第10話 デートと決断。

第10話 デートと決断。

 翌朝、ゆっくりと目覚める、本日は土曜日で、約束のデートの日だった。

 だが真也は、目が覚めはしたが、胸元で自分の寝間着をがっちりと掴む女の子を振りほどけずにいた。

「昨日も思ったが、三条さんなんでそんなにギュって掴むかなぁ」

 小声で、起こさない様に独り言をつぶやく。

 まぁ呟きたくもなるだろう、何せ、昨晩互いに眠りに落ちた時とほぼ同じ体制のまま、動いた形跡が全く無いのだ。

 おかげで睡眠はとれているが、妙に体が硬く感じた。

 とりあえずその場で伸びをし、体をほぐす、昨日はあまり意識などしないで彼女の髪を撫でていたが、改めて真也は、目の前の友香の髪の毛を見て、とてもきめ細やかでサラサラとしているその髪に触れた。

 ゆっくりと優しく包み込み、手を滑ららせると、自然と丸みをサラリと撫でる事となり、その手触りが、男としてはふれる事が滅多にない、メッシュ生地の様に滑らかで、心地よい。

 ずっとさわって堪能していたくなるような、そんな感覚だ。

 たまに、カップルの男が彼女の頭を撫でるなどというのを町やドラマなどでよく見るシーンであり、出来事でもあるが、それを見るたびに何が楽しいんだと、毎度リア充めぇ、と思いながら見ていたが、これは納得だった。

 ついつい触りたくなってしまうのだ。

 おそらく女性の中にはこの行為自体を嫌う方もいるだろうし、逆にこの行為が恥ずかしいと感じる男性もいるのだろう、だが、あまりにも真也の目の前にある友香の髪質が良いのか、ついつい止まらなくなってしまっていた。

 そんな朝のひと時を堪能していると、流石に違和感に気が付いたのか、友香が身じろぎし、重たい瞼がゆっくりと開かれる。

 友香は自分の頭が撫で繰り回されている事に気が付き、起き抜けだというのに、みるみる顔が赤くなっていった。

「せ、せせせ、先輩は、朝から私に何を!」

「えっと。ナデナデ?」

「む、むやみに撫でないでください!」

「それを言うなら、まずそのなんだ・・・・解放してくれその手に握ってる俺のぱじゃま」

 言われてはっと気が付く、昨晩勇気を出し握りしめた胸元の服を自分が今だ後生を大事に持っているかの如く、強く固く握りしめていることに。

「ごめんなさい・・・」

 ゆっくりと、握っていた力をやわらげ、解放すると、真也の引っ張られていた服の感覚と握られていた温もりが、スーと遠ざかるのを肌で感じ、真也は昨日も思った妙な寂し名を感じた。

 それからは不思議なもので、昨日とは違い、今回は友香のご要望により一緒の布団で寝ていたためか、特に2人とも取り乱すことなく、起きだしたが、やはり気恥ずかしさは残っており、お互いに視線を向けられないまま、朝のっ支度を各々はじめた。



「今日って俺、実際どうすれば良いんだ?」

 2人で真也自宅を出て、目指すはデートスポットではなく何故か一度友香の自宅だという。

 というのも、彼女がおしゃれ着、つまりはデート用の勝負服に着替えたいからという話で、一度彼女の自宅に戻る事となったのだった。

「一様、千春さんには10時に駅前に来てもらう予定で、そこからお互いにじゃんけんで、先制か後攻を選んで、そこから前半と後半で先輩は一人ずつデートをしてもらいます。

 その後、次の日お昼に、先輩のお気持ちを私と千春さんで聞くという流れにしたんですけど、大丈夫ですか?」

 道すがら、段取りを確認しながら、友香は真也にこの流れで良いかを問いかける。

「分かったそれでいい」

 真也としても、過去との決着と、次に進むための一歩を決める非常に重要な話であるともいえるし、純粋に、この2人とのデートを楽しみたいという気持ちもあった。

 またそれとは別に、自部の気持ちが今どこを向いていて、この先どうしていきたいのかという事も確かめる必要があると、そう思っていて、情けない話、変に身構えてる部分があった、それを察してなのか。

「先輩、リラックスです」

 と気を使って友香が笑顔で声をかけてくれる。

 そんな彼女の気遣いがたまらなく心にしみて、真也はこんないい子の本気の気持ち、絶対に適当な返答はできないと、強く思うのであった。

 そんな話をしながら、電車を乗り継ぎ、一度三条家のある2駅先の隣町へとやってきた。

 駅を出て、少し進み、閑静な住宅街へと入っていく。

 駅から20分ほど歩くと、三条家についた。

「先輩、少しここで待っててください、支度してくるのと、追加の荷物取ってくるので」

 これからまだ6日は彼女が真也の家に泊る、というまた不思議な状況になったため、一度洗濯物などはを自宅に持ち帰り、新しいのと入れ替えるなどと言い、彼女の手には一度、真也の家に持ってきたバックが握られていたのだった。

 その中には例のアレも入っているのだろうと、余計な事を真也は考えた矢先、友香に一括され、誤ったのが今朝出かける前の出来事だった。

 15分ほどだろうか、そろそろ待ちくたびれてこようかという時間がたったころ、三条家の玄関が空き、大きなキャリーケースと、小さなお出かけ用なのだろうバックを肩から下げた、見覚えのない女の子がそこからあられた。

 髪は、ふわふわのウェーブがかかり、耳にはノーホールドピザすというのだろうか、つけるタイプの花をあしらった白と紫色の桜をイメージしているようなピアスがきらりと光る。

 さらに、服装は、英国風のお嬢様を意識するような、白のリボンのブラウスに赤のボウタイワンピースと言えばよいのだろうか、非常に目を引くデザインではあるが、そこに清楚さがあるような、そんな服装で、黒のタイツを穿き、靴は茶色の皮系パンプスと。

 顔にも継承が施され、目元はうっすらとピンクの様なシャドーが入り、頬も先ほどより少し白いながらも望ましい健康的な感じで、口元も、目立たないながらもしかりとした健康的な色がある、パールピンクというのだろうか、そんな感じのメイクで、まさに彼女の清楚さを可愛いに少し押し出した感じのお出かけスタイルであった。

 話には聞いていたが、化粧や、服装だけでこんなにも女性はイメージや相手に抱く印象が違うのかと、唖然とするほどに、友香はさっきまでとは別人に真也には見えていた。

「先輩、どうですか・・・か、可愛く・・・してみたつもりなのですが」

 女性は本気を出すと別人になる、などと良く母親が言っていたのを真也は思い出し、なるほどこれは予想の斜め上だと、友香のあまりのかわり様に胸が高鳴る。

 綺麗に着飾り、いつもとは全く雰囲気の違う友香が非常に魅力的で、あれ、俺に告白した子で会ってるんだよなぁと頭が混乱して仕方がない。

「なるほぉどぉ」

「な、ナニガでしょうか?」

 真也の誤魔化すように言うが、ごまかし切れていないのがまるわかりなぐらいの動揺をしているので友香はもうそれだけで、心が躍るような気持ちで、すかさず彼の胸元まで近寄ると。

「先輩ってぇ、可愛いですよね!」

 弾むような声色で、そう言うと、真也の鼻に香水の甘い香りと、化粧品特有の匂いが香り、それだけで心拍数があがったのが自分でも手によるように分かった。

「そ、それ、持つ」

 話してしまえば、このままでは思わず恥ずかしい事まで行ってしまうのではないかという懸念から、短い言葉しか出てこなくなってしまう真也に、やったぁ、こんなに喜んで意識してくれているよぉ、と喜ぶ友香。

 対照的な2人ではあるが、非常にバランスが良いのかもしれず、スッと差し出されたキャリーバックを真也がもつ形で、三条家を後にした。



「よっしゃナイース」

 三条家2階から、自分の娘と、娘の意中の男性の、青春ラブストーリを覗き見ていた母、穂香は、大きくガッツポーズを決めていた。

 何故、この人が家にいるのかという話だが、どうやらあのメールは嘘だったらしく、娘を焚きつける良い切っ掛けになる、などと思って、わざとやったのだが、まさかこんなにうまくいくとは穂香も思っていなかったらしく、先ほど帰ってきた娘が、今からデートだと言い出した時に追及もされたのだが、適当にごまかしつつ、娘が晴れ舞台に立つ時のために買っておいた服を出し、お化粧をし、ノーピアスの小物までつけ、ささっと15分で支度を済ませたのは、母のなせる業ともいえた。

「なるほどぉ。あれが噂の無鉄砲君ねぇ。良い男捕まえたなぁ」

 我が娘ながら男を見る目があると、二階の小窓からそんな二人を眺めながら、甘い雰囲気に少し当てられ、頬が緩む。

「今日・・・誘ってみようかなぁ」

 などと、娘の非常に嬉しそうな課を見ながら、自身の愛する夫に今夜はたっぷり可愛がってもらおうと、年甲斐もなく思いながら、彼らの後姿を見送った。



「デートなんてしたことが無い」

 ホテルの自分の部屋で、本日の服をどれにしようかばらまきながら、自分が今までいかに女子として、可愛い服というものに縁が無かったのかというのを突き付けられていた。

 千春が日本にもってきていた服その者が、着られればいいや、という女子としてそれはどうよ、という服から、一様女子だねと言える、スカートや、ワンピースやブラウスなどといったもの。

「後はこれか・・・・」

 そう言いながら手に取ったのは、もはやデートと言うより仕事へ行きます、と言われたほうが分かりやすい、タイトスカートと、ワイシャツに赤のカーディガンだった。

 これは無い? でもなぁ、とふと、2日前、真也の部屋で友香が風呂に入り、真也が見ていないすきを見て、真也の絵やを物色していた時に見つけたエロ本、そこには、タイトスカートにオーバーニーソックス(白)をはいた女の子が、上半身のシャツのボタンをはずし、色気のある流し目で写る、まさにこれから襲ってくださいというような、そんな姿をした女の子がいっぱいの、タイスとスカートニーソ特集、とかいうエロ本を見たからである。

 オーバーニーソが何ぞやと思った千春は、昨日のうちに学校がいりに洋服屋により、一様購入はしてみたが、今までこんな長めのソックスなどは居たことが無いので、自分に似合うのかすら怪しかった。

 なので、店員と相談しつつ、どうしたらよいのか、という話をしているときに、追加でソックタッチも進められ、それも購入した。

 そもそもソックタッチとは何ぞや、と千春も思ったので店員に聞くと、少し驚かれもしたが、どうやらはいているソックスを一定の場所や位置に自然に固定でき、ずり落ちたりしないようにする女子必須アイテムとの事だった。

 確かに、ソックスは動いていればズレるので、こういう細かいアイテムは見栄えなどを気にする女子としてはもっていて損はないだろう。

 なんか微妙に商売の匂いがしなくはないが、そんな事は今は関係ない。

 どうしても、彼の好みに合わせ、可愛いと思わせ、自分に意識をさせて、3年前の告白をやり直しとはいかないまでも、私の気持ちを変えに伝えなければならない、それにはやはり雰囲気作りは非常に重要であると言えた。

「よし、決めた」

「何決めたのか知らないけど、何それ、どこのОLなの? 色気は? 可愛さは?」

「お、お母さん?!」

 いつから覗いていたのか、春奈が、我が娘ながら情けないと言わんばかりに頭に片手を当てながら、やれやれという様に娘に近ずくと、その長い髪に触れ。

「まずこれからね。それと、なんでソレなの?」

「えっとぉ、シー君の部屋のエロ本でぇ」

 まで言ってはっと口を慌てて抑えるが時すでに遅く、春奈の耳には入っていたようなのだが、しかしその顔はいつもの軽い感じはなく、むしろ険しい表情をしていた。

 おもむろにワイシャツを手に取ると。

「これが可愛くないのよねぇ。ああ、そうか」

「え、何、ちょっとぉ。きゃぁあああ」

 春奈は娘におもむろに近づくと、娘の服をはぎ取った。

「やっぱりぃ・・・ちょっと待ってなさい」

 何がやっぱりなのかさっぱりわからない千春だが、大変難しい顔をして部屋を出て行った、そして3分ぐらいで戻ってきた。

「これと、これとぉ・・・・えっとあとこれか」

 そう言って並んだのは新品のブラと、ショーツ、さらに少しフリルのついたワイシャツに近そうな白のシャツ、それから緑のチェック柄ミニプリーツスカートだった。

「多分だけど、タイトスカート好きなんだろうが、ニーソだと思うわよお母さん」

「はぁ? って過去の下着なに?」

「え、そらぁ娘の勝負の日よ。見られてもいい白のフリルのついたブラに、花柄の白のショーツよ」

「え、いや、見せないし!」

「なに言ってるの。見えた時に恥ずかしくない下着をつける、女性としてのマナーなのよ、それにもし見えてみなさい、ソレにときめくかもしれないのよ」

「お、お母さんは何を言ってるの?!」

「本気で意中の男性を落としたいなら、全部に気を配るのは当り前よ。お父さんはそうやって私に落とされたんだから!」

 ドタドタと何かが倒れる音が、続いて、オイこら娘が誤解するだろ止めないか! という叫びにも似た声がドア越しから聞こえてきた。

 どうやら本当に母にそうやって落とされたようだ。

 しかし、つまりは実体験で成功例という事になる。

 千春は生唾を飲み、母を見ると、母はサイズアップをし満面の笑みと白い歯を娘に見せつけてきた。

 自身で考えていてもらちが明かず、現在時刻はすでに9時を少し回っており、駅前に近いホテルに居るとはいえ、そろそろ時間的余裕もなくなってきていた。

「あの、プリーツスカートの色なんだけど・・・なんで緑?」

「正確には少し紺に近いやつね。いくつか買ってあったのだけど、白のオーバーニーソックスだと、これが映えるんじゃないかしら?」

 さすがは自分よりも年上、色々配慮がなされている。

 そう思いつつ、アレだけ怒った娘にここまでしてくれる母に、嬉しさのあまり泣きそうになった。

「ほらぁ、こんな事で感動して泣いてると、お化粧できないでしょ。髪もあなたは長いのだから、サイドダウンにして、少し大人っぽい感じにするわよ」

 言うが早いか、早速着替えるように指示が飛び、千春は、慌てて、母の言うとおりにあれやこれやと、着替えを始めたのだった。



 9時53分。

 駅に着いた真也と友香は、待ち合わせ場所である駅前の広場にやってきた。

 真也の手には、自分の少しの荷物と、友香のキャリーバックが握られており、友香も、お出かけ専用のポーチバックを身に着けていた。

「そろそろ10時ですが、もう来てたりするんですかねぇ?」

「いいや、アイツの事だからギリギリになるぞ」

「幼馴染って、こういう時意思疎通しなくても互いに分かってる感があって、なんかずるいですよね」

「あー、誤解ではないが、そんなにいい話でもないぞ。恥ずかしい事とかほぼ筒抜けになるから」

「そ、それは嫌ですね」

 そんな他愛もない無い話をしていると、時間は10時を示し、広場に1時間ごとになう時刻を知らせる鐘が響く。

「時間ですがぁ・・まさか、怖くて逃げたとかはぁ、無いですよね?」

 ほぼ冗談のつもりで言った友香だったのだが、真也としては冗談に聞こえなかったらしく、片手で髪を掻き上げながら、ありそうだなぁ、とつぶやいた。

 それから少し、すると、友香の携帯が着信を知らせる音を鳴らす。

「はい、もしもし?」

「(さ、三条さん・・・・えっと、化粧が、メイクが・・・)」

「(ほら動くんじゃないわよ・・・・)」

「分かりました。遅れるんですね。では本当なら前半にどっちがデートするのかとか、色々決めるつもりだったのですが。私が先行で良いですか?」

「(な、何でもいいです。まだかかるみたいなので・・・・)」

「じゃぁ、とりあえず千春さんは2時からという事で、それまでに用意終らせておいてください。待ち合わせ場所は、駅前の広場で」

「(ごめんなさ・・・プツ、ツー、ツー)」

 どうやら相当立て込んでいることは、電話越しでも伝わってきたため、友香はため息をつきつつ真也を見た。

 今のやり取り、ほとんど友香の声しか聞こえて居ないはずの真也だが。

「どうせ、春奈さんがやる気出しちゃって、時間に仕上がらない感じになってしまったんだろうなぁ。あの人、熱中すると長いから」

「そういう、分かってるぅっていうのが、ちょっと・・・・何でもないです」

「いや、ごめんね。という事は、このままデートかな?」

 少し苛立ちが言葉の端々や態度に出てしまった事を反省しつつ、友香はそっぽを向き、流石に今のは自分でもまずかったと思ったのか、真也も謝罪を述べた。

「あ、先輩、そのキャリー、大きいコインロッカーが駅構内にあると思うので、そこに一度預けましょ?」

「この大きさだけど、入るロッカーなんてあるの?」

 普段使うことなどめったにない、コインロッカーというシステムのため、実際にどのサイズのものがどれだけ入るのか、真也は未知数だったが、友香は知っているのか、ちょっと高いんですけどねぇ、などと言いながら、それがあるらしい場所に足を向けていた。

「普段使う事ってあるの?」

「私は無いですよ」

「ならなぜに知ってる?」

「ああ、えっとぉ、クラスメイトのこう、遊んでる子たちが話してるのを小耳にはさみまして。それで一度そんな大きいモノ存在しないだろぉ、と思ったのですが、マジでありました」

 案内をされ、駅構内のコインロッカーが集中する場所に行くと、足元から1メートルぐらいの少し大きめの細長いロッカーが存在し、うわぁ、マジであるんだぁ、と真也が感動したのもつかの間、そのロぃカーの預ける金額を見て固まった。

「ねぇ、三条さん。ロッカー手こんな高いの?」

「私も驚きましたけど、700円はちょっとしますね」

 コインロッカーの前で、高いなぁとか思いながら、財布を取り出し、真也はすかさずコインを入れた。

「え、先輩、それ私が」

「デートだろ? これぐらいは出させてくれ。そもそも、千春の件にしたって俺が招いたことだと思うし、結構巻き込んじゃってるから」

 友香はそれどもと言いそうになり、なんとか口を噤むとにっこりと微笑んだ。

 その微笑が了承だと受け取った真也は、ほっと胸をなでおろす。

「それでだな、デートの前に少し寄っとかないと、非常にまずいところがありましてね」

「先輩にして歯切れ悪いですね」

「まぁ、その、多分顔出してもろくな事にはならないから、電話にしときたいんだけど、流石に失礼なので」

「どこ行くんです?」

「バイト先・・・」

 ああ、とそこですっかり真也がバイトしていた事を失念していた友香は、そう言えばと思い、その後、大丈夫なのかと伺うように見るが、彼は引きつった笑みを見せるだけで、大丈夫なのか大丈夫じゃないのかいまいちわからない反応をしていた。

 多分これ、ダメなんだろうなぁと、友香は思っていた。

 程なくして、デートの前に真也のバイト先のスーパーに付いたが、個人経営なのか結構こじんまりとしている。

 2人で中に入った瞬間、いらっしゃいませー、という声が耳に届きそちらに視線を向けると、毛髪が絶滅を迎えた、きらりと光る頭を結構カッコよく光らせた、小柄なおじさんが、レジに立っていた。

「社長・・・えっとぉ」

「おお、なんだ真也か、どうしてた・・・って何そのベッピンさん」

「てんちょ古い」

「え、先輩。あの社長? 店長?」

 真也が最初に社長と呼び、ツッコミを入れるときに店長と言っていので、友香は混乱してしまい、その店長さん?と真也を交互に見ていた。

「店長は社長でもあるんだが・・・えっとぉ、色々面倒くさいんで、店長で大丈夫だと思う」

「何だなだぁ。可愛い子はぶらせて・・・なるほどぉ、休みの交渉に来たな」

「は、話が早いのは良いんですけど・・・・」

「あいにく見ての通り暇だ。だが、そろそろ出てきてくれるとありがたいんだがぁ」

 店長の目が、暖かいものから一瞬だけ鋭く冷たいものに変わり、友香はうわぁ、怖いわこの人と、その刹那で感じ取り、顔が引きつりそうになる。

 真也もそれをやられ、たじろいだ様に見えたが。

「すんません。今度埋め合わせするんで、月曜までお願いします」

「ほいよ・・・・あとほら、これもってけ」

 そう言ってレジ横に設置してある、大手パン流通のロゴの入った中華まん蒸し器の中から、中華まんを二つ取り出し、友香と真也に渡す。

「え、お金」

「店長そこまでケチじゃないんだよぉお嬢さん、その分は仕事してこいつにがんばってもらうんで、今日はこれ食べつつ、あとこれだ」

 そう言ってさらに缶コーヒまでもレジの下から出てきて、それを手渡された。

「相変わらずそこに隠してんですね」

「俺の店だから良いんだよ。ほれ、行った、行った」

 そういうや否や、店長は友香と真也の背中を押し、入り口と出口が一緒なのかよくわからないが自動ドアのところまで来ると、2人を追い出した。

「えっとぉ。ごちそうさまです」

「ホント良くできた子だ。こいつの事、お願いしますね」

「オトンかアンタは!」

 がはははは、と高笑いをした店長をしり目に、2人は店を後にした。

「良い人でしたね」

「ぶっちゃけ良い人ではあるんだが・・・食えないんだよあの人」

「そんなふうには見えませんでしたけど?」

「知らんほうが幸せな事もあるいい例だよ、怒られなかったのはまぁよかったよ。多分その分は本当に体で帰すことになるだろうけど」

 真也は貰った缶コーヒーを開け、一気に飲み干す。

 なんかやけ酒ならぬ、ヤケ缶コーヒーみたい、と友香は思ってクスクスと笑う。

 真也も、今ので気まずい雰囲気にならなくて済んだと、ほっと胸をなでおろしつつ、2人で中央平場へと足を向けた。

 駅前の中央広場は、どこへ向かうにも立地が良く、まずここに戻ってくることで行先の幅が広がると言っても過言ではなかった。

 そのため、友香と真也は特に何も言いあうことなく、ここまで戻ってきた。

「で、どこ行く?」

「う~ん、無難なのは水族館や遊園地なのですけど、2時までなので、そういう所だとあまり楽しめないんですよねぇ」

 確かにそうである、時間配分的には非常に微妙な時間帯で、現在時刻が、何よ関与やってるうちにすでに11時20分になっていた。

 この時間からのレジャー施設などは厳しいだろう。

「先輩、先輩の趣味ってなんです?」

「お茶、料理、読書だけど?」

「あ、それなら先輩が入れてくれたお茶が売ってるお店に行ってみたいです!」

「そんなんで良いの?」

「先輩が普段何をして、どんな事をしてるのか、気になりますし」

「そういうものかねぇ」

「先輩。女の子は好きな人の色々を知りたいものなんですよ」

 そう言って真也の目の前にたち、人差し指を唇に当てアながら、あざとくそう言った。

 あざといなぁ、と思いつつもその仕草に不覚にもドキリとしてしまう。

 どんどんと、彼女の可愛さや仕草に自分の心が反応し始めているのを、真也は嫌というほど感じていた。

 目的地も決まり、駅前にある商業施設の一角にある行きつけの紅茶専門店へと向かう。

 お店に付くと、友香が不思議そうに真也に尋ねた。

「特に紅茶の香りとかしませんね?」

「ああ、それなら・・・ほらこれ」

 スタスタと店内に歩いていき、いきなりラベルの貼ってある丸みの缶をシャカシャカと振り、それを友香の鼻の近くに近づけ、蓋を開ける。

 すると、レモンと蜂蜜の香りが鼻を抜け、非常に甘い香りが全身を包み込む不思議な感覚に友香は襲われ、思わず声が漏れる。

「うわぁ、何ですこれ」

「紅茶。こうやって缶に現物が入ってるから、シャカシャカして香りを出して、少し缶を開けて、香りを嗅ぐ」

「へぇ、こんなところあったんですね」

「あったんだよ。それで、気に入ったのを見つけて、買う感じ」

「これって、全部茶葉しかないですか?」

「いや、ほらこっち」

 そう言って、真也は友香をお店の少しはじに置いてある商品のほうに連れて行く、そこには箱がいくつか並んでいた。

「これは?」

「これがティーパックのやつ。正直これだと割高になっちゃうんだよ」

「え、そうなんですか? ちなみにどれぐらい・・」

「たぶんグラム数で言うと倍ぐらい違くなるかな。飲める量も、ティーパックだとほら」

 そう言って箱を見せてくれてそこには10個の表示と、お値段があり、700円ちょっとした。

 その後、こっちだよ、と言いながら真也は友香を連れ、先ほどの缶が並ぶところに行き、値段を見せる。

 そこには580円の文字と50gという文字が見て取れた。

「えっとぉ、グラム数だといまいちピンときませんねぇ」

「たぶんあれが30gぐらいだと思って」

「うわ、そう考えると高いですね」

 だろぉ、と言い、少し誇らしげな真也、友香としては、そんな真也が少しおかしくてくすくすと笑ってしまうが、彼も機嫌が良いのか、特に不快には感じなかったようだ。

 その後、2人で、この香りが良いとか、これは甘すぎるとか、ああでもないこうでもないと言っていると。

「お客様。よろしければどうぞ」

「へ? 良いですか?」

「試飲用のお茶だよ、たまにくれるんだ。これは何のやつですか?」

「白桃烏龍です」

 そこで真也の顔が微妙にひきつるのを友香は見逃さず、店員がごゆっくりどうぞ、問い亡くなったのを見計らって聞いてみた。

「先輩、なんか今変な反応しませんでした? これ美味しくないんですか?」

「無茶苦茶美味しいぞ、飲んでみなよ」

 言われ、友香は手の中のまだ暖かい薄い翡翠色のお茶を飲む。

 口に入れた瞬間、ふわりと桃の香りが鼻を抜け、口いっぱいに広がり、後味もすごくすっきりとし飲みやすい。

 非常に好みの味で、思わず目を丸くし、友香は真也を見た。

 真也はと言えば、やっぱりそうなるよなぁと思い、それを飲み干した後、友香を引き連れ、缶間の並ぶ列のとある場所へと案内し、無言で真也は缶を指さした。

 そこには50g1100円の文字が刻まれていた。

「え、あれ? なんで?」

 無理もないだろう、今の今まで色々見ていたが、下は450円~上は高くても750円前後だったのだ。

 いきなり桁が一つ上がれば何でも出てくるだろう。

「これ、香りも最高だし、後味も良くてね。水出しとかでも非常においしいんだけど。学生の身分にはかなり高いんだよ」

 真也が一瞬怯んだ理由がこれだと知り、確かに高いと感じた友香だったが、先ほどのあの桃の爽やかな香りと、抜けるようなスッキリとした味わいが非常に印象的で、これ欲しいなぁと言いたくなる味だった。

「せ、せんぱぁい」

「で、ですよねぇ・・・・今回だけという事で。まだ6日家にいるわけだし。買うか?」

「やった!」

 流石に高いので、友香としても申し訳なさがあったのだが、ダメで元々で頼んでみたところ、真也は了承してくれて、買う事となった。

「あの、さっきの白桃烏龍で間違ってないですよね?」

「お間違いないですよ」

「50g一つ、いただけますか?」

「かしこまりました。ほかにはありますか?」

「いえ、大丈夫です」

「はい。ではお会計はこちらで1100円になりますね。それから、よろしければこちら、お試しようにお渡ししているものなので、彼女さん先ほどこの香り気に入っていたみたいなので、よろしければぜひどうぞ」

「か、彼女・・・・」

 うふふ、と嬉しそうに微笑む定員さんの気遣いで、白桃烏龍とは別に紅茶の1回きりの茶葉の入った袋を2つもいただいてしまった。

 ポイントカードを私、お会計を済ませ、お店を出る。

「先輩、何で顔赤いんですか?」

「か、彼女さんによろしくとか・・・言われた」

 真也もまた、恥ずかしさと、くすぐったさで頭が混乱していたためか、店員のお姉さんに言われたことをそのまま何も考えず言葉にし、友香はそれを聞いて真也と同じように顔を赤くし俯いた。

 はたから見たら、初々しいカップルが仲良く紅茶を選び、楽しんでいるように見えるのだろうが、2人としては少し居たたまれない気持ちになりながら、その場を後にした。

 茶葉を買い終わったころには時刻は1時になろうかなるまいかという時間で、これ以上のお店を見て回るなどは非常にためらわれる時間だった。

「お昼少し過ぎてるし。ご飯にする?」

「はい。えっと・・・何か食べたいものありますか?」

 友香がうかがう様に、そう聞くと、真也は彼女の服装を見て、ふと昔母に言われたことを思い出した。

 女の子が可愛い服を着ているときは、ご飯の時は特に注意してあげないといけないわ、特に白の場合、カレーとかの汁が飛んだりした時に飛散になるのは避けるべきよ、後パスタも。

 と口酸っぱく言われたのが脳裏をよぎった。

「俺は特にないんだが。何かある?」

「でしたら、和食が良いです!」

 和食と聞いて、どこも思い浮かばず、真也はヤバいと思ったので、スマホを取り出し、調べるが、出てくるのは日本料理亭と書いてあるものばかりで、そのどれもが割と良いお値段がするものだったが、一件良さそうなお店が見つかり、それをスマホで友香に見せた。

「ここどうかな?」

「わぁ、良いですねここ。小皿にいろんなお料理のってます。あ、でもお高いんじゃ?」

「ランチやってるみたいで、1000円ぐらいで食べられるみたいだし、行ってみようよ。おごるし」

「え、そんな悪いです」

「今日はおごられてほしい、正直、迷惑かけすぎてて、俺の胃が痛いぐらいなんだから。それに、バイトもしてるから、これぐらいはお任せください」

 わざとらしくお辞儀をし、執事の様に芝居めいた口調と仕草で友香に手を差し出す真也、それが妙に面白くて、友香はクスクスと笑いながらその手を取り、2人で目的のお店に向かった。

 店に付くと、思ったよりもお客さんが多く、サラリーマンやOLが昼食を取っており、なんとうか学生が来る場所という感じではなかったが、すでに来店してしまったため、帰る事も出来ず2人は席に案内され、座る。

「こ、混んでるね」

「あ、ああ。とりあえず選ぼうよ」

 本日の日替わり定食、と書かれたお品書きには手書きで、白身魚のフライ定食、煮物定食、魚の煮つけ定食、鳥つくねと野菜の串焼き定食、マグロの山芋定食、などがあり、お値段もスマホだと1000円からと書いてあったが、すべて900円と少しお安目である。

「私、白身魚のフライで」

「俺、煮物かなぁ。すみませ~ん!」

 店員を呼び、2人分の注文を済ませる。

 程なくして店員さんが熱いお茶とお絞りを出してくれて、2人で一息つく。

「先輩、私の服見てお昼決めようとしてたでしょ?」

「ナンノコトカナァ」

「先輩のそういう所好きです。他人を思いやってるところとか、しっかりと見ててくれるところか。優しいところとか」

「三条さん。そ、その辺でご勘弁を・・・」

 真也の願いが通じたのか、単に話がそこで終わっただけだったのか、友香は真也にフワリと優しく微笑みかける、それはまるで、慈しむ様な、そんな笑みで、思わず、うわぁ、と声が漏れそうになった。

 そんな会話をしていると、意外と早くお膳が運ばれてきて、そこには、ご飯、味噌汁、お浸し、漬物、煮物、メイン、メカブ、お豆腐、最後にデザートなのかミカンが皮つきで小皿に乗っていた。

 友香のほうも、似たような感じで、煮物は別に付くらしいのだが、真也の煮物定食のメインのほうの煮物は肉じゃがで、ジャガイモ、お肉、ニンジン、こんにゃくが非常にバランスよく餅つけされていた。

「うわぁ、え・・・これ、本当に900円かなぁ?」

 流石にこの量が出てくると不安になるのは真也も同じで、少し不安を掻き立てられるぐらい、小皿がお膳にいっぱいだった。

 しかし、「お会計、900円ねぇ。毎度ありがとうございます」と隣の人が会計し、出て行くのを見て、どうやら問題ならしいという事が確認できた。

 友香もそれを見て聞いていたのか、ホット胸をなでおろし、2人して手を合わせ食事に取り掛かる。

 食事は、見た目通り、いやそれ以上に美味しく。どんどんと箸が進み、友香も真也もあっという間に平らげてしまった。

 お会計を済ませ、店を出ると、友香と真也は少し歩いて店から離れたところで、顔を見合わせ、同時に吹き出した。

「わ、私たち、あきらかんに浮いてたわよ」

「だなぁ、それに正直ムッチャ不安だったわ」

「そうですね。まさか本当にあの値段であんなに量が出てくるなんて、良いところ見つけちゃいましたね先輩」

「ああ、確かに。でもまぁ、ちょっと気をくれするけどね」

「うふふ。今度のデートもここ、来ましょうね。今度は私煮つけが食べてみたいです」

「それ思った。なんか隣のお姉さんが食べてたやつ無茶苦茶うまそうだったよなぁ」

 あまりに美味しい料理だったためか、真也も友香もテンションが高めで、非常にいい雰囲気のまま、駅前広場へと足を向けるのだった。


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