第5話 男の辛い理性の戦い。
5話 男の辛い理性の戦い。
「あの、先輩、なんでずぶ濡れなんです?」
お風呂掃除が終わり、全身ぬれねずみの真也が、疲労困憊といった固いで二人の前に現れたので、二人とも、先程の険悪な雰囲気どころではなく、突然の家主のあまりに悲惨な姿に驚いていた。
何を隠そう、真也からしたら、邪念まみれのよこしまな妄想を抱いたま、友香と千春の前になど戻れないと思い、あの後もしばらく頭に冷水をシャワーでぶっかけ続けていたのだ。
当然、びしょぬれである。
「ちょっと着替えてくる。風呂、先にどっちか入っちゃってくれ」
今時手動でお風呂をという事はなく、そう、自動運転でお湯を沸かしていたのだが、それができるまで、ただひたすらに、シャワーを浴び続けていたのだ。
真也がなんでこんな事をしていたかと言えば、あの後さらにヒートアップした二人の言い合いは、男子禁制と言えるような内容で、とても思春期の男子が聞いて良い物ではなかったのだ。
その証拠に、この二人は真也が部屋に戻ってきたときに、そういえば他人の、しかも男子の家だったことを思い出し、二人同時にフレッシュトマトの様に真っ赤に染まったのは言うまでもなかった。
「入ってきてください」
「はぁ、分かったわよ。えっと着替えはっとぉ」
千春は、真也の部屋に来る前、駅前のコインロッカー特大版、に預けていたキャリーケースをもってきており、その中には下着やら、衣類がある程度詰め込まれていた。
その中から、適当なものを見繕い、お風呂場に向かう。
千春がお風呂場に消えたことを確認して、友香は脱力した。
「な、何してるんだろ私」
「お疲れ様。ごめんな」
「え、うわぁ。い、いえ、そのはい」
「それで、何か聞けた?」
一様、とても恥ずかしい内容も含めある程度聞こえてはいた真也だったが、ここは聞いてないという事にして、聞いてみた。
だが、友香からは。
「聞けたは聞けたのですが・・・・ごめんなさい。言えません」
「え、ああ。えっと、なんで?」
色々な意味で言えないんだろうけど、こちらは何も知らない、そう自分に言い聞かせ、知らないのであればその時にどう質問すればいいかを考えたら、自然に聞き返すのが何だろう。
「あの。ごめんなさい」
どうやら友香は真也に、千春の事情を自分の口からは言うべきではないと思ったのか、たんに千春に、同情してるのか。
理由は分からないが、真也に下げた頭を、その位置から動かさず、微動だにしないので、真也は、この娘ほんとに良い人だなぁ、と安心してしまった。
「ごめんね。変な事頼んだわ。俺が聞きださなきゃいけないの押し付けたのが悪いんだし」
「いえ、そういう事でもないんですが。と、ともかく私から言えるのは。ごめんなさい、しか言えません」
どうやら頑なにいう事はしないらしい。
恋敵だろうにと、真也は今風呂場にいる腐れ縁の幼馴染に、妙な嫌気を覚える。さすがにこんなにできた娘に、アレはないわなぁ。
真也はそれ以上きけないと思って、とりあえず労いも込めて、再度彼女にお茶を入れてあげて、彼女は彼女で、どう接していいのかわからず、出されたお茶を頂きつつ、自分の顔を隠すように、本を読み始めた。
程なくして、千春が風呂から出てきて、次は友香の番となったのだが、ここではっと気が付く。着替えが無いと。
「シー君、ジャージ」
「え、ええ?!」
はいはい、と言いながら、真也は部屋に行き、適当に家の時用のジャージとTシャツを見繕うとリビングに戻り、バスタオルと一緒に友香に手渡した。
「ブラは、我慢して。明日にでも家に帰って取りに行ったら良いよ」
「せ、せせ、先輩の前で」
「はいはい。ほら行った、行った」
千春はさっきの言い合いで疲れたのか、それともただ単に、もう面倒くさくなったのか、友香の態様を適度に適当にやりながら、彼女をお風呂場へ追いやった。
もちろん、そうなると真也とは二人きりになるわけで、彼女としては、友香がお風呂場に消えたのを確認した瞬間、そのことに気が付いて硬直した。
