飛び込み取材

 

 溜まっていた仕事は結果的に終わらず、イシュメールは部下のためにミナスヨークの街中を散策することになった。

 少しの間だけ自由の身になれたはずであったが、中の様子が全く見えない無骨な行政執行事務局を振り返り、小さく唇を巻き込んで目を瞑った。誰にも悟らせることもなく静かに彼は口を引っ叩き、ミナスヨークの街並みへと溶け込んでいった。港町の昼は潮と重油の混じった匂いが漂っている。


 上質な牛革を使ったレザーソールは、最初は固く歩きづらいものであるが何度も履けば馴染むものだ。彼にとってはもう身体の一部のように感じている。入植者達が築き上げた昔由来の石畳の道は、工業地帯の武骨なアスファルト道路と比べると足への負担が激しい。洗濯ロープに吊るされた衣服が日差しに照らされT字に影を落す。街灯が比較的多い区画は、洗濯物と一緒に極星を鷲が咥えた連邦の国旗をよく目にする。彼は届かない手を伸ばした。


 文明と英知の結晶である飛行船が、バタバタと風にはためく国旗をびっしりと装着させ、上空を通り過ぎた。プロペラとエンジンが織りなす轟音が耳をつんざき、喧騒を繰り広げる人々の話し声も聞こえなくなる。イシュメールは帽子を押さえながら人ごみを縫うように進んで行った。


 歩みを進めていき、茶色のレンガ調から平らな白のコンクリート道路へと変わった。スーツ姿を来た者からチョッキを着こむ肉体労働者まで様々だ。


 ろくでなしと酔っ払いが南京虫を作る街の境目は、大体港の近辺に集中している。部下から大変信頼の厚い保安官達はここにいるであろうとイシュメールは踏んだ。前回もそうであったように、酒場や賭博場のある歓楽街にたどり着いた。


 港湾労働者の住居に隣接する地区は、アルコール、煙草、売春婦の香水が漂う活気づいた通りだ。夜になれば明るさを調整したランタンが一斉に光を放つ。折が設けられた商店が軒を連ね、色とりどりのネオン板が並ぶ。雑貨屋と宿の近くには、娼婦が男を客引きしていたり、吹き溜まりが盤に集まって酒と賭けを楽しんでいた。また、身元不明の男が路上で寝転がっている。そして、そこには必ずと言ってよいほど人相の悪い男がお互いの地区で佇んでいたりする。

 

 陽があまり差し込まず数人ほどしか通れない歓楽街の路地裏は、壁にチラホラと丸い穴が点在し亀裂作っていた。鼠が作ったものではなく諸所粉砕されたものも見受けられる。そんな路地裏の入口でも、単なる休憩所として壁に寄りかかる者は少なくない。


 イシュメールは、銃をいつでも引き抜けるよう右手首に意識しながら歩くことにした。 酒造倉庫に差し迫ったあたりで、第一目標としている相手を見つけた。


「ちょっと抜いてかない?」

 

  煙草に火をつけた女が、胸元を強調する露出度の高い服で客寄せをしていた。彼女は腰に手を当てて、紫煙をくゆらせながら、道行く人を眺めている。長い金髪は、毛先にかけて色が落ちておりパサついていた。


「ねえ、そこの人。私とどうかしら。」

 

 ゆらゆらと手を招き、イシュメールにも声をかける。それを彼は無視し女を素通りする。

 

「釣れないわね。」


 獲物を逃した女は、肩を落とし次の男を物色し始める。イシュメールは、その様子を確認できる距離を保ち歩みを止める。その瞳は一挙手一投足女の挙動に向けられていた。

 女が新しい煙草を吸い始めたのを見計らい、自身の腰に手をやる。女の関心ごとが自身から周囲へ移る瞬間を待っていたのだ。帽子を深くかぶり直し彼女に急接近し、横を通り過ぎる間際、イシュメールは素早く自身の手と女の右手に手錠をかけた。


「ウィリーは元気か。案内してくれ。」


 目を丸くした女は何が起きたのか分からず煙草の箱を地面に落としてしまう。


「火よ、あ。」


 状況を理解した女は、抵抗しようと咄嗟に魔術式の詠唱を始めたが、それは不可能となった。発動する前に、イシュメールが彼女の口に拳銃を突っ込んだ。がちがちと歯が鉄の塊に当たる音だけが聞こえる。彼女の脇と額は一面に汗が噴き出て滴っている。鉄を押し込まれて数秒後、とうとう静かに首を前に下ろし、彼女は彼のお願い事を承諾した。

