第6話 来訪はデートの予約とともに。

第6話 来訪はデートの予約とともに。

 時刻はまだ11時20分を示しており、今から睡眠をとり、千春と友香が真也の家に来るのが5時前後としても単純に4時間強は寝れる計算であると、重たい瞼を必死に開きながら、自宅マンションのドアを開ける。

 部屋に入ると、朝は気が付かなかった甘い香りが鼻を付く。

 何の香なのかよくわからず、自室に入るとその香りがより一層強くなった。

「か、勘弁してくれぇ。とはいえ、もうダメ限界」

 おそらく女性特有の甘い香りなのだろうが、男子からしたら、普段香る事のない甘い香りに頭がくらくらする。

 それが思春期の男子ならばなおさらなのだが、幸いなことに、真也の思考はそっち方向に向くことはなく、昨晩の苦悩と睡眠不足のせいで、ベットに倒れ込んですぐに瞼が重くなる。

 ベットに倒れ込んだ瞬間、さらに自分を包む甘い香りが強くなったが、自然と嫌だという気持ちになる事はなく、むしろ心と体を包み込む様な、そんな優しい感覚に段々と意識が奪われ、気が付けば、夢の中へと旅立っていた。



 放課後、友香は一度自宅に戻るべく電車に乗っていた。

 自宅は高校から2駅離れており、真也の自宅が学校に比較的近場にあったため、何とももどかしい気持ちになりつつ、足を向けた。

 手間だとは思うが、それ以上に洋服の衣類はどうしても必要で、3日泊まると見切り発車で行ってしまった手前、何一つ用意していなかった自分が悪いのだ。

「うぅ、気が付かれなかったからよかったけど」

 自分でも非常に危ない事をしたと思っていた。

 何が危なかったのかというと、昨晩借りたジャージ、その下に実は自宅ではブラは付けないため、いつもの感覚でノーブラで真也たちの前に出て行ってしまっていたのだ。

 あそこで取り乱そうものならば、もしかしたら自分がノーブラであるとバレてしまっていたのかもしれない、そう思うと、顔が火照りそうになる。

 幸い二人には気が付かれておらず、そのまま就寝し、朝も気が付かれる前に着替えはした。

 だがやはり、2日連続での同じ下着というのは、女子としてアウトな気がするので、泣く泣く向かっている。

 電車を降り、自宅につく。

「ただいまぁ」

「へっ、な、何で帰ってきたの!」

 帰宅するなり、開口一番に、母、三条 穂香は慌ててリビングから顔を出す。

 普通、男性の家に泊りに行った娘が帰ってきて、何で帰ってきたのなどと、まるで帰ってきてはいけないみたいないい方はしないだろう、と友香は自分の母はいったい何を言っているんだと思いながら用件を伝える。

「下着とか、何も持ってなかったから。先輩の家にあと2日はいる事になりそうだし、一度衣類取りに来たの」

「ああ、そうよね」

 当たり前の事であるのに、失念していたという様に穂香は苦笑いを浮かべる。

 そんな穂香の横を通り過ぎ自室に向かい用意をする。

 ショーツ、ブラ、部屋着、スポブラも必要であろう、愛用のスリップとペチコート、ワイシャツ、ついでにハンドクリームと、保湿液もと、色々つめたら非常に重くなった。

 なったのだが、友香としてはこれでも最低限だった。

 歯ブラシは、どういうわけか買い置きがあったとかで、すでに2人分追加されており、問題はなさそうだし。

 後何が必要なのだろうと考えを巡らせる。

 巡らせて、思い至が、その考えを首を左右に振り、無理やり打ち消す。

 あまりに自分の邪な考えに赤面する。

 用意を済ませ、玄関前まで下りてくると穂香が顔を出し、友香に近づいてくるが、その顔には満面の笑みが張り付いていて、妙な悪寒を感じる。

「な、何その気持ち悪い笑みは」

「はいこれ」

「なにこれ?」

「駄目よ、いざという時に開けるのよ! 何事も準備はしておかなきゃ」

 少し可愛らしい刺繡が入っている巾着袋を渡され、何を渡したのか気になり、友香が開けろうとするが、それを自然な動作で静止し、優しい笑みで穂香は手を握ってきて、それが娘としては大変不気味に感じたが、今ここでこれを開封は難しいと思い、とりあえずカバンに詰める。

