しかも悪役ry)留まるべきか、進むべきか
この世界に来て三日目、全身に刺さってた鬱陶しい管を抜いてもらい、俺はようやくベッドから起き上がれる状態になった。
当初の倦怠感もスッカリ消え、体調もすこぶる良いと言っていいだろう。
メイドさん達が運んできてくれる料理は、肉の揚げ物、色彩豊かなサラダ、魚の香草蒸しなど、数々の品が俺のところに舞い込んだ。
どれも美味しいのだが、到底一人で完食できる量じゃなかった。
朦朧としていた意識をずっと呼び掛けてくれたあのお婆さんの名前はヒルデ・マクリーンというらしい。使用人長をやっており、この屋敷全般の責任者にあたるそうだとか。ここ二日間、イリアさんに付きっきりで色々と教えてもらった。この国のことや、貴族や、他の国のことまで。まぁ、でも大半の情報はゲームとほぼ一緒だった。
というか、ヒルデさんとイリアさん以外のメイドからは相手にしてもらえない。
記憶がないから教えて欲しいと他の人に伝えても、仕事がありますのでと言われ避けられまくってくる。失礼します、お邪魔しますの最低側以下の会話しかしてくれない。
そりゃ精神疾患抱えてるって言われたら関わりたくないよな。
もしものことがあったらとヒルデさんから言われ、未だこの部屋から外出許可が出ていないことだけが辛い。
昨日とは違い、今日は晴れだ。
外に出れないのが恨めしい。ガラス窓の外を見ると青空が広がっている。真っ白な入道雲がモクモクと存在を誇示していた。
違う世界だってのに、こういうところは変わっておらず見ると安心する。
外を見下ろすと庭園が広がっていた。太陽に照らされた青々しい芝生が風と共に波打つ。木陰の近くにしゃがみ込む、庭師らしき男達が剪定バサミを器用に不要な枝を刈っている。職人の腕さばきは実に素晴らしい。
視線を他の使用人たちに向けると、彼等も洗濯物やら掃除道具を持って仕事に励んでいる。茶色の麻で出来た腹掛けに泥が跳ねており働き者なのだと一目で分かった。
俺だけニートしてるのはなんだか申し訳ない気分だ。
しかし、俺を世話してくれたメイドさん達も皆忙しそうだ。朝は特にやることが多いのかもしれない。朝食用の食器を下げに来た後、すぐ別の仕事に取り掛かっている。
手持ち無沙汰な俺はベッドの上でそのまま寝そべる。これが貴族ってやつか。
良い生活してるよマリウス。
このままじゃダメだ。現実に戻るとしよう。ベットから降りて立ち上がる。
勇気を踏み出して、クローゼットの近くに等身サイズの鏡まで行こうとする。
裸足のせいか石造りの床はひんやりと冷たい。なんだか行くのが億劫になってきた。
いやだめだここで逃げちゃ。
俺は自分の掌をまじまじと見つめ、鏡の前に立つ。吹き出物一つない透き通る白い肌。スタイルの良さ、凛々しく整った甘い目鼻立ち、サラッサラな銀髪、そして、重く低く意思のある声。一目でわかるイケメンだ。
元の身体とは比べ物にならないほど高スペック過ぎて、これが自分の身体だと認識するのにまだ抵抗感がある。
「やっぱそっか。」
俺は鏡の前で一人呟く。どこから見てもゲームで見たマリウスだった。
なにやら白いドアの向こう側から声が聞こえる。記憶が正しければ、あそこは廊下に繋がっているはず。
女性の声だ。イリアさんとあと誰だろう。
会話をしているみたいだが上手く聞き取れない。盗み聞きの趣味はないが、耳をぺったりとドアに張り付けてみる。
「...良くありませんっ!記憶がないのを良いことにマリウス様を騙してる事実に何も違いありません!」
なにやらイリアさんが怒っている。なにを言ってたんだ?
「騙してるだなんて人聞きの悪い。それにあなたのためを思って。」
この人は誰か分からない。聞いたことがない声だ。何ら悪気もないといった調子だ。
「だからと言ってこんなこと許されるはずが。」
相手が話してる最中だというのに、イリアさんは遮って怒りの色を隠さず語尾を濁しながら言う。ドア越しからでも分かるくらい、彼女の口調は強く荒くなっている。
俺もなにをしているんだろう。気付けば俺は空気を殺して息を止めていた。
「イリアさん、どうか落ち着いて。」
聞き分けの悪い子供に教え込むような態度で相手は静かにイリアさんを宥める。
「すいません。ですが、私はマリウス様の従者であってヨーゼフ様にお仕えするメイドではございませんので。」
少し冷静になったのかトーンを落として反論する。明確な意思が確かにそこにはあった。
扉の向こう側なのに、決意じみたあの青目が鮮明に思い起こさせる。
「良いのね?そっちは沈む船よ。何度も言うように継承権はこっちの方に移ると決まったのよ?心中するのが望みなのかしら?」
相手も苛立っているようで、声色に微かな憤りを感じる。この人もイリアさんに執着する理由はどこにあるんだ?