我ながらバカな長馴染みをもったものだと、問いただすはずの真也は、やれやれと首を左右に振る。
「お前って。昔から肝心なところが抜けてるよな」
「うぅ。わ、悪い?! どうせ聞いたんでしょ彼女に。私の事情」
バツの悪そうにそっぽを向きながら、不満げに千春はそういうが。
「ごめんなさい」
「はぁ、何誤ってるの?」
「彼女それしか言わなくてな。お前の事気遣ってるんだろ」
真也の言葉が信じられないのか、瞳を見開き、口をパクパクとしながら何を言うべきなのかを精査しているかのように、部屋の周囲に視線を彷徨わせる。
どうやら相当混乱しているようなので、長年一緒に居た真也としても非常に珍しいなぁと思って眺めていた。
「同情?」
「そんな事する人に見えますかな、千春さんや?」
「でも、ならどうして」
「それを俺に来ても答えなんて出ないぞ。むしろ俺が聞きたいのは、なんでこんな無茶してまで戻ってきたのかという話なんだが?」
論点がズレそうになってきたので、わざと真也は話を戻した。
「あー、それはねぇ。ほら可愛い幼馴染が、残りの青春を潤いに変えてあげようという」
「いらないんで帰ってくれ」
「うぅ、あの。えっとぉ。ほら、彼女いないじゃない真也」
「彼女候補なら居るんで・・・」
彼女が何を言いたいのか、正直わかってはいた真也だったが、だからと言ってそうやすやすと言わせてあげられるほど人はできてないし、真也自身そこまで大人になりきれていなかった。
「い、意地悪」
「何故俺が罵倒されてるのかわからんが。俺のが罵倒したいんだが」
「わ、私の気持ち知ってるくせに!」
お前は癇癪を起こした子供か。という言葉を口をついて出そうになるのを抑えつつ、はぁとため息が漏れる。
「言葉って大切ですよ。言わないと分かりませんよ」
どうやらお風呂は思ったらしく、ジャージに身を包んだ、友香が現れ、開口一番にそういった。
「わ、分かってるわ、わよ!」
声が上ずり、顔が真紅に染まる。
口をパクパクと、何度となく開けては閉めを繰り返し、必死に言葉を出そうとするが、でない。
あまりの必死さに、なんだか真也は自分がいじめてしまっていないか、と少し不安になるぐらいには必死で。
胸に手を当て、わたしは、と何度となく繰り返すが、やはり言葉は出てこなかった。
「とりあえず落ち着け。追い出したり、今すぐ帰れなんて言わないから」
「ほ、本当?」
「うぅ、あー、おほん」
「先輩、何ときめいてるんですか」
千春はあまりに必死だったためか、すでに泣きそうで、目頭にはすでに見て取れるぐらいの涙らしきものがあり、また、その弱々しい声音は、男がそれだけでもうたまらぁ、と言ってしまいかねない愛らしさを秘めており、思わずたじろぐ。
そんなやり取りを見ていた友香は、幼馴染の表情と仕草にときめいてる真也を見て、納得いかないというふうに不満を漏らす。
「まぁ、可愛いですけど。はいはい、ごちそうさまでした。ほら、行きますよ」
「え、あの、え?!」
流石に見てられない、胸焼けしてしまう。友香はそう思うと、千春の手を取り立たせ、真也の寝室へと引っ込んでしまった。
まずったかなぁ、と思いつつも、こればっかりはしっかり彼女の口から理由を述べてもらわないといけないと、真也は思っていたので、どれだけ時間がかかろうと、聞きだすしかないと思っていた。
そのうえで、自分自身に問う。どうするんだ、それを聞いた後俺は。
寝室に無理やり引っ張り込まれ、問答無用で千春は真也のベットに押し倒されていた。
「へ、なに、わ、私そんな趣味ない!」
そらそうだろうよ、と友香もそう思いながら、押し倒した相手を永遠見つめる。
「なんで言えないんですかねぇ」
「あ、あなたには関係ない」
「さっきも言いましたが。私は先輩の事本気です」
唇がくっ付きそうなほど近い、そんな距離で、友香は千春に言い聞かせるようにそう告げる。
「ねぇ、千春さん。話によればご両親が3日後に来るんじゃないですか」
「そ、それはぁ適当にかわしてぇ」
