第7話 心が自然と求める行動

7話 心が自然と求める行動

 ドアの修理が迅速に行われ、嵐も嵐がやっと収束し、一段落付いたところで、友香と真也はテーブルをはさんで向かい合わせに座り、お茶を楽しみながら、お互いに見合う。

「あの、先輩。ごめんなさい」

「いきなりなんだよ」

「いや、さっきのデートの話です。先輩にもおそらく千春さんにもお互いに事情があって、今の非常に面倒くさそうな状況になってるはずなのに、答えを急がせるようなことをしてしまって」

 どうやら自分の行為が、2人の負担になっているのではないか、そんな不安でもあるのか、友香は心配そうに真也を見ている。

「う~ん。事情はねあるよ。でもね、それは気にしなくても良いと思う、どこかでケリはつけなきゃいけなかった話だし」

「ケリをつける、ですか?」

「そう、3年放置してしまった事にね」

 真也は遠い目をしてそういう。

 友香は聞いて良いのかわからなかったが、あえて聞いてみる事にした。

「何があったんですか?」

「告白をねしたんだよ、アイツが向こうに行く直前に」

 その言葉を聞いた瞬間、友香は胸が苦しくなり、いたたまれない気持ちになったが、自分から聴いた手前、聞かないわけにはいかなかった。

 それに、千春の言動からも、そんなものが垣間見えていたのだから、この言葉がどこからか出てきてもおかしくないとは覚悟をしていた。

 ただ、覚悟をしていても、痛いものは痛いし、傷つきもする。

「でもね。あいつに突き飛ばされて、気絶して、返事は聞けずにあいつは俺の前から消えた」

「はぁ?! えっと、何かのギャグかなんかですか」

 あまりの無い様に、友香は聞き返すが、真也からは乾いた笑いが返事として帰ってきたため、どうやら笑い話とかそういう事ではないとすぐに気が付いた。

「じゃ、じゃぁ、先輩はまだ・・・・まだ千春さんの事好きなんですか」

 聞いてはいけない、その答えはデートの後だと、自分でも先ほど春奈に言ったばかりではないかと、友香は分かっていたが、気が付けば口が勝手にその言葉を紡ぎだしていた。

 歯止めが利かなかったと言えば、まぁそうい事もあるだろうと納得もされるかもしれないが、友香は慌てて自分のしたことが彼の心に土足で踏み入る行為であることに気が付き、慌てて自分の口を押える。

「あ、そ、そんなに気にしなくていいよ。俺もね、分からなくなってたんだよ」

「わからない?」

「まぁなんだ、情けない話だけど。告白して、返事が無くて、そのまま姿消されて3年、いきなり姿現して、付きまとわれて。正直、こいつふざけるなよ、とは思ったし、あの時の返事はどうしたとも言いたかったし、なんで今更・・・そうだな、なんで今更現れたんだっていうのが一番強かったよ」

 友香は黙って真也の言葉を聞くことに徹する。

「しかも、三条さんから告白された次の日だよ。タイミング悪いにもほどがあるだろ、って思った」

「わた・・・」

「三条さんのせいじゃないよ。あのバカのタイミングの悪さが極まっただけだよ、これは」

 本当に困っているのか、非常に表現しがたい、複雑な表情を浮かべ、笑えてもいない笑みを向けてくることに、友香はびっくりする。

 それがどれだけ複雑な心境なのか、友香は想像のしようがなかったが、一つ分かる事は私が告白したタイミングは、ある意味ではよかったし、ある意味では最悪のタイミングだったのやもしれなかったという事実だった。

 色々な不運が重なった結果、この三角関係のような変な状況が出来上がってしまったのだ。

「あの、先輩は、私との関係・・・こ、後悔してますか?」

 怖い、聞くのが怖い、聞いちゃいけないし、もし彼が自分の求めてる言葉とは真逆の、後悔してるとか、知り合いにならなければよかった、などといわれた日には立ち直れる自信なんてなかった。

