俺転生!しかも悪役ry)



初投稿です。温かい目で見守ってください。


◆◆◆










 男とも女とも分からない不気味な声を聴いて体感三十秒経った気がする。

あれは根源的に生物を畏怖させる何かであると分からせられた。


 恐怖からその瞼を開けずにいる自分が情けない。



「——ス様」


 未だ瞼を開けずにいると、どこからか声が聞こえる。切羽詰まったようなそれでも凛と意思が透き通る聞き覚えのない声だ。


「——リ——ス様!」


 うるさい。そんな大声出さなくても聞こえるって。身体が重い。頭痛すぎて体に力が全然回らねえ。


 重い瞼から霞んだ光が入り、深部から来る目の痛みがまだ生きてる証だと否応なしに教えてくれる。

 ぼやけた視界が徐々に鮮明になる。目の前に人がいることだけは理解した。


「ここは。」


 声を発してみたが、自分のものとは到底思えない超低音イケメンボイスが耳に届く。俺の声こんなんだったけ?その事実を疑いながら喉元に手を当てた。


「マリウス様っ!あぁ良かった。イリア!先生を早く!」


 意識が朦朧とする。胸が熱い。息をするだけなのに潰されているような感覚だ。

メイドらしきお婆さんが慌ただしく人を呼び込み、指示を受けた若々しい女の子がドアを走り去っていく。どう見てもメイド服だが本格過ぎる。病室?じゃないよな。

重い頭を動かすと見たこともない豪華な調度品の数々があった。まるで貴族の部屋みたいだ。いや待て、俺は今ベッドに寝ているのか?


「マリウス様っ!お気を確かに。」


 気怠さから瞼を閉じようとすれば、お婆さんが断続的に声掛けをしてくれる。ありがたいんだけど鬱陶しい。体が思うように動かない。俺の身体まじでどうなってるんだ。


 腕を動かすと血管にチューブ状のものが刺さっていた。しかも、それは首から全身に掛けて循環している。

 まじでこれどうなってんだよ。何だよこの管の山は。点滴とかじゃないし、ガス管でもないし、一体全体なんなんだこれは。

 状況が全く飲み込めず俺は一言も声を出せずにいた。



 眼球を動かし続けて目が痛くなった頃、ドアにノックが入る。


「失礼します。先生。こちらです。」


 お婆さんに行かされてた女の子が戻ってきた。女の子は礼儀正しくスカートの端をほんのり持ち上げてお辞儀をし、これから入ってくるであろう人物を手招く。

丸眼鏡と髭が特徴的な白衣の男が大きめの鞄を持って部屋に入る。医者なのかな。


「ふむ。」


 白衣の男は俺を見るなりあごひげをさすり始めた。黒いブーツがギュッギュと音を立ててこっちに向かってる。

 そして、おもむろに鞄から注射器、ビーカー、フラスコ、黒い液体、見たことのない器具等を取り出し机に並べる。


「失礼。」


 男は一言そう言うと、俺の眼球を人差し指と中指で広げられた。目はどこか遠くを見ているみたいで細められている。

 しばらく男からの熱い視線を受け止め続ける謎の時間が続く。全くうれしくない。


「問題ない。では。」


 男は満足げな顔をし、器具が並ぶ机の方へと視線を移した。黒のゴム手袋をはめ、なにやらガチャガチャと作業をし始めている。

 ボトルに入っていた黒い謎液体をビーカーに注いでおり、なにやら白衣の裾から光る鉱石を取りだし握り潰す。

 そして、それを液体に混ぜ合わせると注射器で吸い上げた。太い針からヒタヒタと不気味な雫が垂れる。え、今からそれ俺に打つの。怖すぎて目を瞑ることすらできない。


「や、やめ。」


 俺はガタガタと首だけ動かし拒絶を示すが、男は管だらけな俺の腕を掴み躊躇せず注射器を刺した。


「落ち着いて。」


 男は何一つ抑揚のない声で俺を宥める。眼鏡の奥に映る瞳は、全く俺に興味ないとばかりに冷たく輝いていた。


 じんわりと刺された痛みと共に何か得体の知れないものが身体の中に入って来る感覚を覚える。打たれた場所から白色の光が溢れ出す。全身の血管を伝ってアーチ線状の光が多数作られ、心臓近くを目掛けて駆け巡っている。やがてそれらは胸の中心へ収束していった。


