第10話 ごみ拾い虎の巻

 迷宮内の環境は実に多様である。


 だが俺はその多様性を今まで知らなかった。事実として知ってはいたのだが、俺は殆ど河岸を変えない、潜り慣れた迷宮の方が環境も良く知っているし、罠の位置や扉の配置なども見落としさえなければ比較的安全に潜る事が出来る。


 しかしこれにも問題があって、あまり同じ迷宮でごみ拾いを続けると顔を覚えられてしまう可能性がある。


 どれだけ人目につかないように行動して息を殺して紛れていても、必ず何処かで人の目についてしまう事がある。これはどうしたって避けられない事で、それでも極限まで存在感を薄く薄く保つのだが、所詮「訓練」で覚えた事ではなく「実践」で身につけたもので穴はある。


 だから俺は、4つの迷宮に辺りをつけてそこを周っていた。人目に付き始めた時にはこっそりと消えて別の場所に行き、ある程度時間が経ったらまた戻る。これを繰り返していけば目をつけられずにごみ拾いが出来ていた。


 正直4つでも多いくらいだ。同じごみ拾いの中では、絶対に潜る迷宮を変えない人が大多数で、俺と同じ様に人目を気にする場合でも2箇所に留める。


 その理由が、迷宮内環境の多様性にある。すぐ近くにある迷宮でも、中の構造や罠、そして生息する魔物の強さも大きく異る事がある。これらを覚えて活用するだけでも手一杯になってしまう。


 そのデメリットを自覚しながらも、俺が4つも迷宮を潜っていた理由があった。


 それは顔を覚えられない事は勿論の事だが、場所が変われば迷宮の事情も大きく変わるからだ。例えば入り口に配置される兵の質、勤務態度が悪くて賄賂の効きがいい人材が好ましい、兵と言っても人間なので付け入る隙は大いにある、それらを観察して見極めるのが肝要だった。


 更に言えば、その迷宮に挑む冒険者の違いも関係してくる。初心者パーティばかりを狙うごみ拾いもいるが、実はあまり実入りが少ない。初心者は常に気を張って周囲を警戒し、戦闘後の魔物の剥ぎ取りもしっかりと行う。自らの持ち物に細心の注意を払い、手に入れた物は無駄にしない為に後生大事に抱えている。


 迷宮に挑戦し始めの冒険者達は資金面が不十分な場合が多い、装備を買い揃え道具を補充しメンバーを揃える、それだけでも資金はどんどん減っていくのだ。


 それに加えて初心者パーティの初期段階では、装備の更新やメンバーの加入と脱退を繰り返すので、どんな物でも無駄にせず金にしたいという気持ちが強い。この感情はごみ拾いに近しい。


 初心者はカモにしやすくもあるが、同時に武力を持った同業者という面もあるのだ。狙う場合はそれなりにごみ拾いとしての経験を積む必要がある。


 その辺りを弁えられないごみ拾いは、不用意にパーティに近づいていき、感づかれて屍を晒す事になる。


 だから俺は、冒険者の中でも迷宮に慣れてきたパーティや中堅が多く利用する迷宮を仕事場所に選んでいる。迷宮慣れした初心者は油断が生まれやすい、何事も慣れ始めが一番恐ろしいのだ、自分達の本来の実力を把握しきれずに、格上の魔物に戦いを挑んで全滅する確立が高い、装備の質高く道具も数を多く持ち合わせているので非常に旨味がある。


 中堅パーティは全滅する事は滅多にない、戦闘にも安定感があって隙はない、力量を弁えていて引き際も心得ている。しかし中堅パーティは物の見落としや魔物の素材を取りきらない事が多くなる。


 理由として上げられるのが、この頃になると目当ては宝箱に注力されるからだ。拾い集めた物を売り払うよりも宝箱の中身の方が余程金になる。運が良ければ信じられない性能の装備も手に入れる事が出来るし、道具の類いも店で並んでいる物の上位互換が手に入る。


 だから倒した魔物の素材を剥ぎ取らず放置したり、宝箱の中身が有用でないとその場に捨てるという事が頻繁に起こる。中にはきっちり技術のある者を雇って素材の剥ぎ取りを怠らないパーティもいるが、数で言えば少ない。


 ならば上級者が揃うパーティに目をつければと思うが、そう上手くはいかない。強者揃いの上級パーティは気配を察知する力に優れた者が多い、数多くの死線をくぐり抜けた猛者は僅かな違和感でさえ見逃さない。見つかればごみ拾いは問答無用で殺される。


 それに上級パーティの潜る迷宮は危険すぎる。特定の準備や魔法を用意しておかないと、滞在するだけで死に至る場所や、魔物の実力も中堅が相手にしているものとは桁違いに上がる。上級パーティに引っ付いていくごみ拾いは、冒険者に殺されるか魔物の餌になるかどちらかだ。