「じゃぁあと2日帰らないから」

「友香、健闘を祈ります!」

「何の健闘なの?」

「やだもぉ、言わせないでよぉ」

 友香はこの母が妙に苦手だった。

 自分はおそらく大人しめの性格なのだろうが、この母とはノリと勢いで生きており、されに娘を溺愛しているため、何かと干渉してくるのだ。

 そんな母が、自分の事をこんなにあっさり送り出し、あまつさえコレももっていけという、何かある、と娘の勘が告げていた。

 笑顔で見送る穂香を背に家を出る。

 自宅から数メートル離れたところで、友香は先ほどカバンにしまった巾着袋を取り出し、何が入ってるのだろうと、ふと思いとりあえず外側からふれてみる。

 何か筒状の小さな形状のものが一つと、何だろう、何かの包みだろうか、四角形の薄っぺらい何かが手の感触で伝わる。

「いったい何を・・・・」

 そう思って巾着の口を開け、中を確認して、すぐに巾着の中に戻して、え?! と混乱する。

 今何、何が出てきた?

 再度友香は、恐る恐る出すと、そこには、ポポという文字。これが意味するところを友香は知っているなぜならば自分の部屋にあるからである、あるのはアルが隠してあるのであるこれを。

 何をするのかはまぁそういう事なのだが、そうではなく、なぜそれがここにあるかという事だった。

 そしてもう一つ、見慣れたものとは別のものがある事に気が付き、慌てて中を確認し取り出すと、めっちゃうす、の文字があり、真空パック。

「お、おかぁさん!」

 もはやこの場で叫ばずにはいられなかったが、それらを巾着袋にしまい直し、顔を真紅に染めつつ、真也の自宅へと足早に向かうのだった。




 はぁ、やっと家だぁ。

 真也の自宅マンションに付き、心の底から千春はため息をついてた。

 真也が自宅に戻り、司書室に残された千春と友香だったが、主に千春は、今回の件でこってりと静流に絞られ、精魂尽き果てていた。

 あらかじめ今朝のうちに預かっていた合鍵にて、玄関のドアを開けようと鍵を差し、回す、だがなぜか鍵が開いたままだったのか、右に回しても軽く、スッと半回りしたので、鍵かけ忘れたのかと思い、そのまま抜いて、ドアを開く。

 確かにかけ忘れていたようで、あっさりとドアは開いた。

 どうやら相当疲れていたのは、自分だけではなかったのだと、失笑する。

 もとはと言えば自分が彼の負担になるようなことばかりしているのだ、良くないとはいえ、それでも笑みがこぼれてしまった。

「まだ、寝てるのかなぁ?」

 足音に気を付けながら、狭く短い廊下を進み、リビングへ出る、リビングにはだれもおらず、そっと真也の寝室を覗くと、制服姿のまま、ベットで丸まっている真也が目に留まった。

 制服を脱ぐことなく、そのままベットに倒れ込んだのだろう。

 千春はそっと起こさない様に近寄り、彼のすぐ近くに腰を下ろし、幼馴染の顔を見つめる。

 寝たからなのだろうか、朝よりも血色がよく、目の下にあったクマも取れていた。

 そのことに安堵し、ほっと胸をなでおろす。

 もとはと言えば、千春が考えなしに行動したことによって、真也がこのような状況になったのだと言えなくもない。

「ホント、昔から変わらないわね。私が困ってると、なんよかんよ、文句言いつつもしっかり助けてくれて、守ってくれる」

 そっと、千春は真也の頬に手を添える。

 少しくすぐったそうにするが、起きる気配はない。

 このままキスしてしまいたい、そんな衝動にかられ、頭の中ではすでに、真也の首リルに自身の唇を重ね、心を満たしている妄想がめぐっているが、そんな事、大好きだと言葉にして直接本人に言う事すらできない、そんな臆病な千春にはとても無理だった。

