第6話 アレックス・ウィンダムという男 その2

「グラン君、ウィンダム様は中々愉快な方ですね」

「神父様」


 俺は急いで席を立った。


「すみません、部屋をお借りしてしまって。アルは神父様に何か変な事言いませんでしたか?」

「そんなことは気にしないでください。私にはよく分かりませんが、迷宮の事について実に楽しそうに語っていました。匂いがどうだとか質感がどうだとか、肌触りについて熱弁された時は少々困りました」


 神父様は楽しそうに笑っていたが、俺は心の中で「あの馬鹿」と呟いた。どうやら迷宮内で見せた特殊性癖についてべらべら喋っていったらしい。


「理解出来なくていいです。本当にすみませんでした」

「いいんですよ、そんな事より私ともう少しお話しませんか?」


 神父様は俺に座るように促した。


「話ってなんですか?」

「清掃活動」


 俺はドキッとした。やっぱりアルはその事についても触れていた。


「やはりまだ続けていましたか」

「神父様、その事についてはもう散々話し合ったでしょう」

「私はやはり心配です。その行為はとても危険ですから」


 神父様の言葉に俺は深くため息をついた。


 ごみ拾いについて、神父様は反対の立場を一貫して取り続けている。だけどそれは死者に対する冒涜だとか、そう言った感情的な話ではなく、俺の身を案じての事だった。聖職者としては失格だと神父様は言うけれど、俺はそうは思わない。神父様は神よりも人の為に生きている。


 だけど俺もこの事について譲るつもりはない、俺たち孤児はどれだけ真面目に働いても差別される事の方が多い、まともに扱ってくれる人だっているけれど、その枠を俺が埋めるつもりはなかった。


「俺は金が必要なんです。この孤児院の為にも、俺の為にも」

「グラン君が孤児院に多くのお金を用意してくれているのは分かっています。私もそれに甘んじる身だ、偉そうにものを言える立場ではない。けれど君がもし命を落とすような事があれば、悲しむ人たちが沢山いる事を知ってください」


 そうだとしても俺はごみ拾いを止めるつもりはない、悲しそうな目をする神父様には悪いけれど、アルという強力なカードを手に入れた今、俺は引く訳にはいかない。


「神父様、あなたには本当に感謝しているんです。ごみとして捨てられた俺の事を人間として育ててくれた。だからその恩返しがしたい」

「だけどそれは君の命を危険に晒してまでやるべき事ではない」

「けれど神父様、俺たちを人間として扱ってくれる人はあまりに少ない。俺たちは皆どうしても色眼鏡で見られるのです。選択肢は少ない、俺はその選択肢を他の誰かに譲ります。俺にはごみを拾い集めるのが性に合ってる」


 俺はそれ以上神父様の話が聞きたくなくて席を立った。この話は平行線だ、俺は譲れないし神父様も揺るがないだろう。


 部屋を出て外に出るとアンナが居た。


「話は終わった?」

「ああ、アルの事助けてくれてありがとな」

「別に、水飲ませただけだし。それよりグラン、なんとなくあんたの魂胆が見えたわ」


 まあアンナなら気づくだろうなと思っていた。


「へえそれは凄い、名探偵だ」

「茶化しても無駄。あの人利用するんでしょ?大丈夫なの?」

「分かんねえよ、会ったばっかだし。だけど何とか上手くやるさ」

「いつか罰が当たるわよ」


 アンナの言う事はもっともだと思う、だけど俺はこの方法を選ぶ。


「どうかな?俺たちの行いは崇高な目的らしいから、神様もちょっとはお目溢ししてくれるかもしれないさ」


 不満そうにするアンナの横を通りすぎ、俺は孤児院に戻った。




 後日、俺は買取屋の元を訪れていた。狭い店内の奥のカウンターで買取屋が待っている。


「よお、来たかい」

「情報の方はどうだ?」


 買取屋はどさっと大量の紙束をカウンターの上に置いた。


「こんなにか?」

「報酬が報酬だけに、手早く正確にやらせてもらった。ミミックではいい思いをさせて貰ったからな、そのお返しだ」


 俺が資料を手に取ると、買取屋は早速情報について話し始めた。


「アレックス・ウィンダム。クローイシュ王国四公爵家の一つウィンダム家の出で兄弟の中では末子だ。年若く武芸全般に優秀で、見目麗しく婦女に大変人気がある。しかし当の本人の興味はすべて迷宮へと捧げられているらしい」


 貴族だろうとは思っていたが、あれで人気者なのかと少し驚いた。お上の感覚はよく分からない。


「迷宮研究には特に心血を注いでおり、護衛も付けずにふらりと迷宮に赴いては、大量の情報を引き出して戻ってくるらしい。迷宮に使われている謎の技術の研究は、今やどの国でも研究が進められているが、彼無くして今日の発展は無し、そう称される程貢献しているようだ」