「先輩の様子から見るに、それはたぶんないのでは?」
確かにそれはないだろうと、千春自身、自分の両親がどういう人物なのかよく理解している、理解しているからこそ、3日どころか、明日朝にでもこの家を訪ねてきてもおかしくは無いとすら思っていた。
千春は不安の色をより濃くし、自分には時間が無いのかもしれないという事を、否応なく突きつけられた気がしていた。
「はぁ、なんで私、この人の味方したんだろう」
半ば自分自身に呆れながら、千春から友香は離れ、真也の勉強机の椅子に腰かける。
よくよく考えれば、こんな女など放置して、愛しの先輩のあれやこれやを今すぐにでもあさり、自身の欲望を心行くまで満たしてしまいたい。
と内心は思っているが、世間体や、自分が他人から、清楚系で大人しい地味娘だと思われていることは理解しているので、やらないししない。
千春はと言えば、やっと一息付けたと言わんばかりに、深い溜息を吐いていた。
そんなに思い悩むなら、いっそう言っちゃえばいいのに、と思うものの、彼女の苦悩は、過去の3日前の私だと、友香はその心境が分かるからこそ、このどうしようもないヘタレ美人に塩を送る真似などしてしまったのだった。
「千春さんて。美人なのにヘタレですよね」
「あ、あのね。なんかさっきから遠慮が無くなってきてないかなぁ」
「お膳立てしたのに、ヘタレで何も言えなくなった人を、再度無理やり引っ張ってきて、ここにこうしている。私、感謝されこそすれ、そんな事言われるのは違うと思うんですけど!」
「ご、ごもっともで・・・・」
千春としても、先程の配慮には驚きしかなかった。
何故、友香がそんな配慮をしたいのかを聞きたい気持ちはあったが、聞いてよいのかわからずどうしようかと悩んでいると。
「わたしは、本当に昨日やっとの思いで先輩に告白しました。結果としてはスタートラインに立ったというような、そんな些細な結果でしたが、それでもきっかけは作れたと思いますし、次につながったとは思います」
「え、えっと、まさか私、相当タイミング悪い?」
「はい。まぁアナタのタイミングの悪さはどうでもよく手ですね」
どうでもいいんだ。となんとなく落ち込む千春を無視して話しは進む。
「だからですね。分かるんです。好きな人を思い続けて苦しむのも、声が出なくなるのも、パニックになってしまうのも。お二人にどんな事情があるかは分かりませんし、わたしからしたらアナタは敵です」
「あ、そこははっきり私、的なのね」
「当たり前で。今回だけですよ」
美人が特に特徴のない平凡な女の子に説教されている、というはたから見たら、ナニコレな状況だが、千春からしたら本当にありがたかった。
正直見切り発車で、電話がダメなら直接会えば、現状を打開できる。そんな甘い考えで突っ走ってきた手前、自分の考えの至らなさにほとほと嫌気がさしていた。
「とりあえず3日。私はここに、あたなといますけど、だからと言って絶対に手伝いませんし、先輩に近づけるチャンスなので、存分に利用させてもらいますから」
「た、たくましいわね。お、お互い頑張りましょう?」
「私は頑張りませんけど。アナタは頑張らないと大変な事になるかもしれませんね」
その後、話は終わりだという様に本を読みだした彼女に話しかけられるわけもなく、千春は、これからどうしようかと、頭を悩ませることとなって、ふとスマホの電源を切っていたことを思い出し、電源をつけると、レインの履歴が99+の表示になっていて、眩暈がした。
カチカチという音が部屋に響く。
丑三つ時、今だ真也はリビングに置かれているソファーで願入りを打ちつつ、眠る努力をしていた。
そう努力なのである、現状、ドアを挟んで向こう側には女の子が二人、就寝している。
年頃の男子高校生としては、もはや生き地獄も良いところである。
「泊めるしかなかったとはいえ。勘弁してくれぇ」
弱音を言っていなきゃやってられないわ、と言い出しそうになる自分に、落ち着こう、そう、落ち着くんだ。
(私、先輩に抱かれても良いと思っています!)
