第5話 アレックス・ウィンダムという男 その1

 買取屋との取引を終えて俺は店を出た。


 道具袋は軽くなったと言うのに、懐事情はとても温かく重たくなった。こんな大金を手にした事がないので、いつもより周りを警戒して帰り道を歩いた。


 買取屋に頼んだ情報については、より詳しく聞きたかったので受け取りは日を改める事にした。買取屋自身も、今渡せる情報じゃ金に見合わないと言って俺に待つように言ったので期待して待つことにしよう。


 スラム街を出て、更にその街の外れの外れ、本当に辺鄙な所にその教会はある。孤児院を運営してはいるが、その実態は酷いものだ。


 始まりは一人の赤子が捨てられた事だった。辺鄙な場所にある教会だ、捨ててもバレないと思ったのか、教会に捨てる罪悪感を捨てたのか俺には分からない。


 しかし一人受け入れると話に尾ひれが付き始める、神父様は困っている人を放っておく事が出来ない人だ。いつしかこの教会は子捨て教会と呼ばれ赤ん坊が多く捨てられるようになった。捨てられては受け入れ、捨てられては受け入れ、そんな事をしていたら便利に使われるに決まっている。


 優しさは利用される、助けられた俺が言うのも何だが、それが俺の思っている事だった。


 デイビッド神父様のように、人の為に生き祈りを捧げている神職はそう多くない。殆どが金と汚職と権力にまみれたエセ神父ばかりだ。今はいいが、もし神父様が居なくなってしまったら、孤児院はどうなってしまうのか。


 だからこそ俺には金が必要なんだ。アル、変だけど悪いやつではないと思う、だけど目的の為に利用させてもらう。打算的な友情だが有用だ。


「あーグラン兄ちゃんだ!」

「本当だ!おかえりなさい!」


 外で遊んでいた子供二人が駆け寄って来た。男の子はレニーで女の子の方はアミだ。俺は二人の出迎えに笑顔で応えた。


「ただいま二人共、いい子にしてたか?」

「してたよ!今日は神父様のお手伝いした!」

「アミも!」


 俺は二人の頭を撫でると、ポケットから袋を取り出して手渡した。


「じゃあ俺の手伝いもしてもらおうかな。飴買ってきたんだ、皆に配ってきてくれ」

「やったー!ありがとう兄ちゃん!アミ行こうぜ」

「うん!ありがとうグランお兄ちゃん!」


 二人は孤児院の方へと走って行った。子どもたちが喜んでいる姿を見ると俺は本当に心から嬉しくなる。ごみ拾いの俺の手は真っ黒で汚らしいけれど、あの子達の笑顔が守れるのなら、俺の手がどれ程汚れようが構わない。


 子どもたちの騒ぐ声が孤児院から聞こえてくるのと同じタイミングで、今度は教会の扉が開いた。そこから出てきたのは、俺と同い年で同じ時期にこの教会に捨てられた同じ孤児院の仲間だった。


「ただいまアンナ」


 アンナは俺と一緒に育ち、遊び、喧嘩した。殆ど兄妹と言っていい存在だった。昔から面倒見のよい性格をしていて、今は親父様を手伝いながら孤児院の子供達の面倒をまとめて見ている。皆にとって母親で姉のような存在だ。


「おかえり、ねえグランにお客様が来てるわよ」

「客?誰だ?」

「知らないわよ、男の人で妙に身なりの良い格好をしてた。私たちには縁遠い存在に見えたけど、あんた何かやらかした?」


 俺はそれを聞いてまさかと思った。


「そいつどこにいる?」

「待たせるのも悪いって神父様が言うから今相手してるわ。私はあんたが帰ってきた気配がしたから知らせに来たの、思い当たったのは良い方?悪い方?」

「どっちもどっちだな、ありがとなアンナ」


 正直悪い予感しかしていないが、俺はとっとと神父様の所へ向かう事にした。予想通りなら余計な事を絶対に言っているに違いないからだ。


「グラン!危ない事はほどほどにしなさいよ!心配してるんだから」


 背後のアンナに返事代わりにひらひらと手を振って、俺は教会の中に入った。




 教会の奥の部屋、デイビッド神父の自室の前にやってきた。


 扉の向こうからは、なにやら楽しそうに談笑する声が聞こえてくる。その声に聞き覚えがあったので俺はため息をついて扉をノックした。


「神父様、グランです。失礼します」


 俺の予想通り、中にはアルがいた。ティーカップを片手に満面の笑みでこちらに手を振っている。


「やあ親友!先程ぶりだなあ!」

「おかえりなさいグラン君」


 俺は神父様に手早く挨拶を済ませると、つかつかとアルの元に詰め寄った。


「何でここにいるんだよ」

「いやあ、伝え忘れた事があったから調べて回ったのさ。道行く人にグランという名の青年は知らないかと聞いてね」

「それでよくここに辿りつけたな」


 俺の名前を知っている人間など殆どいない筈だ。特に伯と呼ばれていたこいつが居そうな場所には絶対に縁がない。


「いやあ苦労した。誰も君を知らないって言うものだから、私は手当たり次第聞きながら街中を走り回っていたのさ。疲れ果て喉が乾いて水を一杯貰おうとこの教会に立ち寄ったんだ」


