第11話 氷の迷宮と小さな出会い その1
アルと待ち合わせてから迷宮へと向かう、俺はごみ拾いの為に、アルは迷宮を堪能する為に、奇妙な協力関係が出来てから迷宮に行くときはいつもこうだ。
貰った念話版は実に便利で、何処に行くから何処で待てと連絡を貰えると楽だし準備もしやすい。
しかしアルの提案をすべて飲む訳ではない、明らかに俺の力量に合わない迷宮や、遠くて行けそうにない迷宮など、都合の悪い時には断りを入れている。アルもその辺の機微が分かってきたのか、俺を誘うときには気を使うようになってきた。
だが今回は断った上でどうしてもと押し切られてしまった。場所は問題ないのだが、その迷宮は指折りの実力者しか潜る事のない場所だった。どう考えても死ぬ、特に今回はアルのうっかりや突飛な行動が即命取りになる、そう思って俺はすぐに断った。
それでもアルは粘った。どうしても君と一緒に行きたい、何としてでも連れて行くと言って譲らなかった。
「いいか、アル。俺は約束した条件を守らなかったら即中断するからな。お前から買ってもらった帰還の糸も躊躇なく一人で使うからな」
帰還の糸とは迷宮内から指定された場所に一瞬で移動できる道具だ。勿論だが高価な物で、下手したら小さな家が建つ。
「分かっているとも、約束は守るさ。今回は私の我が儘に付き合ってもらっているのだからね」
アルと交わした約束は「魔物と遭遇したら即殺する」「罠を一つ足りとも見逃さず触らない」「気になる事があったら必ず報告して勝手な事をしない」とこれだけだ。
魔物を即殺するように言ったのは、観察を始めたりメモを取り始める事を防ぐ為だ。罠については興味深いからと言って態と触られると困る。アルは何か見つける度に足を止めてスケッチやメモを取り始めてしまう、それを止める気はないのだが、自身に危険が迫っていても平気でそうするので今回は相談してもらう事にした。
「君は身の危険を感じたらすぐに帰還の糸を使ってくれ、そうならないようにするけれどね」
「本当に頼むからな、アルだけが命綱なんだから」
アルは胸を張って拳でどんと叩いた。規格外の強さについては信頼しているが、二人でこんな迷宮に潜るのがもう正気の沙汰じゃない。
入り口に立っている兵はアルの姿を見るとぴしっと敬礼をした。それに対してアルは「ご苦労様」と一声かけて入り口をくぐった。
「さてグラン、ここから奥に進む前にこの薬を飲んでおいてくれ」
渡された薬は見たこともない物だった。少なくとも拾った事のある薬の中にこれを見たことはない。
「これ何の薬?」
「飲んだ者に炎の加護を付与する霊薬だ。ここから先、それを飲んでおかないと死ぬ」
「なんて?」
とんでもない事を言うので聞き返した。
「この先は想像を絶する極寒の地だ。この霊薬を飲んでおかないと、体内が一瞬で凍りついて死んでしまう」
俺は即蓋を開けて薬を飲み干した。無味無臭で助かった。
「なあ、着ている服とかは大丈夫なのか?凍りついて動けないとか洒落にならないぞ」
「大丈夫、身につけている物から触る物にまですべてに炎の加護が付与されている。でも流石グラン鋭いな、この霊薬をケチったりする者は装備品が凍りついて動けなくなり時間をかけて死ぬ」
炎の加護を受けたばかりだと言うのに体の奥底から震え上がるようだった。そんな恐ろしい場所に入って無事で済むのだろうか。
俺は恥ずかしながらアルの服の裾を掴みながら歩いた。奇しくもアルを孤児院に連れて歩いた時と逆の立場になっていた。恥をかいてもいい、死ぬより安い。
寒くない筈なのに何故かぶるぶると止まらない震えを感じながら歩いていく、視界が開け始めた時、アルは俺の目の前から退いて眼の前の景色を見せるように手を広げた。
「凄い…」
言葉が出てこなかった。
見たこともない景色がそこには広がっている、周りは氷の壁に覆われて、天井からぶら下がる氷柱がキラキラと輝きを放っている。床に出来ている氷の結晶も、大きな宝石だと言われても不思議じゃない。
薄い水色に囲まれた輝く空間、迷宮だと言う事を忘れてしまいそうな程目を奪われていた。美しい、そんな安直な感想しか浮かんでこない。
「どうだい?美しいだろう?」
アルは自慢げに語った。
「少し歩いてみようか」
そう言われて、恐る恐る足を踏み出す。すると、足をついた氷の床にピキピキとヒビが入った。
「うわっ!」
俺が驚いて足を上げると、床は何事もなかったかのようにヒビは消えていった。その様子を見てアルが言う。
「面白いだろう?この床は歩みを進めるとこのような反応を見せる。実はこの迷宮に限っては床に仕掛けられた罠は確認されていないんだ」