「うぅぅ」
風呂場で聞いた友香の、決意のこもった声がよみがえる、
もちろん自分に向けられたものではなく、あくまでも千春との言い合いで思わず言ってしまったものだろう、そう思うのだが、やはり男子高校生としては、分かっていても彼女のそんな姿を想像するなというほうが無理がある。
「だからって。無理だよなぁ、スッキリするなんて」
最終手段として、なんとかこの興奮状態を収める方法はある、あるにはあるが、危険すぎてそれを実行に移そうなどとは、死よりも恐ろしい末路があると思い、できるわけもなかった。
「あと、3日はこれかぁ」
本当に、迷惑な幼馴染をもったものだと、思い、そういえば、告白した時も、変に迷惑かけられたっけかと思い、いまだに少しこぶになっている後頭部を少しなでながら、目を閉じたのだった。
「おう・・・なんだその不景気そうな面は」
「不景気ではあるし、そういう顔に見えるなら、特に少し間違ってるが、ふぁ~」
「なんだ、寝不足か? 確かお前今日バイトじゃね?」
「ああ、寝不そ・・・」
忘れていたと、顔から血の気が引いていく。
というのも、昨日も本来はバイトのはずだったのだが、どういうわけかバイト先から遅刻だぞぉなどの連絡がいっさい来ていない事に、真也は今更に思い出す。
「今日どころか。昨日もバイトのはずだったんだ・・・・」
「お、おい。マジか。ヤバいじゃね?」
ヤバいなんてものではない、下手すりゃ即クビも宣告されかねない。
「お前連絡来てないの?」
慌ててスマホを見るが、それらしい形跡はない、とはいえ、連絡なしはさすがにまずいと思い、教室だが、この際そんな事言ってられるかと思い、店に電話をかける。
「(はい。あさやぁ)」
「て、店長、すみませんでした!」
開口一番、店長に伝わるわけでもないが、頭を避け、ありったけの声量で声高らかに謝る真也に、おいおい何事だよ、とクラスメイトが心配そうに見つめる、流石に昨日の騒動で、今日のこれである、クラスメイトからしたら、ヤバいんじゃねぇのか平塚とかいう話になりかねなかった。
「あー、バイトすっぽかしたらしい。皆気にせんでやってくれ」
ああ、という顔になり。まぁ昨日はなぁ、っていう同情のまなざしに変わり、真也はすかさず、すまんと拝むように片手で誤ると、気にするなという様に、和人が親指を立てた。
持つべきものは友である。
「(3日ぐらい休むんだろ?)」
「は、え? 誰がそんな事?」
全く身に覚えがない、サボったことに身に覚えがあっても、休む旨の連絡した覚えは真也にはこれっぽっちもなかった。
「(あー、なんつったかぁ、静流とかいう人が店まで来てなぁ。なんでも教師で、何やらお前が大変だという事で、家庭の事情だとかで休むと、わざわざ伝えに来て呉れてなぁ。それにしてもあれだな、あんなべっぴんさんが担任なんか?良いよなぁ、最高じゃぁねぇか)」
「え。あ、店長、すんません、もうすぐ授業みたいなんで、とりあえずそんな感じでお願いします」
話が長くなりそうだったので、真也は慌てて話をぶった切り、通話を終えた。
「何だって?」
「静流さんがなんかしたらしい」
「うわぁ。お前・・・・」
完全に貸しを作ってしまった。
それを察してなのか、真也はに対する和人の目は哀れなものを見る目そのものに変わっていた。
言いたいことは分かるぞ、だが止めてくれ親友よ、現実を突きつけないでくれ、と思うのであった。
「ね、ねぇシー君。だ、大丈夫なの?」
今の一部始終を聞いていたのだろう、なぜか機能の時点で、このクラスのしかも真也の隣の席を強制的に勝ち取った、もといい奪い取った千春が、心底心配そうに真也たちを見ていた。
「チー・・・・お前は本当に、千里さんと、特に春奈さんが来たら覚悟しておけよ」
「あー、えー。あはははは」
藪蛇だったと、千春は乾いた笑いをしながら、真正面を向いた。
「にしても、こんな美人が幼馴染ねぇ。お前モテすぎじゃね?」
「和人。お前も静流さんの手伝いするかぁ。今なら俺あの人と取引できるぞぉ」
「ごめんなさい。調子乗りましたすみません」