 そんな無茶苦茶な、俺は心の中で呆れていた。


「じゃあ偶然ここに辿りついたのか」

「何を言う!君と私の友情の力だ!」


 アルはわっはっはと笑い声を上げて胸を叩いた。ますます俺が呆れていると、神父様が口を開いた。


「若しくは神のお導きかもしれませんね」


 そんな訳あるか、俺はその言葉が喉まで出かかった。


「流石デイビッド神父!素晴らしいお言葉ですな!」


 アルは神父様の言葉が余程嬉しかったのか、目を輝かせて神父様の手を取りぶんぶんと振った。アルがこれ以上興奮すると手がつけられなくなる、俺はアルと神父様を無理やり引き剥がした。


「で、アルは俺に用があったんだろ?」

「そうでしたね、では私は席を外します」


 神父様はそう言って立ち上がった。


「すみません神父様、後でちゃんと説明します」

「いいのですよグラン君、ごゆっくり」


 神父様が立ち去ったのを確認すると、俺はアルの向かいに座った。


「それで、伝え忘れた事って?」

「その前にこれを渡しておきたい」


 そう言ってアルが懐から取り出したのは、小さな石版のような物だった。水晶のように透き通っていて、何やら文様が刻まれていた。


「これは念話版と呼ばれる道具だ、遠く離れた相手との会話を可能にする。迷宮を出て君と分かれたはいいが、その後どう連絡を取ったものかと思ってね」

「ああ、そう言えばそうか。ごめん、何も考えてなかった」


 俺はアルに言われて気が付いた。お互い名前しか知らないのだ、しかも俺は冒険者ではなくごみ拾いで、冒険者ギルドに顔を出せる訳がない。


 もう一度一緒に迷宮に行こうと思っても、俺もアルも互いを誘う事が出来ないのだ。今日の出来事があまりに怒涛の連続ですっかり失念していた。


「いや、いいんだ。私もすっかり忘れていた。私達の崇高な目的を果たす為には協力が不可欠だと言うのに、私は君に出会えた嬉しさに舞い上がっていたのだ」


 俺とアルの間では認識に大きく齟齬があるようだが、取り敢えずそこは無視した。


「これを使えばいつでも連絡が出来るのか?」

「基本的にはそうだ。しかし何時でも何処でも使えるという物ではない」


 そしてアルは念話版について説明をした。


 持ち歩いたり移動中は魔法が乱れて使い物にならず、携帯には向かない。迷宮内など魔力が濃い場所では念話がかき消されてしまい、そういった場所を避けて置いておかないと使えないそうだ。


「相手に伝えたい事がある時、念話版は赤く光る。その際に手をかざすと念話が繋がり相手と会話が可能になる。まあこうして君の居場所を知れた今必要はないかもしれないが一応な」


 それはそうかもしれないが、俺の方からアルにコンタクトを取る手段がない以上便利な道具だ。


「ありがとう、助かるよ」


 俺は礼を述べて念話版を受け取る。こんな道具見たことも聞いたこともない、だが利便性を考えると相当値が張るのではないかと思った。


「ちなみに寂しくなったり声が聞きたくなったりしたら遠慮せずにどんどん念話を送ってくれていいからな!私とグランの仲だ、遠慮は要らないぞ!」

「いや、いいよ。会って話したい時だけ使うから」


 プライベートな空間までアルのペースに付き合わされると思ったらぞっとしない話だ。利用は必要最低限に留める事を心に誓った。


「確かにそうだ!念話など味気ない!二人の間には生の言葉を交わすことが一番だな!」


 アルは一人で盛り上がっている、俺としてはどう捉えてもらっても構わないので取り敢えず黙っておいた。


「用事はこれで済んだか?」

「ああ、もう十分だ。私はもう一度デイビッド神父とアンナ嬢にお礼を言わせてもらい帰るとするよ」

「アンナに会ったのか?」


 アルの口からアンナの名前が出てきたので、俺は咄嗟に聞いた。


「水を求めて倒れていた私を介抱してくれたのがアンナ嬢だったのだ。デイビッド神父といい、ここには優しさが溢れているな」


 そう言ったアルの顔は、まったく見たことのない表情をしていた。どこか遠くを見ているような、寂しそうでいて懐かしんでいるような、そんな表情をしていた。


「デイビッド神父から聞いた。君は孤児だったそうだな」

「そうだよ、ここに捨てられたのさ。ごみみたいにな」

「そうか…、今度来る時には孤児院の皆にお菓子でも手土産に持ってこよう、ではまた迷宮でな」


 そう言ってアルは去っていった。自称迷宮ソムリエ、他称迷宮伯、一体どんな人間なのか、分からない事だらけだった。

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