 

「ウィリーはどこだ。」


「こっちだからその手を放して。」

 

「ダメだ。」


 有無を言わさぬ状況に追い込むイシュメールは、女を先頭に立たせ路地裏の最奥まで歩かせる。逃さぬよう相手の頭髪を乱暴に掴みあげ、前のめりに歩く女の髪はさらにパサつく。イシュメールは全く容赦せず手を離さない。


「痛いの。やめてったら。」


 甲高い怪鳥の声を出すも、路地裏の住人はすぐさま目を逸らし誰一人として見向きもしない。騒ぐ女を前にイシュメールは慌てた様子を一度たりとも見せなかった。


「黙れ。さっさと歩け。早くしろ。」


 抗議の声を上げるたびに、イシュメールは余った腕で平手うちを食らわした。何発かもらった彼女は口元を抑え押し黙ってしまう。地面にぽつぽつと水滴が滴り落ち、痛みに服従した女は赤くなった頬を気にしながらイシュメールに従った。



 女の発言権を踏み潰してしばらく経ち、倉庫裏の行き止まりへとたどり着く。そこには、壁際まで山積みとなった木箱が積まれていた。一見すればただの袋小路でしかない。しかし、木箱には埃が付着しておらず、手の跡が何個もついてるのを彼は見逃さなかった。


「ここか。」


 女に確認をとり、すぐさま勢いよく木箱を蹴り飛ばした。木片が飛び散る中、数人入れるプレハブ小屋が露わになった。


「開けろ。」


 なんら抑揚のない声で女に命令を飛ばす。これ以上この男がなにをするか分からない。もうこれ以上の面倒ごとはごめんだ。女は細心の注意を払って扉を開けた。


 酒造倉庫の裏手には小さな事務所があった。粗末な作業机と椅子、簡易ベッドとトイレが仮設され、機能性だけを重視したものだ。書類棚は綺麗に整理されており、色分けされた何層もの台帳が列を成して並べられている。


 机の上には、ペン建てと空になったウィスキーボトルが数本置かれ、日付と担当者の割当て表が書き残しとしてあった。そして、斜めに裂けたような頭の傷跡と眼帯をした禿げた男がしみだらけのベットで眠っていた。彼は女をどかしベットの足を蹴りあげて男を叩き起こす。


「ウィリー、おはよう。」


 衝撃を感じた男は勢いよく起き上がる。えっ、あのっと、突然の来訪者に驚愕を隠せず口をパクパクさせ、視線をあちらこちらへと動かす。


「仕事で疲れてるだろ。無理するな。」


 そして、声の主を凝視すると、拘束された女の脇から銃口が自身へ向けられているではないか。ガラの悪い男は恐怖のあまりまだ残っている片目が見開く。お陰で叩き起こされたのにいまだべットから身を乗り出せず拘束される形となった。


「あ、あ、あ、ああっ、あの。イシュメールさん。」


「お前次第で要件はすぐに済む。」


 イシュメールは淡々と無表情に言いつける。口調と声音は何を考えているのか全く読み取れない。


「連邦保安官の所在を知りたい。知ってるだろ。」


ウィリーは手を上げコクコク何度も首を縦に振る。


「は、はい。もちろん。彼等ですよね。」


「前置きは良い。」


 数少ない後ろ髪を細々と擦り、口と頬をグッと引き上げた人相の悪い男はイシュメールの顔を伺う。浮腫んだ頬をさらに膨らませ、視線は下や上とせわしなく動かし、片足でつけ根をかくなど落ち着きがない。


「最後に見たのはヒップノース4番街です。それ以外は知りません。」


「ああ。そうか。」


 知っている内容をきちんと話したウィリーだったが、イシュメールは一言呟くのみで拳銃を下ろさずにいた。


「あの、そろそろそいつは離してやってもらえないでしょうか。」


 問いかけに関し、終始無言のままイシュメールは男の目を見据える。


「いえ、出過ぎた真似でした。どうぞご容赦ください。」


 自身を守るはずであったチンピラの情けない姿に娼婦は鼻を鳴らした。ここであんたらに払ってる代金は決して安くないのにどれだけ保身を重ねれば気が済むの。呆れと同時に、怒りがこみ上げてくる。女は拘束されたまま、目の前の禿げた男を睨みつける。