「あったかぁい」

 3年間求め続けた温もりがそこにあり、触れているだけで鼓動高鳴り、心を温かい気持ちで満たしていく。

 改めて、自分はこの人が好きなのだとそう思った。

「おい、何してる」

「へ? ひゃぁふぁっ!」

 気が付くと、彼の目は見開かれており、まっすぐに千春を見ていた。

 起きたことに気が付かず、声をかけ垂れたことにより、大慌てで、真也から距離を取った。



 夢を見ていた。

 幼いころの、幼馴染との甘く楽しい夢を。

 そんな夢うつつの中、玄関が開かれ、ドアが閉まる音が聞こえる。

 誰か帰ってきたなぁ、とまだ覚醒しきってない頭でぼんやりと思考を開始する。

 そんな中、さらに自室のドアが開き誰かが入ってくる。

 この気配は、よく知っている、おそらく千春だろう、そう真也は目星をつけ、アイツならヘタレだし、何もすまい、そうたかをくくっていたが、思いがけず、何かが頬に触れる。

 一瞬飛び起きそうになるが、それがほんのりと暖かく、夏も終わりのこの時期としては少し心地よく感じてしまい、このままでもいいかという気にさせていた。

「(文句言いつつしっかり助けてくれて、守ってくれる)」

 そんな声が聞こえ、真也は思わずうっすらと目を開ける。

 そこには、とても愛おしいそうに、自分に手を伸ばし頬を撫でる幼馴染の姿があり。

 思わず、胸が高鳴る。

 そんな中、目を細め、真也の温もりを感じながら(あったかぁい)などとうるんだ瞳で言われたものだから、これ以上はやばいと思い、完全に目を見開き、声をかけたのだった。

 危なかったと思った。このまままたこいつに恋してしまうのではないかと、だが、それは彼の中では、許されるべきものではなかったし、許してはいけないと思っていることの一つでもあった。




「あのぉ、お二人とも、何なんですかさっきから」

 夕食の支度をしながら、友香が訝しげに、真也と千春に声をかける。

 友香が自宅からの荷物を持って、真也宅に入ったとき、どうにもこの2人の様子がおかしく、最初は気にしないでいたが、流石に気持ちが悪くなり、友香が訝しげにそう聞いたのだった。

「それ、俺のせいじゃないと思うのは気のせいか?」

「いえ、たぶんそれはあってます」

 友香はそう言って、先程からよそよそしく、非常に落ち着かない千春に視線を向ける。

 千春はひゃい、と上擦った声で返事をし、挙動不審に視線を彷徨わせている。

 はぁと、ため息をして、友香は料理に集中するため、視線を手元に戻した。

 あれ、聞かないの? と言いたげに肩透かしを食らった千春だったが、藪蛇だと思い、大人しくしていようと決め、それ以上何もアクションを起こさない様に、平静さを保った。

 程なくして、夕食が出来上がり、3人で食卓を囲む。

 3人の前にはしっかりと茶碗が人数分、お皿も人数分アリ、昨日よりもしっかりとした食卓となっていた。

 友香が気を利かせて、道中で100円均一のショップで一式を買ってきてくれたのだ。

 食事を終え、お茶を出し、お茶に3人が手を付け、一息ついたところ、友香が口を開いた。

「先輩、明後日。デートしてください」

「うん・・・うん? ちょっと待て今何を言った?」

 現在は週の半ば木曜日で、明後日と言えば土曜日の学生は一様休日である。

 真也は言われ、最初は何でもない事の様に返事はしたが、いわれた意味を理解して、慌てて聞き返す。

「ちょっ、な、何言ってるの!」

 それを聞いた千春は、机に両手を叩きつけ、慌てて叫ぶように言う。

 しかし、友香はと言えば、冷静で、淡々とした口調で。

「恋人候補なので、遊びに誘ってみただけですけど。いけませんか?」

 遊びに誘うこと自体は、誰にはばかる事もないだろうし、ましてやいけないなどという事は無いと、千春は思う一方で、心情として、ダメに決まってるでしょう、と心の中で叫んでいた。

