第3話 規格外の友達

 俺に言われてアルはいそいそと服を着ていた。その間俺は取り切れなかった金目の物を冒険者の死体から剥いだ。


「そう言えばグラン、君は遺体をどうしているんだ?」

「俺一人じゃ運べない、回収に来るようだったらそのまま任せているけれど。今回は…」


 どうも回収には来ないようだ。アルと出会ってからそこそこ時間が経ったが、人の気配はまったくしない、見捨てられたと確信した。


「なあアル、いい方法はあるか?今まではどうにも出来ずに放置していたけれど、このままってのはどうも忍びない」


 これは咄嗟に出てきた方便でもあった。だけど少し心の奥で思っていた事でもあった。


 神父様はどんな人でも死を悼むべきだと俺に教えた。許す事はまた許される事でもあると言った。理解し難いが、打ち捨てられる死体を見て見捨てられたんだと思うと、少し自分と重ねて見てしまう。


 綺麗事だし、そいつから金目の物を剥ぎ取っている俺が言えた事じゃないのだけれど、何か出来るのならしてもいいかとちょっと思った。それはアルの熱意ある演説を聞いたせいかもしれない。


 少なくとも、アルは真剣に迷宮の事を考えている。金がいらないと言うその言い草は全くもって気に入らないが、真剣に活動している事を茶化す気はない。アルの目的は変だし理解できないけど、利用する代わりに俺も少しなら手伝ってもいいと思えた。


「そうだなあ、運び出すのは私達二人で協力しても難しいだろう。何より迷宮内での出来事は何処までも自己責任だ」

「え?」

「どうしたグラン?」

「いや、意外と厳しい事言うんだなって思って」


 服をちゃんと着たアルは真剣に言った。


「迷宮に挑む冒険者の事は別に何とも思っていない、挑戦は自由に与えられた権利だ。しかし無闇に命を散らす行為に思う所がない訳でもない。ちょっと失敬」


 アルは俺のナイフを手に取ると、死体の服を少しだけ切った。


「あれ?この印って」

「そうだ、これは奴隷の印だ。恐らくどこかの金持ちが奴隷を買って、装備を買い与え迷宮に潜らせたのだろう。そして手に入れた金品は自分の物にする。自らは手を汚さず、命を賭ける事もない、上手く行けば儲けを運んでくる金のなる木に育つ」


 それは人を人とも思わない行為じゃないか、俺は少し気分が悪くなった。


「大丈夫かグラン?顔色が悪いぞ」

「ちょっと吐き気がして…」

「無理もない、ちょっと待て」


 アルは懐から小瓶を取り出して俺に渡した。


「飲むといい、気分が楽になる」


 俺はそれを受け取ると急いで蓋を開けて飲み込んだ。体がスーッと楽になって、先程感じていた吐き気がまったくなくなった。


「ありがとうアル」

「お安い御用さ朋友よ、さて遺体だが。魔物が食ってくれるのならまだいいが、そのまま放置する可能性の方が高い、ここは焼いて灰に帰そうか」


 アルが呪文を唱えると、手から小さな火の玉が飛び出して死体を焼いた。燃えたのを見届けて祈りを捧げる。


「アルは魔法使いなのか?」

「いや、別にそういう訳ではない。ただ使えるから使うだけだ。私はあくまでも迷宮ソムリエ、それ以上でも以下でもないさ」


 言っている意味はよく分からないが、魔法使いの初歩的な呪文だから使えるのかもしれない、稀に才能がある人が様々なクラスの技を使う事が出来ると聞いた事がある。


「さて、そろそろ進もうではないかグラン!楽しみだなあ!」

「あ、ちょっと!」


 アルは無警戒に元気よく歩きだしてしまった。この男正気かと俺は疑いながらも急いで後についていった。




 迷宮内でのアルの行動は、本当に複雑怪奇だった。


「あそこに扉があるぞ!」


 そう叫んだと思ったら走って近づいて行ってしまう、罠や魔物が待ち構えている可能性などまったく考えていないのだろう。


 更に奇行は続く、迷宮の扉をベタベタと触っていたかと思えば、突然頬ずりを始めたり舌で舐めたりする。あまりに興奮しすぎると服を脱ごうとするので俺はそれを止めるばっかりだった。


 それからアルは迷宮の扉を精巧にスケッチする。何処にそんなスペースがあるのか、懐から大きなスケッチブックを取り出したかと思えば、何十分と座り込んで黙々と書き込みを始めるのだ。


 俺はと言えば、魔物や人が来ないかハラハラしながら周囲を確認している。アルは描き終えるまで梃子でも動かないので、俺は仕方なく周辺に落ちている物を拾って待っていた。


「よし行こうか!」


 そうして自分のやりたい事を終えると、アルは躊躇なく扉を開けてしまう。普通は罠を警戒して調べるものだが、アルにそういった常識は通用しない。


 しかし俺はアルを利用する事に決めて正解だと思った。


 扉を開けてすぐ、待ち構えていた魔物のゴブリンが襲いかかって来た。迷宮の扉は開けると魔物に遭遇する確立が高い、アルはゴブリンの攻撃をいとも簡単に避けると、頭を鷲掴みにして地面に叩きつけた。


 頭蓋を割られて絶命するゴブリン、後方で控えていた仲間の三匹に向かって、アルは今しがた仕留めたゴブリンを思い切り蹴飛ばす。


 後方のゴブリンは仲間の死体に押しつぶされてダメージを負い、突然の出来事に混乱する。そんな隙を見逃す筈もなく、三匹の中の二匹の頭を鷲掴みにすると、残りの一匹の頭の両端に思い切り打ち付けた。固い頭蓋のぶつかりあいに真ん中のゴブリンは頭をぐちゃりと潰されて、端の二匹も血と脳漿を撒き散らし死んでしまった。


 強いだけじゃなく速い、状況把握も正確で戦法に迷いがない。そして戦闘を終えた後でも息を乱す事もなく油断もしない、安全を確認すると俺に向かって笑顔で手を振る。


「グラン、もういいぞ」


 やっぱりこの男は只者じゃあない、一人で迷宮を歩くだけの実力と自信があるんだ。俺は自分の判断は間違っていなかったと確信した。


「みたまえグラン!この部屋の形を!一般的な迷宮とほぼ変わらない作りをしてはいるが、この迷宮は真四角で立方体の構造が多い!一体どうしてこんな作りになっているんだろうなあ、心が踊るなあ」


 また興奮しながら踊りだすアルをよそに、俺は拾える物やはぎ取れる物がないかと漁ろうとした。そして迷宮で喉から手が出る程追い求める物を見つけた。


「アル!見ろ!見ろ!宝箱だ!」


 俺は大興奮してアルを呼び寄せた。ごみ拾いの俺にはまったくもって縁のない物、絶対にお目にかかれない逸品だった。


 しかし興奮する俺と違ってアルはとんでもなくローテンションだった。


「ああ、宝箱ね、うんまあ、そうだね」

「は?あの宝箱だぞ?嬉しくないの?」

「いやまあうーん」


 アルの言葉は実に歯切れが悪かった。なんでだ?これだけ迷宮に情熱を傾ける人なのに、迷宮から生まれる宝箱に何でこんなに興味がなさそうなんだ。


「何だよ、これも迷宮からの贈り物じゃないのか?」

「宝箱はなあ、どうも気が乗らないんだよなあ…」


 俺は迷宮に潜って初めての宝箱との遭遇だった。どうにかしてアルを説得して開けさせたかった。きっとアルなら宝箱を開ける方法も持っているに違いない。


「で、でも、もしかしたらすごい良い物が入っているかもしれないぞ!な、なんか見たこともない物かもしれないし」

「ううん」

「そ、そうだ!この迷宮の地図が入っているかもしれないぞ!偶にそんな物が出るって聞いた事あるし」

「よし開けよう!」


 どうやら迷宮の地図と聞いて火がついたようだ。俺は何とかその気に出来た事に一安心して額の汗を拭った。


 次の瞬間アルは信じられない事をした。


 何の調べもせず、罠探知の魔法やアイテムを使う訳でもなく、アルは宝箱に手をかけるとばかっと開いた。


「ちょっ!馬鹿!お前!」


 俺が声をかけた時には遅かった。宝箱にかかっていた罠は、罠の中でも最悪の部類に入るものだった。


 ミミックだ。強力な魔物で、相手を眠らせる魔法や、こちらの魔法を封じる魔法も使いこなし、解除に失敗すると辺りの生物を構わず食らい尽くす。それは魔物も例外ではなく、冒険者だけでなく迷宮にいるすべてが恐れる罠だった。


 俺は今日二度目の死の覚悟をした。いくらアルが強かろうとこれだけはどうにもならないだろう、俺は賭けに負けたんだ。自分の判断は間違っていたんだと考えを改めた。


「あーやっぱこんな変なのが出るんだなあ」


 絶望でへたり込んでいる俺の前で、アルはミミックの口を掴むと反対側にばきりと折りたたんでへし折った。


「ふへ?」

「いやー宝箱って開けるとなんか出てくるんだよね、矢が飛んできたり爆発してみたり、避ければ問題ないからいいんだけどさ、なんかいつもこうだからあんまり開けたくないんだよ」


 ミミックは宝箱の上蓋、要するに上顎を反対側まで折り曲げられ、その上折られて解体されてしまい何も出来なかった。どれだけ高位の冒険者であっても全滅の可能性がある程強力な魔物の筈なのに、だらんと大きな舌を垂らしてぴくぴくと弱々しく動いていた。


「これ嫌なんだよね、手が汚れるし中身も駄目になってしまう。これだから宝箱は嫌いなんだ」


 アルはミミックの残骸を困った様子で眺めていた。俺はどうやら、とんでもない存在と友人になってしまったみたいだ。一日に二回死を覚悟して、二回とも呆気なくその運命から逃れられてしまった。すっかり腰を抜かしてしまった俺はアルが助け起こしてくれるのを待った。

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