしまい、丘近くの木陰に隠れた。その様子を見たもう一方の男は帽子の鍔を下げため息を漏らす。


「あー、待って待って行かないで。俺達は連邦捜査官なんだ。俺はクイーク、で、こいつはイシュメール。ちょっと聞きたいことがあるだけなんだ。頼むから出てきてくれ。」


 大柄な男クイークは、手のひらを見せ害意がないことを強調する。少年の逃走に驚きつつも、下手に出て頼む込む口調を努める。

 一方、少年は連邦保安官という聞き慣れない言葉に首を傾げ、顔をほんのり出して男達の様子を覗う。この辺りではあまり耳にしない単語であったからだ。


「おい。」


 イシュメールと呼ばれる男はクイークに文句の視線を送った。相方には、住民に不要なことを教えるなと事前に伝えていのだが、彼の意図は全く伝わらない結果となった。

 

「どっちにせよこのガキじゃないだろ。追ってる足跡は北西にある村の方角だ。さっさとこの丘を降っちまおう。」


「イシュ。まずは、聞き込みからだ。お前は言い方が荒い。あの子を刺激するなって。」


「ああ、そうかよ。」


「ここは俺に任せろって。」


 少年は木陰に隠れたまま、奇妙な二人組の会話に聞き耳を立てて、その様子をじっと見つめ続ける。


「おい、坊主。ちょっと教えて欲しいことがあるだけなんだ。ほら、これキャンディーっていうお菓子なんだ。あげるから。な?」


 すると、クイークは、コートの懐から絵の具で重ね塗りしたかのような丸くてコロコロとした物体を取り出した。それは、少年にとって見覚えのあるもので大好物の代物だ。たまに街からやってくる宣教師が、長ったらしい説法を唱えた後、ご褒美として配ってくれるキャンディーではないか。少年の目には、高価なものを渡してくれるこの男が親切に映って仕方がなかった。

 少年は我慢ならず、鼠が餌にありつけた時と同じ動作で、木陰から飛びてる。


「ほらな、イシュ。誠意を見せれば簡単だろ。」


 得意気に笑うクイークは、少年の掌に丸い菓子を乗せ、浅黒い手で頭を撫でる。イシュメールは相変わらず、冷めた眼つきで茶番を見届けていた。鷹の眼つきは幼い子供にプレッシャーを与え、少年の笑顔は急速に萎んでいく。

 クイークは、少年の顔から一瞬にして笑顔が消えさった原因をすぐさま理解し、慌てて弁明する。こいつは元からこういう顔だの、見かけ通りクズだの言いたい放題である。その最中も、相棒であるイシュメールは口を挟まず佇んでいるばかりであった。


「俺達は、ちょっと人を探してるんだ。村まで案内してくれないか?」


「いいよー。」


キャンディーが収まっていた缶ごと渡して少年との交渉が成立した。


「ほい、お呪いのプレゼント。」


 クイークは相方の肩を叩き、ライフル弾を渡す。後はお前でやってくれよと言外に伝えているのだ。イシュメールは、その意図に気付きクイークに対して眉を顰める。


「お前がやれよ。」


「俺じゃ無理さ。お前だってこっちは無理だろ。」


 イシュメールは大きな溜め息をつきつつ渋々それを受け取って、肩に下げていたライフルに弾倉をこめる。少年は二人の様子を見比べながら、一体何なのか分からず不思議そうに眺めていた。

 イシュメールはクイークへ規則通りの問答を投げかけた。


「被疑者の取り押さえを優先事項とする。法執行官及び共和国市民に生命の危険が及ぶ場合に限り、発砲を許可する。いいな?」


 クイークは規則事項の確認に、短くああと返答をする。イシュメールは、武器の使用をせずに解決することを祈りつつ、そういう期待は裏切れるものだと頭から振り払った。

 少年に連れられ男達は村へと歩き出した。



◆◆◆



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