「大丈夫ですよ。千春さんもデートするんですから」

「はぁ? いや待て、そもそも俺は・・・」

「デートして、先輩は自分の気持ちの在り方を。千春さんは、まぁどうでもいいですけど、どうするのか決めたらいいんじゃないですか?」

「わ、私は。デートなんてしない」

「そんな事言ってて良いんですか? ご両親が・・・・」

 友香が微妙に挑発的な発言をし始めた時だ、何かがガチャッと解除されたような音がした次の瞬間、玄関のドアが壊れるのではないかというような勢いで、けたたましい音ともに開いた。

「来ちまったよ・・・2日早いわ・・・」

 真也は誰の来訪なのかすぐに察したのか、片手を頭に置きながら、終わったというような表情をしており、友香は、何が何やら分からず、ビクッと体を震わせ、音のしたほうに支援を向けると、まさに鬼という表現がふさわしい人物が、はたからは特に無害そうに見える無表情で、スタスタとリビングへと向かってくるのが目についた。

 え、ナニアレ、無表情なのに分かる、怒ってる、めっちゃ怒ってる。友香は内心で声に出さず言い知れぬ恐怖に襲われて居たら、グイッと制服の腕の部分を引っ張られ、体ごとはじに追いやられる。

 何が起きたの変わらず、引っ張った人を見ると、そこには真也の困り果てた顔がそこにはあった。

「え、せ、先輩どういう事・・・」

「危ないから、俺ら隅っこに居ようか。あとものとか色々壊れるかもだけど、とりあえず終わるまで割って入らない事」

 何の事を言ってるのかわからず、友香は千春に視線を向けると、恐怖の色と、反抗的な色をした目がそこにあり、もしかしてこれ、母親が来たって事と、状況を把握した瞬間、小柄な何かが、千春めがけて飛んできた。

 どうやらドロップキックをかましたらしく、千春も何が来るか予想していたのか、ガード体制で応戦して、たいして体を打ち付けることなく、尻もちをつく程度で済んでいた。

「このバカ娘が!」

 バチンと、ヒトの皮膚って叩かれるとこんな強烈な音が出るのかと、思うと、すかさず千春の後ろに回り込んだ春奈は、寝技をかけ始めた。

 これなんだっけ、腕菱十地固めだっけ? などとこの根座座を現在進行形で書けている、春奈本人から教わったものではあるが、それを、そのロングスカートでやらないでいただきたい、見えてしまうと、一様目をそらしつつ、真也はため息をつくと、視線を外した先に千里さんを見つける。

「ああ、千里さんも来たんですか」

「3年ぶりだねぇ真也君、立派になって。元気にしてたかい?」

「ええ、千里さん。ご無沙汰しております。まぁぼちぼち元気ではあります」

「あ、あのっ。と、止めないと」

 非常にまったりとした形であいさつを交わす、千里と真也に対して、状況についていけていない友香は慌てたようにそういうが、二人は同時に首を左右に振った。

「三条さん、アレには今関わらないのが身のためだよ。とばっちりが来る」

「そうだね。久しぶりに見たかなぁ春奈さんがこんなに怒るの。俺も怪我はしたくないし」

「いや、お二人とも、千春さんが怪我するかもしれないですよ」

 大丈夫、それは無いから。と二人同時に言い放ち、視線を向ける。

 その先には、さらに技をいくつもかけられ、そのたびに、ギブギブ! と泣き叫ぶ千春がいるが、怪我はしないように配慮でもしているのだろうか、色々と技をかけられてはいるが怪我をしている様子は見受けられない。