「ウィリー、他には。」


「えっと、あっと、はい。こいつには言い聞かせて置くんで今回は、あの。」


 彼が必死に何かを話そうとするが言葉が詰まるだけ。要領を得ず、無関係な自分が未だに拘束されている娼婦は足をゆすり苛立ちを募らせる。

 イシュメールはこの男を詰める必要が出来たため、何も言わず彼女の手錠を外した。解放された娼婦は右手を何度か擦り傷がないか確かめる。そして、上あごを上げた女は不満の色を隠さずイシュメールを睨み、禿げた男に唾を吐いてその場を去った。


「さて、ウィリー。お前を生かした理由はなんだと思う?」


 男に質問を投げかけるも返ってこない。その反応に対し、イシュメールは家主の許可なく椅子を徐ろに蹴り上げ、箱詰めになったウィスキーを何本か取り出し小屋の壁に投げつける。割れるたびにウィリーの肩が揺れ動いた。流石に我慢ならず彼はイシュメールに掴みかかった。


「なにすんだっ!ふざけ。」


 しかし、彼の身体に触れることは叶わず、自身の顔に酒瓶がめり込む。禿げた頭に液体が滑る形で滴り、ウィリーは殴られた鼻に手を覆う。


「ぶっ!はにゃがっ。」


 その様子を見ても、イシュメールは容赦なくそれを二度三度振り下ろす。やがて男は抵抗を諦め、静かに床に崩れ落ちた。その姿は泣きじゃくる幼児のように身を固めている。


「や、やめて。やめてください。やめてぇ。」


 最後の一本を地面にそれを投げつけ、アルコール度数が高いウィスキーの独特の香りが部屋中に充満する。そして、彼はジャケットの内ポケットからライターを取り出しカチカチと鳴らす。


「それで、お前の回答はどうなんだ。協力する気があるのかないのかしっかりしろ。」


 ウィリーの眼孔は荒らされた箇所ではなく彼の持つライターに注がれている。いつ落とされるか分からない手付きと相まって、口ぶりはとても低く穏やかであった。暴力を機能的に扱うイシュメールは異質感と威圧感を放ち続ける。


「ももも、勿論です。協力させてください。お願いしますっ!お願いしますっ!!」


 大の男が何度も頭を擦り付け許しを乞うも、ドンっと壁に鈍い音がなる。イシュメールはその顔に蹴りを食らわせ、男の身体は壁に叩きつけられたのだ。


「いいか、お前を生かしたのは俺達に情報を流す役割があるからだ。」


 言い終えると、イシュメールは男の腹に蹴りを入れしゃがみこむ。苦悶の声を挙げ、痛がり腹を抑えるウィリーの手に無理やりライターを握らせる。火事が起きた場合、家主によって起こされたと証明するためだ。


「いつから俺がお前に出向かないとならない立場になった。それが分からないなら。」


 イシュメールは、ウィリーに残された片目を爪先で押しつぶそうとする。


「わ、わかってます、本当にすいませんでしたっ!お願いしますっ!」


 イシュメールの宣言に慌てて否定する。渡されたライターの火はフルフル震えていた。


「次はしっかりとな。」


 湿った床が鼻を突く匂いを漂わせる。それを確認し、ウィリーが手に持っているライターを取り上げ、内ポケットにしまった。ゆっくりと立ち上がるとコートに付着した瓶の破片を軽く払う。

 最後に、蹴り飛ばした椅子を片手でもとの場所まで戻し、ドアノブに手を掛け去っていった。残された男は壁伝いに立ち上がろうとするが膝が笑っている。



 来た道を戻り、落書きだらけの路地の外に出る。彼に歯向かおうとする輩は誰も現れずそのまま何事もなかった。

十字路を抜け、道に陽の光が差し込む。それと共に充満した排気ガスが彼の目と鼻に直撃した。舞い上がる埃に洗礼を受けたイシュメールは咳き込み目元を抑える。


 飛来する物体から目元を袖で覆いしばらく歩く羽目になってしまった。装飾品のない不格好なトラックが往来すると必然的に汚れた風が吹き荒れ歩行者を悩ませる。どうにもならない環境に悪態をつきながら目的地を目指し、広い街を進んでいった。


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