「ふーん」


 やっぱりあれがアルにとっては当たり前なのか、つくづく規格外な存在だと俺は思った。どんな熟練の冒険者でも一人で迷宮に潜る者はいない、多ければいいとは言わないが一人は愚かだ。魔物を相手にするのなら尚更だ。


「彼の事を知る人は尊敬を込めて迷宮伯と呼ぶ、冒険者にとっても研究者にとっても無くてはならない存在だからだ。しかし本人はその呼ばれ方を気に入っていないそうだ、積極的に否定する程でもないらしいがな」


 自称迷宮ソムリエよりよっぽど箔が付きそうに思えるが、きっとアルの感性は誰にも理解できないだろうと思った。勿論俺もだ。


「まあ一言で言えばお貴族様でもそこそこ身軽な分、趣味や信念に情熱を注ぐ性格の人間らしい。まあ本来なら身軽って立場じゃないんだが、その辺は説明しても分からんだろうから省く」

「ああ、助かるよ」

「で、こっから裏が取り切れていない噂話や与太話に過ぎない小物ばかりなんだが、ちらほら気になる情報が見つかった」


 買取屋は大量の資料の中から何枚か抜き取ると俺に渡した。


「アレックスはウィンダム家の末子と言ったが、どう実年齢と照らし合わせても生まれた時すでに両親が共に高齢だ。ウィンダム家は子沢山でな、しかもどの子供も優秀で若い時から実力を遺憾なく発揮している。健康優良児ばかりで、無理をしてまでアレックスを生む必要性はない。死亡のリスクもあるからな」


 資料にはウィンダム家の人間の事についても事細かに書いてあった。アルの事だけでなく、細かな所まで気を配れるのは流石だな、金に見合うだけの仕事をするのが買取屋のポリシーだ。


「お貴族様だからな、経歴を弄くるのは容易いだろうが目に映る違和感だけは消せない。アレックスはウィンダム家の子息としては謎が多い、だから噂話等の雑音も多いんだが…」


 もう一枚資料を手渡してきた。書かれていた内容に少し目を通して俺は思わず眉を顰めた。


「迷宮を利用した人体実験?」

「こいつはヤバいからお前が目を通したら後で燃やす。お前さんも死にたくなければ見たら忘れろ。クローイシュ王国は迷宮を利用した産業が盛んだ、自国内に大量の迷宮を抱えているし、他国から権利の買い取りもしている。噂話だが、王国とウィンダム家は協力して後ろ暗い実験をしていたらしい」


 迷宮の魔物を使った実験、迷宮の装置を応用した軍事兵器の開発、宝箱の出現確立やその中身の固定方法、書かれていた事は荒唐無稽に思えたが、ウィンダム家が関わっていたとなれば話は別だ。


「アレックスは何故迷宮に固執する?危険な迷宮内を一人で行動する理由は?迷宮伯と呼ばれ尊敬を集め、数多くの迷宮を周り隅々まで調べ尽くす訳はなんだ?そして迷宮探索を、リスクを取ってまで作ったアレックスが行っているのは何故だ?な、探るとヤバそうだろ?」


 俺が資料を買取屋に突き返すと、買取屋は俺の目の前でそれに火を付けて灰にした。取るに足らない戯言にも聞こえるが、点を線で結んでいくと奇妙なほど繋がって行く。これ以上は今ここで俺が知るべき事じゃあない。


「まあ俺が集めたアレックス・ウィンダムという男についてはこれくらいだ。金額に見合うだけの価値はあったか?」

「十分過ぎる。お前大丈夫か?」

「心配はいらない、この稼業やってれば引き際くらいは心得てる。情報は俺の専門とする所じゃないしな、正確性は保証できない。だけどまあご満足いただけたようで何よりだ」


 買取屋はしっかり裏が取れていて渡しても問題ない資料だけを選ぶと、俺にその紙束を手渡してきた。俺が受け取って鞄に仕舞うと、煙草に火をつけながら聞いてくる。


「お前さん、そいつの情報を知りたがる理由はなんだ?」

「詮索なんてらしくないじゃないか買取屋」

「お前さんには中々稼がせてもらっているからな、これくらいおまけしてやってもいいかと思ってな」


 俺の身を案じてか、本当にらしくない事を言う理由は、買取屋もアレックス・ウィンダムを調べていく内に相当な厄ネタだと思ったのだろう。


「あんた何で買取屋やってる?」

「愚問だな、向いているからやってんのさ。俺の生き方はこれしかない」

「そうだな。俺もそれしかないと思いながらいつも生きているよ。今回は助かったよ、じゃあまたな」


 俺はそれだけ言って店を出た。


 アル、アレックス・ウィンダム、謎は増えていくばかりだが問題ない。奴を利用出来る今の状況を最大限活用させてもらおう、少なくとも一緒に居ればごみ拾いにとってメリットしかない。


「稼がせて貰うぜ、アル」


 俺はスラム街を出て街に戻る、城の建つ方を眺めながら次の迷宮でのごみ拾いに思いを馳せるのだった。

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