「あの人、一様俺たちの師匠で、こう、格闘系の免許皆伝みたいなことを昔してたみたいで。よくわかんないけど、とりあえず、めったな事じゃケガはしないと思うけど。本気出したら腕の1本ぐらいは秒で折られるから、まず怒る事もない様に本人もめったな事じゃ怒らないんだけどぉ」

「前に春奈さんが本気で怒ったのは。君たちが7歳の時だったか?」

 千里が思い出すようにそういうと、一瞬にして真也の顔色真っ白になり、血の気が引いたのが見て取れ、友香は、え、そこまで?! と内心恐怖を覚えた。

「一様、ドアは壊れちゃったんで、電話してすぐ修理来るように行ってあるから。あと壊れたり故障したものは言ってね、俺が払うから」

「え、いや、まぁ。千里さんがそういうならそれで」

「ああ、それから、真也君のご両親にお電話入れたところ、壊してもいいけど、後処理はするように言われてるから、まぁそういう事で」

 どういう事なのかと言いたくなる真也だったが、壊れたものは直すと言ってるし、どうやらあの両親があと放置したという事は、この件には一切かかわってくる気が無いという事なのだろう。

「ご両親から伝言も預かっているよ」

「聞かなくていいですか千里さん」

「そう言われても、後で聞いてないとなると、酷い事になるのは真也君だと思うよ」

「はぁ。伝言て何です」

「千春ちゃんさっさと寝とりなさい! との事だよ」

「との事だよじゃねぇよ、千里さん何言ってんのかわかってんですか!」

「あ、あれぇ。なんで俺怒られてるの?」

「アホかアンタは。自分の大切な娘寝とれという伝言を、素直に伝える親が居るか!」

 ここにいるよ。と千里は真也ににっこり微笑む。

 頭痛い、何この一家。

「あの、おじさんはソレで良いんですか?」

 真剣な表情で、友香が千里に問いかける。

 千里は、自然と友香に向き直り、その瞳を見つめたまま、先程とは打って変わった視線で友香を見るが、友香はただ、その答えを待っていた。

 正直珍しいと真也は思っていた。

 なんよかんよ言いながら、千里が他人との会話でここまで雰囲気が変わるところを見たことが無かったからだ。

「お嬢さん。俺はな、娘には幸せになってもらいたいと思ってる。その相手が真也君なら、特に何も言うつもりはない。それは、わたしから理由を言わなくても、君ならば彼の姿や本質をよく知ってるんじゃないかい?」

「・・・・そうですか。私から言う事は・・・先輩は譲れません」

「あははは、これはまた、千春。お前帰ってきたはいいがピンチなのか?」

 友香の答えに非常に満足のできたと言わんばかりの、とてもいい笑顔で笑うと、その笑顔のまま、からかう様に娘にヤジを飛ばす。

「お、おとぉうさん、バカ言ってぇイタタタ」

 そろそろ止めてやらんとヤバいな、と思ったのか、真也は慌てて二人の仲裁に入る。

 その姿を千里は見つめながら、友香に問いかけた。

「彼とは付き合い長いのかい?」

「いえ、告白したのは2日前です。ですが、2年間ずっと彼の事を想い続けてました」

 千里のほうを見ずに友香は力のある声色でそうつぶやく。

「そうかぁ。決めるのは私でも、娘でもない。真也君だ。どういう結果になろうと、私たちは見守るのが務めだから、全力でぶつかると良いよ。彼はそれだけする価値のある人間だから」

 分かってる、という返答はいらないのだろうと友香は思い、ため息をつきつつ、今だ実の母親に絞られている千春を見ながら、なんでこんな人が恋敵なんだろうと、少し呆れつつも、しょうがないなぁという気持ちで、仲裁の仲間に入るのだった。