 しかし先程と同じく、話の流れから自然に言葉が出てきていた。

「それは無いかな。むしろ良い切っ掛けだったんだ。このままじゃ、行けないとは思ってたし」

「そ、うなんですね」

 言葉が詰まる。

 正直自分が思っていたのとは少し違った答えに、かなり安堵している事に気が付き、自分でもびっくりする。

「むしろごめんね。俺、君の告白に対して真剣に向き合えてないし。利用するような真似してる」

「それは違います!」

 突然の大声に真也はびくりと体を震わせ、目を見開き、友香を見る。

「私が勝手に告白したんです。それに、先輩は私の気持ちを汲んでくれて、ロクに話したこともない女の事を知ろうとして、彼女候補のお友達にしてくれました。そんなの、私の気持ちを利用したなんて違います。私の気持ちにしっかり向き合いたいから、そうしたんじゃないんですか?」

 まくしたてる様に言う友香に、まいったなぁとバツの悪そうに頭をかきながら、笑う真也。

「三条さんは本当によく見てるね。はぁ、今言ったことでだいたいあってるかな。告白する勇気も、それを聞く方の気持ちも、俺は知っている。だからね、君の告白に対して曖昧な返事はできないと思った。

 でもね、俺は君を知らなすぎる。

 だから、知る必要があると思ったから、彼女候補のお友達からっていう人によっては怒られそうな内容を提示したんだ」

 確かに、真也のおこなった提案は、告白の返答には非常に失礼に近い事で、正直褒められた行為ではけっしてないだろう。

 相手が求めているのは、イエスかノー、この二択なのだから。

 しかし、友香はその提案を受け入れた。怒る事もなく、悲しむこともなく、ただ自分を知ってもらうために。

「先輩。私嬉しかったんです。変わってないなぁって思って」

「変わってない? そう言えば、俺の事、以前から知ってる感じだけど、いったいどこで?」

「新学期早々に、っていうのはお話したと思いますが、それ以前に私と先輩はお会いしてるんですよ」

 やはり心当たりはないのか、真也は小首をかしげ、眉間にしわを寄せ考えを巡らせる。

「ヒントは、静流さんです」

「は? なんであの人?」

 ヒントの意図が全く分からず、混乱する真也の姿を見て、非常に楽しそうにクスリと笑う友香。

「先輩。答え合わせは、デートの時にしましょう。その時に、先輩の今の気持ちも聞かせてください」

「え、ああ。まぁそうだな。ところで、その気持ちっていうのは、デート終わりに即答しないと駄目なのか?」

「どういうことですか?」

「チー、千春ともデートするんだよな。2人とのデートが終わった後。2人同時に答えを聞くとかじゃ駄目か」

 何故そんな、もしかしたら誰かが傷つくかもしれない、と思って思いとどまる。

 そもそも、好きだ嫌いだ、付き合う、付き合わない、そんな三角関係みたいなこの状況である、誰もが無傷なんてそんな都合のいい結末なんて存在はしない、誰かは泣くことになるのは間違いないのだ。

 ただ、それが自分が好きな相手からの拒絶の言葉ともなれば、想像に耐えない。

「私は・・・それでも構いません。か、覚悟はできてます」

 想像するだけで、身震いし、肩や足が少し震え、怖いと感じる。

 でも、だからこそ、彼の出す答えを真正面から受け止める必要がある気がした。

 真也は、ごめん、といいつつも、覚悟を秘めた目で友香を見つめ。ああ、私はこの人のこういう所に惚れてしまったんだなぁと、改めて思い知らされる。

 一通りの話が済み、夜も10時である、そろそろ就寝のためにお風呂をと、真也が友香に進めてきた。

 そこでふと友香は思った。

「あ、あの。わ、私、泊まっても良いんですか?」

「え、ああそういや、千春が泊まるとか言ったからこうなってたんだっけ」

 失念していたのだろう、真也も言われて初めて気が付いたらしく、疲れ切った顔でそうつぶやいたが。

「今日は疲れたでしょ、嵐みたいだったし。こんな時間から帰せないし、泊まってたら? もともとその予定だったし・・・ってまぁ、そのなんだ、俺が無害とは言い切れないし、三条さんさえ問題なければだけど」

「問題は無いです! せ、せ、先輩が大丈夫なら!」

 佐藤家の嵐のようなごたごたで、すっかり泊まるとかの件を2人そろって忘れていたため、今居なって思いだしたが、2人とも疲れていたこともあり、お互いにソレでいいやという気にはなったのだが、それでも意識するなというのはさすがに難しく、互いに伺うような態様になっていた。

 友香にいたっては、興奮と疲れから、慌てふためいており、声もいつもより上擦っていた。

 先ほどまで鬼のような春奈に、淡々と言葉を投げかけていた人物とは思えないほど、動揺し、取り乱していた。

 その姿があまりに可愛く、慌てて真也は視線を外した。

 やばい、ナニコレ、俺はどうした。年下の女の子にこんなにときめいてどうすんだ。

 と内心では色々葛藤してはいるが、表情に出すまいと、見られまいとして、視線を無理やり逸らす。

「と、とりあえず私。お風呂頂きまひゅ」

「おう」

 友香も真也も限界だったのだろう、お互いにお互いの顔を見ない様にしながら、一人はそのままで、もう一人はバックを開け入浴の用意をしようとして、どたばたとカバンをあさっていた。

 ゴト、という何か重い物が落ちたかのような音がし、真也の視線の先に綺麗な刺繍のはいった巾着袋が落ちた。

「なんだ・・・」

「ひゃ、ひゃめです。ダメダメ。これは、これは駄目です!」

 真也が手に取った瞬間、ひったくる様にとてつもない力で真也の手の中にあった巾着が奪われた。

 思わず何事なのかと視線を向けると、今にも泣きだしてしまうのではないかというぐらい、顔を真っ赤にし、瞳一杯に雫をため、プルプルと震える小鹿のような友香がそこにはおり、威嚇する様に真也を見ていた。

 どうやら相当見られてはいけない、女子として恥ずかしいものでも入っているのだろう、そう察した真也は、悪かったと頭を下げる。

 すると、にゃんでもないです、と露越の回らない口でそう言い放つと、洋服を抱え、制服のスカートを翻しながら、慌てて風呂場へと友香が向かった。

 あまりに慌てていたのと、勢い余って立ち上がり翻したので、真也の眼前には友香のスカートの中身がちらりと見えてしまい、やべぇっと思って目をそらしたが、しっかりと瞼の裏に焼き付いてしまった。

「なんで・・・ピンク」

 そこは白じゃねぇのかよ、とツッコミを入れたかった真也だが、いろいろ聞こえてないかと焦るが、幸い、周りが全く見えなくなっていた友香の耳に真也の独り言が拾われることはなかった。



 心臓が暴走機関車の様に、ドクトクと脈打ち、止まれ止まれと、何度となく繰り返しても止まるどころか、動機が早くなる。

 苦しい、でもそれがたまらなく心地よく、愛おしい。

 そんな矛盾が渦巻く感情を抱えながら、脱衣所のドアに背を預け、乱れた成句を正す。

 びっくりした。慌てていたとはいえ、まさか真也先輩の目の前に例の巾着袋が弧を描いて落下するなんて。

 母の悪戯なのか、本気なのか全くわからない餞別物資のせいで、しなくていいドキドキ迄もを友香は味わう事となった。

 制服を脱ぎながら、そこでふと思う、さっきのを先輩が開けてしまってたら、そこでふと鏡に映る自分を見る。

 顔は普通、髪は少し色つやには気を付けってるので、その辺の子たちに負けない、後はぁと自身の首から下へと視線を向ける。

 可もなく不可もなくな胸のふくらみ、太ももの大きさは、おそらく細いほうだろう、お尻もまぁ、悪くはない、だが、こう見て改めて思う、欲もないが、悪くもない、いわば普通だ。

 そう思うと、妙にため息が出て、とりあえずすべてを脱ぎ捨て、お風呂場に入る。

 昨日も思ったのだが、普段先輩がここで、などともうと、自然と胸が高鳴り、落ち着かなくなる。

 先輩の使うシャンプーの香りを自分の髪へと、というのもまた、それらを増長させ居ていた。

 さらに昨日は気にしなかったのだが、お風呂である。

 この後自分が入り、その後に先輩が入る。

「はっ、いかん、いかん、流石に変態よこれ・・・」

 よく漫画などで見る、せんぱぁ~い、私たちが入った後のお湯飲まないでくださいよぉ。などというシーンが度々出てきて、そのたびに主人公は赤面しつつ否定する。

 そのシーンがたまらなく好きなのだと、声を大にして言いたい。

「それにしても。千春さん大丈夫なのかしら」

 気がかりなのは千春の事だった。

 友香自身は千春の事をあまり詳しくはない、知っているのは、自分の大好きな人のために、猪突猛進になって後先考えず、気が付けば盛大に転んでいる。そんな姿ばかり見ているので、バカと天才は紙一重、という言葉がある様に、その部類の人なのだろうと、冷静に思う。

