悪役ry)崇めよ、称えよ、服従せよ


遅くなって申し訳ないです.......


◆◆◆





ドアを抜け廊下に出ると、バタンとまた勝手に閉まった。ドアノブに手を回すもびくともしない。


「どこにいるんだ。何も見えない。」


窓から見える外の風景は、全て白一色に染まっていて何も見えなかった。この光がなんとも神々しく感じる。


廊下の先を見ようにも、床に敷かれた絨毯が一直線状に無限に続き、先が見えない。

終わりのない迷路に入ってしまったみたいだ。無限に続く廊下は、四方八方から誰かに見られているように感じた。


小さく鼻呼吸をし、開いていた口を閉じ、唾を飲み込む。

意を決して絨毯の上に立ち、一歩踏み出した。裸足から伝う絨毯は苔を踏みしだいたような厚く柔らかい感触だった。静寂が支配する空気を切り裂いて歩みを進める。


数分ほど経った頃だろうか、この道に続く先に淡い緑の人影らしきものが動いている。俺はそこまで駆け出した。

その人物に近づくにつれ、その姿形がはっきりとしてきた。


「俺か?なんでだ。」


立っていたのは紛れもなくマリウスの姿だった。背丈は変わっていなかったが、細身ながら筋肉質な体つきで、顔つきはどこか険しく重圧に耐えている厚みがあった。


口が重しを付けたかのように閉じられており、疲れと慈しみを混ぜ合わせた額の皺が象徴的だった。


目からは目的を成し遂げるためには手段を択ばない、そんな意志の強さを感じさせた。

服は今着ている貴族が着る豪華なものではなく、質素な麻の一張羅を羽織っていた。

髪は後ろに撫でつけ一本に纏められている。

何かの演台に立っているようで、その周り何人もの祈りを捧げたもの達が列を成して伏している。


『みな顔を上げよ。』


手を翳すと顔を伏せていた者たちは、ゆっくりと面を上げた。声がやたらと響く。

機械にエコーをかけたような残響が続く。


『われらが救世主よ!』


一人の男性が声高らかに叫ぶ。それを皮切りに周囲が興奮し歓声をあげた。狂騒の中にすすり泣く音も聞こえる。


『預言者マリウスよ。私達をどうかお導きください!』


預言者?俺のことか?

状況が全く飲み込めず、ただただ呆然と突っ立っていることしかできなかった。

群衆の声は収まるどころかさらに大きくなっていく。


その様子を見たマリウスは高らかに手を掲げ、大勢の人にハリのある声で語りかける。

俺の知ってるマリウスとは似ても似つかない振る舞いだ。


『我々の審判の日は近いっ!イナゴの群れが我々から奪い去るだろう。そのために、主は慈悲を与えた。』


掲げた手を握りしめ、説得を畳み掛ける。

周囲は、心酔しきった目でマリウスのことを見据えている。爛々と目が輝いており狂気さを感じて身震いしてしまう。


「おい、待てよ。」


マリウスの肩を掴もうにも空を切っただけだった。何度も手を伸ばしたが結果は同じで触れられない。俺の制止に振り向きもせず、目の前の男は演説を続ける。

これらは全て映像なのだとそこで理解した。


『子羊が封印を解いた時、我等は祝福されし存在となった。主の御心を知る者たちよ。我が兄弟、姉妹、息子、娘達よ。手を取り合い歩むのだ。』


マリウスは満足気に周囲を見渡し、涙を流している頭巾を被った老婆に近寄り頭に口付けをした。彼女は胸に頭を預け幼い子供のように泣きじゃくる。

マリウスは老婆の背中を優しくさすりながら、群衆に向けて言葉を続けた。


『この者の罪を許し、みなその心に主を迎え入れよ。さもなくば滅びる運命にある。我らは脆い。』


熱狂をマリウスが支配する中、群衆の中から血走った目の男が彼目掛けて勢いよく走り出す。

フゥフゥと息づかいが荒い男は剣を手にしており、マリウスに向けて刺そうとしていた。マリウスは、すぐさまそれに気づき男の腕を捻る。

男から苦痛の悲鳴が漏れ剣が落ちる。


『真実と答えを求めるか。』


男の顔を両手で包み込むように掴み、相手の目を逃がさず見据える。

マリウスの問いかけに男は呼応するよう答える。恐怖の色が顔から隠せていない。


『はい。』


マリウスは哀れな男から一瞬たりとも視線を外さず、ゆっくりと口が動かす。


『ならば答えよう。それは信仰の中にある。暗闇から光の下へ導くのは主である。主が私を崩壊を備えるよう導いた。私は主に従う。私を迎え入れよ。あなたの心に。あなたの人生に。』


男の目から狂気の色が失せ、落ち着きを取り戻した。


『はい、預言者。御心のままに。』


男はそう宣言すると、マリウスの手の甲に口付けし服従の意を示した。



幻影は霧のように消え、また新たなものを見せられた。

次にいたのは、マリウスと同じ銀髪の男だった。顔はあどけなく生意気そうな印象を受ける。

マリウスもおり、彼の周囲には一部作目の攻略ヒロイン達が全員揃っていた。

皆一様、先ほど見た狂気を目に介在させている。


一人の女性がマリウスの前に出て跪き首を垂れる。栗色の髪、澄んだ青い瞳、清楚感を引き立てる白のワンピース姿はとても可愛らしく、ゲームで見た通りの姿だった。記憶が正しければ彼女は、魔法師でありアキレスの幼馴染だったはずだ。


『マリウス様。弟君ヨーゼフ様を拘束致しました。御身のままに。』


その一言を告げ、マリウスの手の甲に口付けをし、他の者と同じように服従の態度を示す。マリウスに弟がいた事実に驚くも、ヒロインをここまで心酔させる求心力に唖然としてしまう。

マリウスは、ヨーゼフに向き語りかけた。


『ヨーゼフよ。私を恐れているな。』


ヨーゼフの表情は陰りを見せており、得体のしれないものを見る眼つきだった。マリウスと目が合うと、ヨーゼフは慌てて目を逸らした。


『こんなことをしてどうする。兄上。ウーリッヒ公爵の権限は既に私から外れた。あなたは危険すぎる。得ようとしたものは手に入らないのだぞ。従者に守られないと何もできない臆病者め。』


ヨーゼフは声を震わせながら言った。その言葉を聞き、マリウスは不敵に笑う。自分の笑みであるはずなのに背筋に悪寒が走る。


『私の目的は崩壊に備えることだよ。この者達は望んでそれに応えてくれただけだ。』


ヨーゼフは意地を張って吐き捨てるように答える。


『狂ってる。やはり貴方は壊れてしまった。』


マリウスは、ヨーゼフに近づき彼の首を掴み持ち上げた。


『さっさと殺せ。もはや私に役目はない。』


貴族の意地から出ているのか俺は彼の振舞いに感激を覚えた。そして、目の前にいるマリウスも同じ反応を示す。


『殺さない、お前は私の弟だ。この争いは我々の罪。共に歩むしかないのだ。』


『じゃあなぜ父を殺したのだ!自らの行いをも忘れる盲目の下郎に誰がついていくか!!』


恐怖の表情から一転し、ヨーゼフはマリウスの顔に唾を吐き、憎悪に満ちた視線を送る。後ろに控えているヒロイン達はヨーゼフを殺そうと今にも飛びかかろうしている。

だが、マリウスは手でそれを制し、彼は慈愛に満ちた微笑みをヨーゼフへ送る。


『聞け。聞くのだ!』


マリウスは一転し、凄みのある険しい顔を見せる。有無を言わせない態度を彼に与える。俺の知らない情報がそこにはあった。


『カールは己の役割を放棄した。帝国の言いなりとなり、救うべき人民を戦地へ駆り立て疲弊させた。それで残ったものはなんだ?領土の多くは接収され、残された民は飢え死んでいったではないか。』


ヨーゼフは悔しそうに拳を握る。


『帝国だけではない。王国や共和国、全ての不正と腐敗が我々に襲いかかった。堕落した権力者達は自己保身に走り、搾取することしか考えていない。この者らもその国の貴族であった。ヨーゼフよ。』


マリウスは、ヨーゼフを下ろし手を首から外す。ヨーゼフは肩に置かれた手を振り払うこともせず、項垂れていた。


『私達と共に歩め。お前に必要なものは父だ。私だ。』


マリウスは手を差し伸べた。だが、ヨーゼフは顔を小刻みにふるふると横に振って小さい抵抗を見せる。一秒たりともヨーゼフの瞳を見続けるマリウスに俺は恐怖を覚えた。

すると、マリウスは彼の右手を握りしめる。マリウスは弟のヨーゼフを見ているのか分からない顔だ。数秒後、ヨーゼフは、戸惑いが隠しきれていない震えた左手で、マリウスの拳を弱々しく握り返した。


『ようこそ。息子よ。』


マリウスが言い終えると映像が消え、絨毯の敷かれた廊下に戻った。

狂気の光景から一変し、視線の先に光が見える。

無限に続く回廊は、その先へ行くように示されているように思えた。理解のできない映像を見て俺の頭は数々の疑問点が湧き出てくる。

俺の意思とは関係なくこの先へ進むしかないのは明白だった。



足を前に出し歩みを続けようとしたその瞬間。次の場面が俺の前に映される。

映像はブツブツと途切れ途切れで今にも消失しそうだ。


「これは誰なんなんだ。」


そこにいたのはマリウスでもなく、マリウスに付き従う者たちでもなかった。

二人の男女が映っている。いたのは顔に靄が掛かった男と子供っぽさがやや残る女の子だった。


男の風貌は全体的にノイズが酷くかかっていてあまり見えなかった。一方、少女の方はよく見えた。カウガールのような格好をしており、白のハットが純潔さを際立たせ、足につけているガーターベルトが艶美さを感じさせる。彼女は間違いなく美少女だった。こんなヒロインいたか。


『カリナ。』


男が女の名前を呼び、小型のなにかを彼女に渡している。

だが、彼女はそれを受け取らない。痺れを切らした男は無理やり彼女の手を取り、それを自分の胸に押し当てた。

カリナ。二部作目の主人公じゃないか。なんで、ここに来て彼女が出てくる。

十年も先じゃないか。


『全て教えた通りだ。やるんだ。』


そう言って影は完全に消えた。

それと同時に、視界が眩い光に包まれる。

周囲は白一色で何も存在しない。ここは窓から眺めた外側のように思えた。



―――我は汝を導くもの也――――


頭の中にここへ連れてきた者の声が直接入ってくる。痛い。頭が割れるようだ。

三半規管が完全にマヒし、俺はその場に倒れ込む。

俺は耳を塞ぐも相手は一切の容赦もせず言葉を綴ぐ。


―――その目に真理を宿せ。導きに応じ、受け入れよ――


嫌だ、やめてくれ。俺は生きたいだけなんだ。

頭の中に次から次へと強制的に情報が入ってくる。目は何も見えていないのに、その先のずっと遠くまで見えてしまう。

健気な少女が頭を撃たれ、壁に白い頭蓋とピンクの脳漿を咲かせ、だらんと舌を出して絶命する光景。

老若男女構わず市民を簀巻きにし、炎で炙って口から火を噴く様子。銃を持った兵士達が、突撃し互いに殺し合い、硝煙と血と汗の臭いが立ち込める絵図。

様々な情景が痛みと共に俺の身体に刻まれていく。

マリウスが。いや、俺がこれから成すべきことだ。啓示を受け入れなければ次から次へと自分の周りが死んで行く運命にある。

そして、俺の口は終ぞ勝手に喋り出していた。


「主よ、御心のままに。」



すると、突然白い靄が立ち込み、俺に纏っていた痛みは全て取り除かれた。

鈍い意識が急速に冴え渡り、自分の内なる力の流れが研ぎ澄まされる。マリウスの身体が改造され、より多くの魔術式を行使できるのだと体感的に分かった。


人ならざる存在の気配が消えてから数分が経った。瞼を閉じた中でも、温かみのある色を持った光が近くへ来ているのを理解した。これには見覚えがある。

俺は、意識せずとも空間全ての魔の力をこの身で感じ取れるようになってしまった。

どうやらあの迷宮から解放されたらしい。


「——リ——ス様!」


声が聞こえる。実態のある暖かさを覚える赤い長髪が瞼の向こうに映っている。


「マリウス様!あぁ良かった。」


俺は自室の冷たい床に倒れ込んでいたらしい。イリアさんの目は潤んでおり、安堵の表情を浮かべていた。それを見て冷めた自分がそこにいた。

授かったものにより、彼女が俺に対しなぜここまで尽くしてくれるのかは全て分かってしまったからだ。しかし、彼女の気持ちに俺は応えることができない。


「イリアさん、いや。イリア。」


だから、こうするしかないのだ。


「イリア・ロレーヌ。今日を持ってして貴殿との契約を打ち切り、解雇処分とする。なお、退職金は口座に振り込むので確認するように。では、お疲れ様。」




私は、崩壊に備え、多くの命を救うしか道が無いのだ。

そのためには、この世に発展をもたらさなければならない。

私の名は、マリウス。預言者だ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る