「大変、ご迷惑をお掛けいたしました」

 春奈は、正座をし、姿勢を正すと、真也に向かい土下座した。

「あ、あのぉ、春奈さん。頭上げて」

 真也が慌てて制止するが、その姿勢のまま微動だにしない。

 あまりの出来事に、流石に長い付き合いの真也も、いやまて待て、この人がこういう事するときは、アレだ、本気の謝罪だ。

 長い付き合いの深夜からしたらたまったものではない、そう思わず泣き言を言いたくなるぐらいの出来事で、慌てふためく。

「お、おかあさんそれぐぅ・・・うぅ」

「お前は黙れ」

 隣に正座させられていた娘、千春が母を制止したが、みぞおちに一発受けて呻く。

 これは相当お冠だと察し、流石にそろそろと真也は思ったのだが、やらかした数々を思い浮かべ、どうしてか許してあげてくださいの言葉を飲み込んだ。

「この娘は、このまま連れ帰ります」

「ちょっと。勝手に・・・・はい・・・」

 流石に納得できず、反論をしようと痛みに耐えながら声を出す千春だっあが、喋るな、殺すぞ、と言わんばかりの殺気のこもった目で睨みつけ黙らせる。

 その場にいた全員が、今の睨みで人が殺せるんじゃないかと戦慄するほどの怖さがあり、黙らざるおえなかった。

「それ、困ります」

「はぁ?」

「困るので」

 まだ殺気の籠った目つきのままだった春奈の目が、声の主、友香をとらえる。

 これには、慌てて口を挟もうと真也が止める間もなく、再度聞こえる様に、友香は春奈にそう告げた。

「アナタは誰?」

「申し遅れました。三条 友香と言います。先輩、真也さんの彼女候補のお友達です」

「彼女候補? 友達?」

 意味わからんという様に、春奈は真也に説明しろという様に視線を投げかける。

 その後、真也の口からではなく、友香から事の流れと、なぜここにこうしているのかも含めすべての説明がおこなわれた。

 その間、何度か怖い顔をした春奈に一切動揺するそぶりすらなく、友香は淡々と話し続け。最後に再度。

「千春さんと私で、午前と午後でそれぞれ先輩とデートする予定があるんです」

「デートなんてして、何の意味があるんだい。しかも午前と午後、別々って事かい?」

「ええ、別々です」

 聞いてないんですけど。いつそんな話になったんだと真也は思ったが、春奈が突入してくる直前、デートの話が出ていて、何か説明をしようとしていたところ、この人の乱入により、話が頓挫していたのだったと思い至。

「そのデートで、一度先輩に、今の気持ちを確認してもらうんです」

「はぁ! わ、私まだやるなんて言ってない」

「アナタがいつまでもヘタレでグズグズしてて、開けくのは手に引っ掻き回すからでしょ。いい加減、何しに来たかぐらい、先輩に言ってみたらどうなんですか!」

「ぅ、そ、それはぁ」

 はぁとため息が漏れる友香。

「え、あのね、友香さんだったかしら。うちのバカ娘まさか・・・」

「はい、そのまさかであってると思いますよ」

 もはや自分の娘ながら情けない、そう言わんばかりに、涙目で千里に春奈は視線を向け、千里は苦笑いをした。

「あ、アンタ本当に、本当にもぉ。3年前といい、今回も。どうして肝心なところで肝心な・・・・」

 アー、と叫びながら頭を抱える春奈に、もはや真也も友香も同情の色を隠せなかった。

 当の本人千春はといえば、だ、だって私・・・だ、だからここに来たんだし、とかなんとか言い訳をぶつぶつと聞こえるかどうかの声量でつぶやいており、あいも変わらず煮え切らない。

「なので、いったんの区切りとして。お互いの気持ちを再確認するために。先輩も、自分の気持ちが今どこにあるのか確かめてもらうために、その際に、もし私の事が迷惑だというのなら、言ってくださいね」