 同じ人を好きで、その好きって気持ちを言葉にできない、幼馴染。

「近すぎると、いえなくなっちゃうのかなぁ」

 湯船につかりながら、考えを巡らせていると、ついつい言葉が口をついて出てしまう。

「悪い人じゃないから、余計にもどかしいのよねぇ」

 そう言いながら、バシャッ、と顔にお湯をとばしながら、負けるな私。と友香は気合を入れるのだった。




 もはやなすすべなどなかった。

 気が付けばドロップキックをかまされ、寝技をかけられ、体力を限界まで使わされ、千春自身が動く元気がなくなるぐらい、それぐらいに痛めつけられていた。

 だから、最後のほうはもう逆らう事すらできず、反論はしたが、連行される事には逆らえなかった。

 車中、道すがら何かお小言の一つでもあるのだろう、そう身構えていた千春だったが、横に座る母は、過ぎ去る夜景に目を向けるばかりで、特に千春に何かを言おう、という感じではなく、ただただ、夜景に目を向けていた。

 運転する父は、チラチラと後部座席の母と千春を見ては、こちらもまた、何か言う事はなく、表情一つ変えることなく、走行し続けていた。

 千春からしたら気味が悪かった。

 先ほどまであれ程までに激昂していたとは思えないほどに、今は穏やかで、何が何だかわからないという感じだった。

 ホテルにつき、エントランスを超え、部屋につく。

「そこ、座って」

 促されるままに、ソファーに腰かけた瞬間、春奈は千春を抱きしめた。

「えっと、お母さん?」

「黙り・・なさい」

 泣いている、そう感じた。

 けれどそれを確認する術はなく、千春は何がどうなってるのかいまいちわからないまま、それでもだいぶ心配をかけてしまったという事は理解できた。

「千春。まぁ、お母さんも昔これと似たようなことやって、皆を困らせたことがあったから、あまり強く言えないんだろうけど。それでも俺たちが、気が狂いそうなほど心配したのは分かるよね?」

「えっと。ご、ごめんなさいお父さん」

「向こうは外国だ、日本じゃない。銃もあるし、犯罪は日本の非じゃないぐらい凶悪なものもある、そんな中、娘が突然姿を消した。後は言わなくてもわかるね?」

「本当にごめんなさい」

 やっと自分のしでかした事がどれだけこの二人を苦しめたのか、そう思い至ると、自然と申し訳ない気持ちが酷く強いものとなった。

 私は、3年前も今も永遠間違え続けている。

 間違えまいと努力し、研鑽を積み、地位を得て、誰に文句の言えない自分になって、自身をつければ、彼に自信をもって好きだと言える、そう思っていた。

 でも、実際には間違えだらけで、真也にも迷惑をかけ、静流という教師にも迷惑をかけ、気が付けば恋敵になってた友香にも、少なからず迷惑をかけていた。

「これと似たようなこと?」

 ふと、引っ掛かりを覚え、先程千里が言った言葉を復唱する千春、すると抱きしめていた春奈の体がびくりと反応した。

「あ、アー、父さんまだお仕事のこってるん・・・」

「待ちなさい、千里さん」

「いやぁ、俺仕事がだねぇ」

「何で昔から詰めが甘いのよアナタはぁ!」

「痛い、痛い、関節技だから、それダメなやつだから!」

 その場から逃げ出そうとする千里をすかさずとらえると、その勢いのまま春奈は関節技を決めた。

「イチャついてないで・・・・教えて」

「なんで私の娘なのに、こんなに恋愛下手なってしまったのかしら」

「な、悩むか技かけるかどっちかに、イタタタ」

 余計な事を言ったせいで、千里はまた締め上げられた。

 一通り締め上げを終えた春奈は、えーと何をどう話したものかと思ったのだが、千里が痛みに耐えながら口を開いた。

「そのなんだ。昔、俺は春奈さんが嫌いだったんだ」

「は? いやいやぁ、お父さん嘘は・・・」

「本当です。私が悪いんだけど」

 ものすごく恥ずかしそうに、春奈は視線を逸らす。

 千春からしたら、今の両親は娘から見ても非常に仲睦まじく、たまに娘からしても嫌になるぐらいイチャイチャしているときがあるぐらい、それぐらい見ていて愛にあふれていると思っていたが、それがどういうわけか、仲が悪かった。などと聞いても一切信じられないだろう。

