第7話 迷宮とごみ拾い その1

 迷宮には数多くの罠が仕掛けられている。


 その罠は、冒険者の命を狙うものからちょっとした嫌がらせまで多岐に渡る。どのような罠であっても避けるか、解除するかが鉄則ではある。


 ごみ拾いである俺は罠を見つけるのは得意だ。その罠を見張ってかかった冒険者から剥ぎ取らせてもらったり、解除の方法を見させてもらったりしている。どちらにせよ基本的には危険だから触らない。


 しかし今、俺とアルは背後から迫ってくる大岩から懸命に逃げていた。俺が見つけた罠をアルが「どれ試しに」と言って踏み抜きやがったからだ。


 追いつかれる、もう死ぬ、ていうかもう俺は死んでいるのかもしれない。そう思った瞬間アルに首根っこを掴まれて、横の通路に引きずりこまれた。


 俺はぜえぜえ息を荒げて倒れた。アルは平気そうな顔で大岩の転がっていた先を眺めていて、大きな音が聞こえてから大急ぎでメモを取り始めた。


「大味な罠だがシンプルでかつ洗練されている。走ってきた距離と先ほど聞こえてきた音を合わせると距離も長い、他の冒険者達も巻き込むように設計されているのだろうか。とても合理的かつ数多の命を潰す事の出来るいい罠だ。迷宮に彩りを添えている」


 実に楽しそうに話すアルに、頭と心の中で文句は山のように湧いてきたけれど、息切れでそれどころではなかった。


「グラン!実に貴重な体験ができたな!私は今猛烈に感動しているよ!」

「げほっごほっごほっほ!!」

「そうかそうか、君もそう思うか親友よ」


 俺はそんな訳あるか馬鹿野郎と言ったつもりだったが、まったく声が出てこなかった。アルの勝手な解釈を聞いて力が抜けてごろんと地面に横になった。


 アルと迷宮に潜るようになってから、こそこそ忍び込む必要がなくなり、堂々と迷宮を出てこれるようになった。魔物はアルの敵にならないし、ごみ拾いを咎められる事もない、数多くの質のいいごみが集められるようになって収入は増えた。


 しかしこの迷宮狂いとも呼べる奇行によって、俺は本当に苦労していた。死ぬと思った時にはアルが何とかするのだが、命がいくつあっても足りない思いばかりしていた。


 ただ、それでも俺はアルに懸命にしがみついていた。利用価値があるのもそうなのだが、決め手となっているのは。


「落ち着いたか?では大岩の行き着いた先に行ってみよう」


 歩きながら俺はアルから受け取った水をがぶ飲みした。大岩は壁にぶつかって止まっている、そして周りには岩の欠片が散乱していた。


 アルが今しがた俺たちを追っていた大岩を持ち上げてどかした。すると岩の瓦礫の中に光り輝く物がいくつか見えた。


「この罠を踏んだ者はここで岩に潰される、そして次に転がってきた岩は最初に辿りついた岩にぶつかって砕けるという訳だ。潰された冒険者達は形も残らない程岩にすり潰される訳だが、アクセサリーの類いは小さいから瓦礫に紛れて無事という訳だな」


 俺は瓦礫をどかして光っている物を拾い集めていく、冒険者達は魔力や膂力を高める力のある指輪や、冒険の中で見つけた特殊能力を授けるネックレス等、売れば高価なアクセサリー類を身に着けていることがある。


 アルはこういった迷宮によってもたらされた現象を探るのが上手だった。俺には思いつかないアイデアで、実に多くのごみを見つけてくれる。俺がアルにしがみつく理由の一つだ。


「どうだいグラン、探している物はあったかな?」

「ああ、上々だ。沢山見つかった」

「それは何よりだ。こうして迷宮に溜まっていくだけの残骸は拾い集めていかないとな!」


 俺は目利きはできないが、これだけあれば良い値がつく。持ち主はもう粉微塵だ、ありがたく拾わせてもらう。


 ほくほくとした気持ちで鞄をパンパンと叩いた。いい気分で忘れそうになって、俺は慌てて手を合わせて祈った。


 今までこんなことした事はなかった。ごみ拾いが冒険者に気を使うなんてありえない、そう思っていたからだ。


 自己満足ではあるが、これがここにあるという事はここで人が命を落としたのを意味している。俺がこれを金に変える事が出来るのは、名も知らぬ犠牲者がいてこそだ。勝手だが、安らかな眠りを祈らせてもらっていた。


 冒険者から見れば、俺は薄汚いごみ拾い。だけどそれが祈らない理由にもならないなと、アルと迷宮に潜るようになってから考えるようになった。


「終わったか?」

「うん」


 アルは俺がこうしているのをいつも黙って待っていてくれた。一緒に祈られても変だし、声をかけられるのも困る。こういった時アルは場の空気を察する力がある、意図的なのか本能的なのかそれは分からないが、当事者にしてみればありがたい。