話の流れで、貸を真也が和人を売り渡す、という内容で終わらせてもいいと、そういう負ことをするのではないか、と思わせる不敵な笑みを浮かべていたので、和人は慌てて頭を下げた。
「邪魔するぞぉ」
授業真っただ中。
唐突にそんな声とともに教室の前方のドアが開け放たれ、白衣に身を包んだ女性が、けだるそうに姿を現した。
困りますよ、静流先生、という国語教師の静止もむなしく。
「おい平塚、来い」
「は、え?」
授業中だとか、そんな事はお構いなしに、真也の返答も待たず踵を返す静流に、どうしたらいいかと国語教師を見ると、行と言い、と言わんばかりに指さして、行って来いと示した。
この人には、社会的常識が無いのかと、半ば呆れるが、先程のバイトの件もあるので、下手に苦言を申せないのも事実で、渋々従う事になった。
「あれが、静流先生・・・」
初めて見る静流に、千春は、うわぁ超美人と、思い思わず見とれていたが、すぐにその姿が消えたので、行動早という印象も植え付けられた。
「ああ、そうそう、佐藤だったか。お前もだった。忘れてたわ」
静流は戻ってくると、千春も来るよう促した。
え、あたしも? と疑問を投げかけるいとまもなく、またも教室から姿を消していた。
「はぁ、行くぞ」
「え、これついてってだ丈夫なやつなの?!」
「行かなきゃ地獄へ速攻で落とされると思ったほうが良い」
「冗談だよね?」
「お前、ここに今こうしていられるの、あの人のおかげだという事、忘れないほうが良いぞ」
何の話なのかさっぱり分からない、とう千春は小首をかしげる。
能天気な幼馴染を連れ立って、真也は教室を出る事となった。
授業中という事もあり、廊下には3つの足音が響き、その音だけが妙に大きく聞こえ、先頭を歩く静流の足音が、後方の二人よりも大きいような気がしてならなかったのは二人は聞き逃していなかった。
おそらく、相当ご立腹なのだろう、歩き方がとても整ってはいるが、音だけが妙に大きく響いていた。
そんな静流の久々の静かな激情に、今すぐにでも踵を返して逃げたい真也は、どうにかできないかと周囲に視線を巡らせる。
「おい平塚。手間だけは取らせるなよ」
「な、何の事っすかねぇ」
一様誤魔化しておくが、どうやら気配で気が付かれてしまったらしく、逃げるという考えはその時点で消えた。
落胆の色を隠せない真也と、今のやり取りの一部始終を見ていた千春は、内心、私もしかして超やばい? と今更ながらに危機感を募らせていた。
連れてこられたのは生徒指導室、ではなく、司書室だった。
生徒指導室の場合、ガチのヤバいやつだと真也は思っていたが、どうやらそういう話ではなく個人的な事、と言う名目で話でも聞くつもりなのだろうと、なんやかんやでお世話になっている静流に、ほんとかなわないわと真也は頭をかいた。
部屋に入り、椅子に座るよう促され、てきぱきとお茶の用意をし、4人分お茶を入れる。
「あの、4人分?」
「そろそろ来るぞ」
真也の疑問は、がちゃりと空いたドアから現れた。
「静流さん。呼ぶのは構いませんが。授業中ですけど」
「おお、すまんな三条。茶菓子も買ってきてくれたか?」
まったく、生徒指導が、生徒の大切な勉強を妨害してどうするのかと、友香はその時の授業教師にでも言われたのだろう、チクチクと、嫌味たらしく言っており、静流もまたバツの悪そうに、すまん、すまん、と平謝りをしていた。
「この3人集めたって事は・・・そういう事ですか?」
どういう事なのかは、あえて濁し、真也は相手の様子をうかがう様に静流に聞く。
「おまえぇ、そういうことろだぞ。慎重なのはいいが、政治家みたいな逃げ道作った言い方するのはやめとけぇ。ろくな大人にゃうぅぅ、もぐぅ」
「食べるか喋るかどっちかにしろや」
「静流さん、食べながら喋るのは、はしたないです」
真也は注意を、友香は苦言を申した。
流石に生徒二人に同時に言われてはたつ手が無い静流は、お茶でお菓子を流し込み、三人を見やる。
ついで、深いため息をして、真也を見た。