 俺はごみ拾いを続けていく中で、他のごみ拾いを見て研究し、冒険者達を観察してここまでのスタイルを作り上げた。今までそれが上手くいっていて、買取屋からの評価が高いのも俺が拾ってくるごみの質の高さにあるのだと思う、それを安定的に拾ってきて売ってくれる俺の存在は、巣に餌を運ぶ親鳥のようなものなのだろう。


「グラン兄ちゃん何やってんの?」

「ん?レニーか、いつからそこにいたんだ?」


 俺は机の上に広げていた紙とペンを引き出しの中に仕舞った。


「いつからって今来たとこだけど、兄ちゃんが珍しく机に向かって何か書いてたからさ。勉強なんて柄じゃないのに」

「何言ってんだ。俺だって偶には勉強するんだよ、お前が知らないだけだ」

「ははっ笑える」


 生意気なレニーの両頬をつねって横に広げる。


「いひゃいいひゃい」

「降参か?」


 レニーがこくこくと頷いたので手を離してやった。


「まったく、段々生意気になっていくなあレニーは」

「そんな事ないって、それより本当に珍しくない?兄ちゃんが書き物なんて」


 まあそれについてはレニーの指摘通りで、俺はこうして机に向かって座り黙々とペンを握るなんて事は滅多にない。


 神父様やその手伝いをするアンナなら別だが、俺は基本的には動いて考えるタイプだ。ちまちまと書類を書いたり申請書の要項を確認したりなど御免被る。手が足りない時はやるけれど、基本やらない。


「そうだな、俺も思う所があって書き残したい物が出来たんだ」

「何々?日記とか?」

「似たようなもんだな、書いている今は役に立たないけれど、いつか役立つ時がくるかもしれない。そんなもんだ」


 レニーはふーんと言って首を傾げている。俺はそんなレニーの頭をがしがしと撫でた。


「それで、何か用事があったんじゃないか?」

「あっそうだそうだ。アンナ姉ちゃんに兄ちゃん呼んで来いって言われてたんだ。教会の方に来てくれって」

「分かった。すぐに行くよ」


 伝言を終えて走り去るレニーを見送って、俺は机の引き出しに鍵をかけて開かないようにした。


 俺が書き記していたのは、自分のごみ拾いの技術や知恵についてだった。そしてアルとの関係についてもだ。


 もし俺が何らかの理由で皆を残して死んでしまった時、俺の跡継ぎが出てくるかもしれない、俺としてはごみ拾いなんて危険なことやって欲しくないのだけれど、上手くやれば金になる。アルとの関係が続いている今は特にそうだ。


 子どもたちに薄汚い生き方を教えるのは心苦しい、まして人を利用する方法を書き記すのも倫理の箍が外れている。


 それでも俺は書いて残そうと思った。半ば自らの罪を告白する文章でもあったし、これを見て思いとどまるのか進むのか分からないけれど、少しは役に立つ知識を残していきたい、そう思った。


 別に死ぬつもりはない、まだまだアルの事は利用させてもらうし、ごみ拾いだってやめることはない。俺は俺の目的の為に金を稼がせてもらう。


 だけど先日見たアルと子どもたちの姿を見て、俺は神父様とアンナの言葉を思い出してしまった。


「私はやはり心配です。その行為はとても危険ですから」

「いつか罰が当たるわよ」


 アルは良い奴だと思う、ここの子どもたちは基本的に大人を信用しない、皆自分が捨てられた子だと知っているからだ。そんな子達がアルにはとても懐いていて、アルもそれを煙たがらず真摯に受け止めていた。


 アルは俺の思う貴族像からは本当に遠く離れていて、金に無頓着な所や迷宮内の奇行は嫌いだが、人としてはそれほど悪くないと思い始めていた。


「友達か…」


 アルがよく口にする親友という言葉、俺に対する評価、俺はそれに見合うような人間じゃあない。今更アルと本当に友達になれるとは思わない、俺はそんな価値のある人間じゃあない。


 このまま危険な行為を続けて、いつか罰が当たった時に、誰かが俺の残した物を見つけて、それを利用してもいいしアルに見せて真実を教えてもいい。それで許されるとは思わない、許しを請う気もない。


 ただそうしておきたいと思ってしまった。それだけの話だ。


 俺は鍵を隠し場所に置いてアンナの所に急いだ。アンナが居ればこの鍵は見つけられる、もしもの用意も万全だ。


 神様、もう少し見逃してくれるのなら、俺はアルと一緒に迷宮に潜っていたい。あなたの存在を信じてはいないけれど、もし罰を遅らせてくれるのなら、いつか真実を話した上でアルと本当の意味で友達に…。


 ここから先は考えるのを止めた。先に何があるかなんて誰にも分からないのだから。

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