「この人、学級委員でねぇ。私は遅刻常習犯の、不良です。っていえば何となく冊子はつくかしら」

「え、誰が不良だって?」

「私。えっとぉ、どれだっけ?・・・・ああ、コレコレ」

 そう言ってスマホから、妙に画質の悪い写真が一枚出てきた。

 そこには、ルーズソックスに、真っ黒な見た目、おまけに謎の装飾品の数々を着た女子高生?でよいのか非常に謎な人物が、ピースなのだろうか、というポーズで写っていた。

「え、春奈さん、まだそれもってるの?」

 何を見せているのかと、千里が覗き見ると、非常に嫌そうな顔をしながら、春奈を見て言った。

「ほらその、何だ。戒めです、バカやってたなぁっていう。それにどこからどう見ても私じゃないでしょ?」

「けば過ぎて、誰だか分らなすぎるんだけど。えっとそれで、どういう事?」

 話が進まなそうだったので、促すと。

「簡単な話、何かミスしたらしくて、ハブ・・・今でいういじめ見たいのを春奈さんに始めたんで、俺が注意したら、リンチされそうになってね。で、春奈さんが乱闘騒ぎを起こして、一様は解決・・・したんだけど。それから関わり合いになりたくないのに、この人と来たら、毎日絡んできて」

「そうそう、で、私が髪を黒に戻して。おまけに化粧して投稿した時のあの顔。もぉうねぇ最高だったわぁ!」

「笑い事じゃないよぉ。あの時みんな天変地異でも起きるんじゃないかって。怖がってたんだよ」

「それで私が猛アタックしたのに。ぎゃ、ギャルとは付き合わないぃって言ってねぇ。最後には、破れかぶれで押し倒したのよ私」

「そういう事も・・・あったなぁ」

 あまりに父千里が遠い目をしてるので、相当とんでもない事になったことはもう語るまでもなさそうだった。

 どうやら、私の破天荒さとか、計画性の無さと、妙に抜けてる部分は母譲りらしい、と千春は喜べばいいのか、悲しめばいいのか、よくわからない複雑な心境になった。

「計画性の無さと抜けてるところは、本当に当時の君にそっくりだよね」

「さぁ、私、ホテルのシャワーでも堪能しよぉ~」

 逃げる様に、その場を後にする春奈だったが、ふと何かを思い出したように振り返り、千春のかを見て。

「ここまでしたのよ。覚悟、決めなさい」

「・・・・」

 何も言い返せない千春に、本当にどうしてこうと言いたげに視線を千里に向ける。

「俺に似てると言いたげだね」

「言いたいこと言えないのは、どう考えて昔のアナタでしょ!」

 それだけを言い残し、春奈は脱衣所へと消えて行った。

「千春。心配したよ。でも無事でよかった」

「ごめんなさい。でも私、どうしてもシー君に・・・・」

 分かってるよ、といいながら頭をなでる父に、感謝しつつ、これからどうしたものかと頭を悩ませた。

 そう、事態はどちらかといえば自分にとって最悪の方向に傾いているのだ。

 今だ勇気も出ず、肝心の昔の返事もできていない。

 それどころか、彼には彼女候補のお友達、という一風変わってはいるが、あきらかに自分から見たら恋敵がおり、しかも、しかも。

 そこでハタと気が付いた。彼と彼女が今夜二人きりだという事に。

「ああああああああ」

「うわぁ、な、何いきなり?!」

 千春は地獄の底からの断末魔のような叫びをあげ、頭を抱える。

 あまりに唐突な反応だったので、千里は心臓を押さえながら、何事なのかと娘に問いかけると。

「ね、ねぇ。あの二人、今夜どうにかなったりしないよね?!」

「あ、あー。えっと。年頃の男の子だからねぇ。ごめんよ父さん保証できないわ」

 千里は心の中で、真也君、君を信じるよ。とほぼ投げやりな感じで祈るのだった。

 千春はといえば、なぜあの時母に命がけで抵抗しなかったのかと思い、泣くに泣けない状況となってしまった。

「真也君、据え膳しないでくれよ・・・」

 つい、千里は無意識のうちに口にしていることに気が付き、慌てて口を押え娘を見る。

 どうやら他人のつぶやきに耳を貸せるほどの余裕などすでに無いらしく、ひたすら頭を抱えていた。

 我が娘ながら、本当にどうしてこんな変な娘に育ってしまったのかと、ため息しか出なかったのだった。



 理性と葛藤は、昨晩の非ではなかった。

 何故って、そりゃぁもう当然だろう、目の前に友香の寝顔がなぜか存在しているのだから。

 何故こんな事になったのかといえば、話は数分前に戻る。

 互いに意識はしたままではあったが、なんとか寝床、ベットとは別に布団を敷いたのだが。

「先輩、なんでリビングで寝る気になってるんですか?」

 ランジェリーの上に部屋着、下はペチコート(ふわっとした薄手の生地のスカート)でとても肌触りが良さそうな滑々していそう布地に、真也はもう心臓が破裂するのではないかというぐらい鼓動が高鳴っていた。

 よく、漫画やアニメ、果ては大人の映像系で見る、とても色気のある女性特有の着衣に、思春期真っ盛りの男子高校生がそんなもの目にする機械などあるわけもなく、もはや憧れのような、そんな姿を今目の前にあるともなれば、真也は自然と距離を取るのも無理はない。

 だって、理性保てる自身ビタ一ミリも存在しないのだから。

 もはや待ったなしで離れるしか、真也としては選択肢が無かったのであるが。

「先輩、私また先輩のベット何ですか?」

「またって・・・もしかして昨日も?」

「ええ、千春さんとじゃんけんで決めまして。勝ったほうがベットという話になったんです」

 昼間、学校を早退し、家に帰ってきたときの、甘く包み込む様な香りが脳裏によみがえり、さらに目の前にいる本人の、女の子全開の部屋着に頭がくらくらとしてしまい、真也はヤバいと感じた。

 何がそんなにヤバいのか、それはまぁ、男としては正常な反応なのだが、今この状況でそこは反応してはいけないと、切実に思う場所が反応しそうになっていた。

「あの、先輩。お腹痛いんですか?」

「良いか後輩。男には尊厳というものがある・・・・あと、ごめん離れて」

 もはや素直に離れてほしい、というほかに真也は助けを求められなかった。

 だが、彼女はその言葉が不満だったらしく、離れるどころか近寄ってきた。

「いや、心配ですし」

「いや、だ、だからな・・・」

「あ・・・ご、ごめんなさい。えっとその、わ、私、気が付かなくて」

 死にたいと、真也は胸のうちで号泣した。

 彼女があまりに真也に近づいたせいで、彼の腹部へと視線を移した時に気が付いてしまった。

 男性ならばもはや生理現象で、可愛い女性が魅力的な姿や格好、色気のある仕草をしてしまって、反応してしまう下半身に。

 これは別に邪な考えや、彼女をどうこうしたい、とか、裸体を想像したとかではなく、男性が自分が可愛いとか愛おしい、魅力的だと感じたものに、油断すると反応してしまう、いわば素直な反応なのだ。

 世の男性はこれが外で起こる事の無い様に、普段から意中の相手が近くに居ても意識的に抑える事はできる、だが、今回の真也の反応は、あまりに、イメージしていた友香の印象と違う、少し乙女チックで色気のある部屋着だったため、油断してなってしまったに過ぎなかった。

「せ、生理現象です・・・・ち、誓って何かするとか想像したとか、そういう話じゃないから!」

「わ、わ、分かってます。じょ、女性誌に色々書いてあるので」

「色々?」

「わぁっ。い、今のは、聞かなかったことにしてください」

 友香が言った女性誌、というのは、いわば女性専門の雑誌の事なのだろうと、そこまでは真也もわかった。だが、女性誌に男性の事情の何が乗ってるのか、いまいちわからず小首をかしげる真也。