 すると、身体の内側から本来の水の流れが戻ったような、力場が安定したような不思議な気分になった。

 身体中に蔓延していた倦怠感が薄れていく。気付けば息苦しかった胸の圧迫感がなくなっている。


「回路に以上なし。体調面に問題なければこの管も抜いちゃって良いでしょう。」


 男はカチャカチャ器具を片付け、自分の仕事は終わったと周りに告げた。お婆さん達女性陣はホッとした表情を浮かべる。ほんとなんだこれ。


「マリウス様。この使用人長ヒルダ。先生を送り返して参りますので、どうかご安静になさいませ。」


 お婆さんは俺にそう告げると深々と頭を下げ、男を連れて部屋から出て行く。


「ユーゴ先生こちらです。」


「はい。」


 二人は廊下の向こう側へ消えていった。医者だったのかあのおっさん。

 身体の変化に全く理解できず惚けていると、先程の女の子が話しかけてきた。


「マリウス様。御用がありましたら私めに何なりとお申し付けください。」


 歯に噛むような笑顔だ。思わずドキッとする。

 俺が寝ていたベッドの横には小さな丸テーブルがあり、その上には萎れた青のバラが入っていた。ボーッとバラを見ていると、彼女も花瓶の存在に気付き慌てて取り替えようとする。


「すいません。今取り替えますね。」


 花瓶の花を差し替える彼女からはどことなく甘い匂いが漂ってくる。

 俺は今一度自分の姿を確認した。袖や襟元に金の刺繍が施されており、完全に貴族そのものだ。

 気が動転していて気付けなかったが、近くで見るとこの子めちゃくちゃ可愛い。

 燃えるように赤く長い髪と透き通るような青い瞳、桜色の唇がとても美しい。


「あの。」


 意を決して声をかけたものの、発せられた声は思った以上に小さく相手に届かなかった。

 作業を終えた彼女は、それでは失礼しますと一礼し部屋から出ていこうとする。

背中を見せた瞬間、俺は咄嗟に彼女の手を掴み、肺に力入れてもう一度呼びかけた。


「あのっ!」


 さっきよりは大きな声で言えたと思う。


「はいっ!?」


 彼女は肩をびくつかせて返事をした。クリッとした睫毛が大きく揺れる。綺麗な瞳だなぁっ......あっ......これあれだ。街中で突然大声を挙げてる不審者を見る目だ。


「えっと、俺ってどうなってたの?それにここはなんてとこ?」


 俺変なこと言ったかな?彼女はポカンと固まってしまっている。


「マリウス様?お記憶が‥‥っ!?」


 彼女の手に抱えていたバラの花びらがパラパラと大理石調の床に散った。俺は、自分がどうなっていたのか、ここはどこか聞いただけだ。そんなに驚くか?

 待てよ。マリウスか。なんかどっかで聞いたことある名前だな。


「ごめん。ほんとになんも憶えていないんだ。」


 なにかうまい言い訳を考えようにも、見ず知らずの女性を相手にした経験がない自分が恨めしい。もう正直に言うしかなかった。


「そんな。」


 俺の言葉を聞いた途端、彼女は絶句していた。口元をわなわなとさせ、両手で覆う仕草を見せる。


「まさかまさかこんなことが。」


 神に祈っているかのように瞼を閉じて両手を組み合わせ、悲痛めいた独り言を呟いている。彼女は、鼻を鳴らしながら目をゆっくり開き真っ直ぐこちらを見据える。瞳から強い悲しみを感じるのはなぜだろうか。


「あなた様はマリウス・フォン・ウーリッヒであらせられます。マリウス様はウーリッヒ公爵家の長子。帝国貴族の中で最も多くの議席を保有される家系となります。」


 彼女の口調は丁寧だがどこか震えを帯びている。マリウス・フォン・ウーリッヒ。

あのマリウスか!間髪入れず彼女は、ここがどこか俺がどうなっていたのか教えてくれた。


「ここはベルトバル帝国領モレーヌです。マリウス様は、突如体内の魔素を循環できなくなる奇病に罹り一週間以上床に伏せておりました。私はイリア・ロレーヌ。以後お見知りおきを。」


 イリアさんから名前を教えてもらい深々と頭を下げられる。顔がよく見えないが、煌めやかに流れる赤髪から透明な雫がポタポタと垂れた。


 俺は破滅フラグ必須の悪役貴族に転生してしまった。



【軋轢のアキレスと亀】

 プレイヤーは主人公となって世界の災いを止めるため冒険をする……エロゲだ。旅先で会ったヒロイン達と恋愛したり、パーティを組んでエッチなことしたり、あんなことやこんなこと盛りだくさん。しかも、マルチエンディング方式を採用しており、どのルートでもこのNTR兼レイプ魔兼凌辱キャラであるマリウスは死んでる。

 金でものを言う世間知らずなこの男は、ゲーム中プレイヤーがバグ技で幾ら手を加えようとも必ず死ぬ運命にある。


どうあがいても死ぬ。



「まじかぁ。」

俺は天井を見上げて愚痴った。





◆◆◆



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