「構いません。私はマリウス様のおそばにいられればそれで。」
その返事を聞いて、相手の女性は一瞬黙った。沈黙が数秒続く。返ってきたのは嘲笑う失笑だった。
「使用人風情が笑わせるわ。まぁ、いいわ。気が変わったらいつでも言いなさい。一人程度の枠は空けられる。その殿下と心中するつもりならいいけど。」
また少しの間が開き、最後に吐き捨てるように言葉を残す。
「よく考えることね。私達は所詮雇われの身。あなたの恋路は叶わない。それを忠義とは呼ばないらしいわよ。」
「お話は以上でしょうか。では、これで。」
イリアさんは最後まで冷淡な態度を貫き、相手は分かったと告げて去って行った。
「マリウス様。」
ポツリと突然の呼び掛けに反射的に肩がビクッと動いた。バレたのかと焦ったが、そんなことはなかったようだ。たった一言なのに悲哀の感情が伝ってくる。
「なんか疲れたな。」
誰も入ってこない部屋で俺は呟いた。マリウスの事情はよろしくないらしい。イリアさんには悪いことをした。自分の居場所に戻ろう。
前からベットに倒れ込み、仰向けになる。枕から伝ってくる羽毛の感触がこれまた高級感を醸し出してくる。
埃が舞った部屋にガラス窓から差し込む陽の光。俺はその踊りを見ながら右手を空に掲げた。
思わずため息が出る。落ち着け俺。まずは全体を思い出すんだ。
【軋轢のアキレスと亀】
このゲームは2部構成のRPGとなっている。前半は主人公アキレスが厄災に立ち向かう戦いを描き、二作目はその妹カリナが主人公となって描かれる。あくまでもエロRPGなので使えるシーンが盛り込まれてはいるものの、ストーリーとしては王道の勇者物だ。
冒険者アキレスが行き先々で発生した困難を解決する。それに尽きる。
カリナの方はというと、負けると敗北エッチシーンがかなり提供されていたはずだ。
触手、獣姦、洗脳、凌辱などレパートリー豊かな内容になっていた気がする。今はそっちを考えても仕方ない。
さてエロゲー要素についてだ。体液の接触が魔力の受け渡しに優れてるからエッチするだとか、強靭な身体を得るための条件に愛を育むだとか、プレイヤーを喜ばせるために様々な設定が用意されている。
ストーリーは単純だ。”厄災”と言われる魔素の侵食が世界の均衡を壊し始め、主人公らがそれに立ち向かい世界を救う。それだけだ。
そして、肝心の俺のことについてだ。マリウスはこのゲームにおける傘役と言っていいだろう。公爵家御曹司の立場から、アキレスを脅迫しヒロインの寝込みを襲ったり、これまた別な幼女ヒロインを誘拐監禁して凌辱の限りを尽くしたり。ド外道のクズそのものだ。
ヒロインを襲う理由として、この領地へ来たアキレスにマリウスが嫉妬したのが原因だった。彼の人徳や才能、大勢の人から愛させる人柄の良さを妬み、プライドが傷つけられたマリウスはアキレスの邪魔をしまくる。マリウスはただ自分が持っていないもの持つアキレスを羨んでいたのだ。
最終的にその報いを受け、アキレスに直接殺されたり、民衆から惨殺されたり、賊に殺されたり、各ヒロインからも鉄槌を食らうなど。
他の分岐ルートでは、マリウスがアキレスに決闘を申し込み、そのまま死亡する流れもある。数えたらいとまがない。
が、しかしだ。結局のところ、関わらなければ全て解決する。それらの”運命は”起きようがない。自分を殺しに来る相手とは言え、面識がない奴を殺すなんて非文化的行為はしないことは分かっている。
最大の問題は、自分が”破滅”しようがしまいが崩壊する世界を免れることは出来ない。終末が迫っている。
非現実の画面の向こうだったから非常に楽しめた。
楽しめたのは他人事だから使えたのだ。当事者になった以上、俺がヒロインを襲って犯すだなんてしたくない。生々しいし、人を傷つけたくはない。
俺はマリウスじゃない。このまま外に出なければ、この生活を続ければ死ぬこともないしいいじゃないか。
でも、それでいいのか。あんなに慕ってくれてるイリアさんを裏切っていいのか。何もしないことを選べば、俺が彼女の気持ちを踏み躙っているじゃないか。
「記憶が戻ったって言えばいいのかな。」
俺本来の姿なんて臆病者だ。他人に強気に出れないから他人に強気に出れないからビクビクしてしまう。未成年の癖してエロゲを買った瞬間が人生でトップ三に入るレベルで恥ずかしかったし、打ち明けることもなかった。
今更、マリウスの真似か。
どうすりゃいいんだよ。
「死にたくないな。」
俺は確かにそうつぶやいた。惰性から這い出た言葉は高くつくのは後々思い知ることになる。
生きていくうえで必要なのは喋ることよりもまず黙ることにあると。
―――――主を称え、献身し、試練を受けよ。さすれば、封印が解かれようとも、汝らは生き残ろう。なすべきことを教えよう。従うのだ。―――――
いないはずの声が聞こえ、全身の穴が開いたような寒気が走った。
急いでベットから跳ね起きる。
「誰だっ!」
大声で叫ぶが返事はない。部屋にも誰もおらず人の気配は感じない。
念のため、廊下のほうに人がいないか確認したい。
門のようなドアの前に立ち、恐る恐るドアノブに手を掛けたが開かない。
なぜ空かないんだ。さっきまでイリアさんの会話を盗み聞きしていた時は、鍵は掛かけていなかったはずなのに。
後ろを振り返ると、空間全てに淡緑の色味が掛かっており妙に違和感を覚えた。何かがおかしい。窓の外を見ると、飛んでいた鳥も、庭園にいたメイドさんや庭師も、いやこの建物全てが時間が停止してるかのように静止していた。
「どうなってんだよ。これ。」
超次元的な力に困惑していると、後ろのドアがギィッと音を上げ一人でに開いた。
それは廊下に出ろという意味に思えた。
◆◆◆
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