 しかし、実際、女性誌には、割と過激な内容が載っているので、友香としては、今の発言で興味本位で真也が見ないか不安ではあった。

「すぅ~、はぁ~・・・・よし。えっとここで寝ます」

「分かりました。それなら私がソレで寝るので、先輩はベットで寝てください。今日は特にそうしてください。早退して寝てたんですから」

「いや、寝たから平気だし・・・はぁ。分かった。分かりましたそうします」

 真也が反論しようとしたが、目が笑ってなかったので、そろそろ潮時だろうと思い、言い合いを止め、素直に従う事にした。

 それに、これ以上彼女と言い合いをしていると、先程から身長の位置関係で、上から彼女を見下ろすような形になっており、つまりは胸の谷間が先ほどから真也の視界に入ってきていて、いましがた収まりかけた下半身の奮起がまた起こりそうで、慌ててやめたのだ。

 こうして、真也はベットで就寝、友香はベットの横に布団をくっつけるように移動し、そこで寝る事となった。

 なぜ、近場にと言いたかったが、彼女がとてもうれしそうにしながら布団を動かしているのを見て、野暮なことなど言えなくなってしまった。

 その後、もちろん真也は友香がベット下に居ると思うと眠ることなどできず、2時間ほどが経過した。

 布団に入って電気を消し、10分ほどだろうか。

 そのころには既に友香の寝息が真也の耳に届き、安堵する。

 安堵したのもつかの間、彼女のほのかな甘い香りが鼻を付き、真也は妙な安らぎと安心感を全身で味わいはしたものの、やはり落ち着くわけもなく、必死に目を閉じ、寝てしまわないかと思っていたら、友香が起きだした。

 布地がこすれる音が聞こえ、ドキリと心臓が自然と高鳴り、身を固くする真也だったが、幸い、友香はお手洗いだったのか、フラフラとした足取りでリビングのほうへと向かったのだった。

 数分後、戻ってきた友香に、少しドキリとしつつも、お手洗いだったのか、自分の布団に潜り込んで来たらどうしようと、妄想を膨らませていた。

 そう、妄想ですむはずだったのだ。

 しかし、次の瞬間、なぜかベットの掛布団がめくれ、布のこすれる音ともに、少し肌触りの良い、つやつやとした生地が、真也の指先に触れ、ギョッとする。

 慌てて寝返りを打ち、モゾモゾと侵入してきた人物に目を向けると、目の前にはとても幸せそうな顔をした友香の寝顔がそこにはあった。

 すでに触れられる、どころか一部触れているような感じで、ペチコートの一部に手の甲が触れており、サラサラとした肌触りが真也の理性を破壊するかのように襲い掛かってきていた。

「うぅ・・・」

 ヤバイヤバイヤバイ。ちょっとなんでベットにぃ。誘ってんのかこんちくしょぉ。などなど、真也の頭の中はもはやカーニバルの様に大盛況で大盛り上がりを見せており、その壊れそうな理性に必死に耐える様に、うめき声が漏れる。

「すぅ~、すぅ~」

 友香の吐息が顔を撫でる。

 美人とは言えないが、決して可愛くないというわけではない顔、そしてプルンとした桜色の唇が真也の目の前にあり、少し動けはおそらくキスぐらいは出来てしまう、そういう距離に今彼女は居た。