「お前は今すぐ帰って寝ろ。寝てないだろ?」
「な、なんですいきなり?」
「言わなきゃわからんほど、頭悪くないだろ」
しっしと、あからさまに出て行けどいう仕草をする。
「せ、先輩。なんで寝てないんですか?!」
寝てないんじゃない、寝られなかったんだ。などと口が裂けても言えない真也は、静流に頭を一度だけ下げ。
「バイトの件も含めてすんません。そうさせてもらいます」
「ああ、あの妙に抜け目なさそうな店長さんなぁ。多分気が付いてたろうけど許可してくれたぞ、色々」
「色々が何なのか、あとでじっくり聞くとして。マジすんません、帰ります」
「気を付けて帰れよぉ。オイこら着いてこうとするな」
これ幸いと、真也がすでに限界に近い眠気を引きずり、部屋を出る。
その後をすかさず心配なのか友香が追いかけようとするが、静流に制止された。
「せ、先生?」
「あのなぁ三条。年頃の音が、見目麗しい女性を2人も家に泊めて、まともに睡眠取れるわけないだろ」
「そ、それならなおの事、看病を」
「まだわからんか。要は興奮してたんだ。今お前が近くに居たらまたまともに寝れんぞあいつ」
静流の説明に納得がいったのか、友香は顔を真っ赤にして俯く。
静流としては、だいぶ真也と親しくなったことで、友香の良さである冷静さとかが少し欠如し始めているのではないかと少し気がかりだった。
恋は盲目である、などという言葉があるが、まさに昔の偉人の言葉は的を射ているだろう。
「そっちの転校生は、なんとなく察してはいたか?」
「いえ、私もシー君が友達とそんな話をしていて初めて知りましたし」
やれやれ、二人そろってそれかぁ、と首を左右に振り、呆れた顔をする静流。
「で、無茶してここまでの事して、何か成果は得られたのか美少女博士さん?」
「な、なぜ博士であると?」
確か、飛び級はしていることなどは転校する際の材料にした気を苦はあるが、自分が博士の資格を取って、さらに学会から研究費用を頂いていることは、誰にも言っていないのだ。
「大人を侮らない事だな。まぁ私じゃないと調べられなかったような箸もあるから、別に君は悪くないぞ」
何をどうしたのか非常に気になる部分ではあるが、触らぬ神に祟りなしとは言うし、聞かないでおこうと千春は聞き流すことにした。
「静流さん。あまり無茶は」
「無茶させてんのは何処のどなたたちかなぁ?」
「ひ、ひひゃいですぅ」
窘めるつもりが、逆に窘められてしまい、両頬をグニグニと静流に友香はこねくり回された。
そんな二人の様子に、なんかいいなぁこういうのもと、ここ3年様々なものを犠牲にしてきた千春はふと思う。
「なぁに黄昏視線送ってるんだ、お・ま・え・は!」
「あいたぁ。あのぉ、私これでも」
「これでもなんだぁ。色々もみ消したり、調整したりと、本当に良くもまぁこれだけ引っ掻き回したものだと、私は涙ちょちょぎれそうだったぞ昨日」
いったい何をしたのかは語らないが、どうやら相当各方面に根回しをしたらしいことは言葉の端々からにじみ出ており、千春は自分がいかに見切り発車でここに来たのかという事を再度思うがそれをさらに決定ずける一言が放たれた。
「教育員会黙らせるの、大変だったわぁ」
「静流さん。ほどほどにしないと、目付けられますよ」
「手遅れだな」
はははは、とから元気で笑い出す。
「あ、あの。ごめんなさい」
「まぁ、若いうちの無茶はするもんだ。その無茶のフォローは大人がしてやればいいが、そう甘えられてるんだって事は忘れない事だな」
なるほど、真也や友香がこの人に頭が上がらないだの、借りを作りたくないだのと話していたのはこういう事かと、千春は自分がその立場になって初めて思い知らされる。
発言ややっていることはいる事は破天荒だが、そのすべては生徒のためという、今時とても珍しい先生だという事なのだろう。
「ところで二人とも。エロ本は見つけたか?」
はぁ? 千春と友香は素っ頓狂な声を上げるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます