第4話 買取屋
俺とアルは迷宮から出てきた。
これ以上急転直下で命の危機に晒されるのはごめんだ。俺は何とかアルを説得して今日の活動を切り上げさせた。
そして俺はすっかり油断してしまっていた。迷宮から普通に出てきてしまったのだ。いつもだったら隠れてタイミングを伺ったり、他の冒険者パーティに紛れたりして見つからないようにしていたのに、アルと一緒だった事と疲れていたからか、すっかり失念してしまっていた。
「そこのお前止まれ!」
「お前、登録証がないな。必ず見える所に携帯するのが義務だ、見せろ」
案の定俺は迷宮前で張っている兵に呼び止められた。冒険者ギルドが発行する、冒険者登録証を持っていない俺は迷宮に出入りするだけで逮捕されてしまう、しかも最悪な事に、今回張り込みについていた兵は賄賂の効かない要注意人物だった。
普段こんなミスは絶対にしない、逮捕されれば刑務所にぶち込まれ、出てくるのに莫大な金がかかる。俺からすれば死刑宣告に近い、俺一人を解放する為に金を出してくれるような人はいないし、孤児院にもそれは無理だ。
絶体絶命だった。しかし。
「我が友人に狼藉を働くというのなら容赦はせんぞ」
アルは兵に向かってそう凄んだ。自分だって登録証持ってない癖になにやってんだ、俺はアルを引き留めようとして服を引っ張った。
「何だねグラン?」
「馬鹿!お前だって登録証持ってないだろ!?そんな事言ったら殺されちまう!」
「登録証?そんな物このアレックス・ウィンダムには必要ない」
妙に自信たっぷりに言うアルに呆れていると、その名前を聞いた兵達が顔を真っ青にして俺たちの前から退いた。退くばかりか跪いて頭を垂れている。
「あなたがかの有名な迷宮伯でしたか、ご無礼をお許し下さい」
兵たちはアルを捕らえる所か謙って謝罪までし始めた。
「許す。通らせてもらうぞ」
アルはそう言って俺の手を掴むとずんずん歩き始めた。しかし背後で兵が声を上げた。
「恐れながら申し上げます!迷宮伯、そちらの御仁についてはまだ調べが必要です。この辺りで有名なごみ拾いかも知れません」
俺はぎくっとして身を固めた。だけどそれすらもアルは一喝して終わらせてしまった。
「私の友人だと言った筈だ。それ以上にどんな説明が必要だ?言ってみろ、ただし聞いた上で私が納得出来なかったらお前の両腕を貰い受ける」
アルの迫力ある声と鋭い睨みに、俺も思わず身が竦んだ。兵たちも脂汗を顔中に浮かべて口ごもっている。
「無いならもう行くぞ、まだ止めると言うのなら相応の覚悟をするのだな」
そうアルは吐き捨てた。もう兵は使い物にならないくらいに震えている、俺はまた最大級のピンチをアルに救われて何とか脱する事が出来たのだった。
俺はスラム街のそのまた裏道の方までやってきた。底辺の闇鍋、掃き溜めの坩堝、街の最悪代表がここには詰まっている。
当然の治安の悪さに、ここでも気配を殺し慎重に歩くが、迷宮の魔物より人間の方が騙しやすい。警戒を怠る事はなくとも俺にしてみれば散歩道のようなものだ。
俺は裏道の更に裏に入って小さな建物の前まで来た。扉の横についた紐を引っ張って暫く待っていると、がちゃりと鍵の開く音がして中に入る。
狭い入り口を入ると、これまた狭い店内に出る。雑然と物が並べられており、カウンターには小汚い格好をした中年男性がにやけた顔をこちらに向けていた。
「いらっしゃーいグラン、今回はどんなごみを持ち込んでくれたのかな?」
「どうも買取屋、いい加減その格好は止めたらどうだ?」
この男はごみ拾いから物を買う事を専門としている。名前は絶対に明かすことがなく、わざと小汚い格好をしているという変わり者だ。
「ヒヒヒヒ、そいつは出来ねえ相談だ。この格好にだってメリットは沢山あるんだぜえ?まあお子様には分からねえか」
「そうかよ、せめて匂いだけでもマシにしてもらいたいもんだがね」
「ごみ拾いが何言ってやがる。さっさと物を出しな」
俺は今日の成果をカウンターに並べた。新品に近い武器防具、それに道具袋の中はぱんぱんに詰まっている。
「おいおい今日はやけに実入りがいいな。何かあったんか?」
買取屋は袋の中身を空けて一つ一つの査定を始めた。金になるものと、それほど金にならないものを素早く選り分ける。
「まあちょっとな」
「この武器防具類はそこそこだな、まだまだ使えるから流しやすい。他のガラクタはまとめてもちょっとにしかならん、だがこの回復薬はいいぞ、数も多いし高めに引き取ってやろう」
買取屋は実に楽しそうに査定をしている。その姿はちょっとアルに通じるものがある気がした。趣味に生きる人間はどこか似通う所があるのだろうか。
「あ、そうだ。なあ買取屋、あんたこれに値を付けられるか?」
俺は今回のごみ拾いで沢山物を手に入れる事が出来た。それはアルのお陰でもあったが、それはアルが直接的に役に立った訳では無い、アルが居てくれるお陰でごみ拾いの時間を多く取る事が出来たのだ。だから拾った物は俺の力で手に入れた物、だけど一つだけアルから貰った物があった。
液が漏れないように布でぐるぐると巻いていた物をカウンターに置いた。俺がしゅるしゅるとそれを解いていくと、買取屋の目の色が変わった。
「こ、こ、こ、こいつは…」
「ああ、ミミックの残骸?死体?だ。あんた魔物の素材はあんまり買い取らないけど、正直俺もどこに持ち込んでいいものか分からなくて」
魔物の素材は専門の買取業者に頼む方が高値がつく、しかしごみ拾いにはそんな所を利用する事は出来ない、そしてごみ拾い専門の買取屋の中には魔物の素材を扱う者は少ない。
理由としては単純で、ごみ拾いは魔物を倒すことが出来ないからだ。冒険者の取りこぼしを漁る事はあっても、それは安定して多くの量を取る事は出来ない。質のいい素材は冒険者達が剥ぎ取り済みであるし、魔物の素材は直接すぐに役に立つ物じゃない、加工や調合等の専門の工程が必要になるので裏で流すには難しいのだ。
だから俺はこのミミックの残骸の取り扱いに困っていた。アルは要らないと言って俺に渡して来たが、正直俺も要らない。
「50ゴールド」
「は?」
「50ゴールドで引き取ってやろう。生きている内にこの目で拝む事があるとは思わなかった」
買取屋が提示した額は、俺が一生真面目に働いても絶対手に入らない金額だった。ブロンズ、シルバー、ゴールド、金の価値はこう分けられていて、庶民が手にする金は大体がブロンズかシルバーだ。
その中で一番価値の高いゴールド、しかも50も、とんでもない大金に目の前がくらくらとした。しかし、気を失うまいと踏ん張って俺は聞いた。
「何でそんなに大金がつくんだ?」
「それを知りたいなら半値にする」
「情報は金だ。売り買いできるもんだ。ならこれが高値のつく理由だって立派な商品だ。ガタガタ言うなら引き取らねえぞ」
買取屋はそう言い張った。その様子から見ても、この取引で譲歩する気はなさそうだ。恐らく流すことが出来れば50以上の高値がつく、俺はそう踏んで負けじと返した。
「分かったそれなら半値でもいい、しかしミミックの情報だけじゃあフェアじゃあねえよな?買い取り額の半分の価値があるとあんたが自信を持って言えるならいいけどよ?ちょっと調べりゃ分かる事ならあんたの信用に関わるんじゃねえか?」
買取屋は俺の言葉に一瞬だけたじろいだ。やっぱりふっかけてやがったな、俺はそれを確信すると交渉に出た。
「俺が半値でいいって言うんだからよ、半値で譲ってやるよ。その代わりミミック以外の情報も乗せてもらうぜ?いいよな?駄目ならこの取引は無しだ」
どうせここ以外で俺にはこれを捌く事は出来ない、だから持って帰った所で持ち腐れるのははっきりしている。だけどこれに価値があるって知っている買取屋なら引き下がれば損になる、なら乗るしかないだろう。
「分かったよ、降参降参。お前さんとはこれからもいい取引をしたいからな、お互いに手打ちとしようや」
「ま、こんなもんでいいかね。俺としてもここを利用出来なくなるのは損だ」
「しかし相変わらず肝の据わった野郎だ。テメエの力で手に入れたモンでもねえのによ」
買取屋はそう言いながら煙草を咥えて火を付けた。
「よく分かるな」
「分かるに決まってら、こんな物ごみ拾いが手に入れられるもんかよ。どうやったかまでは聞かねえけどな」
煙草の煙を長々と吐き出した後、買取屋は話し始めた。
「ミミックってのはどれだけ高位の冒険者でも避けるもんだ。危ねえからな。しかしこいつには迷宮の宝箱についての謎が沢山詰まってるらしい、研究者とか好事家は喉から手が出る程欲しがるんだ。だけどな、ミミックってのは倒すにしてもこんな綺麗に倒せねえ、大体はバラバラになるか魔法で跡形もなくボロボロになるかだ」
買取屋はミミックの残骸をポンポンと手で叩いた。今だにぴくぴくと少しだけ動いている。
「偶にこうして綺麗な状態でミミックを倒す奴が現れる、ここまで原型を留めているのは見たことないが、入手が難しくて貴重な品だ。上手くやりゃ高値がつく、お前さんならここまで言えば想像つくだろ」
「価値が分かる奴にはお宝って訳だ」
「そゆこと、まあでもお前さんの言う通り調べれば分からないでもない事だ。25ゴールドの価値があるとは言えねえな。俺の負けだ、欲しい情報を言いなよ」
買取屋は両手を上げて降参のポーズをした。半値は正直痛いが、それでも俺には知りたい事があった。
「アレックス・ウィンダムについて知りたい、迷宮伯と言われている」
この情報なら25ゴールド張ってもいい、俺はそう思っていた。
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