もう一度足で触れてみると、ついた場所から円状に広がるようにヒビが入る、足を離すと元に戻る。池や水たまりに波紋が広がるように見えて確かに面白かった。
「不思議だ、別世界に来たみたい」
「別世界と言うのはあながち間違いじゃあない、迷宮は我々の理解が及ばない法則で成り立っている。ここから近くに別の迷宮があるのだが、そこには溶岩が流れている」
「本当か?全然環境が違うじゃないか…」
アルの話を聞いて俺は驚いた。こんな氷の世界が広がっている迷宮の近くに、溶岩が流れる火の世界があるだって?全然想像もつかない事だった。
懐から小石を取り出して、アルは氷柱に向かって投げた。頑丈そうに見えた氷柱は石に当たると簡単に折れて落ちてきた。衝撃でバラバラに砕けてしまったが、欠片の一つをアルが拾い上げる。
「この迷宮の氷は、外に持ち出しても溶ける事がない。その上発せられる冷気は氷よりも強い、壁や床を掘削する事は出来ないので大量に持ち出す事は叶わないが、迷宮を研究する上でも生活でも有用な物だ」
手渡された氷を掌に乗せて観察する。炎の加護のお陰で冷気を感じることはないが、見たところ迷宮外で見る氷と違いらしい違いはない。それがますます不思議さを醸し出していた。
「だけどさアル、この氷は溶けないんだろ?何で氷柱が垂れているんだ?」
「そこも迷宮の不思議で魅力的な所だ。迷宮は冒険者や魔物、罠などでどれ程傷がついても、時間経過で元の姿に戻るんだ。この氷柱も、天井の氷が溶けて出来上がった物ではなく、迷宮そのものが生み出したということだ」
「つまり自然的な法則で出来上がる物ではなく、迷宮がそう設計されているから出来上がるって事か」
俺が感心しながらそう言うと、アルにいきなり両肩を掴まれた。
「その通り!その通りだよグラン!やっぱり君はいい!流石親友だ!」
そしてそのまま苦しい程情熱的な抱擁を食らった。力が強いのでぐえっと間抜けな声が出た。
「ああ、いいなあグラン。君は本当にいいよ、今からでも一緒に迷宮ソムリエとして活動し、迷宮の素晴らしさを人々に広める為に色々と…」
「アル!そんなこといいから前向け前!」
俺は抱擁にかまけて気がついていないアルに必死に声を出して伝えた。地面から突き出していた氷の結晶が、バキバキと音を立てて動き出したのだ。動き出した時点で声を出したかったのに、アルに抱きつかれていて無理だった。身動きが取れなかったので当然帰還の糸も使えない。
動き出した氷の結晶に、辺りに散らばっている氷の欠片が集まって大きな人形の魔物になった。俺の必死な呼びかけでようやく気がついたアルは、背後から襲いかかられて咄嗟に手四つの状態になった。
「おお、こいつはアイスゴーレムだ!この迷宮内で手強い魔物の一匹だな」
アルとアイスゴーレムは、手四つに組んで押し合っている。俺はいつものように物陰に隠れると、すぐに帰還の糸が使えるように準備した。
嘘みたいな膂力の持ち主であるアルと、アイスゴーレムは押し合っている。つまり力が拮抗しているという事だ。
「アル!大丈夫なんだろうな!?」
俺はアルにそう声をかけた。アイスゴーレムがどんな魔物なのかは知らないが、あのまま押し負けたらアルはぺちゃんこに潰されてしまうだろう。
「心配ご無用!見てなさいって」
アルは両腕と上半身の力を抜いて脱力した。どれ程力を込めても押しつぶせない相手の急な脱力に、アイスゴーレムは体勢を崩した。
アイスゴーレムがよろよろと体勢を崩していると、アルはその足の間を通ってするりと抜け出して相手の背中を蹴飛ばした。
為す術もなく地面を転がったアイスゴーレムに対して、アルは馬乗りになるとボギっと鈍い音と共に両腕を折って体から引きちぎった。反撃の手段を奪うと、マウントポジションのまま執拗にアイスゴーレムの頭部を殴り続けて、粉々になるまで止めなかった。
「ああ、あったあった」
粉々になった頭部から何やら小さな玉を見つけると、アルはそれを人差し指と親指で挟んで砕いた。するとアイスゴーレムを形作っていた氷は力を失ったように、元のバラバラの欠片に戻った。
「アイスゴーレムに限らず、ゴーレム系の魔物はこのように核となる物や文字などがある。それを潰すか壊すかしないとまた再生してしまうから気をつけないとな」
アルはいい笑顔のまま手をぱんぱんと叩いてすりつぶした核を払った。上級者しか入ることの許されない迷宮の魔物をも圧倒するアルに、俺もまた圧倒されるのだった。
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