 今まで意識はしないようにしてた。

 まともに知り合って、仲良くなって3日、ローマの休日やロミオとジュリエットじゃあるまいし、そんなすぐに進展などしないと、そう思っていた。

 でも、今目の前にある彼女の顔を見て、可愛い、触れたい、キス、してみたいと、そう思ってしまった。

 決してこのまま彼女を物似たいとかそういう感情ではなく、あくまでも、その桜色の唇に自分の唇を重ねてみたいという衝動に、真也はかられたのだ。

「せんぱぁい、だいすきぃでぇぅ」

 寝言に全身が稲妻に打たれてしまったのではないかというぐらい、大きく痙攣した。

 寝言だと分かっていても心臓に悪い。

 だが、今の寝言で真也は助かった。

 あのまま、彼女の寝息が続いていたら、真也自身、その桜色のプルンとした潤いのある唇に吸い込まれるようにキスをしていた気がした。

 おそらく、キスをしなかった、という未来はないだろう、確実にしていたと断言できるぐらい、吸い込まれる感覚があった。

「俺は、三条さんの事・・・これじゃぁ、好きになっちゃったみたいじゃないか・・・・」

 我ながらチョロすぎて涙が出てきそうだ。

 好きだと言われ、多少は意識したし、嬉しくもあった。でも、彼女の気持ちにしっかりと向き合わなきゃと、そういう気持ちにもなっていた。

 なのにだ、彼女が無防備で、自分の前に可愛い恰好で横たわっていたからほれてしまったなんて、もはやチョロいで十分なぐらい、単純だろと、真也は自身に悪態をつく。

 そっと、寝ている友香の髪に触れる。

 透き通るような黒い髪は、サラサラできめ細やか。

 指を滑る髪は、触れているこっちが気持ちいいと思ってしまうような、そんな暖かく柔らかみがあり、ずっとこのまま撫でていたくなってしまう、そんな気さえしてしまうほどの魅力が、その髪にはあり、思わず頬が緩んだのを自分でも感じた。

 さらに、ふわりとした頬に手をのせた瞬間、もち肌というのだろうか、すごく柔らかく暖かい感触が真也の手を包み、もうそれだけで幸せな気持ちになっていた。

「や、ヤバい」

 そう思って、無意識のうちに動いていた手を戻し、目をつむる。

 すると、昼間と同じように、柔らかく甘い香りが鼻を付き、全身を包み込んでいき、気が付くと闇の中に意識が自然と奪われて行ったのだった。



 マズイと思った。

 寝ぼけていたとはいえ、先輩の布団に入り込んでしまっていたことに、肺ってすぐに気が付いた。

 というのも、自分とは違う、先輩特有の匂いが鼻を付き、アレ、おかしい。昨晩堪能した匂いがさっきまで寝てたらしなかったのに、今はすぐそばに強く香。

 そう思った次の瞬間、髪を撫でられ、思わず体が反応しそうになるが、なんとか耐え、自然に寝ている風にふるまった。

 しかし、真也の行動はさらに髪を撫で、頭を撫で、さらには友香の頬をその暖かい手で撫で、包み込むものだから、もはや眠気など完全に吹っ飛んでしまった。

 吹っ飛んでしまったがゆえに、最初の夢うつつの状態から覚醒してしまい、よりはっきりと真也の手の温もりを感じる。

 しかし次の瞬間、その温もりがスッと消えた。

 どうやら、慌てて手を引っ込めたらしく、非常に寂しい気持ちになり、思わず目を開けて、先輩、続き、してください。と言いたくなってしまう。

 だが、そんな事をすれば、もはや正当なお付き合いとは程遠いものになってしまうのではないか、自分たちの関係や、中身はまず間違いなく歪んだものになってしまうような、そんな気がして、残念だけど、今は耐えるしかないとそう思った。

 程なくして先輩の寝息が聞こえてきて、ほっとする。

「先輩・・・・」

 ゆっくりと目を開け、大好きな人の顔を見る、鼻立ちも良く、スッキリした印象で、前髪が短く、よく見える顔。

 イケメンというわけではないが、それでも整った顔で、非常に好ましく、おそらくモテるだろうが、彼の良さは顔じゃなく内面だという事を友香は言っている。

 ふと、髪の毛を、頭を撫でてみたいという衝動にかられ、先程とは違い、今度は友香がその小さく華奢な腕を伸ばし、そっと頭に触れる。

 少しチクチクとする、髪の毛を、愛おしくなでて、先輩の顔に視線を向ける。

 キス、してしまいたい。

 そう思うけど、キスは互いに了承のもと、するものだと、友香はそう思っていた。

 だから胸が高鳴り、愛おしくてどうしようもない今の状況でもしてはいけない、そう自分に言い聞かせる。

「愛してます・・・・真也さん」

 彼の名を口にし、そっと目を閉じ、ジワリと暖かくなる胸の鼓動を感じながら、また夢の世界へと旅立っていくのを、意識が薄れていく中感じているのだった。


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