第9話 理由ときっかけと出会い。

9話 理由ときっかけと出会い。

「先輩、そのぉ」

 非常に言いずらそう、居心地悪いような、申し訳なさそうな形で友香がおずおずと自分のスマホを差し出してきたので、何だぁ、と思い、真也は覗き込む。

 画面にはレインが開かれており、そこには友香と母親だろうか、のやり取りが記載されていた。

「先輩の家に泊らなくて良さそうなので、帰ります」

「駄目よ・・・というか無理よ」

「どういうこと?」

「せっかくなのでお父さんとラブラブデートしてくるわ」

「つまり、どういう事?」

「つまり1週間以内って事よ。昔の事もあるし、そのまま泊めてもらいなさい」

「まって、流石に迷惑だよ」

「ごめんねぇ、もう飛行機乗っちゃった」

 そこでやり取りは途切れていた。

 つまりアレだ、帰る家はあるが一人という事なのだろう。

「だ、大丈夫なの?」

 首を左右に振り拒否を示す。

 まぁ、それはそうだろう、いくら高校生とはいえ、年頃の若い女の子が家で一人は少し、などと思ってふと、気になる一文が見えた。昔の事?

「三条さん、昔の事って?」

「先輩、2年前のちょうど今の時期のこと覚えてませんか?」

 か細く、声音も弱々し彼女を見ながら、2年前といわれ思い出されるのは、真也としては人生いきてきた中で最大のピンチを迎えた時間の事だった。

 そして、目の前の彼女が、妙におびえているような、そんな気がして、まさかと思い、目を見開く。

「え、でも、こないだは1度しかあったことが無いようなことを・・・」

 そう、図書室で告白された時確かにそういう確認をしていた。

 接点はなかった、はずだった。

「い、言えなかったんです」

 俯くその日頬には、スーと涙がこぼれていた。

 それもそうだろう、彼女にとっても、俺ともう一人、悪友の和也にとっても2年前の事件はあまりにも価値観や、心情を変えてしまうぐらいの非常に衝撃的なものだったのだから。

 その件に関して、彼女、被害者の口からなど、怖くて言い出すことなんてできないだろう。

「私、先輩に助けてもらえなかったら、どうなっていたのか」

 何も言えなかった。

 その事件の事は、思い出したくもないぐらい良くない話で、彼女が言っていることは事実、本当にどうなっていたのかわからなかったからだ。

「じゃぁ、静流さんが三条さんを気にかけてるのって」

「それもあります。でも、私が北に来たのは、先生に、静流さんに会いたかったからです」

「いや、会いたいだけなら・・・・」

 そう口を開くもその後の言葉は続かなかった。

 何故なら、真也と和也は、その事件後いく度となく彼女への接触を計ろうとして、ことごとく逃げられ、挙句に、最終手段で彼女の勤務先である北高へと入学するも、それでも捕まえるのに半年かかったぐらい、静流という人は、物事を徹底していたからだ。

 何せ同僚にすら捕まえる事の出来ない人らしいから、何の接点もない一生徒が捕まえるなんて、非常に難しいだろう、ましてや向こうはこちらを把握していた節があるぐらいだし。

 静流が真也たちにつかまったとき、問答無用で蹴り飛ばされ、何で入学してきたとしこたま怒られた事を、真也も和也も今だ忘れていない、それぐらい、彼女はその2年前の件について敏感で、それだけ大きな出来事だった。

 その大きな出来事の中心ともいうべき人間の一人が、今目の前にいる。

「よく、静流さんに怒られなかったな」

「いえ、わたし、入学試験の時にすでに怒られてるんです。それと同時に、ごめんなさいって、静流さん泣きながら誤ってくれて」

 耳を疑った。

 あの強く孤高と言ってもいい人が、泣きながら誤るなんて。

 そうは思いつつも、2年前の事件はそれだけ、関わった人たちの色々を壊してしまったのだと、改めて思った。

「じゃぁ、俺に告白したのってどういう事?」

「私、ずっと助けてくれた先輩の事が、気になってたんです。どうして自分が不利になるような状況になったのに、被害にあった私の事ばかりかばう様に、何も言わないのだろうって」

 それは、その事件があまりに被害者が一歩間違えばトラウマにすらなってしまうほどの出来事だったからだった。

 


 2年前。9月20日 市内某所

 逢魔が時、そう言われるような時刻が一番人の出入りや、夜と昼の境が全く分からない時間帯。

 その時間はよくない事を考える輩というのが頻発するのは昔からで、その日も何気ない路地の一角でそれは起きていた。

 帰宅途中の人の目は自宅へと向き、路地の一角になど向けられるわけもなく、ただそこには闇が広がっている。

 たまたまだった。

 たまたま通りがかり、気になって目を凝らすと、女子中学生らしき人物が、高校生だろうかに囲まれ、追いつめられているが目についた。

 真也はどうするか、というのを一瞬考えたが、考える間もなく、その集団に気が付かれない様に、近づいて行った。

「おいおい、逃げるなよぉ。俺たちと遊ぼうぜぇ」

 不敵な笑みを浮かべ、女子生徒を吟味する様に上から下までなめ回すような視線は、まるで獲物を見つけた猛獣のようで、実に悪党の三下が下世話な事を考えているときのそれそのままだった。

 ほかの連中、合計で5名ほどだろうかも、ケラケラと笑いつつ、中心核の男に何やら楽しそうに相槌をしながら、どんどんと女子生徒を追い詰めていく。

 どう考えても、この後の展開は彼女が慰み者にされる展開しか見えず、真也は一もにもなく飛び出し、不意打ちでまず一人気絶させ、その後の事は覚えていなかった。

 というのも、その後乱闘になり、女子性を守りながら大立ち回りそして入間に、いつの間にか一人男子生徒が加勢に入り、2人して簿とぼろになりながら高校生を撃退したのだった。

 その時の女の子の顔は覚えておらず、何とか助けられたことに安堵し、女子生徒はお礼を言ってその場を後にしたが事態はそれでは終わらず、なぜかこの助けた二人が、強姦と暴行の罪で捕まる事となってしまったのだ。

 その後、3日間拘留され、話すように説得やら説教やらを永遠されたのだが、女子生徒の件もあり、何も言えず何も言わなったことがさらに印象を悪化させ、2人は逮捕寸前までいったのだが、次に起きた事件で、2人は解放されることとなった。

 


「その話には、続きがあるんです」

 そう続きがあった。

 でもそれを言わせまいと、真也は友香を抱きしめ、何も言わせない様にした。



 真也たちが捕まる原因になったのはほかでもない、その女子生徒を襲う事に失敗し、あまつさえ中学生にボコボコにされた高校生たちの仕業だった。

 ボロボロの体で交番に駆け込み、真也たちに襲われたと言い、さらには強姦の罪までおまけにつけたのだった。 

 不幸だったのは、その裏路地から女子生徒が涙をにじませながら走り去る姿を、通りかかった通行人が何人も目撃していたとの事で、事態は真也と和也にとって最悪の事態へと転がってしまった。

 その後、捕まった真也たちを見て、ゲラゲラと愉快そうに笑い、ながら街に消えて行った高校生たちだったが、そこで終わっておけばよかったものの、その後、逃げられた女子生徒への終着をし、再度彼女を襲うという暴挙に出たらしい、らしいというのは、聞いた話だから。

 その時、大立ち回りをし、さらには真也たちの無実の証拠などをかき集め、友香をその高校生から救ったのが、静流さんだという事を、すぐに知る事となった。



 これが、2年前の事件のあらましであるが、勾留中、外で何があったのかを真也は全く知らなかったし、再度襲われた件についても何がどうなっていたのかは分からない、けど、少なくても自分たちの詰めの甘さが招いた事実だったのは、今でも変わらないと真也は思っていた。

 だからこそ、その時の礼を言いたくて、静流のいる学校に進路を決めたのだった。

 和也もまた、真也とは別の中学だったのにもかかわらず、同じ目的で北を選んだらしいことは、のちに2人とも失笑しながら話すこととなったのだ。

 そして、静流が真也と和也に会った直後に蹴り飛ばしたのにも理由があった。

 この件で婦女暴行未遂、ならびに虚偽申請、その他ものもろがあったらしいが詳しくは知らない、をした高校生等のが北高の3年生とだという事だった。

 その件で聞き及んでいることは、とある女性教員が、再起不能なまでに5人を痛めつけ、真相を聞き出し、そのまま退学処分と、病院送りにしたという話だけではあるが、真也よりも締め付けが緩く、すぐに解放されていた和也はその現場に居合わせたらしく、今もこの件で話をするのは怖いらしい。

 和也が静流に苦手意識がありながらも、憧れのような、尊敬のようなそんな複雑な心境があるのは真也も話を聞いて知っていた。

 以来、真也は静流に頭があがらないのは言うまでもなく、静流も来てしまったものは仕方ないと諦めてくれたらしかった。

 だが、まさかその事件の中心人物が、今こうして目の前にいるなんて、思いもしなかったのは事実だった。

 震えるその体は、今もまだあの時の恐怖や、真也の知らないところでの出来事があったのだろう。

 なんで自分があの時の女子生徒だと、言わなかったのか。

 何度となく、口まで出かけてそれは言ってはいけないと、真也は切実に思った。

 あの事件は、公にもされなかった事件で、正直、当事者たちも口を閉ざした事件だったことは、事件に巻き込前た真也も良く知っていた、だから言えるわけがなかった。

「泊ってけ・・・それと、親御さんにつないでもらっえもいいか?」

「ありがとうございます」

 それだけを言い、かおをうずめる彼女の頭を優しくなでてあげる事しか自分にはできないと、そう思いながら、真也はただ無心でかの自余が落ち着くまでそうしていた。




「あの、俺。言えわたしは・・・」

「(あ、真也君だっけ? 娘がお世話になっております。三条 友香の母の穂香です)」

「ご、ご丁寧にどうも。今お時間大丈夫ですか?」

「(ええ、何かお話かしら。娘の携帯よねこれ?)」

「はい、えっとぉ。その、娘さんを預かっても良いかというお話でお電話を・・・」

「(良いわよ)」

「いや、そんなあっさり、娘さんに何かあったら」

「(昔の事件は、君も知ってるでしょ。その事件に関わってたのが君というのも私は知っていますよ。だからこそ信用できると思ってますし、娘が好きになった人ですよ、信じたいじゃないですか)」

「し、しかし・・・」

「(アナタに頼みたいの。娘の事頼めるかしら。本当なら昔の件も含めてお話、したいんですけどね)」

 昔の件、と言われた瞬間、真也は無意識のうちに声が漏れそうになり、慌てて何事も無い様に相手に聞かれない様に深呼吸をする。

「(ねぇ、真也君。娘はね、助けてくれた王子様にほれちゃったの。ほれさせた責任、取ってくれるかしら?)」

「それは・・・・できません。そんなのよくありません。だから、彼女の気持ちを聞いて、自分の気持ちも確かめたうえで返答をしたいです」

 馬鹿正直だとは思う、でも2年前の事件の事があろうがなかろうが、真也としてはここだけは譲れなかった。

「(だからよ、だから私はあなたを信頼できる。誠実に娘の気持ちを受け止めて、真剣に向き合ってくれる貴方だから)」

「・・・・」

「(しばらくお預けしますね。なので、娘にもしばらく帰ってこない様にとお伝えください)」

「え、いや、ちょっと」

「(どういう答えを出しても、私は尊重しますから。頑張って。あと、娘に大人の階段を上らせても私は怒らないわよ)」

 そこで通話は切れてしまった。

 どうやら一定以上の信頼はすでに得ていたらしく、杞憂だったようだが、それでも真也としては、娘さんを預かる以上、礼儀は軽んじてはいけないと思ったのだった。

「お母さんなんだって?」

「こ、個性的な人だね。さ、最後の一言が余計だったけど」

 どうしてこう、真也の周りの大人たちはひと味も、ふた味も違う癖のある人ばかりなのかと、内心喜んでいいのか悲しんでいいのか、分からない複雑な心境になっていた。

「な、何言ってました?」

 落ち着きをだいぶ取り戻した友香が、伺う様に真也に問うが、答えずにそっぽを向いたので、なんとなく何を言ったのか察してしまった。

 はぁ、とため息をつきつつ、真也からスマホを返してもらい、台所にたとうとエプロンをとるが、そのエプロンがスッと手元から消え、奪われた先に視線を向ける友香。

「今日は俺が作るよ。ここ2日作らせちゃったし」

「えっとぉ」

「大丈夫、千春のようなものは出来上がらないからまず間違いなく」

 それを聞いてか、友香は苦笑いを浮かべながら何かを思い出しているようだった。

 どうも1日目、真也が爆睡していた時に何かあったらしいことは、目覚めてすぐに気が付いた。

「でも、何を作るんですか?」

「何食べたい? リクエストをどうぞ」

「そうですねぇ。では、先輩が一番得意な料理でお願いします」

 友香は少し考えを巡らせた後、少し意地の悪い笑みを浮かべながら、そう言ったので、これはアレだな、作れないのに見え貼るんだから、それなりのもの出てきますよねぇ、という感じだなぁ、と変に邪推してしまい、それならやってやろうじゃないかという、反骨精神のようなものが働き、真也は不敵な笑みを浮かべるのだった。

 その後調理に取り掛かる事2時間。

「これ、カレーですか? それからこれはターメリックライス?」

 香りを嗅いで、彼であると認識はできるが、妙に赤く、カレーのあの独特の茶色ぽいのとは少し似ても似つかないもの、さらにこちらは黄色いお米が艶々に立ったものが、皿に平べったく盛り付けられていた。

 カレーと、ターメリックは別々で、ターメリックライスが皿に、カレーが器によそられており、一見すると、これカレーなの? と聞きたくなる分け方がされていた。

「スープカレーだよ。えっと、カレーマン???とかいうなんか妙に怖く人のレシピなんだけど、簡単に作れてうまい」

「簡単なんですか?」

「1時間は間違いなくかかるけどね」

 それは簡単といってよいのかと、友香は思ったが、それよりも食欲をそそる香辛料のスパイシーな香りと、ターメリックの爽やかな香りが空腹を刺激し、お腹が少しなりそうになるのを必死にこらえており、我慢の限界だった。

「いただきます・・・・う、うぅ!

 一口食べた瞬間、友香の瞳は輝きを増し、美味しくてつい声が漏れてしまうほどだった。

 その姿に、どうやら満足してもらえそうだと、真也はそっと胸をなでおろした。

 気が付けば友香は、もくもくとただ食べ進めており、真也としては、予想以上の反応にお届きつつも、とても満たされた気持ちになってつい、彼女を見つめてしまっていた。

「先輩、美味しいです。美味しいですよぉ!」

「お、おう。お代わりもあるぞ」

「いただきます!」

 あまりに美味しそうに食べ、さらにお代わりも要求されたが、それがたまらなくうれしくて、真也の口は自然とほころぶ。

 食は人を豊かにする、そんな言葉があるが、まさにそうだと今目の前で無垢な子供の様に、屈託のない笑顔を向けられると、先ほどの沈んでいた過去の話も乗り越えられるようなそんな気がしてならなかった。

 食事を終え、紅茶を入れる、本日の紅茶は、メルシーミルフォワという名のブレンド茶で、甘い花の香りをイメージされて作られた紅茶だ。

 真也は紅茶も趣味の一つで、ブレンド茶を扱うお店にしばしば足を運んでは、自分好みのお茶を探している。

「先輩って・・・女子ですよね」

「いや、男だけど?」

 紅茶を入れ、友香の前に差し出す。

ソファーに隣同士で座り、お茶を口元に近づけ、花の甘い香りが隣から香ってくるのを横目で見つつ、楽しんでくれているのを妙に真也はうれしく感じた。

些細な事ではあるとは思うが、こういう細かい小さな幸せが、真也自身は非常に好きだった。

「おいしい。やっぱり先輩、乙女ですよね?」

「好きに言っててくれ。ふぅ~」

 紅茶を一口飲み、真也も一息つく。

 ここ4日ぐらいだろうか、隣に座る友香に告白され、昔好きだった幼馴染が突然の来訪更には押しかけてきて泊めろと言い出し、そしたら友香までもが泊まると言い出し。

 消えた娘を追いかけて、千春の母が乱入、大騒ぎの末、今はホテルに連行され、どういうわけか友香の母たちが家を空けると言い出し。

 友香を真也の家で預かることが決まったのと同時に、友香と真也の本当の接点が見つかるなど。

 まだ1週間もたっていないのに、よくもまぁここまで濃密な数日がすぎたものだと、真也は紅茶を見つめながら一人、物思いにふけっていた。

 そんな真也を友香は見つめつつ、呟くように聞いた。

「先輩、わたし、迷惑ですか」

 ここで迷惑だと言えば彼女は荷物をまとめ、真也の部屋から消えるだろう。

 だが真也自身は特に迷惑だとは思っていないし、彼女といるのは妙に心地いいとさえ感じていたが、これが恋なのかと問われると、微妙だった。

「迷惑じゃない。でも、好きかとか聞かれると、正直まだわからない」

「それでも、良いです。今はこうしていられれば」

 そう言って友香は頭を真也の形に預けた。

 一瞬体が反応しそうになる、しかし、人間の慣れとは怖いもので、反応はしなくなってきていた。

「先輩、明日は、デートですよ。その後、今の気持ち聞かせてもらいますよ」

「それは、三条さんに対して、それとも千春に対して?」

「両方です。私には、聞く権利があると思うんです。もちろん彼女も」

 方に乗っていた重みが離れ、こちらを向いたのが分かり、真也は隣に座る友香に顔を向けた。

 彼女の目は澱みなく、宝石のように輝いていて、吸い込まれそうになるのを真也は必死でこらえた。

 昨晩も感じたが、彼女に見つめられると、そのまま身を任せて思うがままにしてしまいたいと、そう思う自分がいる事に。

「お、お風呂、入ってきますね」

「ああ、ゆっくりしてくると良い」

 友香が気を使ったのか、それとも友香自身が今の少し甘い雰囲気に耐えられなかったのか、立ち上がると、真也に顔を向けることなく、そう言い放ち、パタパタと寝室に置いてあるバックに向かった。

 しかし、数分もしないうちに、ものすごい音ともに、ドアが開け放たれ。

「せ、せせせ、せぇ!」

「ど、どうした。とりあえず落ち着け」

 顔から手まで真っ赤にした友香が、声にならない声をあげながら真也に近寄り、顔がくっ付きそうなぐらい近くで言葉を発しようと必死にもがいている。

 あまりの剣幕に、いったい何事なのかと思ったら、その手には例の巾着袋が握られていた。

「みっ・・・見たんですか。中身」

 しまったと思った。

 先ほど彼女がいないときに中身を見てしまい、それをそっと彼女のカバンの中にでも忍ばせておけば問題なかったのだが、真也自身も頭が混乱しすぎたせいで、その存在祖すっかり放置したままになっていた。

 どこにあったのか、この場合聞くべきなのだろうが、聞いてしまった時点で、地雷を踏み抜く様な気がしてならなかった。

 しかし、すでに見たのか見てないのかの二択になっているので、知らないでつきとうせるのか怪し。

「ベットに、あったんですけど!」

 完全にアウトだった。

 そんなところに自然に移動するわけがない。

 真也は額にへんな汗が浮き出てきて、あれぇ、なんで俺が焦ってるのぉ、という疑問がよぎるも、そら見られたくないよなぁとも思った。

「えっとぉ。落ちてましてね、それでそのぉ、中身何なのかなぁと」

「~~~~」

 声にならない悲鳴を上げ、友香は寝間着や下着などを持つと、脱衣所へと消えて行ったのだった。

 完全に、言葉を間違えたかもしれないと思いつつも、こんなのどうしろというんだと、愚痴の一つも出てくる真也だった。



みみみみみみ。

 混乱し、脳内の言葉は(み)しか出てこない友香は、真っ赤な顔で、脱衣所のドアにへばりついて、次にもう泣きたい気持ちでいっぱいだった。

 バレた、先輩に中身バレた。

 痴女だと思われたよぉ、どうしよぉ。

 そもそも、あんなものを手渡してきた母が悪いのよ。

 だいたい今日だって、何でいきなりお父さんと旅行なんて。

 文句を言いながら、脱衣を済ませ、お風呂場に入り、シャワーを出してお湯になるのを待つ。

 シャワーはどうしてもすぐにはお湯にならないため、少し出して待つ必要性があるのだ。

「だいたい、どうするのよぉ、こんなの新婚生活みたいじゃない!」

 先ほどの、まったりと流れるような雰囲気と時間を、友香はたまらなく手放したくないと感じてしまっていた。

 だがそれと同時に、あの甘い時間が自分の中で酷くむずがゆく、歯がゆく、いたたまれない気持ちになったのもまた事実で、正直、このまま一緒に居たいという気持ちと、羞恥心が喧嘩を始めていて、どうするのが正解なのか、友香にはわからなくなり始めていた。

 そのうえ、逃げる様にバックの置いてある部屋に行けば、まさかの巾着袋がえっとの上に投げ出されていたなんて。

「~~~~」

 地団駄を踏みつつ、暖かくなったシャワーを頭からかぶせ、落ち着く様に自分に言い聞かせる。

 おそらくだが、母のアレは嘘だろう。

 母なりの気遣いなのか、それとも、本当に旅行へと行ってしまっているのかは正直わからないが、それでも、私が逃げ場を無くして、覚悟を決める。もしくは先輩の家に上がり込める口実をもう少し伸ばす、などなど、考えられる理由はいくつも存在した。

 我が母ながら、あきれてものが言えない。

 しかし、それでもありがとうと思う。

 頭をあら、体を洗い終え、お風呂の湯船につかるころにはだいぶ落ち付いていた。

 先輩、あれ見てどう思ったのかしら。

 そう冷静に考えれば、アレを見られたのだ、私にその気があるとか、思春期真っ盛りの男子高校生がソレに至らないわけがない。

 全身の熱が、再度浮上し、体が湯船よりも熱くなっているような感覚に襲われる。

「わたし、今夜どうしよぉ」

 泣きそうな声が、風呂場全谷に響き渡り、それがまた否応なく、この後の展開に逃げ場がない事を示していた。



 びっくりした、というか、迂闊だった。

 これでは、俺が彼女と夜のいけない事に前向きで、今夜にでもゼヒなどと言っているようなものではないかと。

 誓っていうが、断じてない・・・とは言えない。そら、昨晩からアレやコレやの、可愛い仕草や表情、寝顔、そして何より温もりと甘い香り。

 男子高校生がソレに耐えられるのかと言われると、今のところ耐え忍んではいる、しかしだ、流石にいつまでもは無理がある。

 てか無理です。

 自分自身にまるで友香に襲い掛かっても許されるんじゃないのか? という言い訳をまくしたてるように並べはしたが、ふとよぎる、2年前の出来事と幼馴染の3年前の顔。

「ったくぅ」

 頭をかき、乱れた脳内にある邪念を撲滅していく。

「いったん忘れよう」

 深呼吸をし、自分の風呂に入るための準備をするため実のドアを開け、すぐに閉めた。

 見間違いかとも思ったが、そんな事もなく、ゆっくりと再度ドアを開けると、そこにはバックの中身が散乱しており、洋服やら下着、ブラなどがまたとんでもない状態で散乱していた。

 おそらく、先ほどの巾着袋が存在しない事に気が付いた友香が全部ひっくり返し、くまなく探した後、あろう事かベットの上にアレがあったため、びっくりしてそのままこちらに聞きに来てしまったのだろう。

 アレだけ取り乱してればこんなもんかと、そう思い、散らばった服をかき集め始める。

  その中にはまぁ、ショーツやブラといったものもあったが、もはやこれだけ散らかってたら、それを恥ずかしいだのなんだのと言ってなど居られるず、一か所に集めたところで、綺麗に折りたたみ始めた。

 ただ無心に、そう、ただ無心に一つ一つたたんでいく。

 何をやっているんだ俺はとも思ったが、それよりも、綺麗にたたまれていく服などを見ると、一仕事したという気にもなるもので、術たたみ終えた時には、それなりの時間がたっていた。