 変態で変人ではあるが悪人ではない、俺の方が余程悪人だ。


「ではもういいか?先程から我慢ならなくてな」

「我慢?」


 俺がそう聞くと同時に、アルはとてもいい笑顔で一瞬の内に服を下着に至るまですべて脱ぎ捨てた。


「ああああ!本当にもう我慢ならなかったのだ!この空間!この香り!全身で感じなければ迷宮ソムリエの名が廃るというものだ!なあグラン!?」


 実際に迷宮ソムリエというのやらが本当にいるのだとしたら、アルの行為はその人にとってとても失礼に当たると思う。


「たまらん!この迷宮も実にいい!いいぞお!今の私は全身を優しく迷宮に包容され、幸福と興奮に満ちている!!」


 隅の方で綺麗な石ころを拾った。金にはならないけれど、孤児院の子供は喜ぶだろう。とっとと帰って皆に会いたいなあ。




 アルの気が済むまで、俺は拾える物を拾っていた。


 迷宮は薄暗くて状況が刻々と変化するので、落とし物が多い。どれだけ注意していても、大切に仕舞っていても、ふとした拍子に落としてそのまま見つからないなんて事はよくある事だ。


 ごみ拾いはそういった落とし物も拾う。金になるかならないかを選ぶのではなく、目敏く見つけた物はどんどん拾っていくのがごみ拾いのコツだ。


 しかし蓋の空いてしまった薬品には注意しなければならない、それが毒薬であったり、魔物寄せの薬だったりする事がある。絶命に至らしめる猛毒もそうだが、もし強力な麻痺毒に触れでもしたら一人では為す術がない、動けないまま魔物の餌になるか、冒険者に見つかって殺されるかだ。


 魔物寄せの薬は貴重品だし滅多に見ないが、もし当たってしまえば悲惨な事になる。俺は経験した事はないが、同じごみ拾い仲間に話を聞いた事がある。魔物寄せの薬は一度蓋を空けてしまうと、いくら厳重に蓋をしても効果が持続してしまうらしい。その事を知らなかったごみ拾いの一人が、薬を拾った後どれだけ逃げても隠れても魔物に襲われ続けて死んだそうだ。


 ごみ拾い同士は、商売敵でもあり危険を共有する仲間でもあった。こうした失敗談は積極的に共有される。何に注意すべきかを広く知る事が出来ればそれだけ安全に仕事が出来るからだ。


 その代わり成功例を共有する事は一切ない、信用に関わるので基本情報に嘘はないが、自分の飯のタネを明かす奴は一人もいなかった。


「ふむ、これはこれは」


 いつの間にか自分の時間を堪能し終わったアルが俺の背後に立っていた。相変わらず気配は一切感じ取れなかった。


「これが何か分かるのか?」


 俺は落ちていた瓶を指さした。中身がまだ少し残っていて、蓋は空けられている。アルが興味深そうに見ていたので聞いてみた。


「分かる。非常に珍しい品だ、グランは魔物寄せの薬は聞いた事があるかい?」

「げえ!これそうなのか?」


 俺のぎょっとしたリアクションにアルは首を傾げたが、まあいいと話を続けた。


「魔物寄せの薬は使用にリスクはあるが、その迷宮の魔物を安定して倒せる冒険者にとってはリターンが大きい。魔物の素材も宝箱のドロップも、戦えば戦う程手に入る機会が増えるからな」


 成る程と俺は心の中でそう思った。態々魔物に襲われるなんて危険な行為、ごみ拾いからは絶対に生まれない発想だ、確かに迷宮をうろうろ歩き回って探すより効率的で体力も温存できる、使い道が分かれば合理的だ。


「魔物寄せの薬自体はそれほど珍しい品ではない、簡単に買えるし値段も安い。しかしこれは、ある特定の魔物だけを引き寄せる薬だ。これはとても珍しいしそこそこ値も張る」

「何だそれ、どうしてそんな事する必要があるんだ?」

「理由は様々だが、冒険者達が受けるクエストが主な理由だろうな。ある特定の魔物の素材を大量に欲しいという依頼内容を期日までにこなすとしたら、こういった効能が限定された薬が役に立つということだ」


 俺は目から鱗が落ちた気分だった。俺からしてみたらただ厄介な品物でも、冒険者にしてみればこれを持ち運ぶ理由がちゃんとあるということか。


 ごみ拾いは魔物と絶対に戦わないから、いまいち用途が分からなかったけれど、アルの説明を聞いて俺は感心していた。中々に説明の上手い奴だ。


「ではご対面」

「は?」


 アルはその薬の瓶を拾い上げると地面に叩きつけて割った。中の液体が地面に広がってしゅうしゅうと音を立て始める。


「おまっ!馬鹿!お前!馬鹿!何やってんの!?」

「この迷宮ではまだ私が存在を確認した事のない魔物を寄せる薬だったからな、これは確認せねばと思ったのだよ」


 迷宮の奥からこちらに向かって走ってくるような地響きが聞こえてきた。俺は卒倒しそうな程の目眩を感じながらも、死んでたまるかと物陰に隠れて息を殺す。魔物の相手はアルに全部任せる事にした。

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