「おいまて、俺は・・・」

 と言葉を紡ごうとして、千里さんがいつの間に真也近づき、その後の言葉を黙って静止した。

 真也自身、今ここで勢いのまま言ってしまえればという思いはあったが、それと同時に、俺は何を言えばよかったんだ今。と分からなくなってしまった。

「なので、あと3日お時間頂けませんか」

 そう言って、友香は深々と頭を下げた。

 本来一番この件では被害者といってもいい人間が、こうして頭を下げている、その事に、事の発端を作った娘を持つ春奈さんは、非常に居たたまれない気持ちになり。

「ごめんなさい。アナタにそこまで気を使させてしまって。分かりました。その申し出ありがたく受けさせていただきます。良いわね?」

「え、良いの?」

 春奈が非常に申し訳なさそうに友香の提案を受け、千春に促すが、とうの感じんな本人は実感が無いのか、呆けたようにそういう。

「次はないわ。失敗しようが、成功しようが、連れ帰る。い・い・わ・ね?!」

 はいしか言えないだろう、と真也は思いつつも、余計な事を今言うと藪蛇になりそうだったので、黙っていた。

「ともかく、今日はホテルまで連行よ」

「え、いやぁ。私ここでお世話になろうかなぁと」

「うん、なんて?」

「はい、そちらに行かせていただきます」

 それ以上逆らってはいけないと、長年の経験から理解したのだろう、千春は諦めて首を垂れた。

「真也君、あわただしくて悪いんだけど、そろそろ帰るわね。この娘をこの後こってり絞らないといけないから」

「春奈さん、お手柔らかに」

「それと、一つ気になってることがあるんだけど」

「何です?」

「うちの娘が無茶した割に、ここに来る前に、色々調べたのだけれど、なんかあまり騒ぎになってなかったみたいなんだけど、なんで?」

「それは静流さんが・・・」

「静流って?」

「生活指導の。紅 静流という人なので・・・」

「あー、ルイルイ、そうなのね。うわぁ、迷惑かけたぁ。ち~は~る~」

 真也が説明して、名前を出した途端、どうやら顔見知りだったのか、嬉しそうにしたのもつかの間、また鬼の形相になり、千春を睨んだ。

「は、春奈さん、どういう知り合い?」

「師匠で、アレは弟子。覚えてない、一時期アンタたちと一緒に護身術習ってた大人のお姉さん居たじゃない」

 言われて見て、そう言えばなんかギャルっぽい少し派手目の人がいたような気がするが、今の静流さんと似ても似つかず首をかしげると。

「ギャルよギャル。居たでしょ」

「え、いやいやぁ、春奈さんそれはないですよ、静流さんどっちかというと、黒髪ロングが似合う美人ですよ」

 そう真也が言うと、横で聞いていた友香も頷くが。

「紅、何て苗字忘れないわよ。多分あってるわよ。しかしそうかぁ、って事はあなたたち二人、多分彼女、気が付いてるわよ」

 そこでようやく、真也は妙に静流さんが自分に絡んでくる理由の一つが何となく合点が良き、マジかぁと、思わず声が漏れる。

「あのギャル、見た目は出なく背にへんに恥ずかしがるから面白かったのよねぇ。それにあんたらより弱くてねぇ」

「え、静流さんめっちゃ強いみたいですよ」

 ふぅ~んと、非常に嬉しそうな声音になり、後で顔出すって伝えといてぇ、という言葉を残して、千春を引きずるようにして部屋を後にした。

 嵐が去ったと言えなくもないぐらい、気が付けば部屋の中はぐちゃぐちゃだになっていた。

「は、はぁ。び、びっくりしました」

「た、確かにビビったわ。大丈夫三条さん」

「あ、は、はい・・・あ、あれぇ。こ、腰抜けちゃったみたいです」

 乾いた声で笑う友香を見て、真也もまた、そりゃぁまぁあんなおっかない人相手に一歩も引かない何てことすればそうもなるだろう。

 そう思いながら、彼女をねぎらう様にお茶の準備を真也は始めるのだった。

 その後、千里が手配した業者さんが到着し、破壊されていたらしい、ドアの修理に取り掛かったのだが。

 真也もびっくりなぐらいドアをうまい具合に、関節でもはずしたのかというぐらい、綺麗にネジの部分だけが歪んでとれていた。

 いったい何をどうすればこうなるのかと、業者さんと一緒に小首をかしげた真也だった。

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