 そう時間がたっていたのだ。

「せんぱぁい、お風呂あがり・・・」

「あ、あがったかぁそれじゃぁ俺も風呂にぃ」

「待ってください」

 真也が立ち上がり、友香の横を通り過ぎようとして、寝間着の友香に肩を掴まれ静止された。

「な、何をしていたんですか」

「ひっくり返したようだから、片付けを」

「せ、先輩のばかぁ!」

「うぉっ!」

 不意打ちにビンタが一発飛んできて、回避する事も出来ず、まともに受けてしまい、ものすごい音が鳴る。

 昨日もビンタの音聞いた気がするなぁ、などと他人事の様に思いながら、痛みに耐えるのだった。



 風呂から上がり、真也がリビングに戻ると、そこに友香の姿はなく、自室のドアを開ける。

 先ほど、ビンタをされた際、一様正座をさせられデリカシーとは何ぞやを説教される始末になったのだが、その時にせっせと洋服を片付けた後、真也が布団を敷いたはずだった。

 だが、部屋を開ければ、その布団が跡形もなく片付けられており、ベットには友香がすでに布団をかぶって就寝していた。

 かに見えたが、真也が入ってきたのに気が付いた友香が、顔を布団で半分書くし、目だけで真也のほうを見つめながら口を開いた。

「先輩には、今日はバツがあります」

「あ、はい。さっきの件ですね」

 自然と、ベットまで近寄ると、友香の目の前に正座をした。

 しかし彼女は顔を半分、鼻から上を出したまま、ジーと真也を見つめ。

「さっき私の下着とか、触りましたよね」

「はい・・・」

「邪な気持ちはなかった?」

「そのとうりです」

「でも、デリカシーにかけますよね」

「返す言葉もございません」

「罰が必要だと思いませんか?」

「な、何なりと」

 淡々と語る口調が少し怖く、真也は彼女が欲しているであろう言葉を並べてなんとか機嫌を直してもらおうと動力する。

「一緒に・・・・このベットで寝てください」

 すごく弱々しい声が何かをつぶやき、真也は聞き取れず、小首をかしげる。

 今なんと言った。いやまて俺、ここで選択肢をミスり、聞き間違えなどしようものなら変態の烙印を押されかねない。慎重にだ、慎重に。

 今の言葉が聞き間違いの可能性があることを考慮し、真也は慎重にすまん、もう一回頼むと友香にお願いをしてみた。

 彼女も、流石に今のでは聞こえなかったのは重々承知はしているが、それでも再度同じ言葉を言うのには非常に勇気が必要で、約1分ほどだろうか、沈黙が流れたあと、意を決したように再度口が動いた。

「私と一緒のベットで、寝てください」

 今度は真也の耳にもはっきりと聞こえ、硬直した。

「な、何を言ってるんだ? 意味わかってるか?」

「な、何を勘違いしてるんですか。変な事したら怒りますよ。寝るだけです。正確には私のだ・・・」

 だ、で一度言葉が切れ、友香は深呼吸をし、意を決したように言った。

「抱き枕になってください。さ、ささ、さっきの罰です」

 友香の顔も耳も真っ赤で、非常に恥ずかしそうにしているのが可愛らしく、言われている真也のほうが恥ずかしくなってしまうほどで、真也の顔も自然と紅色に染まる。

「えっとぉ、本気」

 聞き返さないでほしいという目で、睨み返され言葉を失う。

 少し悩んだ後、俺の精神と理性よ、無事に朝を迎えてくれよと祈りながら、部屋を一度出て、玄関の戸締りなどを終え、再度自室に戻り、深呼吸する。

 その勢いのまま、ゆっくりド自分のスペースであろう場所が空いていたので、そこに体を滑り込ませる。

 友香が布団に長くはいっていたせいか、すごく柔らかい温もりが全身を包み、真也は居たたまれない気持ちになりつつも、やべぇ、あったけぇと口走りそうになるのを必死に抑えながら、その温もりを堪能していた。

 すると、ギュッと、今朝と同じように、友香が真也の胸元の服を握ってくる。

 抱きつく勇気が無いのか、それが精いっぱいという様に、微妙に小刻みに震えながら、必死にしがみついているのが非常に可愛くて、つい自分の視線が彼女のサラサラの後頭部にある事に気が付き、真也は彼女の頭を抱きしめる様に、優しく包み込みながら頭を撫でた。

 最初こそびくりと震え、ていたが、やがて落ち着いてきたのか、それとも撫でられることになれたのか、その震えはいつの間にか収まっていた。

「の、覗かないでください」

 真也が、そんな彼女の顔を見たいという至極まっとうな欲望に逆らえず、布団の中の彼女の様子を見ようとしたら、静止するよう求められてしまった。

「頭、撫でててください」

「良いのか?」

「嫌じゃないので。撫でててください」

 甘え方が下手だなぁ、などと思いつつ、真也は言われるがままに、その体制のまま友香の頭を撫で続けたのだった。

 ゆっくりと、時は流れ、甘いような、切ないような、そんな雰囲気に包まれながら、気が付くと、2人とも、夢の中へと静かに旅立っていったのだった。

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